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「よし、間もなくレデン中央部の繁華街に入る。フロン、準備はいいか?」
「もちろん。アタシも早く暴れ回りたくてウズウズしているんだ」
アタシたちを乗せたバンは、誰にも怪しまれることなく、レデンでも一番の規模を誇る中央繁華街へと入っていった。
アタシはそのバンの中で、アサルトライフルのメンテナンスに余念がなかった。目的地に到着次第、すぐに行動に移せるように、準備は抜かりなく行う必要があった。
「そろそろだな。我々の手で、この世界の歴史を変えるのだ。フロン、お前にも存分に働いてもらうぞ」
「ヘヘッ、任せとけって。アンタも腰を抜かすほどに、この街をメチャクチャにしてやるからよ」
「大した意気込みだな。だが、今回はあくまでレデンとフロゥトを戦争に向かわせるのが目的だ。そのことを忘れるな」
この男、「アカハラ」がやろうとしていること。本人は「世界の歴史を変える」などと言っているが、実際は単なるテロ行為でしかない。
その先にコイツが企んでいることなど、概ね見当が付いている。本人はまだ明かしていないつもりだろうが、その後でレデンを乗っ取り、フロゥトに全面戦争を仕掛ける計画なのだ。
「分かっているって。適当にその辺をぶっ壊しておきゃいいんだろ? まぁ、悪いようにはしないからさ」
そうして、アタシがアサルトライフルのメンテナンスを完了するのと、バンが目的地に到着するのはほぼ同時だった。
「いいか、くれぐれもレデン語は使うなよ。我々の正体がバレたら、全ては水の泡だからな」
アカハラがアタシたちに最後の注意を送る。バンのドアが開けられると、アタシはそれを望む未来への扉が開かれた、と解釈していた。
「よし、今回はこの辺でいいだろう。そろそろ引き上げるぞ。レデン警察本部の機動隊に接触されたら面倒だ」
それからしばらく後、レデンの繁華街は文字通りの地獄絵図と化していた。建物の大半が炎に包まれ、人々の逃げ惑う悲鳴が止むことなく響いてくる。
アタシたちは、あらかじめ別に用意していた逃走用車両に向かっていった。アタシたちが近づくと、その逃走用車両の扉が開き、中から別の男が出てきた。
「どうやら、上手くいったようだな。こいつは強烈なメッセージになるぞ、アカハラ」
「フッ、当然だ、コゲラ。だが、油断するなよ。我々の計画は、まだ始まったばかりだからな」
逃走用車両を用意したのは「コゲラ」と名乗るアカハラの右腕ともいえる存在だった。
コゲラの誘導に従い、アタシたちが逃走用車両に乗り込もうとした時、アカハラが突如仲間の一人を背後から射撃した。
「フン、バカめ。我々がスパイに気付かぬとでも思ったか」
「アカハラ、やはりコイツがFIAのスパイだったか。オレもどうも怪しいと思っていたんだが」
どうやら、今回のテロ計画に、スパイをあぶり出すことも含まれていたらしい。そこで確証を得たアカハラが、そのスパイをここで射殺した、ということなのだろう。
「よし、行くぞ。……しかし、レデンのためとはいえ、同志を撃つのはやはり気分のいいものではないな」
「なんだ、オマエらしくないことを言うな、アカハラ。これでレデン人をけしかけることができれば、オレたちの計画もやりやすくなるはずだろう」
コゲラとアカハラが、スパイの死体をその場に捨てながら、改めて逃走用車両に乗り込んだ。
そして、アタシたちを乗せた逃走用車両は、炎の海に包まれた繁華街の向こうへと消えていった。
……この後、アタシたちの計画通り、フロゥトを代表する繁華街の一つであるマシマトマで、武装蜂起したレデン人によるテロ事件が発生。それを皮切りに、レデンとフロゥトは一気に緊張状態に向かっていくことになる。
この世界は、レデン人もフロゥト人も、そのほとんどが黒髪を持って生まれてくる。
それ以外の色の髪の毛を持った人間は滅多に生まれることはなく、それらは異端人種として迫害の対象にされることが多かった。
とりわけ、アタシはその中でも非常に珍しい、金色の髪を持って生まれた一人だった。
この世界の歴史において、非常に例が少ない、金髪の人間。アタシは格好の研究材料にされ、以来レデンの研究施設で連日実験を受ける日々を過ごしていた。
身体を直接傷付けられることはなかったけれど、様々な薬を注射され、そのたびに薬の副作用で全身を激痛が襲ったり、身体のあちこちが炎症を起こしたりした。
とはいえ、彼らもアタシの身体を単なるモルモット扱いしてはいなかった。その証拠に、薬の副作用はだいたい半日、長くても丸一日我慢すれば収まる程度のものだった。
それ以外では、アタシはほぼ毎日身体の状態を検査されていた。けれども、それらはほとんど痛みを伴わないもので、その時は比較的安心して検査を受けることができていた。
その施設では、研究材料にしていたアタシに報酬を支払っていた。検査や薬を含め、アタシを長時間拘束していることに対する見返りのつもりなのだろう。
アタシは無闇に贅沢を望まなければ、それなりに人並みの生活を送ることができるだけの報酬を受け取っていた。
実質的に「身体を提供する」ことで得られる安定。その生活は決して悪いものではなかった。……たった一人の妹「タリス」がいない、ということを除けば……。
「よし、今日の検査はここまでだ。ご苦労だったな、アリス」
「あぁ。報酬はキッチリ頼むぜ」
この日も、アタシはこの研究施設で、いくつもの検査を受けていた。
毎日これだけの検査を続けて、一体どんなデータを集めようとしているのだろうか。アタシには全くチンプンカンプンだったけれど、研究者には研究者にしか分からない、複雑な事情があるのだろう。
「……よぅ、アリス。ちょっとオレに付き合えよ」
アタシが自分の部屋に戻ろうとした時、別の研究者がアタシに声を掛けてきた。
この研究者は、以前からアタシに変な気があるらしく、妙にアタシに付きまとってくる。
「なんだよ、またオマエか。アタシは疲れているんだ。用があるならまた今度にしてくれ」
アタシの身体は一日中検査を受け続けて疲れ切っていた。この研究者には悪いが、今はコイツに付き合っているだけの余裕はない。
「なんだよ、そんな冷たいこと言うなよ」
しかし、その研究者はなおもアタシに言い寄ってきた。それどころか、アタシを背中から壁に押し付け、両肩を掴んで身動きが取れないようにしてきた。
「な、なにするんだよ?」
「ヘッヘッヘッ、オマエって、よく見たら、結構いい女だよなぁ」
その研究者が放つ言葉遣いと目線に、アタシは恐怖と悪寒を覚えた。これはマズイと思ったアタシは、すぐにその場から逃げなければ、と動き出そうとした。
「やめろ! その手を離せよ!」
「逃げんじゃねぇよ! 大体、オマエさぁ、いい思いし過ぎなんだよ。珍しい金髪だかなんだか知らねぇけど、あまり調子に乗ってんじゃねぇよ!」
アタシが逃げようとすると、さらに強い力でアタシの両肩を掴み、より身動きが取れないようにしてきた。
「ここらで、そろそろ自分の立場を分からせてやらねぇとなぁ。金髪の女を襲えるなんて、一生にあるかねぇかだもんなぁ!」
このままでは、アタシはこの研究者に乱暴されてしまう。その途端、アタシの防衛本能が最大限発動し、全身のリミッターが一瞬だけ解除された。
「グアッ! な、なにをする……、ギャアアアッ!」
研究者の悲鳴が通路内にこだまする。気が付けば、アタシの両手はその研究者の血で染まり、目の前には喉と頸動脈を引き裂かれた研究者が大量の血を流しながら倒れていた。
「い、今の悲鳴はなんだ! あっ! あれは、アリス!」
「まさか、彼女がやったのか! しかし、一体、何故……?」
途端に他の研究者たちが、アタシのところに駆け付けてきた。鮮血に染まったアタシの両手。アタシの目の前で大量出血をしながら倒れている研究者。それを一目見れば、誰でも状況を把握することは簡単だった。
「……!」
アタシは全身の血液が一気に沸騰するほどの興奮が身体を支配していくのを覚えた。アタシが駆け付けた研究者たちを睨み付けた直後の、戦慄に震える研究者たちの顔。そこまでは、アタシもはっきりと記憶していた。
……だけど、その後はアタシもどうなったのか、ほとんど覚えていなかった。
次にアタシが我に返った時、そこはレデンの重罪専門の裁判所だった。どうやら、アタシは研究施設の職員たちを殺害した罪に問われているらしい。
アタシは自分が犯した罪の重さに、今さらながら心が苛まれていった。あの時、あの研究者に乱暴をされようとしていたことは事実だとしても、他に研究者たちが大勢いるのだから、大声で彼らに助けを求めることもできたはずなのに。
結局、アタシには死刑判決が言い渡された。自分の激しすぎる性格が、自分の未来を壊してしまった。
だけど、アタシはこれでいいとさえ思っていた。これで妹のタリスのところに行けると思えば、もはやこの世に未練はなかった。
……そして死刑執行当日。アタシの首に縄がかけられ、いよいよこの世とおさらばする瞬間が近づいてきた。
「し、所長! た、大変です!」
その時だった。一人の職員が血相を変えて執行室に入ってきた。このような日に一体何事か。アタシはおとなしくあの世に行くこともできないというのか。
「どうした、何事だ?」
「く、クーデターです! れ、レデン国際保安庁のヤツらが、と、突然……、グワァッ!」
職員が事態を報告しようとした時、執行室一帯が突然爆発と炎に包まれた。これはどういうことだ。レデン国際保安庁がクーデターを起こしたというのは本当なのか。
「……「アリス・グレイへロン」、だな?」
その時。炎の向こうから一人の男が姿を現した。男はアタシを見るなり、静かな口調でアタシの本名を告げた。
「だ、誰だよ、アンタ……?」
「キミを探していた。我々に協力するなら、キミの願いを一つ叶えてやろう」
アタシが何者かと問い質すと、その男はその問いには答えず、逆にアタシに自分たちに協力しろと迫ってきた。
「な、なんだって……? あ、アタシの、願い……?」
「キミには、確か「タリス」という妹がいたはずだね。我々が、キミを妹に会わせてやろう」
その男がアタシの妹である「タリス」の名前を口にした時、アタシは全身に鳥肌が立つほどの恐ろしい思いに駆られた。
すでに事故で命を落としているはずのタリスに会わせてやるとは、この男、一体なにを言いたいのだろうか。
「……本当か? アンタに協力すれば、アタシを妹に会わせてくれるんだな……?」
「あぁ、約束しよう。……ついてこい」
もはやどう転んでも、アタシの人生には破滅の運命しか待ち受けていない。ならば、最後にこの男の思惑に乗ってみるというのも、悪くないかも知れない。
アタシはその男の手によって、死刑執行から逃れることができた。後に、その男が「アカハラ」と名乗るレデン国際保安庁の過激派の一人だと自らを明かした。
「……ここだ」
そして、アタシはアカハラの秘密アジトの奥で、一機の戦闘機を目の当たりにした。それは、コウモリを模したような形状をした、巨大な戦闘機だった。
「……な、なんの冗談だよ……? こ、これが、妹、だってのかよ……?」
「我々は冗談など言っていない。信じられぬのならば、その戦闘機に近づいてみるといい」
アタシは、そのコウモリ型の戦闘機が妹だと言われて、にわかに信じることができなかった。まさか、機械に人間の意識と人格を移植した、とでもいうのだろうか。
半信半疑のまま、アタシはその戦闘機に近づいていった。その時。
『あぁ、お姉ちゃん。やっと、やっと会えた……』
アタシは自分の頭に響き渡った声に、驚きのあまり近づく歩を止めた。その声が、妹のタリスのものだったことが、アタシをさらに驚かせた。
「……た、タリス……? 本当に、タリス、なのか……?」
『そうだよ、お姉ちゃん。これで、私たち、また一緒にいられるね……』
単に声色が似ているというだけではない。言葉の調子も、間の取り方も、抑揚の付け方さえも、生きていた頃のタリスと瓜二つだった。
機械であるが故に、聞こえるはずがない呼吸音さえも、今のアタシにははっきりと「聞き取る」ことができた。
思わぬ形で実現した妹との「再会」の瞬間。だけど、これがアタシにとって本当の「悲劇」の始まりだったということに、この時のアタシはまだ気が付いていなかった。




