16 相談相手は訪れない
想定外の求婚もどきを受けてしまったキャロリンが相談相手と定めたビリーと顔を合わせることは、なかなかできなかった。
忙しくとも幼なじみの窮地にはすぐさま駆けつけてくれるのではという期待していたのに肩透かしを食らった気分だったが、本当に忙しいのであれば無理して来てもらうにも忍びなく、キャロリンはただじりじりと彼に時間ができるのを待つことになった。
彼女は兄のようにビリーを慕っているし、彼の方もキャロリンを妹のように可愛がって配慮してくれているが、今シーズンはただでさえ色々お世話になっているのだ。何がなんでも早く来てほしいなどとわがままは言えない。
相談したいと伝えた手紙に対する筆不精な彼の返事はいつも以上に素っ気なく、「忙しくてすぐには行けない」とだけ短く書いてあったので、きっとキャロリンが想像する以上に忙しいのだろう。
そうでなければ、筆不精すぎて呼ばれたら先ぶれを出すよりも前に自ら顔を出しそうな人でもあった。礼儀としてはなっていないが、それが許される程度にパウゲン家とフェルド家は親密だ。
本来は、書き物が苦手でも「悪いな」と一言添えるくらいしてくれる人だとキャロリンは思っている。それすらないのだから、きっと相当だ。
まんじりとしない心地で過ごす間には、キャロリンの忠言など聞かず、本格的に口説く気満々らしいバートからは変わらず日々便りがあった。多少は受け入れることがあったのか、毎日のように添えられていた花は遠慮してくれたようであるが。
「本格的に口説く気満々」とは言っても、便りの内容は以前とはほとんど変わらないとも言えるものだった。
こちらからしたためたデートのお礼状に対する返事は「毎日文を交わすと家人に熱烈に口説かれていると誤解されるんだったよね」という楽し気な様子が思い起こされる文から始まったので、作法さえも気にしていないありさまだった。
実際、手紙がうっかり誰かに見られても楽しそうだと考えていそうだ。
飾り気のない文面は作法も知らない平民上がりの騎士のような素朴さを演出している。「今度は姪っ子にリボンを選ぶのを手伝ってほしいな」と書いてあったのを見た時は、文面を盗み見た誰かにそう誤解されるのを期待していそうにも思えた。
しかし同じ騎士でもビリーとは違って筆まめだし、流ちょうな筆跡でもあり、そういうところは文面と乖離した育ちの良さをうかがわせる。
キャロリンは鍵のかかる引き出しに手紙をしまい込んで誰かに見せるつもりもないのだけど、見る者によっては気取らない文面と育ちの良さをうかがわせる筆跡の差に違和感を覚えて首をひねりそうだなと感じた。
ところで、バートの想定している姪は、キャロリンの弟と同じ年頃の姉の娘のようだ。
先日と同じように何軒か回って選びたい、という意向には簡単にうなずけそうにない。幼いとはいえ、家柄の良いご令嬢の気に入るリボン選びなどには全く自信がない。
ビリーが忙しいのだからバート様も同じくお忙しいのでしょうから無理はなさらないで下さいとやんわりと先延ばしの返事をしたが、果たしてどうなるか。
いよいよもってどうしようもなくなったら、母の実家のエスター商会に彼を案内しようと考えてはいた。母の実家はパウゲン家に娘を嫁入りさせたのを皮切りに王都に本店を移し貴族相手に商売をはじめている。少しずつ大貴族に販路を伸ばしたいと考えているところなのだ。
母の兄――商会の会頭の息子であるキャロリンの従兄ロバートは、より上の縁を求めて王都住まいの男爵家の娘シャーロットを娶っている。
領地のない男爵家なのだが代々王城勤めの家柄で、中央から遠い領地を持つ子爵家よりはよほど王都に明るい。義理の従姉にあたるその人は、嫁入り前は王城勤めをしていたということだから、商売を大きくしたい従兄一家の目的に叶った良縁なのだ。
「さる大貴族の方のご用意を手伝ったこともある」という触れ込みの真実までは知らないが大層センスのある人で、彼女にアドバイスをもらえばキャロリンでもなんとか役目を果たせると考えられた。
上の兄弟のいないキャロリンにとってシャーロットは姉のような人でもあった。
キャロリン自身が今シーズン、大変お世話になった人でもあったから信用している。着飾って欲しいという母の要求と、出来るだけ地味にしておきたいと告げたキャロリンの要望に「公爵家に降嫁なさった姫さまがお好みのシンプルなスタイルで用意しますねぇ~」と明るく応じた気の利く方なのだ。
地味な装いは、あるいはパウゲン家の懐事情に配慮してくれたものでもあったのかもしれないが、無難にまとめてくれたことにキャロリンは深く感謝をしている。
キャロリンを広告塔にしたい思惑のあった祖父や伯父は渋い顔をしていたが、「次代の公爵家当主夫人である元王女殿下のお好みですよぉ?」と笑顔の彼女に言い負かされたようであった。
彼女の夫であるロバートが「うちの客層の現状からすると、悪くない着眼点だ」と妻を後押ししたのも説得に貢献してくれたらしいから、彼女だけの手腕ではないのかもしれないけれど。
この先の流行を先導するお一人であろう次期公爵夫人お好みのシンプルな装いは、パウゲン家とあまり変わらぬ懐事情ならありがたいものだ。
もちろん高貴な方々はシンプルと言いつつ宝飾品で身を飾っているし、以前と変わらず凝った作りのドレスを競う面々の方が多いことは一度でも夜会に出れば簡単に理解できた。
けれどしかし、豪華なドレスなど望むべくもない身の上でも、シンプルなものなら真似しやすい。懐事情が怪しい家であっても身を飾る宝飾品のいくつかなら代々受け継いでいるものなのだ。
商会の隠居と現会長である祖父や伯父は、これからの時代を担う若い二人の言うことにも一理あると任せるようにしたようだ。
王城で舞踏会の準備にも関わったことがあるという侍女上がりのシャーロットが、「これは元王女殿下のお好みのスタイルですよ」と自信満々にお勧めしたら――今後一山当たるかもしれないと、キャロリンは思えていたくらいだ。
実際のところ、彼女が見立ててくれたドレスを地味な自分が身に着けると目立たないにもほどがあったし、壁の花に徹していたので残念ながら夜会において親族が期待したような宣伝効果は全くなかったのであるけれど。
母の実家にはキャロリンを含めたパウゲン家は様々な援助を得ている。婚姻時の契約による援助はもらうばかりではなくきちんと返しているし、購入した商品に対する対価だってきちんと支払っている。
けれど、娘の嫁ぎ先だからという情が加わって、懐が暖かくない子爵家の援助に対する利息も商品代も低く抑えてくれていたことは言われずともわかるものだ。
恩義には報いねばと生前父はよく口にしていた。
良家の方だというバートをこれを機にご紹介すれば、これまでの恩義に多少は報いることができるかもしれない。
面識すらないクリフのために親身になってお土産選びに付き合ってくれた彼も、姪への贈り物にセンスのいいものが選べたら嬉しいだろう。
交わす文において忙しい時期のようですからと出掛けること対してけん制しながらも、いざ次の予定が決まればキャロリンは相手と同等くらいには親身になって贈り物を考えたいと計画だけは練った。
バートほど地の利も伝手もなく母の実家頼みという薄さではあるが、心持だけは。
しかし、幾日も頭を悩ませて決めた計画は、次の予定が決まる前に「バートを伴って母の実家に顔を出せばいよいよ後戻りが出来なくなるのでは?」と気付いて実行前にあえなく没にすることになり、後日キャロリンは再び悩み始めることになるのだった。




