第一回イベント開始
街からミラージの草原を横切った先にあるイベントフィールド、渚のビーチは大勢の人で賑わっていた。
「俺が惹きつける! それから攻撃してくれ!」
それはもちろん、レイドボスである巨大魚のようなモンスター、カイザーフィッシュが登場したからであった。
「【ハウリング・ビート】!」
大きな口には人など簡単に貫ける鋭く長い牙が並び、カサゴのような姿ではありながら胴が長く全長は十五メートル程である。
そんなカイザーフィッシュに正面から立ち向かうのが、分厚い金属鎧に身を包み赤い光を纏わせた盾から音波を放ち惹きつける《騎士》であった。
「よっしゃ! 充分惹きつけたぜ、一斉攻撃だ!」
代表者として、お調子者ではあるが元来面倒見の良い性格であるため、先輩として勇姿を見せる必要があった。
その青年――ジャンの言葉に従い、色とりどりの魔法や弓が遠距離から放たれ、前衛職が一斉にカイザーフィッシュの側面へ駆ける。
「ヒレと尻尾に注意しろよ!」
ジャンは忠告しつつ、凶悪な噛みつき攻撃を盾でいなす。
カイザーフィッシュの三本あるHPの内白い部分は一本の二割程度だった。新規プレイヤーもいるため攻撃力にバラつきがある。そしてヒレと尻尾の攻撃が厄介と言うこともあって、前衛がなかなか攻勢に出られないと言うのもある。更には水属性に効く雷属性の魔法を所持している者が全体の約三割と言うこともある。
そんな要因が重なって、イマイチな攻撃力を発揮していた。それに気付いているプレイヤーは多かったが、他に削る方法がないのも事実だった。
カイザーフィッシュが跳ね身体をくねらせて突き進むのを前衛職が囲む。そこから少し離れた位置で戸惑う新規プレイヤーや遠距離攻撃職が陣を広げていた。
最初のフィールド四つの内では一番難易度の高いヴァランサ荒野のボス、ララシュラでさえHP減少による強化があると言うのに、レイドボスがこのまま倒されてくれるハズもない。
ジャンは内心で密かに焦りを感じていた。
「……ふむ。大きいな」
そんな戦場に、冷静と言うよりは淡々とした声が聞こえた。イベントフィールドでは一番後ろにいる、後衛職の陣の更に後ろから新たなプレイヤー達が姿を現した。
「……クノ、カタラ、ティアーノ、リアナ。突っ込むぞ。一日で海底都市を突破したいのに、あいつを早く倒せないのは痛い」
「いやいや、イベントフィールド一日で突破って。最初の予定じゃ二日じゃなかった?」
「……出来るだけ早い方が良い。クーア、しっかり掴まっていろ」
「……うー」
俺が率いる《ラグナスフィア》のメンバーだ。三人が加わり七人となった。
「……レヴィは打ち合わせ通りある程度近い距離から俺が撃ったペイント弾の場所を狙って撃てば良い」
「はい!」
予め色々指導しておいたレヴィに再度言って、俺は四人と並んで駆けていく。だが必然的にクノ、俺、リアナ、ティアーノ、カタラの順番になる。
「戦闘に参加しねえとチケット貰えないからな! 一回でも良いから攻撃してみろ!」
カイザーフィッシュと言う巨大魚と正面から戦っているジャンが叱咤を飛ばす。
「……ジャンが指揮していると言うのは若干不安だが、仕方がない。俺達はただあの魚を倒すだけだ」
「……了解」
クノがトップスピードで前衛達の間を縫うように走り抜け、最初にカイザーフィッシュの下へ到達する。
「クノ!? ってことは《ラグナスフィア》か!」
ジャンがクノに気付いて言う。
「……そうだ」
俺はそのジャンの後ろから答えてそのままカイザーフィッシュに突っ込んでいく。
「リョウ!?」
俺は勢いを殺さず跳躍し、すでにコッキングしてあるエアガンの引き鉄を引く。もちろん狙うは目だ。と言っても潰すのは俺の役割ではない。俺は『塗装』で使う色をつける各道具の内塗料をBB弾に入れて作ったペインドBB弾を『精密射撃』。更にもう片方を『早撃ち』と『精密射撃』のコンボでペイントづけにしてやる。
「相変わらず凄い精度だな。視界が潰れた、暴れるぞ!」
ジャンは呆れたように感心しつつ忠告を促す。俺は印をつけただけだ。しかも水を使う相手ともなれば洗い流されるのも時間の問題。一定の時間だけかもしれないがレヴィが目を潰すしかない。
やや後方にいる前衛職に混じってレヴィが両手でエアガンを構えて両目を狙って射撃している。暴れる標的相手では少し難しいかもしれないが、こいつの目は意外と小さく丁度良い。『精密射撃』を会得するチャンスではある。
「……ティアーノ。前は任せたぞ」
「……ええ」
俺は後方から駆けてきたティアーノに言い、暴れるカイザーフィッシュに突っ込んでいく。『集中』して攻撃してくる部位に注意をしていれば問題ない。
「って、ティアーノ!? お前、《ラグナスフィア》に入ったのか!?」
ジャンが驚いていたが、ティアーノはジャンをチラリと一瞥しただけで何も言わない。水色の刃をした氷属性が付与された長剣を両手で持って構えてカイザーフィッシュに正面から突っ込んでいく。
『氷魔法』と『剣技』を最大レベル(レベル40)まで上げると習得出来る『氷剣技』。βテスト時にはその更に上位を使っていたらしいが、今はそこまでしか習得していないらしい。
そしてティアーノがβテスト時に開発したオリジナルスキル『氷雪凍土』。任意のままに氷を操るスキルだ。このスキル開発に伴い各属性を自在に操るスキルが運営によって追加された。
「……そうよ。少し、思うところがあって」
ティアーノは若干遅れて、敵の隙を見たからかそう答えながら、携えた長剣を振り上げる。すると巨大な氷の斬撃が放たれ、カイザーフィッシュを切り裂こうと向かっていった。『氷剣技』と『氷雪凍土』の合わせ技で、スキルでもあるのでアビリティ名を呟く必要がなくなり氷の威力も倍増すると言うほぼチートなスキルである。ただし、弱点属性にはめっぽう弱い。
「いきます! 【ハンマー・ナックル】!」
新人プレイヤーのハズのリアナがアビリティ名を呟いてカイザーフィッシュの脇腹辺りを殴る。振り被った右手がハンマーに見える錯覚が起こり、ドゴォ! と言う重い衝撃と共にカイザーフィッシュの身体が浮く。
まず己の肉体で戦う『格闘』。武器を装着していなければ補正がある。攻撃力が上昇する『攻撃強化』。移動速度や攻撃の速度が上昇する『速度強化』。武器を装備していなければ全ステータスが上昇する『勇気の心』。一定の時間MPの消費し続けて物理と魔法の防御と魔法攻撃力を0にし攻撃力、素早さ、命中、器用さ、体力など他のステータスを大幅に上昇させる『鬼化』。心を込めた攻撃の威力が上がる『勇気の拳』。重力を操作することが出来る『重力操作』。そしてやる前から一生懸命考えて作ったオリジナルスキル『武器格闘』と『生物格闘』。
更には拳や脚を使って戦う《武闘家》であり、種族は蟲人族〈蟻〉。しかも運良くその種類は最強の蟻にして最強の昆虫、パラポネラである。自身の百倍もの体重の相手を持ち上げることが出来る程の筋力を携えた最強の昆虫、蟻。その中でも獰猛かつ凶暴で動物や人間さえも食い殺して行軍するのが軍隊蟻であるのだが、その軍隊蟻が唯一避けて通るのがこのパラポネラと言う種類の蟻である。そのためステータス補正はかなり高く、特に筋力に関しては目を見張るモノがある。しかもなかなか良い発想をしており、自身に重力をかけ自身の体重を上昇させることで更なる重さの相手を持ち上げようとしたらしい。だがそれは失敗に終わったので仕方なく、相手を軽くして投げ飛ばす方に変えたそうだ。
それは兎も角スキルと職業とスキルとそして、運の良さと発想によって構成された最強の《武闘家》は誕生した。
先程リアナが放った一撃は『武器格闘』の一つ【ハンマー・ナックル】。身体を武器に見立てて攻撃するスキルである。
「あれ新人かよ!? 何てパワーをしてやがる!」
ジャンがそれを見て驚いていた。ジャンだけでなく、その場にいた《ラグナスフィア》の面々以外の全員が驚いていたが。
「……新メンバーだ」
俺はジャンにそれだけを告げてカイザーフィッシュへと跳躍する。……そろそろペイント弾の効果が切れる。目元には当たっているが、目に直撃していない石のBB弾が見えた。と言うか『射線表示』と言うスキルは便利で、自分と味方の銃と弓の軌道が視える。なので俺はレヴィの狙っている位置が分かるのだが。
……そう言えばパーティとギルドにはチャットと言うシステムがあるのだった。念じるように頭の中で会話する感じだ。新人のレヴィが受け答えするのは難しいかもしれないが、俺が一方的に話しかけることは出来るだろう。
(……ギルドチャットとはこれで良いのか? 聞こえていても返事はしてなくて良い)
俺はカイザーフィッシュの上を駆けて『零距離射程』を背ビレに放ちながら頭の中で話す。
(……聞こえているわ。レヴィの補助でしょう? 私達は無視するから話して良いわよ)
察しが良いティアーノの声が頭の中に響く。
(……その通りだ。レヴィ、俺には『射線表示』で狙っている場所が分かるのだが、カイザーフィッシュが首を振るからと言って一々照準を合わせなくて良い。特にこいつは一度首を振った後もう一度首を振ることが多い。待って撃つ。これも銃で狙いを正確に撃つコツだ。それにはまず相手の動きをよく見てパターンを覚え動きを予測するのが良いだろう)
俺はそれだけを言って暴れる尾ビレまで駆け抜ける。
「……クノ。ヒレをズタズタにしてくれ」
「……了解」
俺は尾ヒレを器用に避けているクノに指示する。クノは小さく頷くと避けながら攻撃を加えると言う芸当をやり始めた。
俺も『零距離射程』で背ビレをボロボロにしたが。
「……とつげきー」
クーアが俺の頭の上に尾ビレまで駆け抜けた俺に指示を出してくる。もちろん突撃するつもりだ。
「……しっかり掴まっていろ」
俺はクーアに言い、カタラが左のヒレ、リアナが右腹部を殴りつけているのを見ながら再び尾から背中を駆け上がっていく。
(……レヴィ。『集中』しろ、誤差は数センチだ)
俺はレヴィにギルドチャットで言い、背ビレを掴んで背中に立つ。……ペイント弾の効果が切れてカイザーフィッシュが暴れている。怒っているようにも見えるが、噛みつき、ヒレ攻撃、尾ビレ攻撃だけでなく属性攻撃を使い始めた。HPが八割を切った辺りからだ。口から水弾を放ち水の光線を放ち、水属性の魔法を展開する。
「……魔法は無視して良い」
俺は魔法を警戒する前衛職に言って背ビレを持つ手を三本目の右手にし、マガジンを石のBB弾に変え展開される魔法を『早撃ち』と『精密射撃』と『魔法破壊射撃』の併用で次々と破壊していく。
「……あれが“黒蠍の銃士”……! 最強の《銃士》……っ!」
最強と呼んでくれるのは有り難いが、当然だ。俺以外の《銃士》は全員新人だからな。最強でなかったらどうした? となる。
「来るぞ! 全体攻撃魔法だ! リョウ、いけるか!?」
フィールド全体を覆うような巨大な魔方陣が展開されていくのを確認したジャンが叫んでくる。
「……無論だ」
俺は簡単に答え完成した魔方陣の中心を撃ち抜く。……だがヒビは入ったものの壊せない。チッ。レイドボスの魔法は堅い設定なのか。
仕方なく石のBB弾を連射していく。すると五発目でやっと魔方陣が砕けた。……かなりギリギリだったな。発動してしまうかと思ったぞ。
「リョウ、後ろだ!」
ジャンが全体攻撃魔法を壊してホッとする戦場の中、叫んだ。……俺の後ろに展開し終わり発動直前の魔方陣を見たためだ。俺は切れたマガジンを素早く入れ替え振り向き様に弾丸を放つ。が、放たれた魔法、水弾は壊れない。
「外れた!? リョウ、避けろ!」
ジャンが壊れない魔法を見て忠告してくるが、その必要はない。カイザーフィッシュは俺が全体攻撃魔法を破壊したことともう一つの要因から怯んで動けないでいる。だから俺はこうして三本目の右手を放し振り向くことが出来たのだからな。
俺の方は兎も角もう一つの要因とは、
パァン!
と軽い銃声が響いて黒い弾丸が発動され放たれた水弾の中心を撃ち抜く。すると、魔法は相殺された。
(……よくやったな、レヴィ。狙い通りだっただろう? 不規則に動くモノより直線的に動く的の方が狙いやすいのは当然のことだ)
俺はギルドチャットでレヴィを褒める。レヴィは真面目であり、かなり優秀だ。何とか俺が隙だらけになってしまう全体攻撃魔法の破壊を終えるまでにカイザーフィッシュの片目を撃ち抜き、俺が印をつけた魔法の中心を撃ち抜いてくれた。
「…………今だ! 全員で総攻撃をかけて削れ!」
しばらく呆然としていたジャンだったが、我に返ると声を張り上げて自らも怯んだカイザーフィッシュに突っ込んでいく。
前衛職が雄叫びを上げ、後衛職がアビリティ名を叫ぶ。
総攻撃と今までの攻撃を足して、カイザーフィッシュのHPは半分にまで減った。
「【アックス・フック】!」
その中でも頭角を現した――と言うかダメージは兎も角一番派手だったのがリアナだった。一撃一撃毎にカイザーフィッシュの巨体を浮き上がるのだ。ヒヤッとしてしまうプレイヤーもいただろう。また動き出したのではないかと。
「グガアアアアアァァァァァァァ!!!」
カイザーフィッシュは咆哮するとその身体を赤く変色させていく。おそらくステータスも上がっているだろう。
「気をつけろよ! こっからが本番だ!」
ジャンが叱責を飛ばし、炎と水、二つの属性を操りおそらくはこのアップデートで追加された水と炎の融合属性を使ってくるカイザーフィッシュを何とか倒し、全員が素材三つと金2000円とチケットを手に入れた。
すると海から何かが浮き上がってきた。……巨大亀型潜水艦だ。潜水艦は砂浜に頭を乗せると口を開き階段を伸ばしてくる。乗れ、と言うことだろう。
俺が真っ先に階段を上がっていくとギルドメンバー、その他のプレイヤーと言う順番で潜水艦の中へ入っていった。