夏の夕暮れ
懐かしい香りの通り道に昔が眠っている
指切りげんまんした後に
針千本も飲まされる地獄があるなんて
赤い糸は朽ちかけた鳥居に絡まって
そっと訪問者を待って待ちぼうけ
祭りの夜は山から鬼がやってきて若い娘を攫っては
山に引きずり込むから鈴の音に気をつけて
線香の香りのする背中が懐かしくて
あの街角には赤い紐を風に揺らして娘が鬼を待つ
竹林の奥には古い仏像と壊れた鳥居が人を待ち続けた尊い墓標
海の見える部屋には酒瓶が転がっていた人生を語るように
あの古い街角には過去が眠るひとけのない夏の夢
幼い日に見たはずの向日葵畑には
死んだはずの兄が微笑んでいつでも遊びに来いと
あの座敷には這入ってはならない夏を閉じ込めたから
遠い面影が映ってました古いキネマは見知らぬ男の煙草の香り
山彦は風に乗って娘を呼ぶ古いえにしを教える様に
同じ処をぐるぐると彷徨っているようだ古い路地裏の迷宮
過去を閉じ込めた仏壇には不気味な笑みを浮かべる仏陀像と時折目が合い
夏の欠片を持って列車に乗る夏の気配を袋につめて
木漏れ日を匣に入れて蔵の中に隠して置く
小指に巻かれた赤い糸を追いかけてゆくと山奥の神社に辿り着いた
祖母の皺の数があの神社の御神木の年輪と同じ数の様な気がする
祭りの日は鬼の末裔に贄を差し出す日だから真っ赤な布団で眠る
街角は冬の眠りにつきながらそっと赤い糸を鳥居に巻きつける遊び
懐かしい香りに誘われて裏路地に這入ったらお地蔵様が微笑んでいて
夢を見ていたあの隧道を抜けると夏が来ると云うのに
静かな路には誰も通らない蝉時雨だけが頭上に雨の様に
懐かしさとは人生を乗せて走る電車の中で夢を見る
夏の呼び声が抽斗の中の古い鉛筆がカタカタ震えて
本堂の仏陀の目が怖くて赤い赤い昔の罪のある男の背後にて
窓辺から磯の香りが海辺の光はいつも穏やかな
六畳の部屋に酒瓶転がり哀しい唄がどこからともなく聞こえる
刻に縛られるからと時計を紐でぐるぐる巻きにして
逆さに刻の廻るパラドックス
道という漢字が好きで裏路地に檸檬を置いてきたいつか爆発するかな
やわらかなふくらはぎには小さな鬼っ子が棲んでいて
時折人の寿命を言い当てながら脛を齧ってくる
入道雲は幻のように過ぎ行く人生を見つめている
軒の下の黒い影はそうっと寝顔を見つめて
笑みを浮かべる何故か嫌じゃない
懐かしい道をゆくあちこちで花火のように外灯は揺れ
蔵の裏の川の人魚は人を喰い川は時に赤く染まる
夕べの夢で亡くなった筈のあなたが見立て殺人の被害者になって
酸いも甘いもかみ分ける娘は背中に幾つもの未練を背負て神社で舞っている
古いキネマでキスシーンを見てからあの刹那が忘れられない
輪廻とカルマを鍋に入れたら間違いだらけの仏陀が出来上がった
あの病院坂を上るとき何故こんなに懐かしい気分になるのだろう
風は吹く人生は過ぎ行く
折れた風車が水子地蔵に手向けられ人はカルマの意味を知る
宿場町は今日も懐かしい風が吹く
あの古い立て看板にこの町の謎が描かれている
夢ばかり
墓じまいをするからと懐かしき故郷の記憶が消えて行く
いつも笑顔の祖母の顔を思い出すが
無縁仏のほうに消えて行くなんて思いもしなかった
悲しみの増す雨に自分の居場所なんて何処にもない
夢の足跡が頬に残る畳の跡にそっと庭の向日葵が笑う
母の後ろ姿が消えて行く影を追う雲水さんに夏の影を見る
梅雨の日の悲しみはそっと着物を入れた箪笥の中にしまう
蝸牛の抜け殻かもしれない
寒い冬の屋敷には黒い人影が仏壇に集まってひそひそと
次に家族の誰が死ぬのか話し合っている
暗闇に点る電灯のように誰かの心に点る輝きであったならいやむしろ亡霊の様に
のろのろと足を引き摺って獣のように叫ぶ夜
夏の香りが戸棚の隙間からするから開けてみると
つやつやの夏蜜柑何処から貰ったのだろう
紫陽花が雨に濡れて泣いているからそっと仏壇の線香の匂いを嗅いだ
死の香りがことりと胸に落ちてくる
梅雨の時期のさみしさはトイレの裸電球のようなものかもしれない
夕べの夢は忘れました皆トイレに流します
冬の雨には切なさが混ざり軒の下で悲し気な音を立て
いつかの櫻の夢は仏間の位牌の人の面影に似て
誰も居なくなった部屋には悲しみだけが残る夕べの夢に似て
夏の想い出はあの開かずの部屋に閉じ込めてあるから
波止場にも雨が降る何処からか三味線の音が聞こえ
隧道のそばのお地蔵様にそっと傘を立て
雨の日にてるてる坊主を逆さにしていたのを忘れていて
読書をしながら遠くの町を想う郷愁感は列車の中に置き忘れた心のありか
街角の古ぼけた看板に人生というドラマが描かれて
真っ赤なハンカチを鳥居に引っかけてまじなうと
狐の面をした子があの世へ連れて行ってくれる
南無阿弥陀仏と蛙は雨の中
夏という生き物はプレパラートの中で花火のように輝いている
君の肩に乗っている誰かの手は誰かとの約束
あの日眩しいと思ったあなたの横顔はアルバムの中色褪せても
自分のすべてを愛して真っすぐ生きていこうと思ったんだ
夕暮れ時の宿場町でマントの怪人に聞いて欲しくて
お寺の中に財宝は眠る
夕暮れの亡霊はひとりぼっちで仏壇の果物の香りを味い
運命論とか因果論とか海に放り出して夢ばかりの道を歩む
懐かしさと怖いものは似た者同士で少しいつも寂しい
古い町並みは亡くなった人の背中の香りがして
寂しい通りのケロヨンの人形はひびが入って何かを言おうとしている気がする
懐かしい香りの通り道に昔が眠っている
指切りげんまんした後に
針千本も飲まされる地獄があるなんて
赤い糸は朽ちかけた鳥居に絡まって
そっと訪問者を待って待ちぼうけ
祭りの夜は山から鬼がやってきて若い娘を攫っては
山に引きずり込むから鈴の音に気をつけて
線香の香りのする背中が懐かしくて
座敷の裏には寂しさが転がっていました
夕べの味噌汁に人生を入れて
誰にも聞かれないようにそっと汁を啜る
夢ばかり追いかけていたあの頃の少年は
今でも隧道の向こうの向日葵と戯れている
自分のすべてを愛することが正義だと
ようやく気が付いた蝉時雨の夕暮れ
いらか屋根の向こうに綺羅と海光る
夏の気配は冷蔵庫の中で眠っている
阿吽の像は夜の神社でじゃんけんをして嗤ってゐる
電柱たちは冬の草原を星を捕まえて常夜灯に継ぎ足し
真っ白な紙をコンロで燃やして炎見れば美しい私どうかしている
美しき獣は月の狂気に狂ったように叫ぶ
美しい物をひっそりと集めた狂医師
闇夜に炎の宴を行う
この町には古き死骸があちこちに眠り
夜になるとピカピカ光ってゐる
墓の下には夢眠るいずれ風になる
夏の凌霄花は甘い汁を蟻にやりひたむきに
只ひたむきに熱風に舞い上がることだけを考える
この町は特別だ
落ち武者たちの残した財宝の眠る旧家のお化け屋敷
子供の幽霊が秘かにその在り処を噂する
明日の昨日は柱時計の裏に眠っているのかも
蔵の裏の人魚は金魚を自分の産んだ子と信じている
味噌汁の中のワカメは般若心経を唱えて口の中でかみ殺す
あの隧道の裏には向日葵が夢を喰って生きているとしゃべり始めた
国語の授業に紛れ込んだ国語ばかり上手な雲水さん
電車から見える海は人生を語る
あそこの神社はでるんだって
赤い鳥居にはあやとりの紐がゆらゆらと
見知らぬ狐面の少年が手招くからあの竹藪の奥にある屋敷の中で
春の夢を見たたくさんの櫻の花びらが視界を覆いつくして
目が覚めたら布団の中の夜が溢れてくるものだから
惑星を一掴み金平糖みたいな甘さに
虫歯がぽろりと落ちてきた
夏の呼び声が抽斗の中の古い鉛筆がカタカタ震えて
本堂の仏陀の目が怖くて赤い赤い昔の罪のある男の背後にて
窓辺から磯の香りが海辺の光はいつも穏やかな
六畳の部屋に酒瓶転がり哀しい唄がどこからともなく聞こえる
刻に縛られるからと時計を紐でぐるぐる巻きにして
逆さに刻の廻るパラドックス