事前イベント
「……カタラは、どちらかの事前イベントを受けるのか?」
俺は未だ初心者用工房に入り浸っていて、たまにウィネとクノを呼ぶ。カタラとは相変わらずの距離を保っていた。
「……受けない。受ける人は大体数百と予想される。それはAIとの付き合い方、そして自由度が制限されることが理由だと思う」
「……そうなのか?」
「……そう。人ではないAI、NPCとどうやって付き合っていけば良いか分からない人もいる。それに妖精は好感度があってゲーム内での行動、言動が制限されることもあるかもしれない。妖精には色々種類がいてどれになるか分からないため微妙。五つのお題が難易度の高い可能性もある」
カタラは淡々と言った。……なるほど。NPCとずっといなければならなくなるとは考えもしなかったな。NPCも人型なのだから、人と同じように接すれば良いと思う。その辺りを色々と考えるのはどうかと思う。それに俺はコミュ障なのだ。付き合い方ではなく性格が寡黙などなら良いと思う。
「……俺は受けたが」
「……受けたの?」
「……ああ。生産の方だ。それに類する妖精なら銃の作り方も知っているかもしれないだろう?」
「……確かに」
それに、銃のまだ見つかっていない戦い方も。レベル20に足をかけた俺でもこれだけ発見出来たのだ。もし《銃士》として戦闘だけをこなすプレイヤーがいればもっと多くのスキルを発見しているハズだ。それに俺は狙撃銃や機関銃や大砲などに手を出す気はない。ただ二挺銃に憧れてはいるが。
「……そろそろ始まる」
カタラが言って、メールが来た。メールを開くと事前イベントを開催することが書いてあった。深夜十二時、告知から十二時間が経過した今から一日限定のイベントだ。試用運転を兼ねてだからか、その期間は短い。その後二日置いて深夜十二時から昼の十二時までメンテナンスとアップロードが行われ、第一回イベントの開催を迎えることとなる。……つまり俺が運営に断りのメールを送って取りつく島もなく断られたPV作成もあと数日でやらなければならないと言う。メンテナンスまでに完成させ運営に送るように言われてしまった。
……《銃士》が俺しかいないからと言って俺を指名するとは何事か。他のヤツに頼んで欲しい。
「……うー」
ひょこっ、と初心者用工房の入り口から一人の幼女と呼ぶにも小さすぎるような身長五十センチぐらいの女の子が中を覗き込んできた。……まさかこの子が妖精なのか?
幼女は俺をじー……、と見つめ、たたた、と駆け寄ってくる。俺の二メートル程前で俺を顔を覗き込むようにしてくる。
白い顎先ぐらいまでの髪に大きな白い瞳。あどけない顔に小さい手足。頬も柔らかそうで表情は乏しい白いワンピース姿の美幼女だった。
「……ぎったんばっこん」
幼女は見た目通りのたどたどしい口調で言う。……ん?
「……ギッタンバッコン?」
「……ん。ぎったんばっこん、する」
幼女はそう言って俺をじっと見上げてくる。……まさかこれが妖精の出すお題と言うヤツなのか? おそらく生産スキルに関係してくるのだろう。その中でギッタンバッコンと言えば、『布作成』の機織り機ではないのか?
「……これで良いか?」
俺はアイテムバッグから機織り機を取り出して問う。すると幼女はこくこくと頷いた。
「……ぎっこんばったん、する」
幼女はちょこちょこと俺に歩み寄ってきて、胡座を掻く俺の脚の上にちょこん、と座った。……仕方ないので幼女の前に機織り機を置き、毛糸玉を取り出し毛糸を二つセットする。
「……ぎっこん、ばったん。ぎっこん、ばったん」
幼女はよいしょよいしょと丁度良いペダルを小さい素足で踏んで機織り機を動かす。……ミニ機織り機が丁度良いサイズと言うことは、このために小さいのだろうか。いや、初めから大きく大量生産が出来るモノを使うと面白くないから、と言うのがあるので後付けで妖精がこの大きさなのかもしれない。
「……できた」
手順は知っているようで幼女は出来た毛織物を俺に掲げて見せてくる。……ん? 俺が作るのとどこか違うな。
違和感を感じ、『鑑定』を使って見てみる。
ショーンミラージの毛織物:ショーンミラージの毛から作り出した毛糸で織ったモノ。(付与効果:耐寒)
と表示された。……耐寒? そんなモノ俺が織っても付与されないぞ? まさか、これが妖精の力なのか?
「……よく出来たな。偉いぞ」
俺は出来の良さに思わず頭を撫でて褒めてしまう。……可愛い妹を演じていた頃の妹もよく頭を撫でられると嬉しそうにしていた。その頃の癖が出てしまったのかもしれない。だが幼女は顔を綻ばせたので特に問題はないだろう。
「……ぬいぬい、する」
幼女は機織り機を片付ける俺の脚に再びちょこん、と座り言った。……どうやら達成すれば次々とやるらしい。
ぬいぬい、か。おそらくと言うか、これは分かりやすい。『裁縫』だろう。
「……これか」
俺が裁縫道具セットを取り出すと、幼女はこくこくと頷く。
「……ん」
俺がセットするところまではやろうかと、針の穴に糸を通そうとしていると、幼女はくれとばかりに両手を差し出してきた。
「……出来るのか?」
俺が聞くと幼女はこく、と頷いたので、針と糸を渡して俺は見守ることにする。幼女にやらせようとしているのはフェルトを縫って小さな小銭入れを作ることだ。簡単なのでもし幼女のスキルレベルが低くても問題ない。
だが三十秒経ってもなかなか通らない。……もしかしたらやりたいだけで、出来ると言う訳でもないのかもしれない。
「……落ち着いて、ゆっくりやれば良い」
俺はそう言って幼女の手に自分の手を添える。スベスベで柔らかい手だ。……だが手を添えるだけで、決して自分でやろうとはしない。ちょっとした修正はするが。
「……とおった」
幼女は嬉しそうに糸の通った針を見せてくる。俺はよくやったと頭を撫でてやり、針に糸を通す時とは違って手早く『裁縫』をこなしていく。手捌きだけなら俺より早いかもしれない。なのに何故針の穴に糸が通せないのか。縫い終わったところで玉止めをして糸を切って完成品を俺に見せてくるのだが、完成度は高い。……もしかして、少し手助けをしてやることもお題の一つなのか?
「……上手いな」
俺はよしよしと頭を撫でてやる。……『鑑定』の結果、これは耐盗の効果がある。
……フェルトの小銭入れの癖に生意気な効果が付与されていた。鰐の革財布などを作る時はこの幼女に手伝ってもらってこの耐盗と言う効果を付与してもらうと安心なのかもしれない。
「……がりがり、する」
再び俺の脚の上にちょこん、と座った幼女が俺を見上げて言ってくる。……ガリガリ、と言うことは『細工』だな。
俺は『裁縫』の道具を片付け『細工』の道具と楕円形の小石を取り出す。
「……がりがり」
糸などをセットする必要がないからか、幼女は『細工』用の尖ったペンのような道具を手に取ると、床に正座して背中を丸めるようにし楕円形の小石の表面をガリガリと削っていく。……どうやら右手に道具を持っているので右利きのようだ。
左利きは器用、などと言う迷信があるのだが、右利きでももちろん器用なヤツはいる。因みに俺は左利きだ。
「……できた」
五分程経った後、幼女は出来上がった楕円形の小石を嬉々として俺に見せてくる。……おい。何だこの模様みたいなモノは。カッコ良いではないか。
……『鑑定』してみると『生産妖精の紋章』と言う追加スキルがあり、どうやらこれを身に着けると生産の成功率、作業効率が上がるようだ。上昇の程度は元となっている素材に影響されるため、小石程度では微々たるモノだが。
「……よく出来たな。凄いぞ」
俺はまさか、こんな紋章のスキルがあるとは知らなかったので、幼女を褒めてよしよしと頭を撫でる。
「……ごりごり、する」
ちょこん、と幼女を脚の上に乗せて片付けをしていると、幼女が早くも次の生産をしたいと言ってきた。……急かすな。まあ俺もこの幼女がいれば更なる向上が出来る。早くお題をクリアしたいと言うのが本音だ。
ゴリゴリ、と言うことは『調合』だろう。
「……これだな?」
俺が聞きながら調合道具セットを出すと幼女はこくこくと頷いた。
俺はミラージの草原で採れる薬草とチュートリアルフィールドよりは少し上の虫達を取り出す。虫達は瓶に入っていた。
俺はザー、と虫達を擂り鉢に入れるが、幼女の顔色は変わらない。……虫は平気なようだ。
俺は幼女に擂り粉木を渡す。すると何の躊躇もなく擂り粉木で虫達を潰した。グチュッ、と言う音がするが幼女は平気な顔で「……ごりごり」と言いながら擂り粉木を擂り鉢に擦っていく。擂り粉木を両手で持っているため擂り鉢を足で押さえてゴリゴリと擂り潰していく。
その間に俺は薬草を鍋で煮込んでいく。薬草は鍋に水を入れて最初から入れておくと良いと言うのはウィネから聞いた話だ。
「……できた」
幼女は完全な黒い液体と化した虫達を見せてくる。よくやったと頭を撫でて褒めてやり、『鑑定』を使う。普通なら「~~虫」の汁と表示されるのだが、「~~虫」の上汁と表示された。どうやら丁寧に液体になるまで擂り潰すとグレードが上がるようだ。
俺はそれを受け取り煮込んだ薬草をボールへ移し虫汁を鍋に入れる。ボールから薬草を擂り鉢に移して置く。
「……ゴリゴリとグツグツ、どちらが良い?」
どちらでも『調合』なので好きな方をやらせようかと思い、聞く。すると幼女は鍋と擂り鉢を見比べた結果、擂り鉢を選んで再び擂る作業に入る。俺はその間細い棒で鍋をゆっくり掻き回しておく。
「……うー」
そうしていると幼女は唸って俺の袖を引っ張ってきた。俺は鍋を掻き回すのを止め、どうかしたのかと幼女と擂り鉢を見る。……まだ擂り終わっていない。何故俺に声をかけたのだろうか。
「……手伝えば良いのか?」
聞くと幼女が頷いたので、俺は擂り鉢を押さえて幼女が擂るのに任せる。……この間鍋は放っておくしかない。〈蠍〉の手と目があれば出来ないこともないが、ここはわざわざ鍋の方を中断させてまで俺に手伝わせた幼女を信じてみることにしよう。
薬草が液体になるまで擂った幼女は、擂り鉢を持って鍋に入れる。すると液体の色が艶やかな紫色になった。……『鑑定』して分かったが、先程入れた薬草の汁もまた、上汁となっていた。
「……ぐつぐつ」
幼女は楽しそうに鍋を掻き混ぜていく。しかし数回掻き混ぜたところで手を止め細い棒を鍋から抜き擂り鉢に入れる。……ん?
「……もうしないのか?」
俺が聞くと幼女はこくこくと頷いた。
「……多分だけど、混ぜるのにも回数があるんだと思う」
幼女の『調合』を見ていたのか、カタラがそう言った。……なるほど。それなら先程俺の手を止めさせた理由も説明がつく。
俺は納得がいき、幼女が鍋の火を止めたいタイミングを待つことにした。
しばらく煮込んでいると幼女が俺の裾を引っ張ってきたので、火を止める。
俺は液体を鍋からボールに移し、レモネードの果汁が入った瓶を取り出す。レモネードとはレヴェッサの森に生えている木に実るレモンのような果実のことだ。それを絞ったのがこの果汁。果肉入りの贅沢な果汁となっている。薬草と虫達と言う凶悪な苦みに対抗するため、密かに人気なのがこれなのであった。
レモネード果汁を取り出した俺だが、幼女が興味津々とばかりに手に取ってしまい、入れられない。
「……いれる?」
すると幼女が果汁を入れるかどうか聞いてきたので、頷いておく。どうやら入れてくれるらしいので、任せてみることにする。こう言うアレンジはアイテムがグレードアップしない範囲であればいくらでも出来るので、日々『調合』特化のプレイヤー達が改良を続けていると言う。ギルドには入っていないが調合専用工房にいるらしいウィネから随時情報が送られてくるため、俺も最新『調合』技術を身につけることが出来ている。
とくとくとく、と瓶を開け果汁を注いでいく幼女。七分の一ぐらい入れたところでぴたっと止める。……微妙なラインだ。
「……できた」
幼女が言う。HP回復薬・小ではなくHP回復薬・中が出来上がっていた。……一段階上のアイテムが出来ているのだが。レモネード果汁を混ぜると丁度言い緑色の液体に変わった。光さえ放っているような、綺麗な緑色だ。
「……よしよし」
俺は幼女を抱き寄せ頭を撫でてやる。その間に片付けをしていく。……驚いたな。生産の妖精とはグレードアップさせるスキルでも持っているのだろうか。それとも、完璧な『調合』をするとグレードアップしてしまうのだろうか。後々検証していかなければならないだろう。
「……とんてんかん、する」
片付け終わった俺を見てか、幼女がそう言った。……トンテンカン、つまりは『鍛冶』だな。
「……『鍛冶』なら手伝う」
するとカタラが歩み寄ってきた。……『調合』の様子を見て、『鍛冶』にも最適な方法があると思ってのことだろうが、現金なヤツだな。
「……う?」
「……カタラ。よろしく」
きょとんと首を傾げる幼女に自分の名前を言って、優しく頭を撫でた。……そう言えば俺の名前を教えてない上に、名前を教えてもらっていない。だが『鍛冶』でもう終わるので、終わってからで良いだろう。
「……かたら。とんてんかん、する」
「……良いよ。特製魔法炉、貸す」
「……おー」
カタラが少し顔を綻ばせて言い持ってきたのは一見ただの炉のように見える。だが幼女が興味津々な様子で中を覗き込んだりしているので良いモノなのだろう。
「……開発した『鍛冶魔法』と『炉作成』を組み合わせた『魔法炉作成』。燃やす材料がなくても必要なだけの熱と炎を出せる。更には冷やすための水も常備」
……火と水は俺の開発した『家事魔法』と同じなのだが、用途が用途だけに戦闘でも使えそうだ。
「……おー」
幼女は俺の脚の上からカタラの方へ歩いていき、カタラから道具を借りて『鍛冶』をしていく。作るのはどうやら短剣らしい。よく熱した鉄塊を金鎚でとんてんかん、と叩いていく。『鍛冶』はやたらと時間がかかるので色々と短く設定されている。鉄塊を熱する時間も短く、一発で多くの火花が飛びよく伸びる。なので時間が大幅に短縮されている訳だが、手作業でやればやはり一時間はかかる。それでもかなり短縮されてはいるのだが。
「……できた」
伸ばした鉄塊を折って塊にしてから炉に入れて熱し、それを何回か繰り返して短剣の刃の形に整えていく。それを熱してすぐに水に浸ける。
「……これで『研磨』すれば完成」
良い出来だったので幼女の頭を撫でるカタラ。
「……しゅりしゅり、する」
おそらく『研磨』のことなのだろう、カタラが取り出した研磨道具セットを見て手を伸ばしていた。『研磨』もしたいようだ。
「……」
幼女は『鍛冶』で作った短剣を『研磨』していく。『研磨』にも時間がかかるがかなり短縮されている。時間にして三十分だ。
「……できた」
幼女は出来た短剣を持ち上げる。キィ……ン、と済んだ音が響いた。……『鑑定』を使って見てみると切れ味上昇の効果がついていた。
「……凄い。参考になった」
カタラも『鑑定』を使ったようで幼女の末恐ろしさが分かったらしい。だが《鍛冶師》として色々参考になることがあったのか幼女の頭を撫で頬をふにふにして愛でていた。
「……うー」
幼女はしばらく心地良さそうにしていたが、カタラが落ち着くとカタラの傍を離れてとてとてといつもと違い並んでいる俺とカタラの丁度間辺りに立ってこちらを振り向く。
「……くーあ」
「……?」
「……なまえ、くーあ」
急に何かと思ったら、名前を名乗ったのか。クーアと言うらしい幼女はじっと俺を見上げてくる。……俺にも名乗れと言うことだろうか。
「……俺はリョウだ。よろしくな、クーア」
俺は名乗ってクーアの頭を撫でる。
「……ん。くーあ、りょうとかたらすき」
クーアは笑顔を見せてたどたどしい口調で言い、光の粉となって虚空へ消える。……すると、俺とカタラの目の前にウインドウが出現した。
「……カタラ、何のウインドウだ?」
分かってはいる。だが聞かなければならない。
「……生産の妖精・クーアの契約者になった。あと、もう一人の契約者リョウと強制的にパーティを組むことになった。単独行動をしたい場合は同じギルドに入ること、とある」
カタラも戸惑っているようだ。……俺の方はもう一人の契約者がカタラに変わっただけで、同じことが表示されている。
「……りょう」
クーアがすぐに俺の脚の上に現れた。……突然のことだったが、要するにこれはあれか。俺が受けたのだが、カタラが『鍛冶』のお題をやってしまったため二人が契約者となった、と言うことか。もしかしたらいくつもの生産スキルを持つプレイヤー及び、様々な生産スキルに特化したプレイヤーが集まるギルド向けのイベントだったのではないだろうか。確かに運営は大人数でやってはいけないと言うルールは言わなかった。言わなかったのだが……。
「……意地の悪い運営だ」
俺は呟いてクーアの頭を撫でる。
「……全く。それで、どうするの? パーティをずっと組むかギルドを設立するか」
カタラは俺の言葉に頷きつつ聞いてくる。……俺は基本単独行動だ。それはこれからも変わらない。カタラは強いがやはり仲間がいると『跳弾』を当てるのが難しくなる。
「……ギルドを作る。俺はソロが良い。それに、カタラもそろそろ大きな炉や専用の設備が欲しいだろう?」
俺は答え、聞いた。するとカタラは少し驚いたような顔をしたが頷く。
……では、カタラにギルドを設立するための必要事項などを聞くか。