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20 信頼について

 話が一段落した後で「せっかくだからお帰りにデートされればいかがでしょう」とキャロリンはビリー達に提案した。


「いやあ、我々はそんな、なあ」

 乏しいキャロリンの経験の、つまりは彼女がバートと行った場所をデート先にお勧めすると、ステファニーはまごついていた。

「せっかくだから行くか」

 対して、ビリーの方は乗り気だった。

「俺たちは日頃酷使されすぎていると思わないか? 不意に与えられたこの貴重な休日を満喫しても許されるだろ」

 いやだのしかしだの呟く恋人にビリーは言うと、「ではな」とキャロリンに簡単な挨拶を残し意気揚々と腕を組んで行った。

 どうも、ビリーの方がステファニーにベタぼれのように思われた。しかしなんだかんだ受け入れて歩き出すステファニーも悪い気はしていない様子だ。

 さっきまで凛々しい顔を見せていたが、どことなく恥ずかしそうにも見える。やがてスムーズに馬車に乗り込む姿からは、仲の良さが明らかだった。

 気負った風ではなく、共に過ごすことが自然なことであるような印象を残していった。

 

 お兄さまはいい方と巡り会えたのねと改めて確信を得る。同僚として彼らと間近で親交するバートがビリーを連れ回している――というように噂された――キャロリンに釘を刺しておこうと思ったわけだ。

 キャロリンが彼らに割り込むお邪魔虫のように思えたのだろう。

 

 実際、可能性がないわけでもない話だ。パウゲン家とフェルド家は良好な関係であり、当主を失ったパウゲン家にとって騎士爵を得て立派に独り立ちしているビリーは安心できる相手であった。彼が婿に来て当主代理として後ろ盾になってくれたら助かることなのだ。

 

 彼に恋人がいることは承知しているが、婚約しているわけでもない。話の持っていき方によれば、現実にあり得るかもしれない。

 しかし、心情的に恋人たちを引き裂いてまでことを進めることは、キャロリンの幸福を望む母にはできなかったようだ。

 それに、中立派閥のパウゲン家より、ステファニーのエンドブルク家の方が武門の派閥で同じ子爵位といっても勢いがある。

 フェルド家の身になって考えれば、息子には力のある家の伴侶を望みたいだろうことは聞くまでもなく明らかと思われた。

 

 遠いとはいえ血縁があり、現在良好な関係のフェルド家との間に無駄な波風を立てるのは愚策であるという判断もあった。

「政略で必ず幸せになれるわけではないものねえ」

 おっとりと言いつつも母はため息をついていた記憶がある。

 

 自らは政略で、落ち目の子爵家に嫁入りした人ではあった。母の実家に多大な援助を受けた父は恩を忘れず母を大事に扱っていたので、彼女自身は幸せを感じていたようではある。

 ただ、父があまりにも早くに世を去ってしまったことは不幸だった。

 母は子の前で涙をみせることをよしとせず、特に幼い弟の前で涙にくれるようなことはなかったが、それでも少しはものわかるキャロリンの前では思い出話と共に時折目じりに涙を浮かべることもあった。

 

 父の葬儀を終えて以降、すぐに忙しく慣れぬ領地経営に身を乗り出していったが、それは残された領主夫人としての義務感以上に寂しさを紛らわす意味もあったのではないかと思えてならない。

 

 

 

 キャロリンは自室に戻りながら、身近な人々に思いを馳せた。

 信頼、と声に出さずに口を動かして、一瞬瞳を閉じる。

 

 一体信頼関係とはどうすれば築けるのだろうか。彼女には想像もできなかった。

 家族のことを信頼しているのは、生まれてから十分に注がれた愛情ゆえだろうか。

 執事をはじめとしたパウゲン家の使用人たちも、大半が彼女が生まれる前から勤めており、苦難の時期を乗り越えてくれた者も多いと聞いている。主従関係以上に親身になってくれているのでは、とキャロリン個人は考えていた。

 

 曾祖父の妹が嫁いでから親密な付き合いを続けている、今では遠戚となるフェルド家の面々は、領地が近いのもあって交流は多いほうだった。

 近隣領地の、今では付き合いの細くなっている他の家々よりも、彼らはずっと信頼できるとキャロリンは思っている。

 

 家付き娘がいた時分のパウゲン家には近しくしておきながら、嫡男誕生後は離れていき、当主の逝去後に再び近づこうとする面々のどこに信が置けるかという話だ。 

 


 友人と呼べるほどの人間関係は、残念ながら持っていなかった。

 かつて家付き娘であった頃の近隣領地の子息たちがそれに近かったが、前述のとおり今では縁遠い。そして今でも親交のあるビリーは友と呼ぶには年も離れていて兄に近い。

 

 

 近隣の令嬢たちといえばキャロリンとあまり親しくしてくれていなかった。理由は、家付き娘であるというだけで恵まれていたキャロリンへの嫉妬のようなものだったと考えている。

 幼い頃の隔たりは彼女の状況が変わった後も埋められることがなく、その後も歩み寄る機会が得られることはなかった。

 ほとんど領地にこもりきりだったキャロリンには対策の取りようもなかった。のんきに周囲と交流を深めていられるような状況でもなかったのだ。

 

 亡き父に代わり母や執事とも協力して治める領地には関わりのある領民もいるけれど――領主一族と領民の関係では少しばかり距離を感じている。

 

 あえて友人にあげるとすれば、母方の年の近い従兄ケヴィンが一番近い。貴族と平民の隔たりはあっても、母の兄の次男だ。血縁関係にあり、幼い頃からの付き合いで遠慮もない。

 一番気楽やりとりができるのは彼ではないかと思う。が、親族なので友人と胸を張って言えるわけではない。

 


 その唯一の友も含まれる母の実家の面々も、もちろんキャロリンが信頼する人々だ。

 商家の前会頭の祖父、当代を任されている母の兄である伯父夫妻、その長男である従兄と、今回多大に世話になっているその従兄の妻。

 

 

 信頼する顔を順に思い浮かべ、キャロリンはその少なさにため息を漏らした。

 以前バートにされた指摘が不意に頭をかすめた。

 ほんの数回夜会に出席しただけで社交とは言えないと思う、という言葉だ。

 自らの交友関係の狭さに改めて気付くと情けなくなってくる。それはするべき努力をしてこなかった結果のように思えてきた。

 

 社交は上っ面だけを撫でるような交流もしくはいかに相手の足を引っ張り合うか考える場であるようにしか、これまで感じていなかった。片親が平民出身だというだけで侮られていると感じたこともあったし、自分の立場で周囲の態度が二転三転した経験がそう思わせていた。

 

 表面だけの付き合いを深めて、誰かと親しくなろうという気概が、全く足りなかった。

 それは良く言えば守りの姿勢であり、悪く言えば逃げだったのだろう。これまでのすべてを間違いだったとは認めたくないが、最善手ではなかった。

 

 母の言うようにいい相手を見つけようという気がなくとも、もう少し周囲との交流を図るべきだった。家を守りながら弟の成長を待つつもりならば、怖気づいて壁の花をしている場合ではないのだ――中央との縁が薄いならば、多少なりともそれを太くするべく努力が必要であり、人付き合いを忌避すべきではなかったのだ。

 

 キャロリンは大きく息を吐いた。

 気付いたところで、今更だ。大事な幼なじみの足を引っ張るわけにはいかないから、もうエスコートを願うわけにはいかない。

 となれば未婚の若い娘が一人、付き添いもなく夜の社交になど繰り出せるわけなどなかった。

 もう少しは気安いという昼のお茶会に招かれるような縁は今のキャロリンにはない。

 

 手助けを申し出てくれたバートに、断りを入れると決めたのは早計だっただろうか。ふと思ったが、すぐに頭を振った。

 今後得難いほどの申し出をしてくれた人だけど、大っぴらに連れ歩いてもらってビリーの時以上の悪意ある噂に巻かれるのは避けたかった。

 相手が簡単に口にするわけにいかないお家柄だというのだからなおさら。

 

「素性を明かしてくれたら、かぁ」

 キャロリンはぽつりとビリーの残した言葉を口にする。

 冷静に考えると、何のかんの言いながらもビリーは結局自分にバートを勧めたいだけだったのではと、思わなくもない。

 

 そんなことに気付きはじめながら、もし仮にバートがそうしてくれたらとキャロリンは想像する。

 建国当初からの由緒正しい家柄というだけですでに怖気づいてしまいそうな彼女のことをきっとビリーは知っている。彼から色々聞き及んでいるはずのバートもまた、それを知っているのだろう。

 

 その上で伏せられていた素性を自分は受け入れられるのだろうか。

 今後の信頼関係を不安に思うキャロリンのために、それを明かしてくれたのだとしたら……。

 

 そうなれば、ビリーの言葉通りきちんと向かい合わなければならないのだろう、キャロリンは思ったのだった。

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