僕には聴こえない
テレビの画面を二度見した。
「これ、アイツじゃん」
確か、小学三年の時に一緒だった若山。僕は小四の時に転校したから、それっきりだったが。
顔写真は、どこか幼い頃の面影を残している。
仇名は、「ワカル」だ。お父さんが、交通事故で亡くなり、葬式の時に、「こうなると分かっていた」と、大泣きしていたのが印象的だった。
『……若山さんは、先月、六月三十日の夜、S浜に夜釣りに行くと言って家を出た後、行方不明になりました。翌日になっても戻らず、連絡が取れなくなったので、家族が警察に相談し、捜索したところ、S浜で若山さんの物とみられる釣り道具一式と、クーラーボックスが見つかりました。クーラーボックスの中には、80cmのシーバスが入っていましたが、若山さんの姿はなく、警察は事故と事件の両面で、引き続き捜索を行っています』
これは、良いネタだ。
最近、ユーチューブチャンネルの視聴数が、伸び悩んでいる。僕は、なんちゃってオカルト系ユーチューバーなのだ。
この事件は結構みんなの関心が高い。というのも、僕は知らなかったが、ワカルは有名なデイトレーダーであり、競馬ファンからは神のように崇めらる存在だったからだ。その、ワカルが、クーラーボックスに、デカいシーバスを残したまま、行方不明となった。連日、ワイドショーでも取り上げられる。
ふふふん。僕の強みは、元同級生で、ワカルが父親の死を予見した話を直に聞いたこと。
僕は「能力者」としてオカルト系チャンネル『僕には聴こえる』を開設している。「聴こえないものが聴こえる能力者」というのは、ぶっちゃけ嘘だ。オカルト系ユーチューバーになろうと思った時、ワカルのことを思い出し、そういう設定にしたのだ。
ワカルの能力は「見える」だから、被らないように、僕の能力は「聴こえる」にした。
適当なことを言って、視聴数を稼いでいたのだが、ワカル失踪のニュースを見た日から、夜中に目が覚めると、遠い波の音が耳の奥で鳴っているような気がした。「S浜」という単語が、頭の中に繰り返し浮かぶようになった。視聴者を増やす方便として、強く意識した結果なのか。もうこれは、S浜からライブ配信しろってことだよな。
満月の光が砂浜を白く照らしている。
一か月前、ワカルも同じ景色を見ていたのだろう。S浜は虚舟の伝説がある浜だ。
ライブ配信する前に深く息を吐いた。これ以上ない良いネタだ。元同級生の立場を利用できるのもラッキーだ。
でも、それだけではない。
ワカルの父親の葬式の後、皆が「ワカルは特別だ」と噂していた。予知ができる奴。僕たち普通の人間とは違う奴。僕もそうなりたかった。
だから、「僕もわかる。予知ができる」と噓をついた。
「近いうちに、〇〇山が噴火する」と。
しかし、当たり前だが、いつまで経っても、そんなことは起こらない。
ワカルにも否定され、僕は嘘を隠すために嘘を重ね、遂に、にっちもさっちもいかなくなった。結果、不登校になり、母親の実家近くの小学校に転校した。
「わかる」と言ったからいけないのだ。「僕には聴こえる」と言えばよかった。そうしたら、何かの聞き間違いとごまかせたのに。
僕はずっと、その「特別」に憧れていた。ワカルの軌跡を辿れば、自分も少し本物に近づける気がした。
配信スタート。
オカルトチャンネル『僕には聴こえる』のタイトルが効果音と共に流れる。
【有名デイトレーダー、S浜で失踪の謎を追う】
S浜の画像をバックに、僕のナレーションが入る。
「予兆はあった。
僕には海の声が聴こえたのだ。
いや、彼の声だったかもしれない。
失踪した若山さんに、いったい何があったのか、今から、現地で調査を開始する」
ライブスタート。
波音、砂を踏む音をマイクが拾う。
「こんばんは、キケルです。S浜にやってきました。ああ、今夜は満月です。若山さんの失踪から丁度一か月。浜辺に僕しかいません。実は、僕は若山さんと小学校の同級生です。彼には、特殊な能力がありました。何だと思います?」
視聴者のコメントが流れる。
『知ってるぞ。予知能力』
『視えちゃうんだよな』
「そうなんです。彼は自分の父親の死を前もって知っていたのです」
『えーっ、マジ?』
『だから、デイトレードと競馬で、稼げた』
『羨ましいね』
『でもさぁ、じゃあ、おかしくね? もし、事故だったら、避けられたんじゃ?』
「そう、だから、これは、事故じゃない。それに、僕には聴こえたんです」
目を瞑り、耳に手を翳す、いつものパフォーマンス。
『何が聴こえたのですか?』
『もったいぶらずに、はよ』
「僕には、こう聴こえました。『予知能力が消えてしまった』……」
これは夜中に目覚めた時に、聴こえた気がする。気のせいかもしれないが。
「……『株でも競馬でも、もう生活できない。絶望した』と」
口から出た言葉は概ね僕の創作だ。
『は? 働けよ』
『何、言ってんだよ』
「普通は働く。まぁ、それしか選択肢ないですよね。しかし、彼はイージーモードの人生に慣れてしまっていた」
『じゃあ、自殺ってこと?』
『マジ?』
重ねる嘘に声が少し震えた。いつもは、平気なのに、今夜は何故か胸がざわつく。
「そういうこt……ザッ、ザザザ」
ん? 何だ? ひどいノイズが走ってノートパソコンの画面が乱れる。砂嵐のような粒子が画面全体を覆い、通信が途切れたり繋がったりを激しく繰り返す。
なんだよ、ライブ配信中なのに。
同時に耳の奥で、波の音とは明らかに違うざらついた音がした。
何だ、あれは。
海から現れた赤い髪の女性が首を傾げる。近付きながら、僕を見て首を横に振った。
『通信状態が悪いな』
「……○△……★*×◆」
ノイズの合間に、明らかに自分の声ではない音が混じる。電子音のような、砂が混ざったようにザリザりとして歪んだ響きだ。
言葉がわからない。でも何かに「乗れ」と言っている気がする
『なぁ、何か女の声が聴こえないか?』
『おい、今、一瞬、赤い髪の毛みたいの』
ピッ!
乾いた電子音が、ノイズを突き抜けて耳の奥に直接響いた。
画面の砂嵐が一瞬、輪郭を持ったように揺れる。
ボコボコボコボコ!
画面は完全に砂嵐だ。それでも耳の奥に聞こえるノイズは更に濃くなり、何か巨大なものが水面を浮上する音が混じり始める
「う、うわぁ……」
『怪獣でも現れた?』
これは演出じゃない。
こいつは何者だ。あれは何だ。
今、目の前で、とんでもない事が起きている。
これが虚舟なのか? ネットで見た画像によく似ていた。
「能力」を騙っていた僕が本当に何かの能力に目覚め、その能力が、これを呼び寄せてしまったのだろうか。
すごい、すごいよ。やっぱり、ワカルのお陰か?
「特別」になれたかもしれないという、甘い期待で胸が高まるのと同時に、恐怖で息苦しくなり指先が震えた。
僕はこれからどうなるんだろう。
いやいや、そんな事より、視聴数を稼げる。虚舟と謎の女をライブ配信できるんだ。これは、世界的にヒットする。間違いなく。
今こそ、ライブ配信をと思うが、ノートパソコンの画面は砂嵐状態だ。
「皆、聴こえている?」
「おーい、誰か」
画面横のコメント欄を見るが、僕の呼びかけに視聴者の反応はない。少し前の僕の叫び声に反応している。タイムラグなのか、それとも、音声が繋がっていないのか。
『悲鳴?』
『何も聴こえなくなったぞ』
『キケルどうした?』
『襲われた?』
何も映っていない画面横のコメントが、すごい速さで流れていく。
『誰か、通報しろよ』
『これ、やばいやつじゃ』
僕は、知らない赤い髪の女性と銀色の舟に乗り込んだ。僕の意思とは関係なく、体が動く。何なんだよ、これは。
舟の上部のハッチが閉まると、静かに海中に潜り始めた。その瞬間、世界から音が消える。
「……聴こえない!」
声に出した。
「ふっ」
自嘲気味に笑う。最初から何も聴こえていない。ワカルみたいに普通じゃない自分でいたかっただけだ。
「僕には聴こえない!」
僕は普通の人間だ。「聴こえる能力」など、でっち上げだ。もう、嘘はやめるから、日常に戻してくれよ――
視聴者の通報により、最寄の警察がS浜に到着したのは、それから数時間後。
満月の白い砂浜に、キケルのノートパソコンが残されていたが、本人の姿はどこにもなかった。
了




