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魔法よりも厄介です!  ~使命と恋心が大渋滞中~

作者: komezou

灰色の曇天が広がる古都アルダ。


国家間の争いが激化する中でも、人々は日々の暮らしを営んでいた。

私―マリーヤ・シェレンもまた、そのひとりに過ぎなかった。


私はそこそこ裕福な家に生まれ、平均的な魔力を持ち、

今年「グラナギルド」という大きな組織に入社したばかりの新人だ。


ギルドは魔法の活用や物流・警護、外交支援など幅広く各国をサポートしている。


世界情勢が揺れる中、その役割はますます重要になっている。


入社できたのは幸運だけれど、覚えるべきことは山ほどあり、

要領の悪い私は毎日慌ただしく働いている。


自分は「明るく外交的」と周囲から言われがちだが、自分ではそう思っていない。


自分から踏み込むのが苦手で、人の前ではなんとか明るく見せようとするのにもう必死。


そんな私はいま、人生で究極の選択を迫られている。


付き合うべきひとは、騎士のシュトラールか、ギルドで同期のレオンか。


二人は性格も境遇も正反対だが、それぞれの魅力があって私の心を揺さぶる。


しかも二人とも、国家間の資源をめぐる争いが続くこの魔法世界で、各々の道を懸命に切り開いている。


彼らと接するうちに、私はどちらに惹かれているのか、自分でもわからなくなっていた。



シュトラール・バーナードは国の騎士。


家はあまり裕福ではないらしいけれど、

身体能力や魔法の扱いにおいて平均以上の力を持ち、騎士団の中でも人望が熱い。


「騎士であること」に強い誇りを持ち、護衛や国境警備など危険な任務に就いても一切卑屈にならない。


むしろ自分の役割を大切にし、笑顔で周囲を鼓舞する姿をよく目にする。


そんな彼の姿は、まるで太陽のように眩しく、多くの人が心惹かれるのも無理はない。


私とシュトラールが知り合ったのは、ギルドの業務を通じてだった。


彼が魔物の対策や輸送警護の相談でギルドを訪れたとき、

偶然私が担当する書類に目を通したことで、会話を交わした。


最初は「やけに明るい人だな」という程度だったけれど、彼の親しみやすい態度に触れるうちに、私はどうにも胸が弾むのを抑えられなくなった。


告白なんてとてもできないけれど、「もっと仲良くなりたい」「どんな人なのか知りたい」という気持ちが、私の中で知らず知らずのうちに大きくなっていた。


ただ、シュトラールには多くの人が集まる。


厳しい訓練を経て騎士になり、任務のたびに功績を立てているからこそ、尊敬や好意を寄せられるのだろう。


私などが勝手に憧れても、あの人が気づくことはないかもしれない。


けれど、彼の明るい笑顔を見るだけで、私はなぜか背筋が伸びる気がするのだ。



一方、レオン・フェイフルは私と同じギルドの同期。


家柄もそこそこ良く、私と同じようにそれほど高い魔力はないけれど、地味な事務作業を正確にこなすし、真面目な性格の持ち主。


控えめで目立たないタイプで、職場の仲間も「大人しいね」と評することが多い。


でも、私が仕事の進め方に困ったときは、黙って手を差し伸べてくれる。


何も言わなくても、私がもたついている様子に気づいて助言をくれる。


そのやりとりの中で、私は何度も救われてきた。


ある日、そんなレオンが突然「君が好きなんだ」と告白してくれたときは、本当に驚いた。


「いつも頑張っている姿を見ていた」


「不器用だけど素直なところが好きだ」


彼は淡々とした口調ながら真剣な眼差しで言ってくれた。


ドキドキしたけど、すぐに何かを答えることができなかった。


どう返事をすればいいのか――そもそも自分の気持ちがシュトラールに向いているのか、レオンに向いているのか、整理がついていない。


レオンは「ゆっくり考えていい」と言う。


その優しさが私をいっそう混乱させる。


私がシュトラールをこっそり想っていることに、レオンはうすうす気づいているかもしれない。


それでも変わらぬ態度で、私の悩みを汲んでくれる。


その寛容さに甘えてしまう自分が、情けないような申し訳ないような……でも、どこか心強い気もするのだ。



最近、世界情勢がさらに険悪になり、ギルドへの依頼が急増している。


前線での護衛任務や物資の輸送管理、国家間の調整に追われて、私もレオンも日々クタクタだ。


そんな中、シュトラール率いる騎士団が新たな遠征を行うことになったという知らせが入った。


北方の砦まで護衛に行き、その先は未開の地の調査も兼ねるという。危険と隣り合わせの長期任務だ。


会議の後、シュトラールは私を見かけると気さくに声をかけてくれる。


「今回のルートの情報整理、助かったよ。君のおかげで出発前に注意すべき点がはっきりした」


そんな穏やかな笑顔を見るだけで私の心は弾むが、同時に切なくなる。


彼はあくまで職務に忠実で、私個人を特別に見ているわけではない……


そんな思いが頭をかすめるからだ。


一方、レオンは私の落ち着かない様子を見て、「無理しないで」と声をかけてくれる。


静かな眼差しが、かえって私の心を揺らす。


彼は私を留めたいのかもしれないのに、私の意思を最優先してくれる。


そんな優しさに何も応えられない自分を、私はもどかしく思う。


そして迎えた出発の日、騎士団はギルド前の広場を埋め尽くしていた。


馬や荷車に道具を積み込み、隊列を整え、最終的な作戦確認を行う。


シュトラールもその中心で明るい声を響かせながら、仲間に指示を送っていた。


私は少し離れた場所で、その姿をぼんやりと見つめる。


誰もが彼を信頼し、彼はまた期待に応えている。その光景は眩しくて、胸が苦しい。


「いってらっしゃい。」それだけでも精一杯だった。


シュトラールは何も言葉を発さず、誇らしげに笑顔で手を振って馬に乗る。


その背中が私の視界から遠ざかっていくとき、心のどこかがポッカリと空いたような気がした。


仕事を終えて寮へ戻る頃、レオンがさりげなく私の後ろを歩いてきた。


気づいて振り返ると、少しだけ寂しそうに微笑む。


「シュトラールさん、もう出発しちゃったね」


「……うん、そうだね」


それ以上、私は何も言えない。


レオンは「また一緒にがんばろう」と穏やかに言ってくれるが、その一言が胸を締めつける。私はシュトラールの無事を祈りつつも、自分の気持ちをレオンに預けきれないままでいた。


それから数日後、ギルドに衝撃的な報せがもたらされた。


シュトラールたち騎士団が進む北方地域で、予想以上に強力な魔物が出没しているらしい。


しかも敵対する他国の部隊までもが資源を巡って動いているという。


現地の防衛体制は緊迫し、追加のサポート要員が必要とのことだ。


その通知を聞いた途端、心拍数が跳ね上がる。


シュトラールが危険にさらされている――そう考えるだけで頭が真っ白になり、居ても立ってもいられなくなる。


ギルドでは、追加の救護や補給要員の派遣を検討しており、希望者の中から選抜を行うという。

自然と、私は自分が行く道を思い浮かべていた。


しかし、上司に相談すると「本当に行く気か?」と念を押される。


私はまだ新人で、戦闘能力も平均程度。危険な任務となれば命の危険もある。

さらに言えば、「レオンと共にこのままギルド本部で仕事を続ける」選択肢もあるのだ。


私にはデスクワークでも十分役立てる道が残されている。


一方、レオンはその話を聞いてもあまり動揺した様子を見せない。


ただ、私をじっと見つめて言う。


「もしマリーヤが行くって決めたなら、僕は止めない。でも、僕も心配だし……」


その声はかすかに震えていた。


もしかするとレオンも、同行したいのかもしれない。

けれど、今ギルド内は人手が足りず、誰もが勝手に抜けられる状況ではない。

私が行くなら、レオンはここに残って私の分まで仕事をカバーしなければならないだろう。


「レオンは……どう思う?」


「僕は、君が安全でいてくれたら嬉しい。ここで一緒に働けるなら、正直ほっとする。

でも、シュトラールさんたちが危険なら、君は行きたいんだよね?」


痛いところを突かれた。


私はシュトラールを助けたい、役に立ちたいと思う一方で、レオンと平穏に働く日常も捨てがたい。

ギルドでの仕事は大変だけれど、彼と一緒なら確かに心は落ち着く。


それでも、シュトラールの安否を思うと胸がかき乱される。自分が行かなければ後悔するんじゃないか――そんな予感がしてならないのだ。


あれほど気軽に「いつかシュトラールの役に立ちたい」と夢見ていたのに、いざ本当に危険が訪れたら私は躊躇している。


命を懸けて闘う騎士のような覚悟が自分にあるのか、本当はわからない。


ただ、あの眩しい笑顔を思い出すたび、少しでも彼の力になりたいと願うのも事実だった。


「私、どうしたらいいんだろう……」


夜になって、寮の自室で私は頭を抱える。


部屋の灯りは低く、窓の外には風がうなっている。

近づく嵐の気配が、私の心のざわめきを映し出すかのようだ。


――“シュトラールと危険な任務に行くべきか”、それとも――“レオンの待つ平穏な暮らしを守るべきか”。


恋愛感情だけで突き動かされていいのか。


ギルドは多くの人を支え、国を維持するための組織なのだ。


私が未熟なまま前線に出向けば、かえって足手まといにならないだろうか。


レオンが私に注ぐ優しさを無視してまで行く価値は本当にあるのだろうか。


だけど、もし何もせずに待つだけで、シュトラールが怪我を負ってしまったり、彼の仲間が傷ついてしまったりしたら


――きっと、私は自分を責めるだろう。


彼の力になりたいと願っていたくせに、ただ見送るしかできなかったと。



床についたものの、ほとんど眠れなかった。


私は暗いうちに目を覚まし、まだ薄暗い廊下を静かに歩いてギルドの事務局へ向かう。


そこにある派遣希望者のリストに、自分の名前を書き加えるかどうか。

それが今の私に与えられた岐路だった。


ふと、そこにレオンの姿を見つける。


彼も眠れずに来ていたのだろうか、机に書類を広げたまま固まっている。


私に気づいて顔を上げると、疲れた笑みを浮かべた。


「マリーヤ……やっぱり、来たんだね」


「うん……」


私は無言のまま、派遣希望者用の紙へ視線を落とす。


そこにはすでに何人かの名前が書かれていた。


私は震える手を伸ばし、ペン先が紙に触れる。


レオンは私の横で小さく息をつく。


「君が行くと決めたら、僕は君を信じるよ。


……だけど、本当に気をつけて。


無事に帰ってきて。僕はここで、君の戻る場所を守り続けたいから」


その言葉に、私は思わず涙が出そうになる。


レオンの心を思うと、申し訳なさと感謝が同時に込み上げる。


それでも、私の中で「シュトラールたちを救いたい」という気持ちが揺ぎないことに気づく。


どちらを選んでも後悔するのかもしれない。


けれど、今はこの心の声に従うしかない。


私は小さく息を整え、紙に「マリーヤ・シェレン」と書き入れる。


それを見たレオンは、ほんの少し笑ってくれた。


その笑みにはいろんな感情が混ざっているように見えた。



こうして私は、最前線に近い北方の砦へ向かう準備を始めることになった。


シュトラールが待っているかはわからない。


私の手助けなんて必要ないかもしれない。

でも、胸に芽生えた「彼の力になりたい」という想いに嘘はつけないのだ。


レオンのもとへは、何度も連絡を取るつもりだ。

私がいなくなっても、彼は優しく穏やかに皆を支えていくだろう。


いつかこの戦乱が落ち着いたとき、私はどんな顔をして戻ってくるのか。


そのときレオンに何を伝えるのか。


そして、シュトラールとの距離はどう変わっているのか


――何ひとつ明確にはわからない。


けれど、今はとにかく前に進むしかないと決めた。


ほんの少しの勇気と、自分なりの役割を果たしたいという思いを抱えて、私はギルドの門をくぐる。


灰色の空は遠い。


戦火の気配は消えない。


けれど、その先に見えない光を探しながら、どこかで「ただ好きな人を追いかけたい」という自分の純粋さを信じたいとも思う。



――危険なシュトラールとの任務か、それともレオンとの平穏な暮らしか。



どちらが“正解”なのだろうか。


いつか納得できる答えにたどり着くまで、私はこの魔法世界で迷いながら生きていくのだ。

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