プレイヤー代表
ウィネが去った後、俺は出来る限りの生産をやり続けた。スキルレベルを上げ、早く銃を作るスキルを見つけなければならないことと、今日手に入れたボスの素材が今の俺では何も加工出来ないことが理由だ。
新しいBB弾の開発やエアガンが改造出来ないかの実験など、俺自身の強化に繋がることもやった。
素材がなくなれば作成した内いらないモノを売り、フィールドに出て新たな素材を採集した。
カタラに難易度の高いアイテムを作成した方が経験値が良いと言う話を聞き、ミラージの草原だけでなく他三つのフィールドにも出て素材を集めた。
どうやれば手に入るか分からない素材もカタラやウィネに聞いて集め、次々と生産していく。
ウィネにより良い『調合』のやり方を聞いたりクノに精密な遠距離攻撃と『粉魔法』を教えたりした。クノが二日かけて手に入れたスキルは『精密投擲』と言う。
俺は『料理』、『玉作成』、『ゴム作成』、『罠作成』、『塗装』、『竹工』、『研磨』、『捕獲』、『密猟』、『解体』の生産及びそれに類するスキルを習得した。これで俺の生産にも幅が出る。
そんな生活が、三日間続いた。
文字通りの寝る間を惜しむゲーマー振りに妹がやはり兄妹だと言っていた。
そして今日、ゲーム内及びUCO公式ホームページにて、第一回イベントの告知が行われる。
告知はまだ街が一つしか出ていないからか、街の中央広場にて大々的にされる。もちろんその後メールで知らされるのだが、実際に運営側から説明があるとなれば七千人が広場に集まろうとするのは当然なのかもしれない。
……よって、広場はかなり混雑している。と言うかすでに広場から溢れて東西南北の四方に伸びる大通りにまで人はいる。少しでも近くで見ようと屋根に登ろうとして失敗しているヤツもいる。
俺は中央広場から北東にある三階建ての大きなレンガ造りの建物の屋根の上で右膝を立ててそこに右腕を乗せ座っていた。屋根の上に登るのにはコツがいるので、登れても二階までだろう。俺は三階の屋根で悠々と中央広場の方を眺めていた。
『皆様お待たせいたしました』
午後十二時丁度。中央広場の中心にある掲示板と噴水の真上に、ドレス姿の巨大な美女が出現した。……少し透けている。ホログラムか。
『これより第一回イベント及び事前イベント、そしてアップデートの内容を説明いたしたいと思います』
美女は柔らかな声で言った。すると集まっているおよそ七千人から大歓声が湧き上がった。
『第一回イベントについてですが、そろそろ夏の時期となっております。ですので、山と海の特別フィールドを開放します。期間は一週間です。白い砂浜と青い海が広がるビーチ。穏やかな渓流が流れるキャンプ場。この二ヶ所にて出現するレイドボスを倒すと参加者全員にフィールドダンジョンへの挑戦権であるチケットが配布されます。フィールドダンジョンは海底都市アトランティスと天空城マチュピチュがあり、いずれもそこにしか出現しないモンスターがいます。その最奥にはボスがおり、そのボスを倒すとレアアイテムが手に入ります。ボス戦には人数制限があり三十名までとさせていただきます。なお、イベントで開放されるフィールドにはNPC店がございませんのでご注意下さい』
美女が微笑み混じりに説明していく。……運営側の誰かがログインしているようだな。予め設定されたことを話している訳ではなく、言わば運営側のキャラクターが話している。
……肝になるのはフィールドにNPC店がないと言うことか。それはつまり、海底と天空の二ヶ所に行ってからアイテム切れを起こすとこの街まで戻ってきて買い込まなければならない。しかもその後再びレイドボスを倒してチケットを入手しなければならないのだ。
それに気付いたのだろう、プレイヤー達がざわついていた。……これはもしや、ビジネスチャンスなのではないのだろうか? それらのフィールドで店を開いて回復アイテムを売れば物凄い儲かる気がする。
『続いて事前イベントの説明に移りますが、成長する人工知能を搭載した最新のAIの試用運転をさせていただくため、妖精入手イベントを行います。クリアすると戦闘と生産の手助けをする妖精が入手出来ます。妖精を入手するには妖精が自ら出すお題を五つクリアする必要があります。参加はクエスト集会所にて申し込みを行って下さい。なお、各プレイヤーが参加出来るのは片方のみとなります』
続いて事前イベントの説明がされる。……それは有り難いな。AIが今後出てくるからの試用運転なのだろうが。俺が今のところ必要なのは生産の妖精だな。戦闘の手伝いはいらない。
『第一回アップデートの内容ですが、イベントに関することと融合属性の追加、スキルスロットの拡張、新規プレイヤー三千人の追加となります。新規プレイヤーはあなた方開始直後からのプレイヤーに少しでも追いつけるように、第一回イベント中のみですが、経験値が三倍となっております』
簡単にアップデート内容を説明する。……融合属性の追加と言うのが気になるが、新規プレイヤーの追加も何かありそうだ。
『なお新規プレイヤーへ各職業のトッププレイヤーから職業の紹介とアドバイスを行うPVを作っていただきます』
……ほら。意地の悪い運営だ。どうせ《銃士》の代表は俺だろう。
『それでは各職業の代表者を発表します。《剣士》代表、ティアーノ様』
一人ずつ赤いスポットライトを当てて紹介していくらしい。……まあ俺ではないかもしれないから問題はないだろう。ティアーノと言うらしい女性プレイヤーは氷のような透き通った水色の長髪に同じ色の瞳をしておりどの種族かは兎も角種族特有の浅黒い肌と尖った耳をしていて、注目を浴びて拍手を受けても平然としている。と言うか、冷たい雰囲気を纏っている。
『《戦士》代表、レグルド様』
レグルドと言うらしいプレイヤーはプライドの高そうな男性だ。現実ではどうか分からないが、鼻につく超イケメンと言ったところだろうか。自分が選ばれるのをさも当然のように思っているらしい。金属鎧を身に纏い剣と盾を持っている。
『《騎士》代表、ジャン様』
「うっす」
何と、《騎士》の代表はあのジャンだった。となるとこれは、βテスターが多く選ばれそうだな。
『《盗賊》代表、クノ様』
これはおそらくそうだろうと思っていたが、《盗賊》の代表はクノだった。本人は二階の屋根で立っていたのだが、注目を浴びて恥ずかしそうにしている。……とは言っても二日間特訓に付き合った俺だから分かる程度の変化だが。
『《武闘家》代表、カスミ様』
「しゃあっ!」
カスミと言う女性《武闘家》は、スポットライトを当てられると嬉しそうに拳を薄い胸の前で打ち合わせた。タンクトップに短パンと言う軽装備で、拳には籠手を嵌めていた。
その後も各職業のトッププレイヤーが発表されていく。もちろん《呪術師》代表はユイで、《魔術師》代表はウィネだった。残念ながら《鍛冶師》代表はカタラではなかった。毛むくじゃらのおっさんだった。おそらくドワーフと言う種族なのだろう。
……何気に《銃士》を飛ばして生産職の各代表を言い始めた辺りから、嫌な予感はしていた。
『それでは最後、《銃士》代表を発表いたします。――リョウ様です』
まさかの、俺が三方向からスポットライトを当てられるハメになった。……もちろん一斉に三階建ての建物の屋根の上に座っている俺に注目する。
……余計な演出を加えやがっているせいでざわめいているではないか。
「……あれが、“黒蠍の銃士”か」
「……四対一の決闘に勝利し、トッププレイヤーと同等かそれ以上の活躍をボス相手にし、オリジナルスキルを十個も持つと言う……」
……何か少し誇張されているようだな。オリジナルスキルはもしかしたらそれくらい開発しているかもしれないが。あれ? ボス戦以外は合っているのではないだろうか。
『リョウ様について先日のボスバトルの公開動画を見た方々から『魔法破壊射撃』に関する問い合わせが殺到したのでこの場をお借りして言わせていただきますが、魔法と魔方陣の中心にダメージを与えることで魔法を破壊するスキルは彼のオリジナルではありません。既存のスキルです。よって公平に魔法以外の各攻撃スキル用のモノが存在します』
やや強い口調でキッパリと言い切った。……きっとウンザリする程に問い合わせが殺到したのだろう。と言うか、やはりあのボス戦の動画を公開していたのか。
『それではこれで説明を終わります。では皆様、これからもUCOの世界をご堪能下さい』
美女は最後にドレスの裾を掴んで持ち上げ一礼すると、光の粉を散らすようにして消えていった。
「……決闘だ! 僕と決闘しろ!」
美女が消えてから浮ついた雰囲気でざわめく中央広場の一角から、鋭い声が放たれた。……俺の目の前に決闘を挑まれました、受けますか? と言う表示が現れたので、俺に向けられているのだろう。
「……」
レグルドと言う男性プレイヤーが俺を真っ直ぐ睨みつけていて、注目を集めている。決闘を挑まれた俺も注目されるので面倒だ。……レグルドは確か、《戦士》の代表だったな。トッププレイヤーか。更に厄介だ。しかも七千人の前で決闘を挑んでくるとはとんだ目立ちたがり屋かバカだな。目立ちたがり屋なら俺が一番目立っていたからイラついているのも分かる。
「……良いだろう」
ここで断ってはネットでの叩かれ方が凄いことになりかねない。PV作成をやれと言われたのだ、あまり悪質な評価は受けたくない。俺は「はい」を選択し決闘を受ける。すると素早くルール設定が行われた。……チッ。これではパーティ戦なのか一騎打ちなのかさえ分からない。とは言っても決闘が開始されると一定の距離から観客は弾かれる。それで分かるだろう。
『決闘、開始!』
渋い男の声が五からのカウントダウンの後、開始を告げる。俺は開始早々左手にエアガンを構えて疾走していく。先程まで座っていた三階建ての屋根から隣の二階建てに跳び移り、屋根の上を駆けて移動していく。その途中『早撃ち』で虚空に向けて弾丸を放つ。
「はっ! どこを狙っている!」
レグルドはそんな俺を見て嘲笑する。……ふむ。射程距離に関係なくドーム状の決闘の範囲外に攻撃は出来ないか。それもそうだろう。街中は戦闘禁止だ。
「……これならいけるか」
丁度良い。新開発した弾丸と新しく手に入れたスキルを試させてもらうとするか。
俺はマガジンを射出しホルスターに備えつけたマガジン入れから新弾丸の入ったマガジンを抜き入れ替えて、マガジンをエアガンにセットする。
コッキングしておき、レグルドの待つ広場から一番近い家の屋根から全力で高く跳躍する。
「……ふん。空中で翅もない虫ケラが何をする気かは知らないが、一騎打ちだと思ったのが仇になったな。――やれ!」
レグルドは跳躍した俺を見て嘲り、範囲ギリギリの野次馬の前に待機させていたらしい魔法職四人と弓を使う一人が俺を狙ってくる。……やはり六対一だ。そんなハンデのある戦いに勝って何が楽しいのか。俺には理解出来ないな。弱い者を多人数で苛めているヤツと同じような思考をしているのだろう。自己満足の優越感に浸りたいのかもしれない。まあ、俺にとってはどうでも良いことだが。
「……」
俺は跳んでからここ数日で新しく手に入れたスキルを発動させる。と言うか、自動発動型のスキルだ。『射線表示』と言うスキルなのだが、新しい弾で新しいスキルを使って弾を放ったら習得出来た。習得条件を見ていないので分からないが、射線を正しく読むことが習得条件なのは確かだ。俺の視界には銃口から放たれる弾丸の軌道が赤い線となって視えている。軌道が弾丸によって異なる場合は、その軌道が視え、スキルやアビリティで軌道を変える時も俺の眼にはその軌道が視えている。
俺がマガジンに入れているのはゴムのBB弾。レヴェッサの森と言うフィールドに生えているゴムの木から採取出来る葉、樹液、樹皮、木材などの全ての素材から絞ったりすると手に入るゴム素材から作り出したゴムのBB弾だ。『ゴム作成』のスキルを習得したのはそのためでもある。
そしてゴムのBB弾をより強力にするスキルが『跳弾』。弾丸を数回跳ねさせることが可能で、スキルレベルが上がる毎に跳ねさせることが出来る回数が増えていく。そして跳ねる毎に攻撃力の0.1倍の攻撃力と勢いを加算していく。ただし対象以外は破壊出来ない。
だがここに掛け算が存在する。
ゴムのBB弾と『跳弾』。この二つを組み合わせるとどうなるのか、その記載がないのだ。弾丸を跳ねさせることが出来るスキルであるとは書かれているが、ゴムのBB弾は元から跳ねる弾丸だ。もちろんゴムではあっても短いためあまり跳ねさせることは出来ないのだが。
先程言ったように、掛け算はここにある。
普通に考えれば、ゴムのBB弾は持つ数回分の跳ねとスキルの持つ回数が足されるのだが、流してはいけない説明がある。
「勢い」を加算していく。
この記載はかなり重要で、勢いさえあればゴム弾は永遠に跳ね続ける。そのため、ゴム弾で『跳弾』を使用すると対象に当たるまで跳ね続けるのだ。
だから俺は『早撃ち』と『精密射撃』と『跳弾』を併用してゴムのBB弾を、何十回も跳ねるように射線を呼んで放つ。もちろん狙うは六人のこめかみだ。撃った弾は五発。ゴムのBB弾は細い道に入るとジグザグに何回も跳ねて進んでいく。先程試し撃ちした通り、ドーム状に広がる決闘フィールドの上も使えることが分かっているので、弾丸を縦横無尽に走らせる。
五発撃った俺はすぐにマガジンを石のBB弾が入ったモノに入れ替え五人が放った魔法と弓を『早撃ち』と『精密射撃』と『魔法破壊射撃』を併用して相殺していく。
「クソッ! 何をしている! ちゃんと狙え!」
レグルドが苛立たしげに叫ぶが、当たる訳がない。今使った三連コンボは無敵だ。攻撃力のなさを補うゴム弾を手に入れた今、広いフィールドで多数を相手にするのは無理だが(『跳弾』の跳ね返りは植物以外の生物に当たると起こらないのだ)こう言う街中での戦闘では死角がない。
「……」
俺は新たに魔法を放とうとする四人の魔方陣を展開早々破壊し、弓を番えた弓使いの手を撃って攻撃を阻止する。《戦士》相手には分が悪いので遠距離攻撃を阻止し続けても屋根に跳び乗ってレグルドを無視する。……一対一なら兎も角六対一で正面から撃退出来る程強くはないと思っている。近距離となると『零距離射程』を使わなければ勝てないと思うのだが、相手はトッププレイヤー。その存在は知っているだろう。警戒もされていると思って良い。
レグルドがその場から動かないように牽制しつつ跳ね返ってくる時間稼ぎをした。……そろそろだな。
「がっ!」
魔法を使う一人がこめかみに来た物凄い衝撃を受けて横っ飛びに吹き飛ぶ。
「なっ、何が起きた!?」
レグルドがそいつを振り返るが、充分に跳ね返って威力の上がったゴムのBB弾は一撃でそいつのHPを消し飛ばす。……一撃死かもしれないが。ゴム弾はその素材上、貫通はしない。打撃に分類される。そのため脳味噌破裂か頭蓋粉砕と言う感じになるのかもしれないが。
遠距離職は基本一ヶ所から動かない。それを利用しているので弾丸は次々とこめかみに直撃していく。
「クソッ! 【ガードシールド】!」
だがどこから跳んでくるかも分からない攻撃を防ぐことは不可能に近い。全方位防御の膜を展開した。良い判断だ。しかしそのアビリティには大きな弱点がある。殻に籠るその性質上、自分からは攻撃出来ないと言う弱点が。
なので俺は近付いて後頭部に向けて、跳躍して脳天に向けて、着地して脚に向けて【カードシールド】にピッタリ銃口をつけて『零距離射程』を放っていく。すると膜が破壊されていた。
「クソッ! 《銃士》如きに負けてたまるか!」
「……その情報、古いぞ」
《銃士》救済措置は元からあった。それに気付かなかっただけで、不遇職ではないのだと、俺は思う。
俺はレグルドの額に銃口を向ける。
「はっ! バカめ! 正面からの攻撃が通用するとでも――」
「……だからお前、素人か」
俺がお前に銃口を向けたのは、後頭部に向かって跳ねているゴム弾から注意を逸らすためだ。その必要も、なかったみたいだが。
ドゴォン! と言う物凄い音が響き、レグルドの後頭部に重々しい衝撃を齎した。
「かっ!」
レグルドは白目を剥いてHPを真っ白にし、倒れる。
『決闘、決着!』
渋い男の声が告げた。俺の目の前に表示され、渋い男の声が次いで言う。
『YOU WIN!』
「「「わああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」」
すると俺が思わずビクッとなってしまう程の大歓声が響いた。……そう言えば、七千人が見ているところでトッププレイヤーに勝ってしまったのだ。マズいな。俺個人の家を購入して誰も入れないように設定したい。初心者用工房ではいつか誰かが来るかもしれない。
「……」
俺は踵を返して小道に入り足早にその場を後にした。……クソッ。やはりPVの話も断りたい。コミュ障の俺に注目を浴びるような真似をさせるな。
俺は運営に悪態をついて歩いた。