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「……こ、ここは……?」

 私は、見たこともない空間で目を覚ました。ディフェクトもなければ、当然シギの声も聞こえない。まさに、私にとって未知そのものの空間だった。

「確か、私はあのハヤブサ元帥に撃たれて、それから、どうなったんだっけ……?」

 私は、アカハラの情報を集めていた時に、NFTOの最高司令官であるハヤブサ元帥に撃たれた。

 その後、私の周りになにかがあったようだけれど、それから先の記憶はほとんど残っていない。

「……ここが、死後の世界、ってやつなの? 思っていたよりも、寂しい場所だったんだ」

 そこで、ようやく私は自分が命を絶たれたことを思い出した。どのような事情があったにせよ、私がもう現世の存在ではない、ということは紛れもない事実だった。

「なんだ、あんたもこっちに来たのか」

 その時。私の目の前に一つの人影が現れた。それは、金色のショートヘアーと青い輝きを放つ瞳を持った女性だった。

「あっ、あなたは、あの時の」

「覚えていたのか。とっくに忘れちまっていたと思ったけどな」

 その女性は、低く吐き捨てるような声で私にそう告げた。そこで私は思い出した。この女性は、アカハラのアジトを探す途中で私が倒した、あの「フロン」という女性であると。

「……私のこと、恨んでいるよね……?」

「ハァ? 別に恨んじゃいねぇよ。敗北者は死ぬ。それが戦場の掟だからな」

 私は、このフロンがさそかし私のことを恨んでいるのだろうと思っていた。だけど、フロンの反応は、私の予想に反して割り切ったものだった。

「アンタだって、譲れないものがあるから、アタシと戦い、そして倒したんだろう? 戦争なんて、結局はそんなもんだ」

「で、でも、私は……」

「ただな、カラス。アタシは全部覚えているんだ。あの時感じた痛みも、憎しみも、怒りもな」

 やっぱりそうだ。口では「恨んでいない」と言っているけど、フロンの心には今でも私に対する憎悪の念が渦巻いている。

 でも、だとしたら、どうしてわざわざ「恨んでいない」などと言うんだろう。私は胸が締め付けられる思いと同時に、フロンの真意が分からないという疑問も胸に抱えていた。

「……だけど、アタシはもう疲れたんだ。妹のいない世界で、全てを憎んで、怒りをまき散らして、挙句の果てには自分すら見失って。だから、アンタにはむしろ感謝しているんだ」

「感謝、している……?」

「アンタがアタシを倒してくれたおかげで、アタシも自分のマイナスの感情から解放された。恨んじゃいねぇって言ったのは、そういう意味だよ」

 フロンがそんな苦しみを抱えていたなんて。大切な肉親を失い、世界にも絶望し、最後は戦場でその命を散らす。

 だけど、それが時に救いをもたらすこともあるのかと、私は意外な思いに駆られた。

「私を、赦してくれる、の……?」

「そんな大それたもんじゃねぇって。ただ、アタシにはまだやるべきことがある。それをここで全部終わらせたいだけだ」

 やるべきことがある。フロンのその言葉が、私の心に深く突き刺さった。

 そうだ、私にもまだやるべきことが、やりたいことがたくさんある。フロンはここで終わりにしようとしているようだけど、私はそうじゃないんだと、改めて思い知った。

「……ありがとう、フロン。私、ずっと怖かったの」

「怖かった? なにがだよ?」

「私、ずっとあなたに憎まれているんじゃないか、って。だから、ここであなたに会った時から、なにをされても仕方がないって」

「だから、もう恨んじゃいねぇって言ったろ? アンタの思いが、アタシの憎しみを上回った。その結果が、今ここにあるだけだ」

 気が付けば、私は大粒の涙を流していた。私なんかより、フロンの方がずっと大人で、ずっと現実主義的な考えをしている。

「さぁ、行くぞ、カラス」

「行くって、どこへ……?」

「言ったろ? ここで全部終わらせるって。だが、そのためには、アンタの助けが必要だ」

 フロンが言った「全部終わらせる」の意味が、きっとこの先にある。私は涙を拭き、フロンの後に付いていった。


「ここは、生きていた頃の執念とか、向こうに残していた未練といったものが、形になって現れる場所だ。アタシたちがこうして歩いていれば、そのうち向こうからやってくる」

 フロンは、私が付いてきているのを確認しながら、なにかを待っているような口ぶりを示していた。

 わざわざ「生きていた頃」と表現するということは、ここはやはり現世ではないのだろう。もしかしたら、アカハラの拠点で入手した「スプリングレイン」や「カオスフィールド」に関係するところなのかも知れない。

 それが本当だとしたら、私もフロンと同じ「スプリングレイン」であり、ここがその「カオスフィールド」だ、ということになる。そして、この先に、その答えがあるはずだ。

「……来たか。待望のご対面になるぞ、カラス」

 フロンが私に注意を促す言葉を投げかけた。その言葉の通り、前から一つの人影が近づいてくるのが見えた。

「あっ、あれは……?」

 人影が近づき、その輪郭が次第に明らかになった途端、私は言葉を失うほどの衝撃に襲われた。

 その人影は、どう見ても私そのものだった。漆黒の髪を腰のあたりまで伸ばしているところは違うけれど、それを除けば、目の前にいるこの女の子は私に瓜二つだった。

「やっと、やっと会えた……。お姉ちゃん……」

「えっ? お、お姉ちゃん、って?」

 その女の子は、私のことを「お姉ちゃん」だと言った。私に妹なんていないはずなのに。ただ外見が似ているというだけで、どうしてこの子は私のことをお姉ちゃん、だなんて言うんだろう。

「……あ、あれ……? わ、私、どうして、涙を……?」

「……忘れちゃっていたんだね。でも、もういいの。こうして、また会えたから」

 私は、また自分の瞳から涙がこぼれていくのを感じていた。その涙は、私の脳裏に、「存在しないはずの」記憶を流し込んでいった。

「……そ、そうだわ……。わ、私には、確かに妹がいた……。「ヒタキ」っていう名前の」

 不思議な感覚だった。初めて口にする名前であるはずなのに、何故か私の口はその名前に一切の違和感を抱くことはなかった。

「これで分かっただろう? さぁ、今はゆっくり、姉妹の再会を喜び合うとしようか」

 フロンが私と「妹」を連れて、さらに別の場所に案内した。そこは彼女が自分で造ったと思われる、小さな一軒家だった。

「タリス、帰ったぞ。カラスとヒタキも一緒だ」

「あっ、お帰りなさい、お姉ちゃん。ちょうどお茶の準備をしていたところだから、ついでにケーキも用意しておくね」

「あぁ、そうしてくれると助かる」

 出迎えたのは、「タリス」という一人の女の子だった。私はそのタリスという名前を、あの戦いの最後にフロンが口にしていたことを思い出した。

 そうか、あれはフロンの妹のことだったんだ。どのようないきさつがあったかは分からないけれど、あれほどに世界を憎んでいたんだ。その衝撃は到底計り知れるものではない。

 しばらく、タリスが淹れてくれたお茶とケーキで束の間の休息を堪能していた私は、ふとあることが気になった。

「ねぇ、フロン。ここって、やっぱり……」

「あぁ、そうだ。ここはあの連中が「カオスフィールド」って呼んでいるところだ。その言い方をすれば、元の世界は「オーダーフィールド」ってことになるだろうな」

 フロンの返事を聞いて、あぁ、なるほどと、私は妙に納得してしまった。

 「カオスフィールド」は、本当にあったんだ。ということは、私もやっぱり「スプリングレイン」の一人だった。

「そうだったのね。ねぇ、フロンは、元の世界に、その、オーダーフィールドには戻りたくないの?」

「アタシは、もう向こうに戻るつもりはない。どうせ、アタシは向こうじゃ大犯罪者なんだ。それに、こっちにはタリスがいる。アタシはここで、タリスと一緒に適当に過ごしていくつもりさ」

 私の問いかけに、フロンは静かな口調で答えた。その声色には、一切の後悔の色を感じさせることはなかった。

 きっと、フロンはもう元の世界に見切りを付けているんだろう。彼女にとって、妹のタリスこそが、一番大事な存在。タリスと一緒にいられるなら、ここがカオスフィールドであることなど、大した問題にはならないんだろう。

「だけど、カラス。アンタは元の世界に帰れ。アンタの帰りを待っているヤツが、元の世界にいるはずだろう?」

 フロンに促され、私は大事な親友の名前を思い出した。

「シギ……」

 だけど、今の私もこのカオスフィールドに閉じ込められてしまった。帰りたくても、帰る方法が分からない。

「お姉ちゃんはまだこの世界に来るには早いよ。だから、私がお姉ちゃんを元の世界に帰してあげる」

 その時。私の隣にいたヒタキが、そっと私の手を握った。初めて握られたはずなのに、どこか懐かしく、そして不思議な温かさがあった。

「ヒタキ……。でも、あなたは、それでいいの……?」

「大丈夫。ディフェクトがあれば、私はいつでもお姉ちゃんと一緒にいられるから。それに、お姉ちゃんがまたこっちの世界に来ないように、妹としてちゃんと見ておかなくちゃね。だから、帰って。シギさんのところへ。あなたの帰りをずっと待っているから」

 その言葉を受けて、私はレンカクが言っていた「ディフェクトは生きている」という発言の真意を、ようやく理解することができた。

 要は、レンカクもカオスフィールドの存在を認知していたのだ。そして、ヒタキがそのカオスフィールドに連れていかれた実験台である、ということも。

 私がディフェクトの正規パイロットに任命されたのも、全てはレンカクの計画通りだった。恐らく、こうなることすら見越していたに違いない。

「分かったわ。……でもまた会えるよね、ヒタキ?」

「うん、きっとね。だから、泣かないで。向こうでも頑張ってね、お姉ちゃん」

「頑張ってこいよ、カラス。またこっちの世界に来たりしたら、今度はアタシがアンタをぶん殴ってやるからな」

 力強く握り拳を作るフロンを見ながら、私はヒタキの力を借りて、元の世界、オーダーフィールドへ帰ることにした。


「……こ、ここは……?」

 次に私が意識を取り戻した時、私ははっきりと自分の肉体の重さを感じていた。

 全身が鉛のように重い。身体が思うように動かせず、ハヤブサから銃撃を受けた胸と腹部からは灼熱が混ざったような疼痛が走り、身体のあちこちを蝕んでいる。

「……ハァ、ハァ……。か、身体が、痛い……。と、という、ことは……?」

「な、なんだ? カラス! まさか、貴様、死んだはずでは!」

 私の隣で、NFTO兵士が驚いている声が聞こえる。私は帰ってきたんだ。元の世界に。傷付いた身体はそのままだったけれど、それがかえって私に生きている実感をもたらしていた。

「全軍! 全軍! カラスはまだ生きている! 至急、こちらに集結せよ!」

「……あ、あいつらは……! こ、こんなところで……!」

 血に濡れた手で地面を支えながら、なんとか私は再び立ち上がった。……私はとにかく生き延びなければならない、そのことを一番に優先すべきだと判断した。フロンとヒタキにもらったも同然のこの命。なにがあっても無駄に散らすわけにはいかない。

「撃て! 撃てぇっ! 絶対にカラスを生かして帰すな!」

「……ディフェクト! ど、どうにかして、ディフェクトのところまで辿り着かないと……!」

 私はNFTO兵士が放つ銃撃をかいくぐりながら、途中遮蔽物を利用するなどして、どうにかやり過ごしていた。身体の傷は予想以上に深い。早く、ディフェクトに乗り込まなければ、反撃することもままならない。

 移動中にNFTO兵士が放つ銃撃が頬を何度かかすめていく。そのたびに小さな痛みが顔中に走っていくが、私はそれでも止まるわけにはいかなかった。

「よし! 着いた!」

 そして、ようやくディフェクトのところまで辿り着いた私は、なおも襲い掛かる銃撃の雨の中、大急ぎでコックピットのハッチを開けた。

 そして、そのまま飛び込むようにコックピットに乗り込み、やはり大急ぎでハッチを閉めた。

「し、しまった! あ、あの戦闘機は!」

 私がディフェクトに乗り込んだのを見て、NFTO兵士たちは慌てているようだった。私が操縦席に座ると、機体全体が低く唸りを上げながら起動を開始していくのが分かった。

 まるで、ディフェクトと意識を一つにしているヒタキが、「お帰り、お姉ちゃん」と言ってくれているかのように。

「……システム、オールグリーン。DFS、起動準備完了……」

 ディフェクトの発進準備が整った。このまま一気に反撃と行きたいところだったけれど、まずは、シギの安否を確認するのが先決だと思い直した。

「絶対に……。絶対に、私は、死なない……! 必ず、生きて、シギのところに、帰ってみせる……!」

 ディフェクトのエンジンが轟音を鳴り響かせた瞬間、アカハラのアジトを突き破るように、垂直に上昇した。

 その一瞬の重力衝撃によって、私は食いしばった歯が砕けるほどのさらなる激痛に見舞われた。大量出血も相まって視界がかすむ。だけど、私はこうして生きている。生きている以上、私はこの世界でやるべきことを果たさなければならない。

 それが、向こうの世界に残してきた、フロンとヒタキとの約束だったから。

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