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私と親友のシギが、対アカハラ組織ともいうべきレイブンに配属されて、しばらくの時が経過していた。
私たちはレイブンの主力ともいえる最新鋭の軍用機「ディフェクト」の正式パイロットとして、実地訓練を兼ねた運用試験を連日行っていた。
「へぇ、スゴイわね、この戦闘機。さすが、NFTOの最新戦闘機だわ」
「でしょ? この機体の開発には、私のお父さんも関与しているっシュからね。そのあたりのことは、私もお父さんからしっかり聞いているっシュよ」
シギの言う通り、このディフェクトは、彼女の父親であり、NFTOの兵器開発部門の最高責任者でもある「レンカク」が基礎設計を行っている。
レンカクによると、この機体はそれまでの戦闘機開発技術の集大成のようなものであり、かつての『第一次ヒト・フラァ戦争』、あるいはそれ以前から培われてきた兵器開発のノウハウが詰め込まれている。
そして、この機体には新しい兵器技術として「DFS」という新型兵器が搭載されている。
このDFSは、それまでの兵器とは全く異なり、敵兵器を撃破するごとに、その兵器のエネルギーをディフェクトに搭載されたDFS用ドレインシステムが吸収する。
そのエネルギーが一定以上蓄積されると、DFSが発動可能になる。DFSを発動すると、周囲に人間の大脳を模した特殊なフィールドが展開され、敵兵器を一時的に無力化することができる。
加えて、DFSのエネルギーによって生み出された「ワーム」と呼ばれるコンピューターウィルスを寄生させる。ワームに寄生された敵兵器を撃破すると、そのワームのウィルス作用により、より多くのエネルギーを吸収することができる。
「それにしても、このDFSっていうのを考えたのも、シギのお父様なんでしょう? やっぱり、軍人一家の大黒柱は、考えることも想像以上ね」
「そんなことないっシュよ。このDFSは、以前からNFTO内部で実用化のタイミングが繰り返し議論されていたっシュからね。それをここまで使いこなせるカラスも、立派なものっシュよ」
実用化のタイミングが何度も議論されていた。それはつまるところ、このディフェクトが、DFSの本格的な実用化に向けた最初の実験機、ということでもある。
最新鋭の戦闘機をそんな実験機として使うあたり、それだけNFTOがアカハラのことを脅威に思っているということの裏返しでもあった。
「いよいよ実戦任務ね。ここから先は、失敗したら即あの世行きって思わなくちゃね」
「そうっシュよ、カラス。私たちの働きに、この世界の未来がかかっていると思うっシュ」
そして、私たちはアカハラ打倒に向け、実戦任務に赴くことになった。すでにシギを中心としたFIAの実働部隊によって、アカハラが潜伏している可能性の高い地域はいくつか絞り込むことができていた。
私はディフェクトに乗り込み、地上界へと降下していった。シギからの無線通信も、現状は概ね良好だった。
「来るっシュよ、カラス! 第一種戦闘態勢!」
「了解!」
レデン軍の兵器たちが私たちを阻止するべく襲い掛かってきた。シギがそれをいち早く察知し、私にそれを知らせると、私はすぐさまディフェクトを戦闘モードに切り替えた。
このディフェクトは、それまでの戦闘機開発技術の粋を結集させた機体ということもあり、あらゆる戦闘に対応できるよう、三種類の兵装が搭載されていた。
それは、広範囲に攻撃を展開し、敵の陣形を撃ち崩す「ショット」。射程距離は狭いが、その分攻撃威力を高めた「ソード」。そして、前方からの敵の攻撃を防ぐ「シールド」の三つだった。
私は、この三種類の兵装を駆使し、レデン軍の兵器たちを次々と撃破していった。相手の兵器もかなりの高性能なものであるはずだが、ディフェクトの前にはものの数にも入らなかった。
「このあたりの敵はおおよそ撃破したっシュね」
「そうね。ディフェクトにも損傷なし。いつでも再出撃できるわ」
ひとしきりレデン軍の攻撃が収まったところで、私のところにある無線通信の信号が届いた。それは、シギとは異なる周波数を使った、彼女の父親、レンカクからのものだった。
「カラス、無事か?」
「あっ、レンカクさん。はい、私もディフェクトも無事です」
「そうか、よかった。そいつは私の自信作なんだが、やはり初陣というのはどうしても緊張してしまってな。だが、お前が乗ってくれれば、その心配もなさそうだ」
私が機体も自分も無事だと伝えると、レンカクの口調がわずかに緩んでいくのが聞き取れた。
やはり、兵器開発に長年従事している身であっても、最新兵器の、しかも新型兵器の実戦投入に際しては、相応の緊張感を強いられるものなのだろう。
「ところで、カラス。お前が乗っているそいつな、実は生きているんだよ」
ひとしきり報告を終えた後、レンカクが落ち着き払った口調でそう言った。私は、その言葉を聞いた瞬間、思わず首を傾げる思いを禁じ得なかった。
このディフェクトは単なる兵器、言い換えれば機械の塊に過ぎないはずだ。それをレンカクは「生きている」と言った。
一体、どういうことなのだろう。もしかしたら、この機体には私が知らない、別の兵装が用意されている、ということなのだろうか。
「えっ? 生きているって、どういうことですか?」
「残念だが、その質問には答えられない。キミたちの働きに、この世界の運命がかかっている。……健闘を祈る」
私の質問に対し、レンカクはお茶を濁すようにして返答を避けた。その真意が気になるところだったけれど、私たちの働き次第で、この世界の運命が変わる可能性がある、というのもまた事実だった。
「……行くっシュよ、カラス。まだ敵は大勢残っているっシュ」
「……えぇ、そうね。ここからは、一層気を引き締めていかないとね」
私はシギに促され、ひとまず目の前の任務に集中することにした。この機体にどんな秘密があったとしても、アカハラを倒すという目的がそれで変わることはないのだから。
レデンのある都市に到着した私は、その高層ビル群の上空で、レデン軍との交戦を繰り広げていた。
「カラス、この先に、アカハラの潜伏拠点と見られる場所があるっシュ」
「了解。敵も私たちの動きにすでに気が付いているみたいだし、そろそろ手強いのが来てもおかしくないわね」
私は、シギのサポートを受けながら、アカハラの潜伏拠点の一つと見られる地点を目指して進撃を続けていた。すると、その時だった。
「お前はなんなんだヨ!!!!!!!」
突然、私の耳に今まで聞いたこともない女性の声が響いてきた。いや、それは耳に届いたというより、私の頭の中に直接鳴り響くような印象だった。
シギからも、レンカクからも無線通信はない。一体、この声の正体はなんなのか。何故、聞いたこともない女性の声が、私の頭の中に響いてくるのか。
「未確認の大型敵機を発見! 注意でシュよ!」
「あれも、レデン軍の兵器ってわけ? それにしても随分大きいわね。シギ、データはこっちに送れる?」
「今調査中っシュ……、ってことでデータ発表、でん! 『コードネーム:FUGL、所属:Clean Rooms、搭乗者:フロンたん』 ふ、フロンたん!? 今まで会った敵機の中で最大の機体でシュがウチのディフェクトなら負けないっシュよ~!」
間もなく、シギが無線通信を使い、データを転送してくれた。そのデータの通り、相手はディフェクトよりもはるかに巨大な蝙蝠型の戦闘機だった。
私にとっては、このディフェクトで臨む、巨大な敵兵器との戦闘。だけど、シギの言う通り、今の私たちに敗北は許されなかった。
「あー、ムカつく。すげぇムカつく。なんにも考えていないような顔してんなァ、お前」
「私の顔が分かるの? こっちはあなたの顔が見えないんだけど」
「おいおい、同じスプリングレインのくせにそんなことも知らねぇのかよ。ったく、なんなんだ、お前?」
「スプリングレイン? それってどういうことなの? あなたが知っていること、全部吐きなさい、フロン!」
フロンと名乗る、その敵兵器のパイロットが、突如私が知らない単語を発した。『スプリングレイン』。直訳すれば『春の雨』ということになるのだろうけれど、恐らくフロンが言いたいことは、そういう意味ではないはずだ。
情け無用と言わんばかりに繰り出されるフロンの攻撃。ディフェクトに搭載されたシールドのおかげでどうにかやり過ごすことができているが、これがなければ、今頃機体がなんらかのダメージを受けてしまっていたことだろう。
「うるせぇっ! 誰がそう簡単に喋るかよ!」
「それなら、力づくでも言わせるまでよ!」
私はディフェクトを駆使し、フロンとの戦闘を展開していた。さすがに大型機らしい耐久力を備えているようで、こちらの攻撃を受けてもなかなか撃破することができない。
「お前、邪魔だよ! さっさと消えろぉ!!!!!!!!!」
「そうはさせないわ! 消えるのはあなたよ、フロン!」
フロンが巨大なソード型兵器を振り下ろすと、私もディフェクトのソードでこれを迎撃する体勢に入った。両方のソードが衝突するたびに、凄まじい量のエネルギーが飛散し、周囲のビルなどに流れ弾となって被害を与えていく。
やがて、私の方が少しずつ優勢になってきた。そして、私は一瞬怯んだフロンの隙を見逃すことなく、巨大戦闘機の心臓部をソードで貫くことに成功した。
「これで終わりよ、フロン!」
「ああ、もう、終わりか……。カオスフィールド……、そんなところへは行きたくねぇ、助けて……タリス……ふへへ」
巨大戦闘機に致命傷を与えた直後、私の頭の中にフロンの静かな声が聞こえてきた。私は爆発に巻き込まれないよう、とっさにその場から距離を取った。その直後、巨大戦闘機は爆発大破し、戦闘は私たちの勝利に終わった。
「あの、フロンの最後の言葉……、どこか、笑っているようにも聞こえた……。あれは、一体、なんだったのかしら……?」
戦闘が終わった後も、私の脳内には、フロンの最後の言葉が繰り返し鳴り響いていた。まるで、フロンがその命を懸けて私になにかを訴えようとしているかのように。
「……カラス。あのフロンたんに関する、新しい情報を入手したっシュよ……」
そこへ、シギからの無線通信が届いた。私がフロンと交戦している間、シギは別の筋で、フロンに関する情報を集めていたようだった。
それによると、フロンの本名は「アリス・グレイヘロン」というらしい。
戦前にレデンでアカハラのテロとは別 件の凶悪な殺人事件を引き起こしている。犯行理由については「ムカついたから」と本人は証言しており、今も真相は分かっていない。
結局、裁判で有罪となり、死刑判決を受けることになった。ところが、死刑執行の直前に、偶然現場に居合わせていたアカハラに見出され、以降は偽名と軍籍を与えられてレデン軍の兵士として活動していた、という内容だった。
「そう、だったの……。彼女も、アカハラに利用されて……」
私はシギからの報告を聞いた時、自分の頬が冷たく濡れている感触を覚えていた。だけど、その時の私はその感覚の正体にまで思いが至ることはなかった。
人は死の直前に走馬灯を見ると言われている。生前の記憶が、まるで連続映像のように高速で再生されるという走馬灯現象。
凶悪事件を起こし死刑判決を受け、挙句の果てに戦争の道具にもされたフロン。
そんな、一見絶望しかないように見えるフロンの人生にも、楽しい事や嬉しい事があり、その思い出が走馬灯として蘇ったのであろうか。
「……ウッ! ウゥッ! ゴホッ! ゴボォッ……!」
突然、私は自分の身体の奥底から、なにか得体の知れないものが湧き上がってくるのを感じ取っていた。それが胃から食道を通じで逆流してくると、私はそれを抑えることができず、そのまま吐き出してしまった。
「か、カラス! な、なにがあったっシュか?」
「だ、大丈夫、シギ……。ちょっと、気分が悪くなっただけだから」
シギのオペレータールームにも、私に異変が起こったことがディフェクトを通じて知らされていた。私の身を案じるシギに対して、私は大丈夫と返事をした。
PMCの傭兵になってから、人の死にはそれなりに慣れてきたつもりだった。だけど、フロンというたった一人の女性の死が、何故これほど私の心に深く突き刺さるのだろう。
これが、フロンが言っていた『スプリングレイン』の秘密なのだろうか。様々な謎を抱えながら、だけど今の私にはこの戦いを続ける以外の選択肢は存在していなかった。




