都市型迷路ダンジョン
寝落ちしました
「……おー」
イベントフィールド渚のビーチのレイドボスを討伐し巨大亀型潜水艦に乗って海を潜っている俺達。
甲羅に当たる部分の一番上はガラス張りになっていて、海の生物達が一望出来る。折角なのでクーアを甲羅の最上階に連れていき、海の生物達を見せてやっている。それは成功しクーアは壁から天井までがガラス張りになっているのでガラスに手と顔を張りつけて夢中で眺めていた。
俺達《ラグナスフィア》の面々もフカフカのソファーが置いてあるその部屋でのんびりくつろいでいる。俺も優雅に紅茶を飲んで一人用ソファーに腰かけていた。
「リョウはちょっと寛ぎすぎじゃない?」
ウィネが言ってくる。
「……そうか? それよりレヴィ。スキルは習得出来たか?」
「はい! 『精密射撃』と『魔法破壊射撃』と何とか『早撃ち』も習得出来ました!」
レヴィは俺の向かいのソファーに座り顔をパァ、と輝かせて言った。本当に優秀な娘だ。
「……そう言えば聞いていなかったな。三人は何の生産スキルを持っているのだ?」
俺は改めて尋ねる。戦闘面については三人とも非常に優秀だ。だが生産スキルについて全く聞いていなかった。
「……私は『調合』と『細工』と『氷付与』を習得しているわ」
まずティアーノが答えた。何故かこちらを見ようとしない。どこかで機嫌を損ねてしまったらしい。
「……『調合』と『細工』は良いとして、『氷付与』とは何だ?」
俺は「……この人氷大好きだな」とか思いながら尋ねる。
「……その名の通り、あらゆる生産物に氷を付与するスキルよ。攻撃や装備に氷を付与するのではなく、生産専用の付与スキルね」
オリジナルではないようだが、かなり特殊なスキルだった。武器は兎も角氷属性を付与したいと思っているのは伝わってくる。
「……『氷付与』は武器などの装備じゃなくて、主に冷却効果を持たせるための生産スキル」
カタラが補足説明をしてくる。……なるほど。砂漠のフィールドで冷たいHP回復薬を飲めたら美味いだろうからな。それに渚のビーチでも暑い中で飲むHP回復薬は美味いだろう。金儲けに使えそうだ。
「私は『裁縫』です! 現実でも一応裁縫と武術をやってたので……」
リアナが元気良く言い、少し照れたように頬を掻いた。
「私は『弾丸作成』と『石工』と『細工』と『ゴム作成』です」
一人背筋を正して座るレヴィはしっかりとした口調で答えた。……俺のPVを観ての選択だとすればこのラインナップも頷ける。
「……『鍛冶』は、いない」
『鍛冶』仲間がいないためかカタラが落ち込んでいた。……そんなに落ち込むことはないだろうに。俺もクノもいる。
「わ、私も銃の製造方法を模索してみようと思っているので、『鍛冶』を習得するかもしれませんからその時はお願いしますね」
レヴィが分かりやすく肩を落としたカタラを見てフォローを入れる。良い娘だ。
「……私は?」
同じく同じ生産スキルを持っている仲間がいなかったクノが少し寂しそうな表情で聞く。
「く、クノさんの動きは私、参考にしたいです! 敵の攻撃を避けてる時とかカッコ良かったです!」
そんなクノを見て慌ててリアナがフォローすると、クノはパァ、と顔を輝かせた。……二人共、会った当時より表情が豊かになっている。クーアの可愛さのおかげだろうか。
「……クーア、あまり遠くに行くな」
「……りょーかい」
クーアは俺に言われてクノの真似なのかそう言って俺の脚に跳びつきよじよじと膝の上まで上ってくる。
「そう言えば気になってたんですけど、クーアちゃんって何者なんですか?」
レヴィが身の乗り出して俺の脚の間にちょこん、と座るクーアの頭を撫でながら聞いてくる。豊かな胸元が揺れたので視界に入れると、目敏く気付いたカタラに足を踏まれてしまった。……ギルドのメンバーにダメージは与えられないので大丈夫だが、痛いモノは痛い。
「……生産の妖精だ」
「生産の妖精って何ですか?」
「……?」
どうやらレヴィは生産の妖精を知らないようだ。事前イベントの詳細についてはプレイした当人しか知らないのだったか。意地の悪い運営だ。
「生産を手助けする妖精なのよ。この子のおかげで色々と助かってるから、また後で教えてあげるわね」
「……AIの試験運用も兼ねた」
ウィネとクノが簡単に説明してくる。……そう言えばAIだったな。意識してこなかったから忘れていた。だが意識しなくても良いだろう。クーアはクーア。それで良い。
「くーあ、ようせーさん?」
クーアがキラキラと瞳を輝かせて聞いてくる。
「……ああ。クーアは妖精だ」
俺はクーアの頭を撫でて頷く。
「……くーあはようせーさんなのだ」
今度は俺の口調の真似たのかそう言って腰に手を当て胸を張っていた。
「……クーアちゃんには勝ってるハズです」
大人気なく子供と自分の胸を見比べて勝利を味わうリアナ。……と言うかそんな見比べは無用だろう。年齢的な差があるからな。
そうやってギルド内の新密度を上げながら暗い暗い深海へと、向かっていく。
俺とリアナとクーアしか種族を言っていなかったような気がするので一旦整理しようと思う。俺は蟲人族〈蠍〉。カラーリングは黒だ。カタラとティアーノはダークエルフと言う耳が尖り肌が浅黒い種族で、物理攻撃と魔法攻撃が高く鎧を着込むことも簡単で素早さもそこそこ良いと言う。ウィネとレヴィは全ステータスが平均に伸びる人間。クノは獣人族〈鼬〉。普段は手拭いを被っていて丸い耳は見えない上に尻尾も隠しているため気付かれないが、俊敏性の高い種族である。クーアは生産の妖精。他にいるかどうかは知らないが、現在確認されているのはクーアただ一人である。リアナは蟲人族〈蟻〉。カラーリングは黒だ。
「……おー」
暗い暗い深海の底、どれくらい時間が経ったか辿り着いたのは寂れた雰囲気の海底に沈み珊瑚や海藻に覆われているところさえある巨大都市だった。
「都市型巨大迷路か」
いつの間にか近くにいたジャンが海底都市アトランティスを見て呟いた。
「……迷路?」
「ああ。街路はもちろん複雑に入り組んでいるが、所々に建ってる塔に本来窓があるような場所にドアがあるだろ? あれはあそこを開いて進むとワープする仕組みになっててな。都市型迷路ダンジョンでは定番の仕掛けだ」
ジャンは俺に聞き返されて得意気に答えた。……とは言っても今なら迷路を一望出来るから大抵のルートを導き出せるのだが。罠やワープゾーンがなければ今日中の突破出来るだろう。ここからではよく見えないがモンスターもいる。
海底都市アトランティスに到着した。入り口となる何もない広場に亀は頭を乗せ口を開いて再び階段を出す。……不思議なことに、海の中で口を開けているのに薄い膜が張ったようになって水の浸入を防いでいる。と言うことは外に出たら海中と言うことになるのではないだろうか。
「……」
俺は躊躇したが意を決して口から出て階段を下りる。……感覚は水の中にいるような感覚だ。だが呼吸は出来て視界もクリアだ。海水が目に染みることもない。
「……身体が、重い」
俺は階段を下りる時に気付いたことを仲間に告げる。
「私も、です」
「……私も」
リアナとクノが同意する。……亜人の、それも陸上生物が元となっている種族だからなのか?
「確かに動きづらいけど、身体が重いって言う程でもないわよ」
「はい。水の中にいる感じですね」
ウィネとレヴィは大丈夫のようだ。……俺達三人だけが動きづらいと言うことは、やはり陸上生物が元になっている種族にだけ齎される効果なのかもしれない。俺は海に向かって『鑑定』を使う。
「……地形ダメージか。陸上生物が元になっている種族には動きが鈍る効果があり、水中で暮らせる種族には補正がある。水属性攻撃の効果が上がり、火属性の攻撃が使えない。雷属性も効果が上がるようだ。融合属性なら火でも大丈夫なようだが威力が半減される」
俺は『鑑定』結果をギルドメンバーに告げる。
「あ、あの!」
前衛二人と俺があまり役に立たないことを告げられて一日でのクリアが無理なのではないか、と言う空気が俺達の間に流れていたが、そこに思い切った様子で声をかけてきた一人の美少女がいた。
紺色の少しウェーブがかかった肩ぐらいまでの髪に黄色の垂れ目で童顔の、身長から考えたらウィネやレヴィよりも胸が大きい。
「……何だ?」
「えっとその、《ラグナスフィア》の方々ですよね? 私、セルフィって言います! その、えっと、あの……」
《ラグナスフィア》に用があるらしいセルフィと言う少女は人魚だった。何の人魚なのかは分からないが、下半身が魚だ。鱗がない魚類なのだろう。
「……落ち着け。確かに俺達は《ラグナスフィア》だが、何の用だ?」
もう最初のギルドかパーティが迷路に突入していた。俺達も早く行きたいのだが。
「その、えっと、私をギルドに入れて下さい!」
そう言ってセルフィは勢いよく頭を下げた。
「……ここでギルドに入れるのか?」
俺は少し困ってカタラに尋ねる。
「……仮加入なら出来なくもない。悪い人じゃなさそうだし、良いと思う」
カタラは入れる方針のようだ。
「……と言う訳だ。仮加入になるが、それでも良いか?」
「は、はい! ありがとうございます!」
俺が言うと再びセルフィは深く頭を下げた。
俺はカタラにやり方を教えてもらい、ギルドのメニューから仮加入招待をタッチしてセルフィに招待を送る。セルフィは目の前に現れたウインドウを見て嬉しそうな顔をすると、「はい」を選択したのだろう、《ラグナスフィア》にセルフィが紹介された。
「よ、よろしくお願いします!」
ギルドメンバーのレベルと名前とHPとMPは表示されるのだが、セルフィはリアナとレヴィと同じレベル16だった。レイドボス戦に参加していれば当然の数値だろう。
「……ああ。職業と種族を聞いても良いか?」
「あっ、はい! 職業は《道化師》です。あの、《吟遊詩人》とかを目指してるので。種族は人魚族〈目梶木〉です。武器は〈目梶木〉の吻もありますが、琴で主なスキルは『水魔法』と『剣技』『木工』と『楽想演奏』です。水中なら近距離でも大丈夫ですが、後衛支援として頑張っていきひゃいと思います!」
……最後、大事なところで噛んだな。
そんなセルフィはあうぅ、と口元を押さえて痛がっている姿から親しまれ、すぐに打ち解けた。……きちんと生産スキルも持っているようだから、加入しても問題ない。
「……それでは行こう。俺達が一番最後だ」
そうやってセルフィの仮加入をやっている間に俺達以外のパーティ及びギルドはすでに都市型巨大迷路ダンジョンに突入していた。
「す、すみません! 私が引き止めたばっかりに……」
セルフィは自分のせいだと分かっているからか、ションボリと肩を落とし涙目になっていた。
「……いや、良い。最短距離を突っ切って最速でクリアするぞ。セルフィ。持続する速度上昇のアビリティはあるか?」
「は、はい。今かけた方が良いですか?」
「……ああ。頼む」
「はい。――【軽快楽曲】」
俺が言うとセルフィは琴を取り出し柔らかく音を奏でていく。ゲームのエフェクトなのだろう、黄緑色の様々な音符が琴から弾き出されて宙に舞う。メンバー全員が緑色の光に覆われた。おそらく速度上昇効果があると言う印なのだろう。少し身体が軽くなった気がする。
「……これで何とかいつも通りに戦えそうだな。助かった、セルフィ」
「は、はいっ!」
俺は思わず見た目よりも精神的に幼い雰囲気を持つセルフィの頭を褒めるついでに撫でてしまった。……最近クーアを褒める時にそうしているからついついやってしまった。だが拒絶されたりはしなかったので特に気にしないと言うことだろう。
……他のメンバーからの視線がキツくなったのは気のせいだと思いたい。
「……むー。くーあもなでなで、する」
特にクーアが不機嫌だ。頬をぷくっと膨らませてご立腹な様子だ。俺の頬を頭の上からぺちぺちと叩いてくる。……俺はクーアを頭の上に乗せたままよしよしと撫でてやる。ついでに頬をぷにぷにと突いてやると機嫌も直るのだ。
「……うー。しゅっぱつー!」
クーアは顔を綻ばせると右手を突き上げて出発の合図をする。俺達はそれに従って歩き出す。
「……早速分かれ道」
クノが迷路に入り歩いて五歩のところにあった最初の分かれ道で立ち止まる。
「……どっちに行けば良いのかしら」
ウィネも迷っているようだ。顎に手を当てて考え込んでいる。最初の分かれ道で悩んで時間を使う訳にはいかない上にこんなところで立ち止まる必要もない。
「……右だ」
俺は言ってさっさと右の道を行く。
「えっ? でもこんな迷路、運が頼りなんだから皆で話し合った方が良いんじゃ?」
ウィネが言って他も頷く。……何を言っているのか。
「……何を言っている。この迷路に必要なのは運ではない。観察力だ」
俺はキッパリと八人に告げる。その間も歩行速度を緩めず二つ目の分かれ道も右へ行く。
「か、観察力って……。どっかに正解の道がどっちとか分かるモノがあるの?」
ウィネを含む七人は俺に続いて歩いてくるも行かなかった道を惜しむように見る者もいた。
「……だから、何を言っている。これは運やヒントは必要ない。何のために迷路を上から見せたと思っている」
「あの、もしかして迷路の道筋を暗記してるとかですか?」
レヴィは少し自信なさげに言う。
「……いや、それは流石に無理がある」
「……ああ、そうだ」
カタラが首を振って答え、しかし俺は頷いて答えた。すると全員が俺を驚いたような顔で見た。
「……やり方は簡単だ。〈蠍〉の目を使った。目を四つに増やしてゴールからの逆算とスタートからの順序を同時にやって結ばれた道を暗記しておけば良いだけだからな」
「「「……」」」
俺が言うと七人は唖然としていた。俺はその間も左、右、左、三叉路になったが真ん中、右、右、左、右、と突き進んでいく。道中水系モンスターに遭遇したが俺の『家事魔法』の一つ【コンセント・エレキ】が意外と高威力になっていて、俺達地形効果を受ける三人もセルフィのおかげでいつもより少し鈍い程度で動けたので問題なく狩れた。……素材は水属性装備を作成するのに使えるそうで、ちょっと多めに集めたいところだ。だが水属性が効く火属性のモンスターを今のところ聞かない。後々必要になるのかもしれないが。
こうして俺がガンガン歩いていく形で、都市型巨大迷路を突き進んでいく《ラグナスフィア》だった。