27 姪っ子への贈り物
道中、バートは食事の前に姪っ子への贈り物選び手伝ってほしいのだと彼女に伝えてきた。
「私でお役に立てるか分かりませんが」
キャロリンは予防線をはりながらうなずいた。以前に約束していたことでもあるし、食事の前の予定として妥当に感じられる。
彼は目的地の目星をつけてきたらしく、あらかじめ指示をされていたらしい御者がよどみなく、目的地へ馬車を運んでくれた。
目的地といっても、直接馬車で乗り付けられるようなところではないらしい。離れた場所に停めた馬車から降りて徒歩での移動になる。
「では、後ほどお迎えに参ります」
「任せたよ」
バートと言葉を交わした御者が去っていく。馬車をどこかに停めて休憩でもするのだろうか。
例によってパウゲン家の侍女ヘレンは二人のデートを近くで見守るということになっている。
「じゃあ、行こうか」
バートの案内で到着したのは、日頃は馬車が悠々と行き交うであろう大通りにたくさん露店が並ぶ市場だ。
天気がいいこともあってか人通りが多く、思い思いに店を覗いている。
「ここで探すのですか?」
問い掛けるキャロリンにバートはうなずく。家柄が良いと言う割には、ずいぶん庶民的な選択肢のように思われたが、本人は気にかけた様子もなく、周囲の様子に期待を膨らませているようだ。
こういうところでも良かったのか。キャロリンは拍子抜けした。
依頼されてからあれこれ悩んだ記憶も新しいが、心配せずともバートには腹案があったらしい。
明るく賑やかな場所だ。繁盛している様子にキャロリンもワクワクする気持ちを抑えきれなかった。
庶民派の令嬢なのでこのような市に出かけたことはもちろんあるが、ここまで大きい市は未経験だった。
王都でキャロリンが行ったことがあるのはもっと幅の狭い通りに所狭しと露店が並んでいるようなものが多い。
馬車を規制して目抜き通りに市を立てるなんて、そんなに簡単にできることではないはずだ。
「これは、お祭りですか?」
人込みでごった返す通りを見ながらキャロリンは尋ねる。
彼女と同様に周囲をうかがっていたバートは「お祭り、ではないなあ」と応じる。
「ですよね。建国祭には少し早いと思いました」
キャロリンが知る王都の市街で毎年のように行われる祭りといえば、建国祭や国王陛下の生誕祭、そして収穫祭くらいのものだ。
そのうち、今の国王の生誕祭は社交期間ではないから領地が遠い末端貴族には縁が薄く、収穫祭は領地のものに参加する習わしだから同じく縁がない。
キャロリンが唯一参加可能なのは建国祭くらいだが、これは五日後に始まるからやや早い。
「実質は建国祭の前祭だね。例年は建国祭と期間を同じくしてもっと大規模な市が立てられるけど、もう少し期間を延ばしたらどうなるかって上の思いつき。この前祭は建国祭よりは小規模だと聞いてたけど、思ったよりは大きいなあ」
バートは自分で説明をしながら感心している様子だ。
今年はこの市を前哨戦にして建国祭の警備の態勢をあらかじめ確認するんだってと続けるバートにキャロリンはふむふむとうなずく。
さらりと飛び出た警備という言葉が、いかにも騎士らしい。
「今は国内の商人ばかりだけど、建国祭の頃には例年通り国外の商人も増えるんだそうだよ」
「そうなのですか」
「だから本当は祭の時期の方が商品は増えるだろうけど、今でも充分色々見られるんじゃないかな」
「選択肢が多すぎるのも迷いますからね」
キャロリンは同意してうなずいた。
「城下の建国祭に来たことはないの?」
物珍しくて周囲を見回すキャロリンをバートは興味深そうに見ている。
街歩きには慣れていそうなのにという疑問が裏に透けて見える気がして、キャロリンは苦笑した。
「この数年は街中の催しに参加するような状況ではありませんでしたし、それ以前は私自身が幼かったので来ていないのじゃないかと」
「そうなんだ。初めてなら、この規模でも十分だよね」
納得したようにうなずいたバートはにっこりした。
「実は俺も城下の祭りは初めてなんだ。建国祭の時期は何かと忙しいからさあ」
「そうなのでしょうねえ」
パウゲン家のような末端貴族は必ずしも王城で行われる建国祭本祭に参加しなければならないわけではない。もちろん参加した方が良いものではあるが、参加せずとも構わないのだ。節目の年は参加必須だそうだが、若いキャロリンには今のところ経験はない。
必須と言っても家格が低い家なら最低限当主が顔を出せば問題ないからだろう。
しかし由緒正しい家柄ならば、嫡男でなくとも参加しないわけにはいかないのかもしれない。
建国祭にはいろいろ儀式があるのだと、キャロリンは思い出す。確か、爵位によって参加者の限られた儀式もあったはずだ。
だが、そういったものは当主のみ限定だったかもしれないと彼女は思いなおす。
だとすれば、職務に付随する警備の関係だろうか。
「今日はお忙しい中、お時間をお取りいただきありがとうございます」
ふと思い立ってキャロリンが頭を下げると、バートは驚いたようだった。
「えっ、なんで今? というか、むしろ時間を取ってもらったのはこっちだから!」
彼は慌てて言うと、「断られなくてよかったと本気で思ったんだから。呆れられてもう駄目かと思った。ビリーが脅すしさあ」と続ける。
脅すとは何だろう、キャロリンは思った。
バートに軽口を叩く割には恐れている風でもあるビリーと、いつでも余裕そうなバートとの力関係がいまいちわからない。
少なくともバートは家格の違いを盾に相手に高圧的に出る人間ではないようだ。
(親しみやすい方だとは思うのだけど……でも、本当にそうかしら)
それこそ家格の違いを盾に脅されたような気分になったことがあったと思い出して、キャロリンは首をひねる羽目になる。
一貫性のなさを感じるが、バートには出自の良さをことさら誇るわけではないがしたたかに扱うちゃっかりさが見受けられる。
そしてそれは、これまで彼女が受けたバートに対する印象とおおむね一致していた。
ビリーが悪い奴ではないと言い切るのも、それゆえだろう。
「バート様とのお出かけは楽しかったですから、今日も楽しみにしていたのですよ」
だからそう言って、キャロリンは彼に向けて微笑んだ。
楽しみにしていた気持ちに嘘は一つもなく、キャロリンは存分に楽しむことができた。
これまで経験したことがない規模の市は、見て回るだけでワクワクするものだ。
連れのバートも物珍しげにあちこち見まわしている。まるで初めて街に出た子どもみたいで可愛いなんて、年上の男性に対するものとは思えない感想が胸をよぎってしまう。
目的である彼の姪相手のちょっとした贈り物さがしは、しかし順調とはいかなかった。
リボンをどうかと案を出していた当人があちこちに目移りしている。
「別に、リボンに限らなくてもいいかもしれないよね」
などとバートは少女が好きそうな小物を扱う店が多いことに迷いを見せたからだ。
シンプルなただのリボンを皮切りに、リボンを加工して作った髪飾り――あるいは、ほかの材料を用いた飾りなど、どの店に並ぶ品も平民でも気楽に手を出せそうな価格の商品が多い。
それらは由緒正しい家柄の裕福な貴族が身に着けるには安価かもしれないが、幼い少女が気楽に家で身に着けるにはちょうどいいくらい……になるのだろうか?
キャロリンは自分の小遣いでも無理なく購入できそうな商品に、首をひねる。それは叔父から姪に渡すちょっとした贈り物としては妥当なのだろうか。
幼くとも由緒正しい令嬢は目が肥えていそうに思えるが、穿ちすぎだろうか。
「女の子のものはよくわからないなあ」
小一時間ほど見て回った後、バートは難しい顔をした。
「どれが良かったと思う?」
問われたキャロリンは返答に迷った。露店を渡り歩いていたバートは時々目星をつけた商品を口にしており、候補の数はたくさんあった。
種類も色も様々で、気に入ればどんなに安くても高くても気にしないようだった。
あまりに次々に贈り物候補の数が増えていくので、そのうち彼は片っ端から全部購入していくのではないかと恐れていたくらいなのだが。
道々、「これいいね」と問われては「そうですね」とうなずくだけだったキャロリンを助言役として真っ当に扱う気もあったらしい。
しかし、候補すべてを覚えているわけでもなければ、センスに自信もないキャロリンが問いかけに即答できるわけもなかった。
そもそも、贈る相手について知っているのはバートの姪という一点だけなのだ。
「バート様の姪御様は、何色がお好きですか?」
「えっ、色……?」
「お好きな色のものだとお喜びになりそうですよね」
候補の絞り込みに参考になるかと考えたが、バートはさんざん首をひねってから「好きな色は、よく知らない」としょんぼりした。
「好きそうな色はわかるような気もするけど、きちんと聞いたことがないや」
「好きそうな色で絞り込んでもいいとも思いますけど……でしたら、髪の色は何色ですか? 瞳の色も。髪色に似合う色とか、瞳の色を髪に飾るとよいのじゃないかと」
「黒髪に青い瞳だよ」
見てわかることに対する答えは明快だ。
「落ち着いた色合いで可愛いんだけど、本人は金髪が良かったって言ってる。姉上が綺麗な色しているから憧れているみたいでね」
聞いてもいない情報を付け加えるバートは、可愛い姪っ子の好きな色を知らないことを挽回したいのだろうか。
なるほどとうなずいて、キャロリンは黒髪に合う色を考える。
「黒はどんな色もなじみそうですね」
「そんな気がするから、迷うんだよね」
「それで次々に候補を……」
呟きに若干呆れが混じってしまったからか、バートは照れたように笑う。
「だってあの子何でも合うんだもん」
てらいない叔父バカ発言がいっそ清々しい。何でも似合うならキャロリンなどに助言を求めず自分の好きに選べばよさそうなものなのだが。
なのにあえてこのような機会を求めてくれたのは、女性慣れしていないアピールなのだろうか?
それにしたって全く貴族的ではなく、出自の良い人の行動とはとても思えない。キャロリンに合わせてくれてのことなのかもしれないが、街歩きも本気で楽しんでいそうだ。
(親近感の演出をしているのかしら)
推測はできるが、確証は持てない。こうして一緒に過ごすことは自分にとっても楽しいことだと感じるので、好印象なのは間違いないとキャロリンは思う。
「なんでも似合うのだと思われるなら、まずは姪御様の好きそうな色で絞りましょう。ご家族思いのバート様の選んだものなのですから、きっとお喜びになりますよ」
その楽しい散策の目的を果たすために、キャロリンは微力ながら自分のできる限りの助言をすることにした。




