表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

悪役令嬢イザベラの断罪手帖

悪役令嬢は断罪の舞台で微笑む

作者: 九条 綾乃

第一幕:華麗なる前兆と断罪の舞台


 王宮最大の「宵闇の宴」は、この季節、王都で最も重要な社交の場であった。天井が高く、黄金の装飾が施された大舞踏会ホールは、数千本のキャンドルとクリスタルシャンデリアの光で満たされ、参加者たちの豪華な衣装をさらに輝かせている。


 イザベラは、深紅のイブニングドレスに身を包み、ホールの中央近くで、侯爵家の威厳を体現するように立っていた。彼女の周りには、好奇と羨望の入り混じった視線が集まっている。誰もが知っていた。今日の舞踏会で、アルフォンス殿下が婚約者であるイザベラを断罪し、愛人であるリリアン・エヴァンスを公に擁護する『劇』が始まることを。


 イザベラの心境は冷静だった。彼女の視線は、騒動が起こるであろう場所ではなく、玉座の間にある国王陛下の硬い表情にのみ注がれていた。彼女は、この劇の真の観客が、群衆ではなく、国王陛下であることを理解していたからだ。


 音楽が途切れ、不自然な沈黙が訪れた。アルフォンス・アーデルハイド殿下が、イザベラの手を、まるで汚らわしいものに触れたかのように乱暴に振り払い、全聴衆に向かって激情的に宣言した。


「イザベラ・ロザリンド! 貴様は王家の栄光を貶め、私の名誉を傷つけた。よって本日をもって、貴様との婚約を破棄する!」


 イザベラは、動揺の欠片も見せず、優雅な笑みを浮かべたまま、静かにアルフォンスを見据えた。隣には、白く華奢なドレスのリリアンが、怯えた様子を装いながらも、その瞳に隠しきれない勝利への陶酔を滲ませて控えている。



第二幕:三つの罪状と周到な反証


 アルフォンスは、リリアンを庇うように前に立ち、第一の罪状を声高に叫んだ。


「一つ目の罪状! 貴様は、心優しきリリアンに対し、嫉妬の念から陰湿な嫌がらせと、悪意ある罵倒を浴びせた! 貴様が発した『下賤な血筋』という罵倒は、リリアンの心を深く傷つけた!」

 イザベラは、扇で口元を優雅に隠しながら、冷静かつ論理的に反論した。


「殿下、それは彼女の自己保身のための虚偽です。わたくしが彼女を呼び出したのは、彼女が王宮図書館の秘蔵書庫にある羊皮紙製の『古代語辞典』に、不注意により多量の赤ワインをこぼし、それを隠蔽しようとしたことを発見したからです」


 イザベラは、背後の侍女に目配せをした。侍女は、小さな木箱を手に、国王の近衛兵に差し出した。


「わたくしは図書館長補佐として、文化財保護の観点から助言したまで。この箱の中には、ワインの染みが残る羊皮紙の破片と、彼女が隠蔽を図ろうとして持ち出した際の、書庫の警備日誌の控えが収められています。殿下は、国の貴重な文化財が危機に瀕した状況を、単なる『いじめ』と断定されるのですか?」

 貴族たちの間に、驚きと軽蔑のどよめきが走る。アルフォンスは顔を赤くし、リリアンは唇を噛み締めた。


「二つ目! 貴様の一族は、リリアンの父君が運営する貧民救済のための孤児院への寄付金を、慈善事業を装い集めながら、その一部を横領し、私腹を肥やしていたという疑いが濃厚だ!」


「横領とは、大それた罪状ですわね。わたくしの一族は、特定の私設孤児院ではなく、王立慈善病院の拡張計画に多額の寄付をしており、帳簿は開示済みです。むしろ、リリアン嬢の父君が経営する孤児院は、先日の国の会計監査で、寄付金全体の約六割が、父君個人の美術品や海外からの贅沢品の購入に流用されていたという国王陛下直属の監査官による公式報告書が提出されております」


 イザベラは言葉に力を込めた。


「殿下は、国王陛下の監査官が提出した公文書の内容を知りながら、なぜ虚偽の告発をされたのでしょうか?これは、王室の公式な監査結果への挑戦と見なされても仕方ありませんわ」

 国王陛下は、この時、静かに頷いた。リリアンは目に見えて動揺し、アルフォンスの袖を掴んで揺さぶった。


「三つ目! 貴様は、嘘の噂を流してリリアンを社交界で徹底的に孤立させ、更には王家からの下賜品である首飾りを盗み、国外で売却して家を破滅に追いやろうとした!」


「盗難とは、滑稽ですわね。リリアン嬢が孤立したのは、彼女がわたくしの兄を含め、複数の既婚貴族男性に、不適切な内容の恋文を送り、複数の家庭の平和を乱したからです。そして、首飾りについてですが…」


 イザベラは微笑みを深めた。


「あの首飾りは、リリアン嬢の父君が巨額の借金返済のため、王都の闇質屋に持ち込み売却した、ということが事実でございます。その質屋からの売買契約書と、父君の署名入り明細の控えがこちらにございます。盗難ではなく、経済的な困窮による私的な売買を、わたくしの罪としてすり替えようとするのは、いささか無理があるのではないでしょうか?殿下は、犯罪と経済問題を混同しておられるようです」



第三幕:致命的な第四の罪状と真実の暴露


 アルフォンスの顔は、最早怒りではなく、屈辱と恐怖に歪んでいた。リリアンのついた嘘が、全てイザベラの周到な準備と公的な証拠によって、論理的に打ち砕かれていく。彼は、もはや後戻りできない状況で、最後の、最も深刻な罪状を口にした。


「…四つ目! そして最も許しがたい罪! 貴様は、私とリリアンの真実の愛を妬み、三日前の王宮の晩餐会で、リリアンのスープに毒を盛り、彼女を暗殺しようとした! その薬物も既に、王宮衛兵によって押収されている!」


 ホールは再び、この衝撃的な告発にざわめいた。毒殺未遂は、王族への反逆罪、死罪である。リリアンは、今度こそ勝利を確信したかのように、アルフォンスに縋り付いた。

 イザベラは、扇をゆっくりと閉じ、優雅な仕草で一歩前に進み出た。


「恐れ入りますが、殿下。その『毒』と称される薬物は、わたくしが個人的に研究している薬草学の分野で、極度の疲労や心身の消耗に効く、王宮の薬師長も認めている強壮剤ですわ」


 イザベラは、再度侍女に合図を送り、侍女は封筒を近衛兵に渡した。


「リリアン嬢は体調を崩していると聞いておりましたので、わたくしは婚約者として殿下の側室となるかもしれない女性の体調を案じ、王宮薬師長による正式な成分鑑定書と、彼女の侍女への手渡しを依頼した公的な文書を添えて、彼女に渡すよう手配したのです。もし本当に毒を盛るつもりなら、わたくしがこれほど公的な手続きを踏むでしょうか?むしろ、殿下が公的な薬師の鑑定書の内容を無視し、個人的な感情で『毒』だと断定されたことの方が問題ですわ」


 イザベラは、アルフォンスの真正面を見据えた。その瞳には、侮蔑が宿っていた。


「殿下。わたくしの真の罪は、殿下が、何の根拠もなく、侯爵家を代表するわたくしを陥れるために、王宮の公的な証言、そして国の公文書を軽視し、一人の女性の個人的な告発を、事実の確認なしに、この公の場で採用されたことを、見過ごすことができない、という点にございます」

 彼女の言葉は、まるで鋭利な刃物のように、アルフォンスの王族としての権威を切り裂いた。


「殿下の行動は、王族としての判断力の欠如、真実を見抜けない愚かさ、そして何よりも侯爵家を意図的に陥れようとした悪意を示しています。これこそが、国を揺るがす真の反逆行為に他なりません」



第四幕:国王の決断と栄光のフィナーレ


 アルフォンスは、全身から力が抜け、その場に崩れ落ちた。リリアンはもはや泣き叫ぶことすらできず、顔面蒼白で震えている。

 玉座の国王陛下が、ついに立ち上がった。国王の目は、長年にわたり国を統治してきた者の、重い決断の光を宿していた。


「アルフォンス・アーデルハイド」


 国王の声は、静かでありながら、ホール全体を圧倒した。


「私はこれまで、お前の感情的な軽率さや、問題から逃げる癖を、若さゆえの未熟さと見過ごしてきた。だが、今日の行いは看過できぬ」

 国王は、イザベラに向かって深々と頭を下げた。


「イザベラ・ロザリンド嬢。そなたの知性、周到さ、そして何よりも真実を追求する勇気は、次期王妃にこそ相応しい。そなたの名誉を傷つけたことを、王として深く詫びる」

 そして、アルフォンスに振り向くと、その目に慈悲はなかった。


「お前は、国の文化財、慈善事業、貴族の名誉、そして王宮の法と手続き、その全てを己の恋のために踏みにじった。そして、己の失態を婚約者の罪に転嫁しようとした。これほどまでに公正さを欠き、真実から目を背ける者に、この国の玉座を託すことは断じてできぬ」


 国王は、重い言葉を口にした。


「本日をもって、第二王子の称号を剥奪し、王位継承権を永久に取り消す。アルフォンス、お前は辺境の修道院へ赴き、己の傲慢さと愚かさを償え。そして、リリアン・エヴァンス。貴様は、虚偽の告発と、王族の間に不和を持ち込んだ罪により、即刻、生家の全ての財産を没収の上、国外へ追放とする」


 アルフォンスは虚ろな叫びを上げ、リリアンは絶望の悲鳴とともに衛兵に連行されていった。ホール内の貴族たちの視線は、瞬時にアルフォンスから離れ、イザベラへと集中した。

 その時、貴族の群れの中から、イザベラの兄である侯爵家当主エドワードが静かに進み出た。彼はイザベラに微笑みかけ、国王に深く頭を下げた。


「国王陛下。公正なる裁定に、侯爵家を代表し、心より感謝申し上げます。妹イザベラが、王室の威信を守り抜いたことを、誇りに思います」


 国王は、その場で異例の宣言を行った。


「イザベラ・ロザリンド嬢を、王室顧問として招く。彼女は今後、王室の会計監査、文化財保護、そして外交戦略において、私に直接進言する権利を持つものとする」


 悪役令嬢として断罪されるはずだったイザベラは、一夜にして、王国の良心と知性を司る、非王族最高の地位に就いた。侯爵家は、この出来事により、国の実質的な最高権力の一角を担うこととなった。

 イザベラは、国王の言葉を静かに受け止め、冷たい光を放つシャンデリアを見上げた。彼女の唇には、全てを支配し、真実を勝利させた者の静かな笑みが浮かんでいた。


(おしまい)

この話は「悪役令嬢イザベラの断罪手帖」の一部です。

よろしければ、他のストーリにもお目通しくださいませ。

https://ncode.syosetu.com/s8420j/

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
内容は作り込まれていて面白かったです。理路整然と論破していく令嬢が素敵でした。 気になる点:個人的には、幕タイトルが不要な感じに思えるのと、幕タイトルや台詞と文章の間に余白がないので若干窮屈で読みづ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ