不遇職の初期装備
「……」
俺はふと気付くと、西洋風の街で突っ立っていた。……これが、ヴァーチャルの世界なのか。
不覚にも景色に見とれてしまった。……ヴァーチャルだからこそのこの綺麗さなのか、それとも現実でもこれ程美しいのかは、残念ながら海外渡航経験のない俺では判断出来ない。だがゴミがないと言う点では確実に現実よりも綺麗だろう。
しばらく呆然としてから、俺はチラチラと視線が向けられているのを感じた。……そう言えば、人間の身体にはない尻尾と言う部分があるのだった。
……尻尾に力を入れるのは難しい。尻をキュッとする感じに近いかもしれない。尻尾の内部に骨や筋肉があるようで、フリフリと振ることも出来る。戦いで使用可能になるには、まだまだ鍛練が必要だ。
……クスクス笑いも聞こえてくる。尻尾に慣れていないから仕方がないと思ったのだが、視線は尻尾に向けられているのではない。左腰に提げられた銃に向けられていた。
「……」
銃がそんなに笑われる武器だとは思わないが、不思議に思ってウインドウを開いてみる。ウインドウの開き方はステータス、と念じることだ。
装備の欄を見てみると、そこには驚きの装備があった。
胸:麻の服
腰:麻のズボン
脚:履きやすい靴
ここまでは良い。初期装備なのは仕方がない。
武器:エアガン
……何だこれ……。人外のモンスター相手に玩具で対抗しろと言うのか。初期装備が一番弱いのだろう。笑っている理由が分かってしまった。
銃弾はもちろんBB弾だ。……イジメか? BB弾の攻撃力は1だ。エアガンの攻撃力は1。マガジンが一つついていて、弾は三十発。
……計2のダメージしか与えられないのか。
だが選んでしまったモノは仕方がない。初期の所持金1000円でマガジンを買おう。射程は少なくあまり距離を取れないが、この際回復アイテムはいらない。アイテム素材があれば別なのだが。
と言うことで俺はNPC店でマガジン一個30円を三十個買い込んだ。因みに店の場所は地図、と念じてマップを開くと表示されている。……各種生産職の工房や戦闘職のための道場などが設置されているので、おそらくこの三日間はオリジナルスキルを開発するため四苦八苦する人もいるのだろう。
マガジン三十個はポケットに入れておく。ホルスターにも二つ収納出来た。
俺はマップを見ながら人が雑多した街路を歩いていき、道中蟲化について試したり尻尾の具合を試したりしながらチュートリアルフィールドへ出る。
チュートリアルフィールドにはミニボアと言う小さな猪しか出てこないため経験値は美味くないが身体に慣れるのには持ってこいだ。
初期装備に身を包んだプレイヤー達が混雑しないように広がってミニボアと戦っている姿が見られる。
「プギィ!」
そんな周囲を見渡しながら人の少ない方へ歩いていると、ミニボアが現れた。……少し可愛いと思ったのは内緒だ。モンスターに情を移していては銃弾で頭を撃ち抜くなど出来はしない。
……ピシピシ当てるだけなのだが。
「……」
俺は左腰のホルダーとも呼べないようなホルダーからエアガンを抜き放つと(事前にマガジンはセットしてある)、カチャリとコッキングする。エアガンは空気を圧縮して弾丸を放つ。これをエアーコッキング式と言うのだが、電動ガンではないらしい。
パンパンパンパンパン。
とりあえず一回一回コッキングしながら五発撃ってみた。……軽量で反動も少ない。正直言って期待外れだ。これは改良しなければならないようだな。
「……プギ」
五発当てたところでミニボアはコテリと倒れてしまった。……こいつのフィギュアを作ってやろう。あとクッションにすると良さそうな大きさだ。
今までに討伐したモンスターをフィギュアにして飾ると言うのも良い。となればオリジナルスキルとしてフィギュアが作成出来るスキルを作らなければ。
ミニボアが残した素材を回収しながら思った。……バッグがないのはあれか? 買えと言うのか?
残るのは骨と皮だけで少し金も増えている。一匹5円か。六匹倒せばマガジン一個分。だが一匹に五発使うので六匹しか狩れない。……骨と皮がある分得なのか。
その後は走りながら撃つと言うことを試してみたり、尻尾で刺したり、鋏で攻撃したり、殴ったりしてみた。
……走りながら撃てば必然的に命中率は下がる。蟲化した方が銃より威力が高い。素手で殴ってもあまり効果はない。銃より弱いくらいだ。
以上が結果である。
『鑑定』を試してみたところ、普通の草でないのも見つけた。土も掘って採取出来るようだ。……残念ながら今の俺ではポケットに入る容量しか持てないので仕方なく諦めたが。
スキルのレベルを上げるため銃を主体にして弾が切れるまでミニボアを狩った。……時間はいつの間にか夕方六時だったのが夜九時になっている。
夕飯はもう食べてあり、しかも明日は日曜なので夜更かしも大丈夫。……日頃から徹夜は多いので特に気にする程でもないが。
残念ながら七月一日から夏休みとなる高校では、月曜が六月三十日となってしまい一日だけ行くことになる。と言っても半日だけだが。
俺は一旦マガジンを買いに街へ戻る。途中何故かすれ違った少女に目を奪われた。
……無表情な赤毛ポニーテールの美少女だった。人間ではないようで耳が尖っており、肌は浅黒い。腰には小太刀を差している。初期装備に身を包んでおり特に注目するような点はない。美少女だと言うのもゲームであり顔を自由に変えられるここでは珍しくない。
だが互いにすれ違うまでの時間目が合ってしまった。……おそらく気付いたのだろう。
ああ、この人は自分と同じだと。
これは妹によく言われることだが、俺は職人だと言う。無口で無愛想な、職人。腕は良いが工房に籠って作業するような、職人。決して作成に妥協しない、職人。
きっとあの美少女もそう言う性格なのだろう。さぞ気は合う。だがだからと言って話しかけることはない。互いにコミュ障または人見知りだと言うことも分かっているからだ。もう二度と会うことはないだろうと思う。
俺は不思議な出会いもあるものだ、と思いながらバッグとマガジンを買う金を得るため、NPC店へ向かった。
NPC店では買い取りもやっているのだ。
とは言ってギチギチに詰めて五個ずつが限界だった。かなり損をしている。と言うか何故マガジンを買った時に、鞄に気がつかなかったのか。俺としたことが、失態だ。
一個5円で売れた。なので所持金は1050円だ。最悪マガジンは少なくて良いと、ポーチ型アイテムバッグを購入した。……1000円したのだが。そうか、弓か銃でなければ武器を無闇に消費しないのでアイテムバッグだけでも問題ないのか。
ポーチ型アイテムバッグの効果は二十種類までなら九十九個ずつ収納出来ると言う便利アイテムだ。百個目以降は次の枠に入る。
……そう言えば、スキルスロットにメインスキルを設定するのを忘れていた。すぐに『銃術』をセットする。
俺は初日、アイテムバッグがいっぱいになるまでミニボアを狩り、小石を拾い、薬草を採取し、粘着性のある土を拾って過ごし、朝七時ログアウトして一旦朝食を済ませた。




