ギルド設立
翌日のこと。
生産の妖精・クーアのダブル契約者となってしまった俺とカタラはギルドを設立するため、クエスト集会所に来ていた。カタラの話だとここにギルド設立申請をするための場所があるそうだ。
ギルドを設立するにはここに来てギルドの設立申請をすれば良いだけだ。
ただしギルドの設立に応じて決めなければいけないことがいくつかある。
その一つがギルドを率いるリーダー、通称ギルドマスターだ。ギルドマスターには色々と権限が存在するため責任感のある俺のような引き籠もりではないヤツが良いだろう。ここはカタラに押しつけるべきだ。
そしてギルド名。これは難関である。スキル名なら適当にそれっぽい名前に英語でルビを振れば良いだけなのだが、何かのギルドを参考したいくらいに思いつかない。これもカタラに任せよう。
ギルドのルール。これも面倒なのでカタラに委任しよう。
これで俺のやることはなくなった。あとはカタラに任せてのんびりと初期生産スキルで目ぼしいモノがないか探すとしようか。
「……どこ行くの」
俺がギルド申請所からクエストが張り出された掲示板の方へ向かおうとしていると、カタラに腕をがっしりと掴まれてしまった。……チッ。流石に逃がしてはくれないか。
「……カタラがマスターでカタラがギルド名決めてカタラがルールを設定すれば良いだろう」
「……人任せ」
「……ひとまかせー?」
カタラがムスッとしたような顔で言うと、俺の頭の上に乗っかっているクーアも続いて言った。……疑問形ではあったが。
「……仕方がない、相談しよう。とりあえずギルドマスターはカタラで――」
「……リョウがやる」
「……嫌だ」
「……リョウがやりなさい」
……何故命令されなければならないのか。
「……何故だ」
「……私は公に出たくない。それに、“黒蠍の銃士”がマスターをやっているとなれば注目度も増して店を出したら初見は人を集められる」
カタラはきちんと理由を説明してくれる。面倒だからと押しつけようとしていた俺とは違って。……あまりその呼び名を使いたくはないのだが。
「……店、か。まあギルドマスターの独裁をする訳ではない。名前だけだろう」
お飾りマスターとでも呼んでくれ。俺はギルド申請書類に渡された羽根ペンで記入していく。……ギルドマスターはリョウ、と。
「……ギルド名はどうすれば良い?」
「……どう言うギルドにするかで決めれば良い。ギルドの紹介文を考えてからでも良い」
「……どう言うギルドにする?」
「……生産中心のギルド。これは確定。でも詳細はどうすれば良いか分からない。リョウはどんなギルドが良い?」
「……どんな生産でも行えるギルド、だな。最大十人ぐらいいれば良いな。あまり多いのは嫌だ。それと《銃士》をバカにしない上に他人を嘲笑ったりしない人間が出来たヤツしか入れないギルド」
「……それ、入団条件に記入すると良い。でもどんな生産も行えるギルドは難しい。例えば今ある大きな生産系ギルドは『鍛冶』中心の《スミス・キングダム》。武器を大量生産して稼いでいるギルド。こう言う風に特化型のギルドが多い」
カタラは淡々と告げる。……そうか。だが俺は諦めない。と言うか俺がいる時点で既にどんな生産でも行えるギルドにしたい。
「……そうか。ではどんな生産でも行えるマルチ生産ギルドにしよう」
「…………そう」
即決した俺にカタラは少し間を置いてから頷いた。……俺はギルドの紹介文にどんな生産でも行うギルドと記入し、人数上限を十人に設定しておく。
「……ギルド名だが……どうしようか?」
「……《鍛冶帝国》」
「……《スミス・キングダム》のパクリか。却下な」
『鍛冶』がしたいカタラは早速パクリ案を提示してきたので俺が一刀両断しておく。……マルチだと言ったのに。
「……あとらんてぃす」
「……それはもうすぐ始まる特別フィールドの名前だな。却下」
頭の上からクーアも案を出してくれるが、パクリが多い。……仕方がない。俺も考えてみよう。英語を使わなくても、ただ何となくそれっぽい名前で良い。スフィアと言うのはどうだろうか。特に意味はないが、それっぽい。では「~~スフィア」にしてみよう。海底都市か。海底都市と水の都と言うのはどう違うのだろうか。水の都も沈む直前みたいなモノだから、海底都市は未来の姿か。水の都――と言えばアクア・ラグナだな。漫画だが。
よしっ、ラグナスフィアにしよう。
「……《ラグナスフィア》はどうだ?」
「……どう言う意味?」
「……特に意味はない。単なる思いつきだ」
俺はキッパリと告げる。……英語にすると本流から分断された水域の球体または天体だろうか。「・」を入れていないので「ラグナスフィア」と言う一つとして適当に捉えて欲しい。
「……別に良い。意味がなくてもそれっぽい」
カタラはそう言って少し微笑んだ。……ならこれで良いだろう。ギルド名は《ラグナスフィア》だ。
「……設立時に、プレイヤーが三人以上必要だと……?」
俺はギルドメンバーを記入しようとしてそこにあった注意書きに呆然とする。……一、二。一人足りないな。
「……くーあは?」
クーアはプレイヤーではないのでギルドメンバーではない。
「……クーアは特別だからな。クーアももちろん《ラグナスフィア》のメンバーだ」
クーアにそう言ってぽん、とクーアの頭を軽く叩いてやる。……しかしこれでは設立出来ないではないか。
「……知り合い二人にメール送っておいた。すぐ来るって」
困り果てた俺に対しカタラは相変わらず冷静で、すぐにメールを送ったようだ。……誰だろうか。カタラに生産スキル持ちのフレンドがいるとは思えないのだが。βテスト時代の知り合いだろうか。
「……大丈夫、リョウも知ってる二人」
「……ああ、あの二人か」
カタラに言われてやっと合点がいく。……俺に知り合いは少ないからな。フレンドもたったの五人だ。その内生産スキルを持っているのはカタラともう二人。
「リョウ!」
「……来た」
ウィネがバン! と勢いよくクエスト集会所の扉を開けて突っ込んでくる。だがほぼ同時に入ってきたクノの方が速く、一足先に俺の下に来るとウィネの行く先を遮るように俺の真正面に立った。
「……誘ってくれるなんて嬉しい」
ギュッとクノは俺の右手を両手で握ってくる。……誘ったのは俺ではなくてカタラなのだが。そんなことを言える雰囲気ではなかった。
「……クノのバカ」
ウィネが不満そうに唇を尖らせて、後から駆け寄ってくる。
「……二人共良いのか? その生産スキルに特化しているギルドではないぞ」
「……良い。スキル習得に付き合ってくれたお礼。それに、リョウといる」
「むっ。私だってリョウに『粉魔法』教えてもらったお礼もあるし」
クノが言ってそれにムッとしたような顔をしたウィネが続く。……なら良いか。
俺はギルドメンバーに二人の名前を記入していく。
「……くの、うぃね。だれ?」
頭の上からそれを見ていたクーアがきょとんとして尋ねてくる。
「……クーアにも紹介しよう。二人も《ラグナスフィア》に入るメンバーだ。こちらの魔女っぽいのがウィネ。ゴリゴリの達人だ。こちらの忍者っぽいのがクノ。シュリシュリの達人だ」
クーア向けに二人を紹介する。そこでやっと二人は俺の頭に乗っているクーアに気付いたようで、口を呆けさせて驚いていた。
「……ウィネ、クノ。この子は生産の妖精・クーアだ」
俺は頭の上からクーアを胸の前まで下ろし紹介する。
「……くーあ。よろしくー」
「ええ、よろしくね。クーアちゃん」
「……可愛い。良い子良い子」
クーアが右手を上げて名乗ると、ウィネがクーアの手を取って言い、クノがよしよしと頭を撫でていた。
「……うー」
クーアもご満悦の様子だ。
「……妖精入手クエスト、クリア出来たんだ。皆何言ってるか分からないし、一つ分かったとしてもあと四つの生産スキルは持ってないしでクリア出来なかったって言ってたのに」
俺が再びクーアを頭の上に乗せて入団条件の記入をしようとしていると、ウィネがボソッと耳元で囁いてきた。……流石にフレンドが多そうなβテスターは情報が早いな。
「……俺は五つ全てを持っていたが」
「……それに、私も『鍛冶』で手伝った」
カタラが頭の上にいるクーアを抱えて続ける。
「えっ? あれって手伝いありなの?」
「……ソロ限定とは言っていないだろう。おそらく色々な生産スキルに手を出している俺のようなプレイヤー、若しくは様々な生産スキル特化プレイヤーが集まるギルド向きのクエストだ」
「何で私を呼んでくれなかったのよ」
ウィネに聞かれて俺が答えると、ウィネは再び不満そうに頬を膨らませた。相変わらず可愛い仕草の多い人だ。
「……最初は気付かなかったからだ。カタラが無理矢理手伝ってきただけで」
俺は簡潔に答える。『鍛冶』が最後でなくて『調合』がその後なら、ウィネも呼んだかもしれない。だが気付いたのは最後の『鍛冶』の時だけだった。
「それなら良いけど」
わざと俺がウィネを呼ばなかった訳ではないと分かったウィネは、唇を尖らせながらも渋々納得してくれた。
……入団条件は、そうだな。他人をバカにしない人で、何かしらの生産スキルを持っていること。なお、その生産を手作業でやる人だな。
すでに『職人』のスキルについては話してあり、ウィネもクノも習得している。その効力は『鍛冶』だと分かりやすいが、僅かながら攻撃力が上がっていたりするのだ。NPC店よりも性能が良いモノを作れるようになっている。
「……ギルドホーム購入はまだ厳しいと思う。誰も店を出してない」
クノが言う。……ギルドホームがないと工房も店も構えられない。だが購入出来る金がない。
「……仕方がない。ギルドホームについては後で考えるとしよう」
俺は言ってギルド申請書をギルド申請所に提出する。
「はい、承りました。これでギルド《ラグナスフィア》の設立を完了しました。ギルドホーム購入の際もここでご購入いただけますので」
ギルド申請所にいるNPCは微笑んでそう言った。もう設立出来たようだ。それでは、ギルドホームのカタログを見てみようか。……はい、無理ですね。諦めましょう。
「……ギルドホームが購入出来ないなら、仕方がない。道売りから始めてみるしかないか」
それで金を溜めてギルドホームを購入しよう。
「……そこで、三人に相談がある」
俺はギルド申請を待っていた三人を正面から見据え、俺の考えを話すことにする。意地の悪い、金儲けの話だ。




