子供のリョウ
「可愛いお姉ちゃんがいっぱいだね」
にっこりと微笑んでそうのたまうのは子供の姿となった俺。自動伸縮機能が発動して黒ずくめの服装が子供サイズに縮んでピッタリになっている。驚くべきことに銃もサイズが縮んでいる。そうでなければホルスターが地面に当たってしまうと言うのがその理由だと思われる。もしアカリが縮んで太刀がそのままなら上手く歩けずに苦戦するだろうからな。そのための措置だろう。
……だから、俺はこのようなことを言うような子供ではなかったハズだ。俺の子供時代は「大人びた子供」と称される程大人しく無表情無口で今の俺をそのまま縮ませたと言っても良いくらいだった。
(((か、可愛い……!)))
その俺ではない俺の笑顔にメンバー全員が萌えていた。……確かに可愛いとは思う。だが子供時代の俺はもっと目を細めて更に言えば生気のない瞳をしていた。このように瞳を爛々と輝かせて笑う子供ではなかったハズだ。親戚の一部からは「生まれてから一度も笑ったことがない子供」として有名だったというのに。
「……にーたん?」
だがテーアはキョトンとした様子でジッと子供の俺を見ていた。……それはそうだろう。普段の俺はテーアにとって「とーたん」なのだからな。いきなり若返ったら驚く。クーアの対応力が高いだけだ。
というか確かに似ているものの別人のような様子の俺を「リョウ」として認定していることに驚きだ。確かにギルドメンバーは名前が表示されるので「リョウ」と表示されているハズなのだが、それでも別人すぎて分からなくても仕方がないと思う。
「ん? テーアは良い子でお留守番してた?」
子供の俺はにっこりと微笑みとてとてと駆け寄ってきてこてん、と首を傾げているテーアの頭を撫でる。
「……にーたん」
頭を撫でられたからかテーアはギュッと子供の俺に抱き着いた。
「……だめ。くーあも」
だがそこにクーアが来て子供の俺に後ろから抱き着いた。
「もー。二人共抱っこしてあげるから、おいで」
子供の俺は困ったように微笑むと、クーアを前に呼んで二人を抱っこした。……二人共心なしか俺が抱えている時よりも嬉しそうに見える。だからと言ってどうという訳ではないが。
……ただ、そんな子供の俺とクーアとテーアを見て「可愛い」とキャッキャ騒ぎするメンバーに一言文句は言いたい。クーアとテーアが喜んでくれるのは良い。だがAIに萌えるメンバーに文句は言いたいと思う。
……だが今の状態では声が出せない。子供の俺の周囲にフヨフヨと漂うことしかできない。暇なのでウインドウを操作しながらクルクルと周囲を回って「……こいつ、心でこんなことを思っていたのか」と思いながらメンバー全員の顔を見渡していた。
(……ま、まさかあの大人っぽいリョウさんにこんな可愛い子供時代があったなんて!)
……ないがな。
俺はレヴィのときめき満点の心の声にツッコんだ。……俺は本当にこのような子供ではなかったのだが。
大抵のメンバーも同じことを思っている。最も俺のイメージが「大人っぽい」や「凛々しい」や「冷静沈着」と無表情無口に対する良い印象が並んだのでホッと一安心。だが良い印象が並ぶということは真実を知った時のショックが大きいということでもある。
「リアナお姉ちゃん♪」
子供の俺は二人を撫でて下ろすとリアナにギュッと抱き着いた。
(…………お、お姉ちゃん発言キターーーーーーー!!!)
「お姉ちゃん」と呼ばれたリアナのテンションは急上昇である。何故最初にリアナを「お姉ちゃん」と呼んだのかは分からないが、
(((羨ましい)))
という心の声が無数に聞こえてきて煩い。「ズルい」や「私もギュッてしたい」とかの声も聞こえてきて非常に煩いのだ。だがスキルをオフにすることはない。このまま面白いので見ていたいと思ったからだ。
……というかこうして見ているとこの子供の俺は姿こそ子供時代の俺だが性格はユイに影響を受けているように思える。こうやって笑顔を浮かべ抱き着き他人との距離を縮めて取り入る手法はユイもよく使う。この兄にしてあの妹あり、と思われても仕方がないと思う。
だがユイはあの衣を自ら生み出したのであって、俺が関係している可能性が限りなく零に近い。つまりこの運営が作り出した「子供AIの俺」は俺だけでなく妹であるユイにも関係しているということになる。
「ウィネお姉ちゃん♪」
(わ、私もお姉ちゃんって呼ばれたーーーーー!)
「お姉ちゃん」であるリアナに頭を撫でられて数秒後、何の名残りもなく離れると今度はウィネに抱き着いた。ウィネは心の中で歓喜の声を上げていたが、子供の俺に名残りなんてモノは存在しないらしい。腹黒い限りだ。
もちろん子供の俺が離れてしまったリアナはションボリして羨ましそうにウィネを見ていた。
(良いな、良いなぁ。私ももっとお姉ちゃんって甘えられたい)
とは心境として指を咥えて見ている状態のリアナの心の声だ。
……そう言えば装備の強化と進化についてカタラに聞くのを忘れていた。聞いてくれないだろうか、子供の俺。
俺は羨ましがるリアナを無視し、そんなことを思ってウィネの胸元に顔を埋めるという羨まし――いやけしからん子供の俺を見る。
「カタラお姉ちゃん♪」
すると子供の俺は何を思ったのかウィネから離れ、カタラに抱き着いた。
「ねえねえカタラお姉ちゃん。僕、カタラお姉ちゃんに聞きたいことがあるんだけど」
上目遣いにカタラを見つめて良い、請うような表情で言った。……なるほど。俺が聞いて欲しい疑問などは子供が尋ねてくれる仕様になっているらしい。
……コミュ障に純粋な上目遣いは堪える。カタラはあまりの眩しさに目を逸らした。
「……今までは装備で出来ることが購入、売却、生産、交換だったのは知ってる?」
カタラは少し躊躇ってから、前知識を確かめる。……交換が出来るのか。それは知らなかったな。覚えておこう。金と交換なのか素材と交換なのか同程度の装備と交換なのかは、おそらく自由が利くのだろう。
「うん! でも進化と強化が出来るようになったんだよね!」
子供の俺はニッコリと満面の笑みを浮かべてカタラに言う。……大体俺はこのような喋り方ではない。限りなく今に近い話し方をしていたハズだ。それに俺は子供の頃から一貫して「俺」と言う一人称を使っていて、「僕」などという見た目相応の一人称は使っていなかった。流石にやりすぎだろう、運営。
だが俺がそう思っているにも関わらず、子供の俺はカタラに甘えてギュッと抱き着いている。カタラも満更でもない様子なので、俺の子供時代はこんなモノではない、と言ったところで聞く耳を持たないだろう。真実を知って「ああ、やっぱこっちの方がリョウ(さん)らしい」と思われるのがオチだ。
「……そう。装備の強化は必要な素材を集めて『鍛冶』の出来る人に依頼する。素材は強化する項目毎に違う。武器の強化する項目は切れ味、鋭さ、頑丈さ、正確さ、重さ。防具の強化する項目は物理防御、魔法防御、頑丈さ、衝撃吸収、重さ。アクセサリーは物理攻撃、物理防御、魔法攻撃、魔法防御、頑丈さ。五つずつ項目があって、でも装備のレア度によって強化可能回数が違う。強化可能回数は強化を行える回数で、四なら二回成功二回失敗でも終わり。失敗は強化の取り消しなどがある」
カタラは「……よく出来ました」という風な表情で子供の俺の頭を撫でながら、強化について説明した。
「……進化は持っている武器を一つ上の武器に作り変えることが出来る。強化をしていれば強化したモノを引き継いだまま進化した武器の強化も出来る。つまり、初期の武器の強化可能回数が一で、進化した後の武器が二なら、進化する前に強化しておくと更に二回強化出来るから計三回強化出来ることになる」
カタラは続いて進化の説明をする。……つまり、初期武器から強化と進化を繰り返せば、先に進めば進む程強くすることが出来るということか。
「……あと装備生産にはないけど、装備進化と強化には成功や失敗がある。さっきも言った通り、強化の失敗は強化取り消しなど。進化の失敗は素材が全てパァになって進化出来ない。成功はそのまま成功。素材を必要以上に使うことで成功率を上げられる。成功と失敗以外にも、いくつかある。大失敗はほとんど出ないけどそれに使った全てがなくなる。武器も、素材も、金も、強化も。大成功からそれ以上は強化なら一気にプラスが二以上になったり強化項目に選んでなかったのが強化されたりする。進化なら二つ以上上の武器に進化する。因みにどれだけ素材を注ぎ込んでも大成功以上の確率が高くなったりはしない」
カタラはやけに長々と喋った。口調こそいつも通りだが、少しテンションが高いようだ。装備に関してのことだからなのか、それとも子供の俺が可愛いからなのかは分からない。心の声は「……可愛い」だけなので後者の可能性が高いが。
「ありがと、カタラお姉ちゃん♪」
「……」
(……可愛い。持ち帰りオッケー?)
……ダメに決まっているだろう。
誰に尋ねたかも分からない心の声に、俺は呆れて溜め息をつきながら答えた。
「じゃあカタラお姉ちゃん、僕と一緒に行こっ?」
「……くーあも」
子供の俺はイベントに参加する次のペアにカタラを指名した。俺がカタラにしろと思った訳ではない。流れか子供ながらの好みからの選択だろう。
それに続いてクーアがきゅっと子供の俺に抱き着いて言い、次のペアが決まった。
対人スキルが俺よりも格段に高いのは分かった。では、子供の俺よ。俺が守護霊として見ていてやるから、戦いの腕を見せてもらおう。




