ある参列者の憂鬱(ステファニー視点)
さて、どこからどこまでがあの方の手の内なのだろうな。
ステファニー・エンドブルクは遥か後方の三人を眺めながら、内心呟いた。
ステファニーが恋人から婚約者へと関係性を深めたビリーと、彼が妹のように可愛がっていた幼なじみのキャロリン――最後にじっくり見据えるのは、ステファニーの上官であるバート。
エルバートからはじまる長い本名の末が国名と同じであった、本日の結婚を機に王家を離れる第三王子殿下は、ステファニーの思うところ相当腹黒い。
本人に言えばにっこり笑って否定するだろうけれど、これまでの所業がそれを証明している。
一番最近に彼が行ったことは、他でもないステファニーとビリーとの婚約を整えたことだ。
「君にも俺たちの結婚式に来てほしいなあ」
と、バートが言い出したのはいつのことだったか。
身内のみの式にするから他人は呼べないんだけどからはじまって、「でもフェルド家の面々は招待するから、ビリーとステファニーが婚約したら呼べると思うんだあ」と言い出した彼の発言に、まんまとビリーが乗った結果でもある。
そんなことでもなければ生涯踏ん切りがつかなかっただろうから、ステファニーとしては有り難くもあった後押しでもあったのだが。
(だが、なあ)
しかし、改めて第三王子の挙式の参列者を眺めると、恣意的なものを感じる。
由緒正しい大教会で執り行われるとはいえ、王族のものとはとても思えない小規模な挙式なのだ。
新婦であるキャロリンの出自が子爵家だからと言い張るのも無理がある。同格の子爵家出身のステファニーの兄の婚姻だって、今この場にいるよりも大勢の参列者を招待したくらいなのだ。
小規模にといくら言ったところで、家同士の付き合いをあげていけば最後にはそれなりの規模になるものなのだ。
特に、王族籍を離れて第二妃の実家をこれから再興するバートにとって、この慶事は良好な交友関係を開始するのに絶好の機会であり、本来ならば王家の威光を借りてでも大規模な挙式をあげてしかるべきもののはずだった。
なのに、現実は、あまりにも規模が小さすぎる。
(どこからどこまでがストラード卿の思惑なのだろう)
ステファニーはもう一度、胸の内で呟いた。
確か、バートが受け継ぐストラード伯爵家は元々中立派閥であったはずだ。
妻の実家が同様だから、今後のストラード家は再び中立派に属することが自然な成り行きに感じられる。
だが反面、当人は騎士団に属しており、従って武門派閥とも関わりが深い。再興を機に武門派に鞍替えすることもまた、自然ではあった。
どちらに属するか未だ決めかねているから、だろうか?
ステファニーは自問したが、すぐにそれはないなと否定する。正体を隠して騎士団入りするにあたりバートの教育係に指名されたのは中立派フェルド男爵家の次男ビリーで、その後今に至るまで彼を側近くに控えさせ続けてたことに何も意味がないことはあり得ないように感じられる。
兄貴肌の面倒見の良さを発揮して、歯に衣着せぬ物言いをするビリーを単純に気に入ったからという可能性も、全く否定できないのだけど。
考えれば考えるほど、わけがわからなくなってくる。
政治的な話は、ステファニーにはよくわからない。しかし、よくわからないなりに、事実だけは把握している。
現在の国王陛下は、文門筆頭のルガッタ公爵家に愛娘を降嫁させるほど懇意にしている。平和な時代も相まって文官の力は近年高まるばかりだ。
次代の国王――王太子殿下は、武門筆頭のオーディアル公爵家が後見についた妃殿下を得ている。
しかし、妃殿下のご実家が属するのは文門派閥であるため、そこには何か裏があるように噂されていた。
王妃が夫の寵愛をほしいままにしている第三妃とその娘を疎んじているのだという噂だって、長年ずっとくすぶっているのだ。
長らく療養生活をしていたという病弱であったはずの王女殿下が今では健康なお子に恵まれたことで、王妃の悋気を恐れて本当は健康であるのにかくされていたのではないのか、という噂が。
(噂でしか、ないのだよなあ)
ステファニーは、新郎の両親として並ぶ国王陛下と第二妃殿下の背後に静かに佇む王妃殿下の後姿を失礼にならない程度に確認する。
側妃の息子の挙式になど本来正妃が出るものではないし、第二妃の下の席につくなどあり得ないにもほどがある。
王妃の隣には、疎んじているとさえ噂される第三妃の姿がある――噂通り、大国出身で気位の高い冷徹な王妃であるならば、そのような屈辱的な式典に出てくるはずもなかった。
第三王子の挙式があり得ないほど小規模になったことについても、兄の王太子と不仲であるからだとか、どうとか様々な噂をステファニーは耳にしていた。
本日の参列者を見るに、そのほとんどが事実無根でありそうだった。
(殿下はキャロリン嬢のことを、出会う前から気に入ってらしたと思うのだよな)
以前そう言ってみた時、「そんなことないだろ」とビリーは歯牙にもかけなかったが、バートがにっこりと笑ったことを思い出して、ステファニーは身震いした。
そのバートとキャロリンが出会うきっかけとなった噂はどこから出てきたのだろうか、なんて恐らく、考えてはならないことなのだろうな。
妹のような幼なじみが上司の暴走に巻き込まれて怒っていた恋人と、今では婚約関係を結んでしまったステファニーは、すべてはバートの手の内であったのではと思えてならないのだった。




