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召喚師  作者: 相楽 二裕
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第1話 カス

 歩きながらものを考えるのはカスの癖だった。

 カスは分析する。

 すなわち召喚対象者である英雄たちについて。


「なぜかれらはあれほど命の危険にさらされても平然としていられるのか?」


 今までに勇者たちから直接聞いたことを総合すると、彼らの世界というのは複雑かつ危険すぎて、生きていくのに相当な苦労を強いられる場所らしい。両親や周囲の大人が実はすべてモンスターだった、などと振り返る者もいる。彼らにとっては生きることの大部分が苦しみなのだという。(それにしては彼らの言動に苦労知らずの世間知らず感が漂っているのは今ひとつ理解に苦しむところだが)もしそれが事実なら気の毒なことではある。こちらの世界が良く見えるのもうなづける。危地においてもなおかつ楽しそうなのは、そのような事情があるからなのだろうか。だからこちらに来ると本当に生き生きとしてくる、のか。


 第一、かれらはこちらが一方的に呼んでも怒らないし取り乱さない。全く異なる世界にいきなり召喚などされた日には、戸惑ったり怒ったり、パニックになったりするはずだ。自分なら絶対にそうなる自信がある。ところが彼らはむしろ、喚んでくれてありがとう的な何かを感じる。


 あれだけの才能を持っているのに、どうして元の世界でも生きていけないのだろうか。


 云々。


「おーい、カス」


 向こうから誰かに呼び止められた。

「誰かと思えば……ミジョンか」

「なんだよショボい顔して。またいつものアレか?」


 彼はカスの同僚で、彼もまた召喚師である。カスが歩きながらものを考え、つぶやく癖も良く知っている。いつものアレとはそのことを言っている。


 ミジョンはカスの肩に手を回して「なあ聞いたか」という。

「藪から棒に何だい?」

 カスは目蓋をヒクつかせる。

「今度の召喚は大ごとらしい」

「うん、なんかセブルさんが言ってたな……」


 セブルというのはカスとミジョンの上司である。

 彼らの取りまとめ役だが、セブルには召喚の能力がない。


「そういやおれ、呼ばれてたんだっけ」



 カスは扉をノックした。

「カスです。お呼びでしょうか」

「入りたまえ」と中から声がした。

「失礼します」


 どうでもいいが、なんで出入りするたび失礼しますとか言うんだろう、とカスは疑問に思う。ドアの開け閉めに礼を失したことなどないはずだし、相手だって許可をえて部屋に立ち入ることが礼を失する行為だとは微塵も思ってないと思うのだが。


「どうかしたかね?」とセブルが覗き込む。

「いえ」

 セブルはカスにもっと近寄るよう手招きをする。カスはセブルの執務机の前へ数歩踏み出した。セブルは革張りの椅子からおもむろに立ち上がると、カスに言った。

「以前も言ったと思うが、近々重要な召喚の儀を行なう」

「はい」

「周囲十五イクスにわたり陣を敷く大召喚だ。レンネール地方で暴れまわっている邪悪な地竜を斃すため、国内各地から総勢三十人の召喚師を招聘して召喚の儀を行なうことになった」

「そうですか……」

 カスが気のない返事をすると、セブルはカスの後ろに回り、背後から両肩を手でポンポンと叩いて、

「カス、もう少し身をいれたまえ」と注意を促した。

「はぁそう言われましても」


 今年に入っていったい何人喚んだと思ってるんだろう。

 いい加減疲れていた。


 東の魔王。

 西の奸雄。

 南の魔女。

 北の魔獣。


 解決のためそれぞれ別の勇者を喚んだ。

 いずれも他世界からである。


「何ひとつ自分たちで解決できないのかこの国は……」


 ぼやきがつい口に出てしまって、慌てて口元を抑える。

 けれどセブルは咎めなかった。


「できないよ」とため息混じりに「だから喚ぶんだろうが」

「まあそうですがね」

「それともお前が地竜を斃しに行ってくれるかね?」

 セブルは半ば本気の目だ。

「いやいや」カスは慌てて否定する。「おれはそのことに不満を述べているのではなくですね、どうしてこうも図ったように召喚が必要な事態になるのかというですね」

「仕方ないだろ。出るものが出ちゃったんだから。力のあるやつを喚んでどうにかしてもらわないと」

 きょうのセブルはいつもよりいくぶん聞く耳をもっているようだ。カスはここぞとばかりに、思っていることを吐き出した。

「この前の召喚の儀も大変だったじゃないですか。三日三晩も中腰で祈り続けて、たまらんとみなぼやいていましたよ」

「なら、とりやめてもいいが」

「本当ですか?」

 思わず上司を振り返る。

「かわりにたしか……去年くらいに喚んだ人で、物凄く強い人、いただろ。なんといったかな……そうそう、小林光人(みつひと)さん。彼にお前から頼んでくれよ」

「彼のことは光人リヒトさんと呼んでください。そうしないと彼怒りますから」

「そ、そうかすまん」

「おれに謝らないでください」


「で、そのリヒトさんに頼むわけには……」

「いきませんよ」

「どうしてかね」

「目的を達成した勇者がどうなってるか知ってますか?」

「さあね」

「でしょうね」とカスは皮肉っぽく上層部の無知を責めた。「彼らのお世話はおれたち末端の仕事ですから。リヒトはタゴラ宮に引きこもってシーラ姫といちゃつきながら遊興三昧です。働きもせず……」カスの熱弁に力がこもる。「たしかに召喚当初は有能でした。桁外れの能力を縦横無尽に駆使して邪竜なんか一ひねりでしたからね。でも斃したあとの勇者なんてクズ以下です。われわれの血税で一生ダラダラ過ごす気ですよあれは」

「ううむ……そうなのか」

「この間彼に問い詰めたら白状しましたが、彼もともとそういう性格だったみたいです」

「そんなことズケズケと聞いたのか? 勇者さまに?」

「だって働かないんだもの。文句の一つも言いたくなりますって。彼の人生はまだ十分残ってるし、これからだと思うんですよ。すごい能力を持っているんだから、まじめにやればどれだけ民のためになるか。そしたら彼、何と言ったと思います?」

「なんと言った」

「『俺はもうカンストしたからいいんだ。やることがなくなった』ですと」

「なんだねカンストとは」

「さあ知りませんが。燃え尽きたってことでしょう」

「うーむ」セブルは腕を組んで考え込む。「だがこの世界の恩人、そして英雄であることに変わりはない」

「そりゃそうですが」

「くれぐれも粗相のないように」

 その心は見え透いている。勇者どもが本気になればこんな国など滅ぼされかねないからだ。役に立たぬならせめて大人しくしていてほしいといったところだろう。

「解ってますけどねえ。元の世界に戻す逆召喚ってないんすかね?」

「聞いたことないな」


 セブルの話とはつまり、やる気のないように見えたカスに気合を入れたかっただけのようだ。


「お話しが終わりならおれは失礼しますが」

 失礼なんてしてないけど、と心で呟きながら。

「ホント、頼んだぞカス」

 背後で困ったような声。それには応えず、カスはそのまま部屋を出た。

 廊下を歩きながらふたたび考える。

「逆召喚……なんて言ったらリヒトさん激怒するだろうなぁ。元の世界に残してきた人たちに会いたくないのかな」またしてもつぶやきが漏れてしまう。「喚ぶ……喚ぶっていったい何なんだろう……」

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