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第4話 愚者たちの末路と極上の溺愛

王国の空から大結界の光が消え去ってから、わずか三日。

かつて大陸の西に栄え、周辺諸国に対しても傲慢な態度を取り続けてきた王国は、文字通り地図から消滅する寸前まで追い込まれていた。

結界という唯一の盾を失った王都には、辺境から押し寄せた無数の魔物たちが雪崩れ込んだ。豪華絢爛だった大聖堂の尖塔は翼竜の炎によってへし折られ、美しく舗装されていた大通りは地響きを立てて闊歩する巨大な魔獣の足跡で無残に砕かれている。

さらに致命的だったのは、帝国の黒の女帝たる私、セレナ・ヴァン・アシュクロフトが下した『完全なる経済制裁』だった。

流通網を完全に断たれた王都は、一日も経たないうちに深刻な食糧不足と物資の枯渇に陥った。恐怖と飢えに狂った民衆たちは、自分たちを騙し、この惨劇を招いた王族や貴族たちへと怒りの矛先を向けた。王宮の門は暴徒と化した市民たちによって打ち破られ、略奪と破壊の嵐が吹き荒れたのだ。

空を焦がす黒煙と、至る所から聞こえる悲鳴と怒号。それが、私からすべてを奪い、死の森へと追放した愚か者たちが迎えた結末だった。


「……随分と醜悪な景色になったものだ」


王宮の最も高い場所に位置する、かつての玉座の間。

天井の半分が崩落し、冷たい風が吹き込むその廃墟の中で、私は大帝国の宰相ルーファス・ヴォルフガングの腕に抱かれながら、眼下に広がる滅びゆく王都を見下ろしていた。

私が身に纏っているのは、帝国の最高級の漆黒のシルクで仕立てられたドレス。その裾には本物のダイヤモンドが散りばめられ、歩くたびに夜空の星のように煌めいている。

ルーファスは私の腰を抱き寄せ、その冷徹な銀色の瞳で、床に這いつくばる者たちを虫けらでも見るかのように見下ろしていた。


「ひぃっ……! あ、あぁぁ……」


玉座の階段の下、かつては磨き上げられた大理石だった瓦礫の上に、太い鉄の鎖で繋がれた者たちが跪かされていた。

帝国の精鋭部隊によって捕縛され、ここまで引きずり出されてきた王国の最高権力者たち。

第一王子であったレオンハルト。

自称・光の聖女であったマリアベル。

そして、私を搾取し続けた実の家族、アシュクロフト伯爵一家だ。

数日前、大聖堂で豪華絢爛な結婚式を挙げていた時の面影は、もはや微塵も残っていなかった。


レオンハルトが着ていた純白のタキシードは、逃げ惑う最中に泥と血にまみれ、無残に引き裂かれている。綺麗に整えられていた金髪は煤で汚れ、虚ろな目をして小刻みに震えていた。

マリアベルに至っては、さらに悲惨だった。彼女は暴徒化した民衆たちから「偽聖女め!」「お前が結界を壊したんだ!」と石や汚物を投げつけられ、顔中が痣だらけになっていた。自慢の桜色の髪は泥で固まり、ドレスはただのボロ布と化している。

アシュクロフト伯爵一家も、帝国の闇金業者――つまり、私の直属の部下たちによって身ぐるみ剥がされ、豪華な装飾品はおろか、靴すらも奪われて裸足で震えていた。


「さて、レオンハルト元王子。そして元男爵令嬢マリアベル。並びに元アシュクロフト伯爵」


私が冷たく澄んだ声で呼びかけると、彼らは弾かれたように顔を上げた。

かつて私を『魔力ゼロの無能』と嘲笑い、汚いゴミでも見るような目を向けていた彼らの瞳には今、底知れぬ恐怖と、そして見苦しいほどの懇願の色が浮かんでいた。


「せ、セレナ……! 頼む、助けてくれ……!」


レオンハルトが鎖を鳴らしながら、必死に階段を這い上がろうとしてきた。しかし、傍らに控えていた帝国の兵士に無慈悲に蹴り飛ばされ、血を吐きながら床に転がる。

それでも彼は、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を私に向け、必死に命乞いを始めた。


「俺が悪かった! 俺が愚かだった! お前の力がどれほど偉大だったか、今ならわかる! だから結界を戻してくれ! 帝国軍を動かして、この国の魔物を駆逐してくれ!」

「……」

「俺はお前を愛していたんだ! ずっと昔から、お前こそが俺の正妃だと心に決めていた! あの女……マリアベルの薄汚い魅了魔法に騙されていただけで、俺の心には常にお前がいたんだ! 頼む、セレナ! 俺たち、もう一度やり直そう! お前が望むなら、この国をお前にやってもいい!」


レオンハルトのあまりにも身勝手で、どこまでも自己中心的な言葉に、私はため息すら出なかった。

愛していた? 魅了魔法に騙されていただけ?

どの口がそんな戯言を吐くのだろう。私が徹夜で仕上げた書類を自分の手柄だと自慢げに語り、私を公衆の面前で突き飛ばし、ドレスを剥ぎ取り、極寒の死の森へ転移させたのは、他でもない彼自身の意志だったというのに。


「殿下、ひどいですわ……! あんなに私を愛していると、ずっと一緒にいようと言ってくださったのに!」


マリアベルが裏返った声で金切り声を上げた。

彼女もまた、泥だらけの手を組み合わせ、私に向かって必死にすがりついてこようとした。


「お姉様! 私たち、ずっと仲良しでしたよね!? 私、お姉様のこと本当のお姉様みたいに慕っていたんです! 殿下が勝手に私を聖女に祭り上げただけで、私に悪気はなかったんです! だから許してください! 私はただの可哀想な被害者なんです!」

「お前っ……ふざけるな、この泥棒猫が!」

「なんですって! そもそもあなたが無能だからこんなことになったんじゃないですか!」


絶望の淵に立たされた二人は、醜く罵り合い、互いの顔を引っ掻き合い始めた。愛だの永遠だのと誓い合っていた絆など、初めから存在しなかったのだ。ただ互いの権力と虚栄心を利用し合っていただけの、中身のない空虚な関係。

その見苦しい取っ組み合いを、ルーファスが冷たい声で制止した。


「黙れ、薄汚い豚ども。貴様らの下劣な声は、私の美しい女帝の耳を穢す。次に言葉を発した者は、舌を根元から引き抜くぞ」


ルーファスから放たれた圧倒的な殺気に、レオンハルトとマリアベルはビクンと体を震わせ、声にならない悲鳴を上げて口を噤んだ。


今度は、アシュクロフト伯爵が這いつくばったまま、擦り切れた声で私に話しかけてきた。


「セ、セレナ……我が愛しき娘よ。お前は昔から優しく、家族思いの素晴らしい子だった。父は知っているぞ。お前が私たちを見捨てるはずがないと。な? 借金をチャラにして、私たちを帝国へ連れて行ってくれ。私たちは家族ではないか。血の繋がった家族だろう……?」

「そうですわ、お姉様! 私、お姉様のこと尊敬していましたの! だからどうか、私だけでも助けて……!」


継母も異母妹も、気狂いのように何度も床に頭を擦りつけて懇願してくる。

家族。その言葉を聞いた瞬間、私の心の中で最後に残っていたかすかな灰のような感情すらも、冷たい風に吹かれて完全に消え去った。


私はゆっくりと階段を下り、彼らの目の前で立ち止まった。

私を見上げる彼らの目には、「もしかしたら許してもらえるかもしれない」という卑しい期待が微かに光っていた。


「愛していた。被害者だ。家族だ。……本当に、どこまでも救いようのない方々ですね」


私は感情の一切を排除した、氷のように冷徹な眼差しで彼らを見下ろした。


「私が毎日、血を吐くような激痛に耐えながら魔力を搾取されていた時、あなた方は私を嘲笑い、贅沢を貪っていましたね。私が寝る間も惜しんで国の政策を立てていた時、あなた方は私を無能と罵り、別の女と愛を囁き合っていましたね。そして、私が死の森で魔物に喰われようとしていた時、あなた方は豪華なワインで乾杯していた」


私の静かな言葉が響くたび、彼らの顔色から血の気が引いていくのがわかった。


「私が流した涙と血の量に比べれば、あなた方のその程度の涙など、ただの汚水にすぎません。和解? 許し? 笑わせないでください」


私はふわりとドレスの裾を翻し、彼らに背を向けた。

もう、彼らの顔を見るのすら不快だった。


「あなた方は私の人生において、もう何の価値もない塵です。視界に入ることすらおぞましい。永遠に這いつくばり、自らの愚かさを呪いながら泥を啜って生きなさい」


完全に救済を絶たれたその言葉に、彼らは絶望のどん底へ突き落とされた。

ルーファスが私の横に並び立ち、彼らを見下ろして冷酷な笑みを浮かべた。


「判決を下す。大帝国への反逆、ならびに我が帝国の至宝であるセレナを害そうとした罪により、貴様ら全員の身分を永久に剥奪する。そして、極北の『魔石鉱山』における終身強制労働の刑に処す」


極北の魔石鉱山。

それは、私が追放された死の森よりもさらに北に位置する、絶対零度の地獄だ。

太陽の光は一年中届かず、猛吹雪の中で致死量の瘴気を放つ魔石を一日中掘り続けなければならない。労働者には十分な食料も与えられず、倒れればそのまま魔物の餌として放り出される。生きてそこから帰ってきた者は、歴史上ただの一人もいない。


「ひ、ひぃぃぃぃぃぃっ! いやだ! 助けて! 助けてくれぇぇぇぇっ!!」

「いやぁぁぁぁっ! 私は聖女なのよ! 私はこんなところで終わるはずじゃないのよぉぉぉっ!!」

「セレナ! セレナァァァァッ!!」


帝国の屈強な兵士たちによって首根っこを掴まれ、引きずられていく彼らの絶叫が、崩れかけた玉座の間に響き渡る。

床に爪を立て、血を流しながら抵抗する彼らだったが、容赦のない蹴りと鞭が飛び、ズルズルと闇の奥へと引き摺り込まれていった。

彼らの悲痛な叫び声が完全に聞こえなくなるまで、私はただ無言でその場に立ち尽くしていた。


すべてが、終わったのだ。

私を苦しめていた過去の呪縛、私を虐げた者たちへの復讐。

かつて彼らが絶頂期で味わっていた優越感は完全に打ち砕かれ、私が味わった以上の絶望を彼らに与えることができた。

これでようやく、私の心の中に渦巻いていた暗い炎が静まった。


「……終わったな、セレナ」


背後から、温かく、そして力強い腕が私の腰を包み込んだ。

ルーファスだった。彼は私の肩に顎を乗せ、労うようにそっと首筋に唇を落とした。

公の場で見せる冷血で恐ろしい黒幕宰相の顔は、そこにはもうなかった。私と二人きりになった時だけ彼が見せる、熱を帯びた甘い声が耳元をくすぐる。


「はい。これで、王国への復讐は完全に終わりました。何もかも、あなたが力を貸してくださったおかげです。ルーファス様」


私が振り返って彼を見上げると、ルーファスは氷のように美しかった銀色の瞳を、信じられないほど熱く、蕩けるような色に染めて私を見つめていた。


「いや、私はただ舞台を用意しただけだ。すべては君自身の力と知略が成し遂げたこと。君は本当に美しく、そして冷酷に彼らを破滅させた。あの瞬間、君の瞳に宿っていた絶対的な支配の光……あれを見るたびに、私は気が狂いそうになるほど君を愛おしく思うのだ」


ルーファスは私の頬を両手で包み込み、少しの隙間も与えないほど強く、そして深く口づけをした。

彼の唇は火のように熱く、私のすべてを奪い尽くすかのような激しさを持っていた。息が詰まり、私が小さく抗議の声を上げると、彼は少しだけ唇を離し、私の目尻に浮かんだ涙を親指で優しく拭った。


「君を拾ったあの日、私はただの『面白い駒』を見つけたくらいにしか思っていなかった。だが、共に帝国の裏社会を統べ、君の気高さと強さに触れるたび、私の心は君という猛毒に完全に侵されてしまったようだ。他人に一切の関心を持たなかった私が、今では君が一秒でも私の視界から消えることすら恐ろしい」

「ルーファス様……」

「君は私の魂だ、セレナ。君が流した血も涙も、君が抱えていた過去も、すべて私が愛し、私が埋め合わせる。だから……」


ルーファスの腕が私の背中を抱きしめる力が、さらに強くなった。

彼の鼓動が、私の胸に直接伝わってくる。世界最強の魔導師であり、冷血無慈悲な宰相として恐れられる男が、私という一人の女の前でだけ、こんなにも切実な執着と独占欲を露わにしているのだ。


「もう二度と、私の腕の中から逃がさない。君は永遠に、私だけの女帝として君臨し続けるのだ。たとえ君が逃げようとしても、世界の果てまで追いかけて、再びこの腕の中に閉じ込める」


その重すぎるほどの愛の告白に、私は心の底から湧き上がるような幸福感を感じていた。

かつて、自己犠牲と善意だけで尽くしていた頃には、決して手に入らなかった本物の愛。

私を傷つける者には容赦なく絶望を与え、私を愛してくれるこの男の狂気的な執着には、すべてを委ねよう。


「逃げたりなんてしませんわ。私はもう、あなたの毒にすっかり当てられてしまいましたもの」


私が微笑んで彼の首に腕を回すと、ルーファスは心の底から安堵したような、そして極上に甘い笑みを浮かべた。


「愛している、私のただ一人の女帝」


彼が再び私に深く口づけを落とす。

崩壊した王宮の外では、滅びゆく王国の最後の炎が赤々と燃え上がっていたが、今の私にはもう、どうでもいいことだった。

過去の残骸はすべて灰となり、風に吹き飛ばされていく。

私を虐げた者たちは、極寒の地獄で永遠に後悔と絶望を味わい続けるだろう。


そして私は今、最強の男からの病的なまでの溺愛に包まれながら、帝国の女帝として、これ以上ないほどの最高の幸せを手に入れたのだ。

私の第二の人生は、この熱く甘い闇の中で、永遠に輝き続けることだろう。

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