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「フゥ、こんな時に緊急招集とは、なんとも穏やかじゃないでごじゃるな」
私は、ある緊急会議に出席するため、その会場となる会議室へと急ぎ足で向かっていた。
私が所属するFIAの諜報員全員を招集するとは、実に不穏な話だった。だけど、私はすでにこの会議の目的を、ある程度把握していた。
「失礼します。「タダヨフ」、入ります」
会議室に到着し、私が自分の名前を呼びながらドアを開けると、そこにはすでにFIAでも腕利きの諜報員たちが集結していた。
「遅いぞ、タダヨフ。大統領直々の招集命令だぞ。すぐに来るのが当然ではないのか?」
「申し訳ございません。例の極秘任務に関する情報を整理していましたもので」
先輩諜報員の一人が、遅刻ギリギリに到着した私を咎める言葉を向けた。もちろん、私もこのFIAの諜報員の一人として、やるべきことをやっていないわけではない。
むしろ、ギリギリまで時間を使って必要な資料を整理しなければ、この会議の目的を果たすこともままならない。それが分かっていたからこそ、その先輩諜報員も、それ以上私を咎めようとはしなかった。
「失礼いたします。大統領が到着されました」
私が所定の席に着いたすぐ後、続けて会議室のドアが再度開かれた。そこから身なりのしっかりした一人の女性が現れると、続けて別の初老の男性が会議室に入っていった。
「大統領に、敬礼!」
私はその男性の顔を見るなり、すぐさま起立と敬礼の所作を取った。先程の先輩諜報員を始め、会議室にいた他の諜報員たちも、一斉に同様の動作を示した。
この初老の男性こそ、このフロゥトにおける最高指導者である『大統領』だ。FIAはもちろんのこと、フロゥトの全ての軍事、産業、および民生的機関の全責任を、この大統領一人で背負っている。
「FIAの諸君、急に招集をかけてしまい、申し訳ない。早速だが、本題に入ろう」
大統領が登壇すると、私たち諜報員全員が、一糸乱れぬ動きを見せながら着席した。こうした統制の取れた振る舞いを普段から行っておくこと。それもまた、軍属である私の大事な仕事の一つなのだ。
「諸君らもすでに知っていると思うが、最近、レデンで不穏な動きがたびたび観測されている」
「大統領。それはつまり、レデンがまた戦争を仕掛けようとしている、ということでしょうか」
「その件については、タダヨフ君が調査を進めてくれている。タダヨフ君、調査結果の報告を頼む」
大統領の命令を受けて、私は静かに立ち上がった。一緒に用意していた紙の束を広げながら、私はこれまで調べ上げてきたことを詳細に報告した。
「……以上です。これまでの調査結果により、アカハラが再び動き出したことは、ほぼ間違いないと見てよいと思います」
「なるほど。やはり、これまでのテロ事件も、アカハラが裏で糸を引いていたということか」
私は最後に、フロゥトが最高レベルの危険人物としている「アカハラ」という男の名前を出した。大統領も、これまでの騒動の背後には、アカハラの存在があると考えていたらしく、私の調査によって、それが裏付けられた形となった。
「アカハラか。先の大戦以来、鳴りを潜めていたかと思っていたが、とうとうまた動き出したか」
「ヤツはこの世界にとってなによりの脅威だ。一刻も早くヤツをこの世界から排除しなければ、大変なことになるぞ」
他の諜報員たちも、にわかにざわついていく様子が手に取るように分かった。それほどにアカハラというのはこのフロゥトにとっても、そしてレデンにとっても放置しておくわけにはいかない人物なのだ。
「アカハラの目的は、恐らくフロゥト諸国への大規模な攻撃でしょう。あの男が戦力を蓄えるには、すでに十分な時間が経過しています」
「うむ、よく分かった。諸君、我々を、このフロゥトを、そしてこの世界を、どうかアカハラの脅威から護ってくれ。諸君らの働きにより、この世界の民草の平穏は維持される。それが、諸君らの使命なのだ。引き続き、諸君らの働きに期待する。以上、解散」
そして、会議の終了を宣言すると、大統領は先程の女性に案内されながら会議室を後にした。
「……アカハラ、か……。あいつ、この世界を、どうするつもりでごじゃろうな……?」
私は、アカハラという男が持つ、底が知れない世界への憎悪を思いながら、自分の使命を果たすことに改めて意識を集中させていった。
それからしばらく経ち、私はレデン国際保安庁の執務室にいた。
私はここで、レデン軍の少佐になりすましながら、アカハラに関する情報を奪取しようと日々奮闘を続けていた。
「……んっ? 電話か。こんな時に電話とは、一体誰かしらね……?」
私は自分の本当の身分がバレることのないよう、言葉遣いに最大限気を遣いながら、その電話に出た。
「はい、タダヨフです」
「すみません。大使館と間違えました」
私が電話に出ると、一人の女性の声が間違い電話であると告げた。しかし、それは私にとってただの間違い電話ではなかった。
それは、私にとって重要な人物と連絡を取り合うための合言葉だった。その合言葉を聞いた私は、すぐさま電話の先につながっている暗号機を操作し、電話の通信を暗号化した。
「……よしっ。これでもうこの電話が他人に傍受される心配はないでごじゃるよ。で、あなたがシギ殿でごじゃるか?」
「正解っシュ。例の現場に着いたから、機密エリアに案内してほしいっシュ」
この合言葉を知るのは、FIA内部でもごく限られた人数しかいない。逆に言えば、私がこの合言葉を教えるのは、相手にも相応の覚悟を持ってもらうと言い渡す時だ。
つまり、万が一私を裏切った場合は、FIAの総力を挙げて排除する。この合言葉には、そうした重要な意味も、また込められているのだ。
「……了解したでごじゃる。今からそちらに向かうから、少し待っていてほしいでごじゃる」
「了解っシュ。それじゃ、待っているっシュよ」
私は、そこで電話を切った。そして、すぐさまシギと名乗る人物が待つ、地下の機密エリアへと向かっていった。
「待っていたっシュよ。タダヨ殿」
「シギ殿。よく来てくれたでごじゃる。でも、そのパンツスーツ姿では、検問を通過するのは難しいでごじゃるな……」
私が地下の機密エリアに入ると、そこで一人の女性が待っているのが見えた。
彼女が今回の作戦に協力してくれる「シギ」という女性だ。私と同じFIAの諜報員で、私とは別に、打倒アカハラの使命を帯びて情報収集に動いているらしい。
彼女が普段愛用しているらしい瓶底眼鏡が小さく光を反射するのが見える。一見して私に似ている印象を抱かせるけど、これもまた彼女なりのカモフラージュ工作であることを、私は知っている。
「……あっ、これはマズったっシュね。うーん、どうするっシュか……」
「仕方ないでごじゃるな。……おっ、おあつらえ向きにレデン軍の兵士がいるでおじゃるな。ちょいと、制服を拝借するでごじゃるよ」
私はシギの服装を見るなり、このままでは作戦を遂行するのは難しいと判断した。そこで、ちょうどレデン軍の兵士が通りかかったのをこれ幸いと言わんばかりに、制服を盗み取る作戦を打ち出した。
「ねぇ、そこのキミ。ちょっとこっちに来てほしいんだけど」
「はっ。なんでありますか、タダヨフ少佐」
私が声を掛けると、その兵士は一切の疑いを持つことなくこちらに近づいて来た。偽りの称号とはいえ、佐官の肩書は、やはり便利なものだ。
「……おっと、すまないっシュね」
「グワっ! な、なんだ、おまえ、は……」
そこへ、背後からシギが接近し、一撃の元に兵士を気絶させた。その後、兵士が着ていた制服を剥ぎ取ると、慣れた手つきでその制服に身を包んでいった。
「いやぁ、聞きしに勝る達人ぶりでごじゃるな。それにしても、やはりシギ殿は男装が一番似合うでごじゃるな~」
「褒めてもなにも出ないっシュよ。それより、早く検問に行くっシュ」
私が兵士姿のシギを褒める言葉を向けると、シギは用事を早く済ませようという素振りを見せながら、その表情はまんざらでもない様相を見せていた。
そして、私たちは検問所へと向かっていった。しかし、そこで予想外のアクシデントに見舞われた。
「……はい、タダヨフです。……な、なんですって……?」
突然、携帯端末が通信を知らせるデジタル音を響かせた。私はとっさに言葉遣いをレデン軍モードにし、その通信に応じた。
「……ど、どうしたっシュか……? ま、まさか、私のことがバレたとかっシュか……?」
「いや、そうじゃないでごじゃる。どうやら、別の侵入者が現れたという報告のようでごじゃる」
私は通信を切るなり、シギのその内容を報告した。佐官という肩書は便利である反面、こうした予期せぬ事態に巻き込まれることがあるというデメリットも存在する。
「シギ殿。すぐに戻ってくるでごじゃるから、一人でどうにか検問を通過するでごじゃるよ」
私は別のところから出現したという侵入者に対処するため、シギの元を離れざるを得ない状況に立たされた。シギもれっきとしたFIAの諜報員だ。いざという時には自分の身を護るぐらいのことはやってのけてくれるだろう。
とはいえ、あの機密エリアは、いうなればレデン国際保安庁の全てが詰まっている場所と言っても過言ではない。シギ一人では、ここを無事に通過するのは難しいだろう。
「なにがあったの? 侵入者が現れたって報告だけど?」
「はっ、タダヨフ少佐。その侵入者を、先程捕縛いたしました」
私が現場に到着すると、その侵入者らしい男が一人、両手と両足を拘束具で縛られているのが見えた。
「……んっ? この男は……」
私は、その男の額に小さく刻まれた、ある記号のようなものに目を止めた。
それは、紛れもなくFIAの秘密の暗号だった。その暗号が意味するもの。それは別方面で動いていた作戦が成功したことを告げるものだった。
「少佐。この男、いかがいたしましょう?」
「しばらく、地下牢に閉じ込めておきなさい。その後で、私が直接尋問をするわ」
間違いない。この男は私と同じ、FIAの諜報員だ。私が在籍するチームとは別のチームで、私と同じ打倒アカハラの使命を帯びて、ここまで来たのだろう。
私は、その男が兵士たちに連行されていく様子を見届けると、本来の目的を果たすため、機密エリアへと踵を返していった。
「……あっ! あれは、シギ殿!」
私が機密エリアの検問所に戻ってくると、そこではシギが検問担当の兵士から身体検査を受けそうになっているところだった。このままではシギがFIAの諜報員であることがバレてしまう。
「待ちなさい!」
私はすぐさま力強い口調でその兵士の動きを制した。佐官の肩書を持つ私に止められれば、一介の兵卒に過ぎないこの男に逆らう術はない。
「あっ、これは、タダヨフ少佐」
「その兵士は、私が特別な命令を与えて、ここに来させたの。兵士の身柄は私に任せて、あなたは元の位置に戻りなさい」
「こ、これは、失礼をいたしました。どうぞ、お通りください」
私のレデン軍モードの芝居も、だいぶ板に付いてきた感じがする。兵士はすっかりかしこまってしまい、そのままシギから離れる形で検問所の見張りへと戻っていった。
「……助かったっシュよ、タダヨ殿」
「なぁに、これぐらい、お安い御用でごじゃる。さぁ、先に進むでごじゃるよ」
そして、シギと合流した私は、彼女と共に機密エリアの一番奥、レデンにおけるトップシークレットの情報が集められた部屋へと入っていった。
「ここなら、アカハラに関する情報も、余裕で手に入るっシュね」
「そうでごじゃるな。とはいえ、あまりのんびりしていることもできないでごじゃるよ」
シギは、慣れた動作で情報端末を操作し、内部のデータをありったけコピーしていった。
アカハラに関する情報から、このレデンの内部情勢に関わる裏情報まで、シギはおよそ必要と判断できる情報を、一つ残さず奪取する構えだった。
「……よし、コピー完了、と。これで、ここでの作戦も成功したっシュね」
「よくやったでごじゃるよ。さすがは軍人一家のエリート。その手際の良さも、やはり血筋ってやつでごじゃるかね?」
シギは、機密情報がコピーされた携帯デバイスを大事そうに懐にしまい込んだ。あとは、この情報をFIA情報本部に持ち帰れば、この諜報任務も無事成功となる。
この世界が再び戦火に覆われることを阻止するために、打倒アカハラに向けた準備は、こうして少しずつ進められていくのだった。




