22 もしもをいくつ繰り返しても
方針を決めてしまえばあとは気楽なもので、キャロリンは着々と準備を進めた。
まずはじめに行ったのは、物憂げなキャロリンになにも言えない様子のダドリーに意志を伝えることだった。
母からキャロリンの縁談について重々言い聞かせられている執事ではあったが、案外すんなりと領地へ戻ることを了承してくれた。
おそらくは、だけれど。
日々続いた便りが尽きて落ち込んだ様子のお嬢様に奥様のご意向を振りかざすことはできなかったのだろう。
できればバートとはつつがなく話を詰めて、領地に戻った後に文を間遠にして縁が切れたように見せかけた方がより母は納得してくれたのだろうけれど。
執事が何も言わずに部下に帰り支度を指示してくれたのだから、後でいいように言い繕ってくれることを期待する。
キャロリンは周囲を大勢の使用人で囲まれているような深窓の令嬢ではないので、自分の身の回りの物を片付けることくらいはした。
しかし、一応は貴族令嬢でもあるのでそれ以上の細々としたことは他の者に任せるしかなく、結局は手持ち無沙汰だった。
恋に破れて落ち込んでいるふりをするには自室でおとなしくしているのが一番だったからでもある。
時間をもてあまし、結局お気に入りの本を取り出してそれを読むことにした。
後学のためバートも読んだと言っていたシリーズだ。読むだけで幼い頃の記憶が刺激された。
久々に読み返した物語の甘酸っぱさと現実に大きな差があった。中には夢が溢れている。
これが現実に即して記されたものだとは、やはり今もにわかに信じがたい。物語のような幸福な結末は現実にはそうそうないと思う。少女が好むような装飾が多いされているに違いないと、成長した今はどうしても考えてしまった。
裏に隠れているであろう真実に考えをめぐらせることができるようになったのははたして良いことなのか、悪いことなのか。
王家がこんな物語を許しているのはきっとその奥に何か隠しているのだろうと、少し穿った見方をしてしまう。
しかし、それでもやはり物語は綺麗で美しく、こんな幸せを得たいなと考えてしまう。
真実はどうあれ、王家の方々の仲睦まじさは今でも有名なことなのだからなおさらに。
現実ではありえない――そう考えていてもなお、最後に残るのは憧れしかなかった。
いつか王子様が、なんて少女なら誰でも考えるようなことだから。
物語のようなと言うならば、由緒正しい家柄だと幼馴染が太鼓判を押すようなバートに見初められたことを子爵家の娘としては諸手を挙げて喜ぶようなべきだったかもしれない。
それを素直に受け入れられなかった時点でかつて憧れたような物語の主人公には到底なれなかった。
かつては胸をときめかせた物語たちも、今のキャロリンには少し苦い。
本当に今更だなぁといくつもため息が落ちてしまう。
もしもをいくつ繰り返したところで、何の意味もなかった。
「あーあ」
やっぱり早く領地に帰らなければ。
キャロリンは気持ちを新たにした。想像される母のお小言は怖いが領地には弟がいる。クリフのあどけない愛らしさに触れられるならば説教だって怖くない。
しかし帰還の準備はなかなか進まない。
タウンハウスは広くないけれど、使用人の数も限られている。邸をしばらく開けることになるのだから片付けは入念にしなければならない。
はやるキャロリンではあったが、第二の父のようなダドリーにそう諭されてしまうと無理をおして急かすわけにもいかなかった。




