13 継ぐべきもの
食事できる気分では無くなったキャロリンの気持ちも知らず、手が止まった彼女にバートは「遠慮せず食べなよ」と促してきた。
そういう彼の方はと言えば、もうすでに取り皿の半分ほどを空けている。その健啖家ぶりは幼馴染によく似ているように感じられた。やはり体が資本の職だからだろうか?
しかし、それは建国当初から続くというビリーが口にすることをためらうような家柄の人にしては違和感がある。
高位の貴族はもっと優雅に一皿一皿を食すものなのではないだろうか。
ストラード家とはもしかするとオーディアル公爵を筆頭とする武門の派閥なのかもしれない。中立派閥のキャロリンは、その構成をしっかりと把握できていないが建国当初から大きな力を持っており、今も文門に次ぐ力を持っている一派だ。
当然、建国当初に大きな戦果を挙げ取り立てられた家が多いはずだ。
代々騎士として仕えているような家ならば、こういう大胆な食事もありうるのかもと思った。
現実逃避のようにキャロリンはバートの家柄について思いを馳せる。
大らかで気取らない騎士の家柄ならば、高貴で優雅な文門の家柄よりは弱小子爵家の娘も受け入れられる可能性があるのだろうか。
名家の嫡男の相手としては厳しいかもしれないが彼は三男だ。名家だという割には政略婚に熱心でないようだから、相手にそこまでの品格を求めるものではないのかもしれない。
近頃は王侯貴族であっても恋愛結婚も認められる風潮だということは、キャロリンも知っていた。それが真実かまでは知らないけれど、それこそ先ほど本屋で見た懐かしい物語達は王家の方々の恋の話……結ばれるにあたり少し家格差があったのに、幸せな結末が描かれていたのだ。
だからこそ昔ほど家格の差について強く言われないというのは、信憑性のある話だった。
食欲は減衰してしまったが、一度皿に取り分けたものを戻すわけにもいかない。
促されるまま流れるように料理をゆっくりと口元に運び、ゆっくり噛みしめながらキャロリンは思案する。
たとえ自分の家柄が問題にされないとしても、やはりすぐに返事できることではなかった。
先日彼が「困っている女性の助けになることは、騎士として本望だから気にしなくてもいい」と言っていたとしても。
「お家の乗っ取りなんか考えてないから安心してね」
思案顔のキャロリンに、バートは笑顔で以前伝えた懸念について否定した。
その言葉を額面通りに受け取るほど素直にはなれないが、自分から言い切るところは評価していいのだろうか。
真意をうかがうべくバートと視線を合わせたキャロリンだが、そこで告げられた言葉が含む意味に気付いてしまう。
「乗っ取りだなんて……」
「だから、興味ないからね?」
「仮になさるとすれば、お付き合いでは足りないと思われますけど」
「恋人の家にできる支援なんて限られてるでしょ?」
情緒のへったくれもないが、それは逆説的に、いわゆるプロポーズなのではないだろうか。
ぽかんと間の抜けた顔をするキャロリンに、
「伝手はあるから、多少の口添えならしてあげられるだろうけど。どうせなら、きちっと縁を結んでから確実に後見するよ」
バートは迷いもなく言い切った。
「知り合って間もなく、内実も定かでない当家の後見を今後十年近く続けてくださるだなんて、そんなに簡単に決めていいものではないです。バート様に、利がなさすぎます」
すべてがすべて親切心からの言葉だと信じられるほど、キャロリンは彼について詳しくない。
ビリーが口にするのを躊躇うほどのバートの素性を――その家柄についてを、調べるには勇気が足りなかった。
一応は聞かされている家名も本当の名かわからないと疑っているくらいだし、真実を簡単に調べられるとも限らないと考えている。由緒正しい家の名であれば、キャロリンにはわからなくても執事が知っていてもおかしくないからだ。
第二の父と慕うキャロリンより知識が深いダドリーがバートの家名に無反応だったことからすると、家名が偽りであることはほぼ確定したようなものだった。
「疑心暗鬼になるのはわかるなあ」
キャロリンの内心も知らず、欲得ずくで周囲に引っ掻き回された経験がそうさせるんだねなどと、バートは訳知り顔でうんうんうなずいている。
彼はまず人差し指を立て、
「俺にとっても利はあるよ。まず、君のような家族思いの心優しいお嬢さんを見ているととても心地がいい」
さらには中指を立てた。
「俺は三男だけど継げる家はあるから、伴侶を得る機会が得られるのは家族にとっても好ましい」
そうして目の前に出来上がったピースサインに、キャロリンは唖然とした。
「継げる家がある、ですか?」
「そう。多分、伴侶を得れば父上が爵位を分けてくれる。だからして、君のお家を乗っ取る必要もない」
バートは気楽に言い切ったが、内容はとんでもない。
世に疎いキャロリンだって、国内有数の貴族であれば複数の爵位を持つことがあるのだということくらいは知っている。だが、同時にそんなに力を持つ家の数が限られていることも重々承知していた。
のほほんと笑う男の表情を、キャロリンはまじまじと観察してしまう。全く後ろ暗いところがないように、バートは朗らかだった。
大げさに話を盛るようなタイプなのだろうか?
だって爵位は、伴侶を得れば分けてくれるなんて簡単なものではない。
爵位と地位に付随する領地は有限だ。たとえ高位貴族出身であっても、よほどのことがない限り、次子以降が位を得るのは本来簡単な話ではない。
爵位を得ることができるのは、基本的にはその家の長男であることが多い。その当人によほどの瑕疵がない限り、それ以外の子が継げるものはほとんどないのが実情だ。
当主が複数の爵位を持つ場合であっても、基本的には家を継ぐ前の長男にそのうちの一つを貸し与えるだけのことが多い。
身代が減ってしまうから、分け与えてしまうということは滅多とない――キャロリンだってそのくらい常識として知っているつもりだ。
多分分けてくれる、なんて楽観的にもほどがあるのではないか。
目の前でニコニコしている男は、いわゆる脳筋というやつではないかとキャロリンはつい考えてしまった。
なんなら憐れむような眼差しになってしまったかもしれない。
「まあ、多分であって確実ではないけど。でも、母上の実家の跡継ぎが絶えてしまってから、父上が管理していてね。俺がその跡を継ぐって見込みがあるから、兄上たちが片付いた後に俺が女性不信気味になるくらい手のひらをかえすように言い寄られることがあったわけ」
彼女の気持ちを推察したように、バートはそう続けた。
なるほどとキャロリンは納得しかけたが、
「でも、お兄様はお二人いるのですよね? すぐ上のお兄様がお継ぎになるわけではないのですか?」
ついそのように口にしてしまった。
言ってしまった直後に他家の事情に口を挟むようなことをするのはいけなかったのではと後悔しかけたが、それならばバートこそがパウゲン家について口を挟んできているのだからと思い直す。
言葉を受けたバートの方も、特段気にした様子でもなく「兄上ねえ」などと呟いて目を細める。
「あの人がその気になってたら俺に得られるものはなかっただろうけど、今のところ上の兄上を補佐することに生きがいを感じてるから今後もないんじゃないかなあ」
家を出ちゃうと出来ることが限られちゃうから嫌なんじゃないか、などと彼は言う。
「みなさま、ご家族思いなのですね」
身代が大きい家にはきっとするべきことが山ほどあるのだろう。子爵家であってすら――これは、キャロリンが慣れていないだけというのもあるのだろうけれど――忙しくて目が回りそうな心地がすることがあるのだから。
由緒正しい家柄の跡継ぎと、それを補佐するというバートの兄たちの関係にキャロリンは思いを馳せる。甥っ子に手土産を買って渡すつもりがあるくらいだから、彼自身も含めて良好な関係なのだろう。
父の葬式に喜び勇んで訪れた叔父を持つ身としては、うらやましささえ感じてしまった。
「うん」
何の迷いも照れもなく、バートはうなずいた。
「だから、君みたいな家族思いのお嬢さんが俺の伴侶になってくれることはみんな喜ぶと思う」
そして自信満々にバートが続けるものだから、キャロリンは今度こそ言葉を失った。




