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召喚師  作者: 相楽 二裕
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第3話 呪い

 カスは再び上司のセブルに呼ばれた。


「召喚の準備はどうだ?」

「まあ順調です」

「今回、失敗は許されないぞ」

「わかっていますよ」

「うむ」


 セブルはそこで言葉をいったん切ったが、むろんそんな通り一遍の会話がしたくてわざわざカスを呼びつけたのではあるまい。カスは黙って上司の次の言葉を待った。


「予言官は知ってるだろう」

「もちろんです。マイン長官子飼いのエリート集団ですよね。場合によっては国政の方針も決めたりするとかいう」

「うむ。その予言官たちの言うには、最近星の運びに不穏な予兆があるというのだ。お前たちは何か知らんかね」

「たしかにおれたち召喚師は異能持ちですがね」とカスは目尻を掻いた。「予言めいた力なんて一切ないことはご存知でしょうに。おれたちの能力はただ『喚ぶ』だけです。喚んだところで結果どういう人が来るのかすらわからんのです。せめて喚ぶ人のスペックとか指定できれば苦労はせんのですが……」

「わかったわかった。おまえと話しているとどうも気が滅入る。いちいちどうしようもない不平不満をくっつけて返してくるんじゃないよ」

「性格なもので」とカスは悪びれもしない。「おれが嫌ならミジョンと話せばいいでしょう」

「召喚師の中ではおまえが一番古参じゃないか。年長だし。私としてはいちおう立ててやってるつもりなんだぞ」

「はいはい」

「ハイは一つ」

「はい」

 セブルははぁーと大きな溜息をひとつ。


「例の地竜のせいじゃないんすかね? レンネールの」

「いや、違うようだ。地竜とはまた別の大災厄が復活する兆しだと……だからもしそうなったら……」

「また召喚すか?」

 正直ウンザリした。

「そうあからさまに嫌な顔をするな」

「なんすかね大災厄って。魔獣とかですかね」

 セブルは難しい顔で、「それがどうも人らしいんだよな」という。

「人?」

「それって例えば悪の魔導師とか……ですか?」

 おそるおそる聞いてみた。

「どうもそんな感じだ」

「それなら……嘘かほんとか判りませんが最近酒場で……」


 言った途端、セブルが一睨みする。

 しまった……口が滑った、とカスは顔を引いた。


「おまえ……また飲み歩いているのか」

「自分の金です誰に文句を言われる筋合いでは」


 どうして上司から私生活指導を受けねばならぬのかわからないが、たぶんセブルは純粋にカスのことを心配してくれているのだろう。情けない気持ちでいっぱいになる。


「まあいい。で、何を耳にしたって?」

「いえね、悪の魔導師が復活しましたと」

「悪の魔導師だ?」

「昨日酒場で会った女がなんでもあのシンジャーの生まれ変わりだそうで」

「カーッ!」一瞬真剣な表情になったセブルだが、即座に否定し頭を振る。「女だろ?」

「前世で男だった者が来世も男として生まれる道理はないのだそうで。死後十七年で生まれ変わる魔法をかけてたそうですよ」

「そんなん知るか」

「知るかと言われましても」

「ガセだガセ。生まれ変わりの魔法なんてついぞ聞いたことがない。酔っぱらいのたわ言じゃないのかね? だいたいあのシンジャーがおまえの行きつけのような安酒場になど飲みにくるものか」

「おれもそう思いますがね……単なるたわ言で初対面の者にそんな与太話しますかね。下手すると後ろに手が回りかねないのに」

「頭のおかしいやつはいくらでもいるものだ。とくにこの時季にはな。放っとけ」


 五十年前の悪魔導師の趣味が安酒場通いだかどうだかはいまさら知るすべもないが、セブルにそこまで否定されると逆にちょっとは信じてみたくなる気がしないでもないカスだった。


「とりあえず、報告はしましたからね」

 と、万が一何かあっても責任逃れをするつもりでカスは念を押した。

「とにかく今後も大変な召喚がひかえているし、馬鹿なことを言って現場を混乱させるんじゃないぞ。それと酒はほどほどに。いいな?」

「はいはい」

「返事は一つ」

「はい」


 これ以上セブルの小言を聞きたくなかったので、カスは逃げるようにその場を立ち去った。


「まあ……そんなわけないか」



 そしてカスは、上司の小言などとうに忘れて今日も酒場に足を運ぶ。


「やあお兄さん」先日と同じカウンター席にあの女が居座っていた。「ここに来れば会えると思いましたよ」

 すっかり打ち解けた自称シンジャーの彼女が、にこにこと親しげに手を振ってくる。今日はまだ素面しらふだった。

「も、もしかしておれを待っていたんですか?」

「はい」とまたニッコリ。

 ふたりはまた連れ立って店の隅の静かな席へ移動した。


 カウンターの亭主が何やら意味ありげに妙な目配せをしてくるのを、首を激しく振って否定する。


「ど、どうしておれなんかを……」

「お兄さん言ってたでしょ」と、皿をひきよせ、その上に乗った豆をひとつ口に放り込むと、ポリポリ噛みながら、「……勇者どもの遊興ぶりに腹が立つって」

「言いましたね」

「だからお兄さんにも少しは胸のすく思いを味わわせてやろうと思って」

「ひょっとして、何かやったんですか……」

「いま呪いをかけているところなのよ」


 仄暗い照明のなかで彼女の唇だけがやけに赤い。


「の、呪い……」

「勇者ども案外搦手には弱いだろうと思って。前回は真正面から待ち構えて呪術戦をやってたのが間違いだったのよ。少年向けの読み本的にはそっちの方が派手な動きがあっていいのでしょうけど」と、彼女はカスのと同じ、強いだけの安酒をうまそうにくいっと呷ってから、「もっと陰険にやることにした。ふっふっふ……」

「陰険……ですか」

「まもなくだ……見ておきなさい勇者ども! やつらがバタバタとくたばったら私のせいだと思ってね。そしてそのつぎはいよいよ……セゴリエの連中……くくく……今から胸が躍るわぁ」


「じゃあまた。十日後に来るわね」

 一方的に喋って、飲んで、酔っ払って、シンジャーは去って行った。


「早くどうにかしないと、そのうちおれも呪い殺されてしまうことになるな……」


 まさかとは思いながらも、彼女の言葉を完全に否定できないカスだった。なぜなら、彼女の話は荒唐無稽だが破綻がなく、それ以外はカスにはまとも(、、、)に思えたからだ。


 このまま彼女を返してしまってよかったのだろうか。

 しょっ引いて警邏に引き渡すべきだったのでは?

 いや、セブルの言うとおり、ただのおかしな女の虚言癖に違いない。

 だが、せめて尾行して彼女のねぐらを確認しておくべきだったのでは?

 いや、かりにも召喚庁職員たる自分がそんなつきまとい(・・・・・)のような真似はできない。



 かわりに翌日カスは、忙しい中理由をこじつけて勇者たちの様子をみて回った。


 結果、勇者たちはピンピンしており、一安心したのだった。中にはここ数日間の体調不良を訴える勇者もいたが、よく聞けばそれは不眠不休でカードゲームにうつつを抜かしたすえの、自己管理怠慢ゆえの不調であった。


「まだ呪いをかけている最中だからだろうか?」


 カスはふーと大きくため息をついた。

 昨日のセブルの小言が脳裏で再生される。


「いかんいかん。それより大召喚の準備だ」

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