1 無遠慮な男は提案する
「いやあ、それはどうなんだろう」
男の反応が予想とは違ったので、キャロリンは片眉を持ち上げた。
「どういう意味ですか」
男は半ばにらむようなキャロリンの視線を受けたのに何故かにこりとする。
「そりゃあ、確かにビリーがステフにベタぼれなのは周知の事実だけど、君のように魅力的な若いお嬢さんにくらりとする可能性だってありえるじゃない?」
「何を言ってるんですか?」
キャロリンはうろんな眼差しを隠す気もなくしてしまう。
男のくすんだ金髪はなでつけられてさえいなかった。一応櫛だけは通してありそうだが、髪質なのかどこかもっさりしている。夜会服は仕立てこそ良さそうだが、身丈にあっていないので借り物のように見受けられる。
男はそのようなうだつの上がらない様相であるというのに、まるで物語から飛び出てきた遊び人のようなことを言う。
男がうだつが上がらないとするならば、彼が若い魅力的なお嬢さんだというキャロリンには誉められるような華がまったくない。
疑いの眼差しを受けても男は一向に気にした素振りもなく、それどころか笑みを深める。
「ねえ、君が伴侶を捜してないって本当?」
唐突に切り出すと、「お母上のご意向に反してるんだって? 弟君の成長を見守りたいからだって? 弟ってそんなに可愛いもの?」立て続けに遠慮なくまくし立てた。
キャロリンは思わずビリーのいた方を確認してしまう。彼は人の事情をそう簡単に明かしたりしない人だと信じていたが、違ったのだろうか?
問い詰めたくてもビリーとは距離があり、彼は依然としてこちらに背を向けて誰かと語らっている。
キャロリンはきゅっとこぶしを握った。
柔らかな絹の手袋であっても、縫い目が手のひらに食い込む。痛みにも似たわずかな不快感が、ほんの少しだけ彼女に冷静さを与えてくれた。
「幼くして父を亡くした哀れな弟の成長を姉として見守って可愛がりたいと考えることはそんなにおかしいことですか?」
咎める口調を耳にした男は笑みを消してばつが悪そうに頭を掻く。
「そんな調子で、ビリーお兄様に詳細を聞き込まれたの?」
「えーっと、あの……うん」
初対面のキャロリンに対してもぐいぐいくるのだから、知り合いのビリーに対してはもっと遠慮がないのかもしれない。
だからといってキャロリンの事情を他人に明かしたビリーを不満に思ってしまったが――こちらが無理を言ってエスコートをしてもらっている手前、彼が知り合いにある程度事情を明かしてしまったのも仕方ないと飲み込むしかないのかもしれない。
きっと交際相手がいるのに何故他の娘をエスコートしているのだと、今キャロリンがされたように根ほり葉ほり聞かれたのだろう。
初対面のキャロリンにさえこうだから知り合い相手にはもっと遠慮がなかったのだと想像すると、現在進行形で同じ立場にあるものとしてつい素直に真実を明かした彼の気持ちは理解できるような気がした。
誤魔化してもしつこく聞かれそうだから面倒臭くなったのだろうな、と。
「ごめんね、初対面で聞くことじゃなかったね」
「そうですね」
「でも一応確認しておきたくて」
「は?」
ぎょっとして目を見張るキャロリンに悪ぶれもせず、男はきりりと真面目そうな顔を作る。
「君が本当に伴侶を捜すつもりもなく他に思い当たるエスコート役がいないがために無駄にビリーを連れ回しているなら、その役俺がやっても良くないかなって思ったんだよね」
「どういうことですか?」
突然の申し入れにキャロリンは身を引いた。
「君は近い親族に妥当なエスコート役がいないから、遠戚のビリーを頼らざるを得なかったんでしょ? 本当に伴侶を捜しているなら赤の他人がその役を代わるなんてとんでもないけど、そうでないなら別に俺がエスコートしても別に構わないよね?」
未だ名乗ることさえない不躾な男の言葉にキャロリンはどう応じていいのかわからなくなった。妙に押しの強い相手に何を言っても無駄ではないかと感じてしまったのだ。
「今シーズンだけでも夜会に出て相手を探すようにというのがお母上のご意向なんだって? 一応相手ができたとなればしばらく追及を逃れることができると思うけど」
キャロリンが押し黙ったのをいいことに、男は飄々と意見を述べる。
果たしてビリーはどこまでこちらの事情をこの男に話す羽目になったのだろう――この感じからすると、ビリーの知る限りのすべて聞き込んでいそうだ。
キャロリンはだからといって本人にこんな形でそれを知らしめることはないだろうと思うのだが、男は全く悪びれた様子がない。
なんという無神経な男だろう。だが、一理あると感じてしまった。
「そうかもしれませんね」
キャロリンは仕方なしに首肯した。
「ですけれど、私は面識のない方の提案に簡単に乗るほどの世間知らずではありません」
そして社交慣れしない小娘にも矜持があるのだと胸を張る。
「バート!」
恐らくは男の名を呼びながら、キャロリンの頼れる幼なじみが駆け寄ってきたのはそんな時だった。