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エピローグ

 様々な経緯をもって整えられたツァルト国第三王子エルバートとパウゲン子爵家長女キャロリンの婚儀は、彼らの婚約を公表してから半年後に執り行われた。

 

 二人の婚約の公表と同時に王の退位が知らされたこともあって、王子の慶事だというのに大々的に祝うことなく計画通り身内のみの式である。

 さらにそのひと月後に執り行われる予定の新国王の戴冠式に人々の耳目が集まっているので、誰もが王族らしからぬ小規模な式に疑問を差し込むことがなかったと新婦であるキャロリンは聞かされていた。


 以前にも耳にした次代の王――正妃の子である王太子と不仲であるからという噂に加えて、不仲な次代の王に慮ってそうなったのだとか、第三王子は生みの母である第二妃と同様に奥ゆかしい性格だからそうしたのだとか、とにかく様々な噂が流れていたことも知っている。

 それが自然発生したものか、わざと流されたものかは考えないことにしていたが、世論を思い通りに導くためにわざとそうした説が濃厚であると心の底では思っていた。

 

 舞台は幼き日のキャロリンが憧れた王女殿下の婚儀が執り行われた由緒正しい教会。目立つことを好まない彼女に配慮された招待客も限られた式である。

 ――新郎側の招待客が目がつぶれそうなほど豪勢なことに目をつぶれば、だけれども。

 一番大事な誓いの儀式を大事な人に見守られて行えるのは、喜ばしいことだった。

 

 父のいないキャロリンを誰が会場までエスコートするのかは、妥当な近しい親族がいないためぎりぎりまで定まらなかった。

 キャロリンの祖父がいいのではと言ったのは新郎だが、王家の方々の前では緊張のあまり粗相をしそうで怖いと祖父は固辞し、今度ばかりは譲らぬ構えの祖父に無理はさせられないとさすがのバートも諦めていた。

 祖父がそうであれば叔父からもエスコート引き受けるわけにいかないと断わりがあった。

 

 最終的に白羽の矢が立ったのは、ビリーだった。指名された本人はとたんに何か文句を言いたそうな顔をしたが、結局は何も言わずに請け負ってくれた。

 反論しても無駄だろうなと表情に出すのは隠さずに、「俺はキャロの兄だからな」とだけ口にして。


 式当日、準備も終わり緊張も極まったキャロリンは、出迎えてくれた幼なじみの存在にとても救われた。 

「バートの前に花嫁の姿を見ることができて光栄だ」

 誉め言葉を先に口にするのはあいつに悪いからやめておく、そう続けたビリーは自然体だった。

 さすが本人に許されているとはいえ、王子相手に不敬すれすれの発言をしても平然としている男だ。

「恥ずかしがり屋のキャロちゃんは大勢の前では緊張するだなんて理由で、王子のご身分で身内だけの式を敢行するなんて愛されてますよねぇ」

 衣装のデザイン案を出すところから当日の身支度まで随所で関わってくれた信頼する従兄の妻シャーロットが常々そう言って自信を持たせてくれていたから、キャロリンは胸を張って式に臨むつもりだったけれど、やはり緊張するものはする。

 

 婚約以降すっかりご無沙汰していたが、かつて数度夜会でキャロリンをエスコートしてくれた幼なじみの隣はしっくりと落ち着いた。

(バート様も、それでフェルドの伯父様じゃなくビリーにエスコートをお願いしてくれたのかしら)

 年代にしても爵位的にもぴったりの方を飛び越した理由に、キャロリンは今更思い至った。

 何か言いたげであっても依頼を受け入れてくれたビリーも、それを悟っていたのだろうか。

 

 これからの生涯を共にする人の慧眼と思いやり、これまで支えてくれた兄のような幼なじみの親愛に胸の内で感謝をささげながらキャロリンはビリーと共に会場に向かう。

 

 入り口の扉は歴史を感じさせる重厚なものだ。それがゆっくりと開き、室内の様子が少しずつ目に入ってくる。

 備え付けられた数多くのイスのほとんどは空いていて、前方の数列に式場の広さに比べて少なすぎる参列者がいることだけが予行の際との唯一の違いであった。

 

 屋内には荘厳なオルガンの音が響いている。通路に敷かれた赤い絨毯の真ん中でバートは待ち構えていた。

 きっちりと前髪を上げ、儀礼用の白を基調とした騎士服に身を包んだ新郎が、新婦が近づくにつれきりりと引き締めていたはずの表情を緩めたのがヴェール越しにもわかった。

 彼の視線が肩回りのレースから順番にキャロリンのドレスを確認するように降りていく。

 従兄のロバートが伝手を頼って仕入れてくれた上質の素材をふんだんに使い、キャロリンが尻込みするような派手さはないものの随所に上品にレースやビーズがあしらわれた一品は素敵だ。

 だけど裾がふんわりと広がるドレスは着慣れないし、なんだかとても恥ずかしい。

 

「綺麗だよ、キャロ」

 裾を踏まないようになんて心の中で言い訳して、ついつい目線を落としていたキャロリンは目前に迫ったバートが感嘆の声を上げたので恐る恐る視線を上げる。

「ありがとうございます。バート様も素敵です」

 バートは目じりを下げて、やっぱり君のことを良く知っているご親族に衣装を任せてよかったと続けた。

 

 「本番までドレスを見ないでいたら幸せになれるって聞いた」とどこで知ったかわからないようなバートは頑として花嫁衣裳を確認しなかったが、どうやら仕上がりには満足したようだ。

 彼がこれまで我慢したことで今後の幸せが確定するとは思えないが、願掛けのように将来の幸せを願ってくれたことを思い出したことで、キャロリンは嬉しくなった。

 おかげで恥ずかしさも少し薄れ、意識して胸を張ってそっと彼の隣に寄り添う。

 

 神聖な儀式のはずなのにバートの足取りはどこか浮かれたような弾んだものに感じられた。不謹慎ではないかとキャロリンは気が気ではなかったが、おかげでバージンロードの間新郎側の重鎮過ぎる参列者の視線を意識せずに済んだ。

 

 会場の広さに対して少なすぎる参列者は、新郎側と新婦側のどちらもが主役が本当に招きたいと考えた人ばかり。

 緊張を振り払うことはできなくとも、どうにかこうにかキャロリンは彼らの前でバートとの誓いの言葉を述べることができた。

 このようにして二人の挙式は無事に執り行われたのだった。


 キャロリンは結婚後も暴走しがちなバートに振り回されることが多かったものの、それから二人は末永く幸せに暮らすことになった。

 ここまでお読みいただきありがとうございました。

 いくつか番外編を考えていますが、前回みたいにやたら間が空くのは怖いので(すぐ番外編出そうと思ったのに数年空いた……)今回は一度完結扱いにしておきます。


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