番外編
「グフフフ。今日もメイドのみんなはカワイイなぁ。グフ、グフフフ……」
ここはフロゥトでも有数の規模を誇る繁華街の一つ「マシマトマ」。フロゥトにおけるサブカルチャーの聖地とも呼ばれているここは、他の繁華街ではできないようなビジネスモデルも時に成立することがある。
俺が経営しているこのメイド喫茶も、そんなビジネスモデルの一つだった。ここで働いている女性店員たちは、全員俺が用意したメイド服を制服として着用している。
「グフフフフ。今日も俺の店は満員御礼だなぁ。こいつは、みんなにボーナスを弾んでやらなくちゃなぁ。グフフフフ……」
女性店員向けにメイド服を制服として採用しているのは、なにも俺の店だけではなかった。最近は少し高級志向を謳う喫茶店でも、こうしたメイド服を来た女性店員が接客に応じるケースが出始めている。
ただ、俺の店はサブカルチャーの聖地でもあるマシマトマで随分長くやってきた。それは、彼女たちに着用させているメイド服が、いわゆる一般的なそれとは一線を画したデザインになっていたからだ。
「あの、店長。少し、ご相談があるんですが」
俺が店の今後の経営計画を考えていると、俺の店で働く女性店員の一人が、俺に相談があると言ってきた。
「んっ、どうしたのかな、カラスたん?」
「はい、店長。実は、お客さんたちから、ぜひ「マシマトマメイドコンテスト」とかいうものを開いてほしいと相談されまして……」
ここの女性店員の一人である「カラス」からの相談内容。それは、以前から開催を打診されていた、俺の店主催によるマシマトマ全区域を対象としたメイドコンテストの相談だった。
「……また、その話か。確かに、うちの店なら十分主催することはできるだろうが、果たして本当に集まるのか……?」
「それは、問題ないと思います。なんでしたら、私もそのコンテストに出場したいぐらいですから」
俺の悩みをよそに、カラスは出場する気マンマンのようだった。これは、そろそろ本腰を入れて開催を検討しなければならないだろう。
「分かった。他の店にも連絡してみるから、後は俺に任せておけ」
「分かりました、店長」
俺は普段の口調をできる限り隠しながら、お店の経営者らしいところを見せようと必死だった。やがて、カラスが店に戻っていくと、俺はいつもの言葉遣いに戻り、コンテスト開催に向けて動き出した。
「グフフフ。俺の長年の夢が、ようやく叶う時が来た。グフ、グフフ……」
「みなさん。ようこそ「マシマトマメイドコンテスト」にお越しくださいました」
それからしばらくして、俺は自分の店から少し離れたイベントホールを借りて、念願だった「マシマトマメイドコンテスト」の開催にこぎつけていた。
このコンテストは、マシマトマで営まれている全てのメイド喫茶を対象とした、最高のメイドを決める初のコンテストだった。
「さぁて、本日の主役を務めます、メイドさんたちをご紹介いたしましょう」
今回出場する女性たちは、全員俺自身のオーディションによって選ばれた、俺好みのメイドさんばかりだ。つまるところ、このコンテストは俺の個人的な性癖を満たすためのものというわけだ。
俺の店からも「カラス」「シルヴィ」「フロン」の三人の女性店員が出場することになっている。いずれも俺のお気に入りの女性たちだが、他の店からも選りすぐられた女性たちが集まっているようで、これは大いに盛り上がるコンテストになりそうだ。このようなコンテストを開催することができるのも、マシマトマという地域の特殊性があればこそ、なのだろう。
「た、大変です! 店長!」
しかし、現れたのはメイドたちではなく、裏方として参加している男性店員だった。かなり血相を変えてやってきたところを見るに、尋常ではないことが起こったのは明白だった。
「どうした、何事だ?」
「そ、それが! 出場予定の女性たちが全員! どこかに行ってしまったんです!」
その知らせを聞いた俺は、予想外の事態を前に、思わぬ衝撃に襲われた。コンテストの出場者たちが全員いなくなった。これは一体どういうことなのか。
「な、なんだと! それで、フロゥト警察庁には知らせたのか!」
「はい! すでに連絡してあります! 恐らく、他のスタッフたちが、今頃応対しているかと……」
まさかの警察沙汰。会場は騒然とした空気に包まれた。
なんということだ。犯人が誰であれ、俺の長年の夢を邪魔するとは。しかし、だからといってこのままコンテストを中止にするわけにもいかない。
「うぅむ、どうしたものか……、んっ? あれは……」
俺はどうすればこの状況を切り抜けることができるか思案していた。そこで観客席を見渡してみると、ふとその中に奇妙な三人組がいるのを発見した。
「なんだ、あいつらは……? 妙な形の眼鏡をかけているな……。あの眼鏡の下は、果たして美人なのか……?」
俺は、その大きな瓶底眼鏡をかけた女性たちに、不思議な魅力を感じていた。あの眼鏡の下の素顔が気になる、ということももちろんだったが、それ以上に、眼鏡っ娘という属性もまた、俺に取って十分興味をそそられるものだった。
「なぁ、君たち。もしよかったら、代わりにこのコンテストに出場してみないか?」
俺は、断られることを承知の上で、彼女たちにコンテストへの出場を打診してみた。
「なんでシュか? 私たちはコンテストを観に来ただけで、私たちが出るつもりは一つもないっシュよ」
「まぁまぁ、そう言わずに。優勝者には、この賞金100万レフを、この場で贈呈してあげるからさ」
語尾が特徴的な女の子の一人が、そっけなく断る返事をした。俺はそれならばと言わんばかりに、懐から今回の賞金が入った封筒を取り出した。
「ひ、100万レフ! 出る! 出る! 出るでごじゃるよ!」
「ちょっと、そんな安請け合いはよくないポよ。でも、確かに100万レフの賞金は、メチャクチャ魅力的ポよね」
他の女の子たちが、賞金に興味を示した。やはり、この手の女性を動かすには、金の力が一番分かりやすい。
「……全く、二人共現金なんでシュから。まぁ、ちょうど暇だったし、私も参加してやるっシュよ」
「そうか、ありがたい。それじゃ、今日のコンテストは、急遽「マシマトマ眼鏡っ娘メイドコンテスト」に変更だ」
想定外のトラブルではあったが、これもイベントの醍醐味というものだろう。俺は彼女たちを更衣室に案内し、そこで各々自由にメイド服に着替えてもらった。
「……みなさん、大変長らく、お待たせいたしました。只今より、急遽予定を変更いたしまして、「マシマトマ眼鏡っ娘メイドコンテスト」を開催いたします!」
ステージの上には、自由にメイド服に着替えてもらった彼女たちの姿があった。俺はたまにはこういうのも悪くないと思い、彼女たちのメイド姿をこの目に焼き付けようと必死だった。
「さぁ、早速まいりましょう! エントリーナンバー1、シギさんです!」
「ど、どうも、シギでシュ……」
まず最初に紹介したのは、「シギ」と名乗る女性だった。語尾に「シュ」を付ける特徴的な喋り方に、上側に黒ぶちが入ったインテリ風の眼鏡をかけている。
それなりの服を着れば、敏腕キャリアウーマンと言われても誰も疑わないだろう。そんな彼女が少し肌の露出が高いメイド服を着ているというのは、紺色の髪の毛とのコントラストと相まって、ある種のギャップを演出していた。
「うんうん、いいですね。よく、似合っていますよ。では、次。エントリーナンバー2、タダヨさんです!」
「はぁい、タダヨでごじゃるよ~」
続けて二人目に紹介したのは、「タダヨ」と名乗る女性だった。彼女もシギと同様眼鏡をかけているのだが、シギのそれとは異なり、丸く縁のない大き目の形状が印象的だった。
シギのそれよりも目元をより隠す効果があり、加えてシギに近い濃い青色の髪の毛、さらに「ごじゃる」を多用するどこか古風な喋り方もまた、相応にギャップという魅力を引き立てているように思える。
「これもいいですね。これは審査が難しくなりそうだ。さぁ、最後です。エントリーナンバー3、チーポさんです!」
「チーポだポ。今日はよろしくお願いするポ」
最後に紹介したのは、「チーポ」という女性だった。彼女は先のシギやタダヨとは異なり、水色の髪にお団子ツインテールという変わった風貌をしている。そこにシギよりもさらに少し大きい、いわゆる「グルグル眼鏡」を着用している。
そんな彼女もまた、語尾に「ポ」を多用する独特の喋り方を持っていた。彼女のメイド姿は、俺が今まで見てきたメイド姿の女性たちのいずれにも当てはまらない、サイケデリックで奇妙な魅力を醸し出している印象があった。
「では、これから審査に入りましょう。まずは、最初の課題から……」
彼女たちが揃ってステージの上に出てきた。俺は本来の予定をその場で色々組み直しながら、審査に必要なパフォーマンスを彼女たちにしてもらった。
行方不明になったカラスたちのことも当然気になっていたが、すでに警察沙汰になっている以上、ここで下手に事を大きくするのは得策ではないと、俺は考えていた。
「いやぁ、彼女たちのおかげで、コンテストも盛況だったなぁ。グフフフ。次はどんな属性の女の子たちのメイドコンテストを開催してやろうかな。グフフフ……」
その後、コンテストは滞りなく終了し、結果的に大成功のうちに幕を閉じた。俺はこの成功を機に、様々な属性を持った女の子たちのメイドコンテストを開催することを、今から考え始めていた。
「君たち、お疲れ様。その賞金は約束通り、自由に持ち帰って……」
そして、俺が更衣室に入っていたその時だった。俺は突然頭上からなにかにのしかかられ、そのまま身動きが取れなくなってしまった。
「グワァッ! な、なにをする……?」
「それはこっちのセリフっシュよ。よくも、私たちを盗撮しようとしてくれたっシュね」
完璧な形で床に抑え付けられた俺は、そこで彼女たちの一人が手にしている、あるカメラに視線を移した。
「あっ! そ、それは……!」
「全く、本当、油断ならないでごじゃるよ。こんなコンテストの裏で、こんな酷いことを考えていたでごじゃるとはね」
「まぁ、今回はこの賞金に免じて、警察沙汰にはしておかないであげるポ。でも、ちょっとだけ痛い目に逢ってもらうポ」
なんということだ。今回のメイドコンテストに合わせて、会場の運営会社を買収してまで隠しカメラを設置したというのに。それがここでバレてしまうというのは、完全に予想外だった。
「そういうことっシュよ。それじゃ、おやすみっシュ!」
「グッ! グアアアァァァッ!」
そして、俺は激痛の悲鳴と共に、意識が真っ暗になるのを感じていった。
「……クッ、クゥ……、あ、アイタタタ……。お、俺は、どれぐらい寝ていたんだ……?」
それから数時間後。俺はようやく意識を取り戻した。彼女たちはすでにここを後にしており、この更衣室には俺以外誰もいない様子だった。
「あ、あの子たち、メチャクチャやりやがって……。あっ! あぁっ! あれは……!」
まだ少し痛む頭を抑えながら、俺は周囲を見渡した。すると、そこには俺が盗撮のために用意した隠しカメラと、録画用のパソコンが、無残な姿で転がっているのが見えた。
「……あっ、あぁっ……。な、なんてことだ……。お、俺の……、俺の、夢が……、ゆめがあああぁぁぁっ!」
俺はもう、泣き叫ぶしかなかった。そして、やはり悪いことはできないものだと、下手な欲望を持ったことを後悔した。
……後日、俺の店にフロゥト警察庁の職員数名がやってきた。まさか、あの盗撮事件のことがバレたのかと思ったが、実際にはそうではなかった。
話を聞くと、あのコンテストの日、出場予定だった女性たちがいなくなったのは、俺の店に紛れ込んでいた、人身売買組織のスパイの仕業だったらしい。
職員たちは、以前から俺の店の内偵捜査を進めており、そのスパイが動き出す日を狙っていた。
そして、あの会場でコンテストが開催されることを知った職員たちは、そこでスパイを捕まえようと計画を立てた。
俺が盗撮趣味があること、メイドの他に眼鏡っ娘が好きなことも調べていた彼らは、それを利用してスパイの犯行の一部始終を撮影することに成功していた。
「……そ、それじゃ、あ、あの三人組は、まさか……?」
そして、あの眼鏡の三人娘も、全員フロゥト警察庁の女性捜査官だったということが判明した。
結局、あの賞金は盗撮行為、つまり「フロゥト迷惑行為防止条例」違反に対する罰金として没収される形になった。
とはいえ、彼らも俺の店をおとり捜査に使ったことを申し訳なく思っていたようで、それ以上罪を追求することはなく、前科が付くこともなかった。
「……色々と、ご迷惑をおかけしました。これからは、ちゃんと真っ当に生きていこうと思います」
俺は、職員たちにお礼を言いながら、人生とはなにがあるか、本当に分からないものだな、と改めて実感していた。
それからは、無事救助された女性店員たちと共に、また店を切り盛りする日々を送っていた。
もう盗撮なんてするつもりはないし、それで一儲けしようなんて真っ平御免だった。
やがて、俺はこのマシマトマでの、メイド喫茶の帝王としてその名が知れ渡ることになるのだが、それは、まだ先の話だった。




