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「カラス! 八時方向に敵影! 注意するっシュよ!」
「了解! ディフェクト、システム、オールグリーン!」
私はシギの通信を受けながら、次々と襲い掛かってくるレデン軍を撃破しつつ進撃を続けていた。
ディフェクトに搭載されている新兵器「DFS」は、レデン軍の兵器をことごとく無力化し、底に生じた隙を私がディフェクトで撃ち倒すという流れが出来上がっている。
非常に便利な兵器であるDFSだけれど、私はこれを発動するたびに、自分の心になにか言い知れないざわつくような不快感が湧き上がってくるのを感じていた。
「……このDFSっていう兵器、確かに便利なんだけど、この不快感がどうにも慣れないのよね……。それに、レンカクさんが言っていたことも気になるし……」
今まで私が感じたことのない種類の不快感。恐怖とも戦慄とも違う、存在そのものを恐れているような、根源的な拒絶感。
加えて、レンカクが言っていた「ディフェクトは生きている」という発言の真意も、今だ不明のままだった。
ディフェクトの正体は果たしてなんなのか。気になる要素はあったものの、今はアカハラを倒すという任務を遂行することを優先しなければならない。
「カラス! アカハラのアジトは近いっシュよ! 気を引き締めていくっシュ!」
「分かっているわ! レデン軍の攻撃も激しくなっているし、シギもサポートを頼むわ!」
そして、本来の目的地に接近していることをシギと確認し合いながら、私はさらにディフェクトを操り、レデン軍の兵器の残骸を積み上げていった。
「……着いたわ。ここが情報にあった、アカハラの最後の潜伏拠点のはずだけど……」
さらなるレデン軍の攻撃をかいくぐり、私はついにアハカラの最後の潜伏拠点に到着した。
これまでいくつもの拠点と見られている場所を調べていったが、いずれも大した情報を得ることはできなかった。もしここもハズレだとしたら、拠点捜索は一からやり直しになってしまう。
「……んっ? この反応は……。敵ねっ!」
その時、ディフェクトから敵兵器の接近を告げるサイレンが鳴り響いた。そのサイレン音と共に、私の目の前に、小型の戦闘機が出現した。
「あれは、このディフェクトよりも小さい……? でも、こんな場面で出てくるんだから、間違いなくレデン軍の秘密兵器のはず……」
私がその小型戦闘機に対して訝しむような視線を向けていると、シギからの通信が届けられた。
「カラス! あの敵機に関するデータっシュよ! 『コードネーム:FATBOY SLIM 所属:Clean Rooms 搭乗者:アカハラ』 ビンゴっシュね! やっとアカハラが現れたっシュよ!」
シギからの通信は、その戦闘機にアカハラが乗り込んでいる、ということを告げていた。ということは、あれを撃破すれば、アカハラを倒すことができる。
「グフフフフ……。やっと来たか。お前がフロンと一緒にいたカラスって子か……。グフフフ」
ディフェクトから聞こえてきた謎の声。それは紛れもなく、あの小型戦闘機に乗っているアカハラのものに間違いなかった。
その薄気味悪ささえ感じさせるくぐもった笑い声は、まさにアカハラのコードネームである「狂犬」の示す通りだった。
「私がフロンと? ……あなた、なにを言っているの……?」
「まぁ、知るわけないよなぁ。でも、お前にとっても、それはいらない情報だからなぁ。グフフフ……」
アカハラの言葉に、私は一瞬戸惑いを覚えた。私があのフロンと戦ったことはあるけれど、それ以外で一緒にいたことなどあるわけがない。
どうにも状況を整理することができない。DFSによる不快感。ディフェクトそのものの謎。そしてアカハラの発言に隠された思惑。
様々な情報が私の脳内を交錯していく。けれども、今の私はレイブンの一員として、打倒アカハラの使命を果たさなければならない立場にある。
「お前が負けたら、まずはその機体から降りてもらおうかな。その後は……、グフフフ」
「そうはいかないわよ! その機体から降りてもらうのは、あなたの方よ、アカハラ!」
そのやり取りを合図にするかのように、私とアカハラは互いに間合いを詰めていった。
アカハラの機体は、ディフェクトよりも小型であるが、どうやら搭載されている兵装はディフェクトとほぼ同じであるらしい。
唯一DFSが搭載されていない、というところは違っていたが、小型機故の機動性の高さを駆使し、アカハラは私を翻弄する作戦に打って出ていた。
「クッ! 速い! これじゃ、あいつをDFSで捕らえることもできない……!」
「カラス! 慌てちゃダメっシュよ! 相手の動きをよく見るっシュ! DFSで動きを止められれば、私たちのチャンスっシュよ!」
これまで私が倒してきたレデン軍の兵器は、概してディフェクトよりも大型かつ大出力の兵装を持つ機体であることが多かった。
先に撃破したフロンが乗っていたコウモリ型の戦闘機も、やはりその例に漏れることはない。それだけに、こうした小型機との戦闘に遭遇するのは、事実上これが初めてだった。
「グフフフフ……。さぁ、捕まえちゃうぞ、捕まえちゃうぞ……」
「……そう上手くいくとは思わないことね。このディフェクトを甘く見ていると、痛い目に遭うわよ」
私はアカハラの攻撃を回避しながら、その小型戦闘機の戦闘データを逐一ディフェクトに読み取らせていった。
ここに来るまでに、レンカクからディフェクトには敵兵器のデータをリアルタイムで収集し、最適な戦術を割り出す戦略システムが搭載されていると聞いている。
もし、アカハラを倒す策があるとしたら、その戦略システムを使う以外にも方法はない。そのおかげで、私は少しずつ小型戦闘機の動きを計算することができるようになっていった。
「グフフフフっ! 隙ありっ! ここだぁっ!」
「待っていたわよ! そのセリフ、そのままあなたに返すわ!」
そして、アカハラが背後からソート型兵器でディフェクトに斬りかかってきた。しかし、ディフェクトの戦略システムは、すでにアカハラの攻撃を予測していた。
私はとっさに振り向きながら、小型戦闘機の動きに合わせるようにソードを突き出した。
「アグアァッ! ば、バカな……」
「これで終わりよ、狂犬! 覚悟しなさい!」
私が突き出したディフェクトのソードは、アカハラの小型戦闘機を一撃の元に貫いた。私はソードの出力を最大に上げ、小型戦闘機の背中までをも一気に貫通させた。
「……あーあ、やっぱり、負けちまったか……。だけど、お前は本当にバカだなぁ……。俺はアカハラじゃ……」
アカハラが最後になにか言いたそうにしていたように見えたけれど、私はそんな言葉には一切耳を貸すことなく、ディフェクトのソードをアカハラの小型戦闘機から引き抜いた。
その直後、小型戦闘機が大音響を響かせながら大爆発を起こした。あの規模の爆発の中心にいては、さすがのアカハラも助からないだろう。
「やった! やったっシュね、カラス! ついにアカハラを倒したっシュよ!」
「えぇ、そうね。じゃあ、最後の任務を果たしに行くわ」
シギの歓喜に満ちた声がディフェクトのコックピット内に響いてくる。でも、私の任務は、これで終わりではなかった。
「さてと、ここならアカハラの重要情報も手に入るはずだわ。……ここね」
アカハラを倒した私は、真下に見える最後の拠点に向かった。拠点の前でディフェクトから降りると、シギにデータ収集を開始する旨を告げ、アジトの捜索を開始した。
「……もう、誰もいないのね。アカハラが倒されたことで、ここも放棄されたのかしら……? んっ? あのパソコンが怪しいわね……」
拠点はすでにもぬけの殻だった。事件の首謀者だったアカハラが倒されたことで、配下の兵士たちも統率を失い逃げ出したのだろうか。
私は一台のパソコンを発見し、そこにアクセスすることを試みた。当然の如くセキュリティロックが掛かっていたが、ディフェクトのDFSを応用したクラッキング回路があれば、この程度のセキュリティロックは存在しないも同然だった。
「……よし、これで準備完了。シギ、今からそちらにデータを送るわね」
「了解っシュ。こっちはいつでもオッケーっシュよ」
シギの準備も完了したことを確認し、私は拠点のデータをシギの元に転送していった。
「……んっ? 「スプリングレイン」、「カオスフィールド」……。フロンが言っていた言葉が、どうしてここに……?」
途中、流れてきたデータの中に、「スプリングレイン」や「カオスフィールド」といった、聞き覚えのある単語が目に入ってきた。
だけど、私にはその言葉の意味が全く分からなかった。もし気になるところがあれば、シギの方でも調査を進めてくれることだろう。
「……データ転送完了。これで、任務も全て完了したわね」
「お疲れ様っシュ。さぁ、気を付けて帰還するっシュよ」
データ量そのものはかなり膨大だったが、高度に発達した通信システムは、それを一切のエラーもなく全て送信した。
私はシギの注意を受けながら、帰還の準備をするべく、ディフェクトへと引き返していった。
「……キミがカラスか。その様子だと、どうやらアカハラを倒したようだな」
私がディフェクトに乗り込もうとした時、一人の男性が私に声を掛けてきた。
「……あっ。あなたは、確か、NFTOの……」
「ハヤブサだ。よくやってくれたな。キミの働きに感謝する」
現れたのは、「ハヤブサ」を名乗る初老の男性だった。口に葉巻を咥え、周囲にNFTOの兵士たちを従えている彼は、NFTOにおける最高司令官である「元帥」の階級を預かっている。
「ありがとうございます、ハヤブサ元帥」
「うむ。これで、キミも晴れて用なしだ」
ハヤブサがそう告げた瞬間、私は自分の耳に銃声が聞こえたような気がした。そして、その直後、私は急激に全身の力が抜けていく感覚に襲われた。
「……カラス。キミがここまでやってくれるとは思わなかったよ。だが、残念だ。キミは知り過ぎてしまった。キミをここで処分する」
全身の力と共に意識も遠くなっていく。そこでハヤブサがなにか言っているように聞こえたけれど、私にはそれを聞き取るだけの力はなかった。
私は自分の身体になにかの液体がかけられていくのを感じた。最後に少しだけ聞こえた「処分する」の言葉が事実だとすれば、私はここで捨てられてしまうのだろう。
「……グワァッ!」
「んっ? 何事だ?」
「げ、元帥! 大変です! あ、あの戦闘機が、と、突然! ギャアアアッ!」
突然聞こえた兵士たちの悲鳴。今度は一体なにがあったのだろう。意識が遠ざかり、視界もほとんど見えない。なにが起こっているのかを確かめる方法は、今の私にはない。
「クッ! おのれ、レンカク……!」
ハヤブサの声と思われるものが聞こえた。でも、斬撃のような音が何度も響き渡り、その悲鳴をかき消してしまった。
もはや、私には全てがどうでもよくなっていた。なにが起こったのかは分からない。ただ一つ言えること。それは私が都合の良い「捨て駒」として利用されていた、ということだった。
『楽しかったよ、お姉ちゃん』
最後に誰か、女の子のような声が聞こえたような気がしたけれど、もう、私にそれを聞き取るだけの力は残っていなかった。
「カラス! カラス! 応答するっシュ! カラス!」
カラスからの通信が途絶した。私はすぐに異変を察知し、大声を張り上げながら何度もカラスに声を掛けた。
しかし、カラスからは一切の返答が来なかった。ディフェクトの計器類に異常を示す数値はない。ということは、異変の正体はディフェクトではなく、カラス自身になにかが起こった、と考える他にはない。
「んっ? 今度はなんでシュか?」
その時。NFTO指令室に、大勢の兵士たちが突入してきた。そして、兵士たちが私を包囲しながら、一斉にアサルトライフルを突き付けてきた。
「シギ。お前はすでに国際テロ犯として全国に指名手配されている。おとなしく観念しろ」
兵士の一人が発した言葉によって、私は概ね事態を察知した。私とて、伊達に軍人一家のエリートなどと呼ばれているわけではない。
「……ははぁん。なるほど、そういうことだったっシュね……!」
このようなところで、身に覚えのない罪を着せられるわけにはいかない。私は一度小さく呼吸をした後、一番近い兵士に向かって飛び掛かっていった。
しかし、相手もかなりの精鋭部隊であるらしく、私の自慢の近接戦闘も通用しなかった。
「クッ! こ、こいつら……!」
「無駄な抵抗は止めろ。さもなくは、お前をこの場で処刑する」
私は兵士たちに床に抑え付けられ、身動きが取れなくなってしまった。アカハラの野望を阻止するために組まれた作戦。しかし、それは全て別の計画を隠すためのカモフラージュ工作だったのだ。
もはやこれまで。しかし、最期がよもやテロの容疑者として終わってしまうとは。納得がいかなかったが、人生とは結局そういうものなのだろう。
「待つでごじゃる! そこまででごじゃるよ!」
そこへ、先程とは別の部隊が、このNFTO指令室に突入してきた。なにが起こったのか確かめる間もなく、その部隊はNFTOの兵士たちをことごとく取り押さえていった。
「大丈夫でごじゃるか、シギ殿。苦労を掛けたでごじゃるな」
その声に、私は聞き覚えがあった。FIAの諜報員であるタダヨ。私の諜報作戦に協力してくれたタダヨが、何故この場にいるのか。
そして、タダヨの手によって拘束が解かれていくと、私はさらに衝撃の光景を目の当たりにした。
NFTOの兵士たちを取り押さえているのは、かつて私が所属していたFIAの部隊だった。タダヨの身分を考えれは当然のことなのであるが、何故FIAがNFTOを取り押さえているのか。
「タダヨ、シギは無事か?」
その後に聞こえてきたのは、私の父さん、レンカクの声だった。何故、NFTOの兵器開発責任者が、FIAの諜報員であるタダヨと一緒にいるのだろうか。
私はフロゥトに裏切られた。私はこの事態をそう解釈していた。しかし、その背後でなにが起こっているのか、というところまでは謎のままだった。
「あっ、レンカク殿。はい、シギ殿は無事でごじゃる」
結果として、私はタダヨと実父であるレンカクに助けられた。しかし、肝心のカラスの安否については、全く判明していなかった。
「と、父さん。これは一体……? それに、カラスは……?」
「すまない、シギ。お前には嘘をついていた……。この後、カラスのことも含めて、真実を全て話そう。さぁ、早く脱出するんだ」
レンカクのその言葉を合図にするかのように、タダヨがNFTO兵士から奪い取ったアサルトライフルを私に差し出した。
私はそのアサルトライフルを受け取り、使える状態であることを確認した。カラスは一体どうなったのか。アカハラのアジトで、一体なにがあったのか。
私は、この事件がまだまだ一波乱も二波乱もありそうな、そんな予感を抱きながら、NFTO本部を抜け出すべく、レンカクたちに付いていった。




