序、あるいは余計な前置き
これはある転生者の物語――ではない。
極めて特殊な能力をもつ、ある男の物語である。
その男の生業は、異世界から人を喚ぶこと。
喚ばれた者はいわゆる転生者――勇者たちである。
世界に蔓延る暴虐の魔王を斃し、凶悪なドラゴンを成敗し、非道の魔法使いを懲らしめる勇者たち。これはそんな英雄たちを異世界から召喚する術を行使する者の体験談――『召喚師』の物語である。
◇
ここはファルファーダ王室の所属で宰相直属の機関。
国民からは崇敬をこめて召喚庁と呼ばれている。
もとは歴史に名高い崇敬王セゴラス二世が創始した諮問機関だったというが、いつしか召喚のみを専門に行う機関となっていた。
その由緒もあって、召喚庁は王都の一等地に君臨し、まるで宮殿のような威容を王都民に誇示している。
その無駄に豪奢な庁舎の廊下を歩きながら、ある一人の男がつぶやく。
「彼らは強い……」
男は頭の中の全てをひとつの思考に奪われたように、何事かを懸命に考えながら歩いていた。
こつこつという規則的な靴音が廊下に反響する。
「そして理解できない。正直おれは呆れている」
思考が思わず独り言になって出る。
「今までに何十人も喚んだが、あの世界の人間だけは未だに理解できない。この世界の人間ならあそこまで精神的重圧を与えられるとたいてい不安の病に陥って使い物にならなくなる。ところがそういった意味でなら、彼らはとても優秀だ。命を賭けるような場面でも躊躇しない。そして反則的に強い。故郷に遺してきたものを振り返らない。元の世界に帰りたがらない。親きょうだいの話しをまったくしない。まるで情がないのかと思えばそうでもない。思ったより孤独を感じていたり、多情なところもあって、才気煥発、有能であるがゆえにしばしばこの世界の美(少)女たちの心を恣にする……」
すれ違う職員たちから不思議な眼差しを投げつけられても、男はぼそぼそと思考をもらし続ける。
「彼らは驚くべき能力を発揮する。そして信じられぬほど強運だ。生活の心配など微塵もしない。装備に一家が傾くほどの大枚をはたいても眉ひとつ動かさない。なのに、目的半ばで飢え死にした勇者など聞いたことがない。信じられぬほど楽天的だ。そして彼らは必ず――どうにかなる」
もう一度述べておく。
この物語はそんな絶対強者を描く物語ではない。
そんな者たちを見てきたひとりのつまらない男の物語である。
男の名は『カス』。
召喚所の技能師――つまり『召喚師』である。