32 それから
それから、万事つつがなくとまでは言えないまでも、最終的には全てが滞りなくことは進むことになった。
バートが「きちんと動いている」としたビリーの発言はおおよそ間違いのないものであり、キャロリンは均された道をただ歩んでいくだけでよかったのだった。
時々小石に躓くようなことはあったけれども本来ならば予想された反対の声も聞こえなかったし、王子と結ばれる幸運を得たぱっとしない子爵家の娘に対するやっかみでトラブルに巻き込まれるようなことも全くなかった。
なさすぎて、逆に怖いくらいだった。
バートが自分の父親――つまり国王による婚約の許可を先んじて得ることですべての問題を消し飛ばしたのかもしれなかった。
その手前で彼の兄夫妻がキャロリンの人柄を確認しに来る一幕はあり肝を冷やした記憶はあるが、最終的には認められてすんなりと口添えをくださったのだから、乗り越えるべき壁というよりは小石のような障害だった。
第二王子は冷徹で政治手腕に長けるともっぱらの噂だが、懐のうちに入ってみれば弟に似て家族思いの方であった。弟の相手がどうか単純に心配して、王の許可を得る前に自分で確認したかっただけの話だったようだ。
そして。
「バートは、剣の腕はさほどじゃないんだが」
無事婚約が成った後にそう前置きして何もかもが滞りなく進みそうな理由の一端を色々教えてくれたのは、例によって年上の幼なじみだった。
「そもそも王子だから本来守られる立場であって、最低限自分を守れれば腕はそこそこでいいんだよな」
それからビリーはバート当人は兄ほどではないと謙遜するばかりだが頭が良く、剣の腕よりも頭の良さを生かすために騎士団入りをしたくらいだから政治的な手腕は相当のものだと思うと続けたのだった。
特に計画的に動くのが得意だと例に挙げたのは、騎士団入りするはるか前から王族の中で自分の存在感を消していったことについてだ。
「キャロも、第三王子殿下の絵姿なんて幼い時分の頃のものしか見たことなかったろ」
問われたキャロリンはうなずいた。領地暮らしの彼女が王都では広く頒布されるという王族の絵姿を手に入れる機会はないに等しかった。
王都を訪れた数少ない機会に店で見たことはあるが、並ぶ絵姿の中に第三王子のものはなかったような気がする。ビリーの口にした幼い時分の頃のものですら、見たこともないのではないだろうか。
目にする機会があったら――あるいはバートが自ら名を明かす前にその正体に思い至れていたのだろうか?
「確信的に、自分の顔を売らないことにしていたんだ、あいつは」
自問するキャロリンの前で、ビリーはぼやいた。
「キャロにしたのと同じように、正体を伏せて騎士団入りしてきやがったんだから」
「新人の教育係として厳しく鍛えていた相手が、王子だと知った時の俺の気分はわかるか?」とため息と共に問われたキャロリンは思わず「わかる気がします」とうなずいた。
それから忌々しそうにビリーは騎士となってからのバートの武勇伝を語った。
長らく大きな争いがないことで文官より地位が低く見られがちな騎士団の地位向上のために、それはもうあれこれ暗躍したのだというようなことを。
続けてその過程で気に入った弱小貴族――つまるところビリーなどを武門貴族のお偉方の反対意見に聞く耳を持たず取り立て、そのうちに周囲を認めさせた実績を。
「そんなわけで、だ。本気を出したバートが自ら積極的に動いているんだから、すべてのことは最終的に問題なくやり過ごせるはずだ」
「バート様をお支えしますと求婚にお答えした手前、それでいいのかしら」
よくない気がするなとキャロリンは思うのだが、
「苦労を承知で家格差をものともせず君に無理な求婚をしたのはあいつだろ。先に惚れた方が負けなんだから、キャロはにっこり笑って利益を享受すればいいさ」
ビリーはきっぱりと言い切った。
「信じていらっしゃるのね」
「とんでもないことをしでかす、強引な奴だけどな。身分差のえげつなさでキャロが苦労しかねない点を除いたら、俺の知る中で一番の婿がねだとは思ってた」
目をぱちくりさせるキャロリンに、
「誰か紹介してほしいと小母様から依頼された時は、一瞬だけあいつの顔が頭に浮かんだくらいだ。そんなわけにはいかなかったけどな」
ビリーは茶目っ気たっぷりに「君からはそんな必要はないと言われたこともあるし」と続ける。
結局のところ、なんだかんだバートを買っているビリーにとってはこの結果は想定の範囲内だったということだろう。
キャロリンが強情を張ってバートを拒否していても、本当に味方になってくれたかどうかわからない。
上手くいきすぎていて心配になるが、現状には十分満足している。疑念を口にするだけ野暮なことだった。




