↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR

短編小説どもの眠り場

「これはあくまで取引よ」と言い張る隣の席の彼女の耳が、どう見ても赤い

作者: 那須茄子
掲載日:2026/10/29

「今日も一人で昼食? 見ていて哀れだわ」


 隣の席の氷室凛は、文庫本から目も上げずにそう言った。


「お前も一人だろ。ぼっちの共有ができて嬉しいよ」

「一緒にしないで。私は望んで孤独なの。そう、これは孤高。対して、あなたは誰にも選ばれなかっただけ。私とは全然違うの」

「なるほど。売れ残りというわけか」

「あら。自覚があるなら結構よ」


 これが俺たちの日常。

 入学から半年、互いに一人で過ごしながら、隣の席という理由だけでこうして罵り合っている。不思議と不快ではなかった。むしろ、心地よさすら湧いてしまっている。



「ところで氷室、頼みがある」

「断るわ」

「まだ何も言っていない。食堂に限定のカツカレーパンが出たらしい。一日三十食、噂ではかなり美味い」

「相変わらず会話が下手ね。それで?」

「一人で買いに行く勇気がない。頼む、付き合ってくれ」


 手を氷室の前に突き出し、拝むように手を合わせる。

 ページをめくる氷室の指が止まった。ゆっくりとゆっくりと、こちらを向く。


「……自分で言っていて恥ずかしくないの?」

「事実だからな。恥じる要素がない。それに、礼として奢る」


 氷室は数秒だけ黙り、視線を再び逸らした。


「へぇー奢り、なのね。なら仕方ないわ。勘違いしないで、これは対価を受け取るだけの取引よ」

「ああ、取引だ」


 そういうことで、無事氷室は俺に付き添ってくれることとなった。

 昼休みの食堂へ肩を並べ訪れる。人波をやっとの思いでかき分け、最後の二個を確保できたのは奇跡に近かった。


 席に着くと、氷室は無言でパンを睨み、一口かじった。


「なるほど、悪くないわね」

「そうか。俺は絶品だと思うが」

「感想の語彙が貧しいのよ、あなたって」


 そう言いながら、氷室の口元がわずかに緩んでいるのを俺は見逃さなかった。こういう言う口ぶりだが、多分本音としては結構美味しかったに違いない。


 丁度氷室が二口目を囓ろうとしたそのとき、背後から能天気な声がした。


「あれ、神崎と氷室じゃん。二人で飯って珍しいな」


 振り返って見ると、クラスメイトの佐伯がニヤニヤした顔で居た。佐伯は俺たちの向かい合う席と、二つ並んだパンを見比べ、更にニヤけ面を増して言う。


「もしかしてお前ら、付き合ってんの?」


 次の瞬間、氷室の顔が目に見えて赤く染まった。

 首から耳まで、一気に。


「なっ……ち、違うわ! 誰がこんな男と!!」


 勢いよく立ち上がった拍子に、椅子が鳴る。

 まぁ落ち着けと手で制すも、氷室は無視して捲し立てるように早口で言う。


「たまたま、そう、取引で同席しているだけよ!! 彼が頼み込んできたから仕方なく、断じて、そういう関係ではないわ!!  訂正しなさい、今すぐ!!」


 普段の冷静さはどこへやら。

 佐伯が目を丸くしている。


「お、おう、悪かった。そこまで否定しなくても……」

「否定します!! 何度でも!! これはあくまでも取引なの!!」


 佐伯が苦笑しながら去っていくと、氷室は荒い息のまま席に座り直した。耳はまだ赤い。


「あなたも何か言いなさいよ」

「事実は事実だ。取引で同席しているだけだろう」

「そ、そうよ。そうだけど」


 氷室はパンを小さくかじり、俯いたまま呟いた。


「馬鹿……次の限定品が出たら、また教えなさい。取引なら、考えてあげるから」

「分かった。また奢る」


 そう答えながら、赤く染まったままの氷室の耳を、悪くないと思っている自分に気づいた。恋というのは、案外こういう形で始まるものなのかもしれないな。


 次の限定品が出る日が、少しだけ待ち遠しい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ちょいと鈍感くんと、ツンデレちゃんですね〜♪  (*^^*)  周りは「「「ハイハイ、まいどぉ〜」」」モードかな? 
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。