33 結婚式へむけて
ツァルト国第三王子エルバートとパウゲン子爵家令嬢キャロリンの華燭の典は、その言葉ほどの華やかさもなく身内のみで静かに営まれることになった。
「キャロは家族とか親しい人だけで結婚式をするのが憧れなんだって?」
いつビリーから聞き出したかわからないどうやら過去の自分が口にしたらしい言葉で、この現実に突き進んでいったバートは幼なじみの言う通り頭が回る男であると一連どの行動でキャロリンは確信するに至った。
「俺は結婚と同時に臣に下る気楽な第三王子だから、大それた式は必要ないという建前で動けば問題ないよ」
そうはいっても王子なのだから何かしら障りがあるのではないかと心配するキャロリンが馬鹿らしくなってしまうくらい何もかも問題なく、つつがなくことはなった。
末の王子の婚姻をもって王位を退くことを決めた国王の退位とそれに伴う王太子の戴冠式が決まったことにより、結果として第三王子の慶事がかすむことになったという建て前だ――言葉にしたら簡単なことだが、国には大きな変革が訪れようとしている。
「バートの婚儀を大げさにしないことで、我々の仲が良好ではないと思われていない方が、ねえ」
と、バートが兄の第二王子と悪い顔で微笑み合っているのを見てから、キャロリンは余計なことを聞かないことに決めた。
バートとの婚約が公表されてから以降、久々に近づいてきた没交渉だった親族が、しばらくすると波を引くようにいなくなったことで何となく察せられるものもあったからだ。
推測を裏付けるようにビリーが「バートが兄殿下方と不仲だと噂になっている」と教えてくれていたのもあって、そんな噂で余計な親族を追い払ってくれたのだろうと考えていた。
エスコート役にも困っていたキャロリンには手をさしのべてくれなかったというのに、手のひら返ししてきた人たちに身内顔で祝われたいとも思えなかったから、それでよかった。
それにしたって身を切るような話が広まっていいのだろうかとキャロリンは考えてしまうが、当人がよしとするのならいいのだろう、たぶん。
日頃領地住まいで噂に遠いキャロリンでも王族にまつわる噂のひとつやふたつ耳にしたことがあり――そのほとんどが事実無根であることを王族と面識を得ることで理解していた。
きっと噂を操作することも為政者として必要な技術なのだろう。
「キャロが何よりお世話になったのは、母方のご親族だということを俺はよぉく知ってるからね」
バートはそう言って王族の結婚式には本来場違いのキャロリンの親族……平民であるキャロリンの母方のエスター商会の面々に快く招待状を出した。
加えて、キャロリンがさんざんお世話になったビリーと、彼の実家であるフェルド男爵家の面々にも。
母と弟、母方の親族と、遠縁でも親しくしているフェルド家、キャロリンが自分を真実祝ってくれると思えるのはたったそれだけだった。
そんな気持ちを察して先回りしてくれるバートに感動したキャロリンだが、それだけで終わらないのが彼だった。
「これで俺も、本当に呼びたい人だけを招くことができるってものだよ」
にっこりとバートがリストアップしたのは、もちろん彼の身内ばかりであったが。
第三王子の身内となれば豪華絢爛すぎると気づいた時にはもう遅い。
一番の問題は、彼の母親の第二妃は当然として王妃と、第三妃という、公的な場では居合わせることの少ない名前が堂々と並んでいたことだった。
家族が大好きなバートにとって、生みの母ではない王妃も第三妃も等しく母だと思っている――そう聞かされてはいたが、主役の母として王の隣で式に臨む第二妃の後ろに格上の王妃を配そうという側妃腹の第三王子の暴挙にキャロリンは恐れおののく羽目になった。
真っ当に考えればあり得ないことであったし、冴え冴えとした美貌の王妃がそれをよしとするとはとても思えなかった。
王妃は他国の王家出身ということもありプライドも高いらしいと聞いたこともあったし、顔合わせをした際にもその印象が崩されることはなかった。
なさぬ仲のバートも息子と同様に扱い、第二妃とも穏やかなやり取りをしていたので冷たいだけの方ではないとは、知ったつもりではあったけれども。
「サリアナ母上は、あれで愛情深い方だからねえ」
慄くキャロリンに対して、バートはのほほんとしている。日頃呼び慣れているらしき王妃の名を簡単に口にしていた。
「内々の式になら参加くださると思うよ」
身内のみの気軽な式のはずだったのにとキャロリンは気が遠くなりそうだった。
「あのう、私の身内は末端の貴族と、近年貴族階級とようやっと商い出来ることになった程度の商家の者なのですけど」
「うん」
恐る恐る切り出すキャロリンに頷くバートは、彼女の言わんとすることを全く理解していない顔つきだった。
今更言われなくても知ってるよと言いたげですらあった。
「恐れ多すぎる顔ぶれに卒倒しかねないか心配です」
「兄上たちほどではないけど、俺も人を見る目はあるつもりだから大丈夫だと思うんだけどなあ。身内のみで挙式すると伝えた時点で、覚悟済みでしょ」
「そうかもしれませんけれど」
キャロリンはバートほど気楽に構えることはできなかった。
第三王子の身内として国王と第二妃が列席するのは予想の範囲だろうけれど、その後ろにバートの母より格上のはずの王妃の席が用意されているなんて誰も想像すらしていまい。
王族と同じ空間であるだけで緊張しそうな親族たちがいたたまれなさに震えそうでキャロリンはどうにも恐ろしかった。
「心配なら、根回しをしておこうか?」
「そういう問題ではない気がします」
そうかなあと首を傾げるバートはことの大きさを理解していないようだった。さすが婚儀後は伯爵位なんだからと家格差をひょいと乗り越えて子爵家の令嬢に求婚をした王子様だ。
根回しの結果先に事実を知っているのと、当日その場でいたたまれなさに遭遇することのどちらがましなのかキャロリンには全くわからない。
ありがたいが、自ら率先してキャロリンの親族にかかわっていきそうな身軽な第三王子に是を唱えることもまた、特に母方の祖父母の心臓には悪そうであった。
「バート様のお手を煩わせることではありませんから、機会があったら私の方からそれとなく伝えておきますね」
果たして自分にそれとなく伝える技術があるかどうかは不明だが、キャロリンはそう口にする。
バートは少し残念そうにわかったとうなずいた。この王子様が今いちばん興味津々なのは、無邪気に姉の婚約者を兄と慕い始めたキャロリンの弟クリフであると彼女は知っていた。
仕事もあるのにパウゲン領に出向いて交流を図ろうとするのは母や領地の皆の心臓に悪いと、どうにかこうにかやめさせた記憶もまだ鮮やかにキャロリンの中に残っていた。
次に彼が興味があるのは、降ってわいた孫……あるいは姪の高貴な縁談相手に浮足立ちもせず、穏やかに受け入れてくれた母方の商家のようだ。
商家としてはより上を目指しているのくせに身内には甘く、嫁いだ娘の家に長らく利にもならない援助をしてくれた情の篤い大好きな親戚が、すぐに権力に目をくらませるような人たちでなくてキャロリンは心底ほっとしていた。
「商売人にしては、欲がないよね」
「それは、どうでしょう? 慣れたら何か要求があるかもしれませんよ?」
「本気で言ってる? キャロの婚礼衣装を注文したら断わろうとした人たちだよ」
キャロリンは天を仰いだ。
いくら孫娘とはいえ王族の伴侶の婚礼衣装を仕立てるほどの格はないと言い切る祖父と、長らくキャロの身の回りの品を用立てていた方にこそ仕立ててほしいのだと主張するバートの問答を思い出したからだ。
バートは「キャロのご親族だなあ」と楽しそうだったが、依頼を反射的に断ってしまった祖父の方はすぐさま我に返ったように「王子の依頼を拒否するなど不敬にもほどがあったのでは」と恐れ多さに震えた。
困窮した子爵家に支援をちらつかせて娘を嫁に出し、その伝手で王都に進出――孫息子には領地を持たないが王都に明るい男爵家の令嬢を嫁に迎えたやり手の商人である祖父は、取る手の割には堅実で真面目な人柄だ。
そんな老獪なと枕詞がついてもおかしくない祖父を最後はなんだかんだ言いくるめたバートを見て、キャロリンは自分が彼と婚約する結果になったのはなるべくしてなったのだなあと悟った。
人好きのする微笑みの裏側に腹黒いものがあるのではないかととも少し疑っている。
だけど、いつのまにか祖父と一致団結して「キャロの最高に可愛い姿を一緒に見ましょうね!」と笑顔を浮かべる姿を見ると、毒気が抜かれてしまったのだった。




