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10 街歩き前に

 次の機会は、さらに数度手紙をやり取りした後に訪れた。

 本日のキャロリンは庶民の娘の装いであった。

 

 頻繁に商人を呼びつけて買い物ができるのは裕福な家くらいのもの。特に裕福ではないパウゲン家のキャロリンにとって、自ら商店に出向くことは珍しいことでもない。

 パウゲン家が懇意にする商会は母の実家であり、何かと便宜を図ってくれる。だから余計に呼びつけるよりも顔見せがてら訪問するのが常だ。

 

 そういう事情をビリーから聞き及んでいるのだろう。バートは身軽に街を歩けるようにしてねと当たり前のように指定してきた。

 指定するくらいだから、バート本人も街歩きには自信があるのだろう。良家の子息でも三男坊だということだから身軽なのか、あるいは成人に際して騎士団に入って以降身につけたものか。

 どちらにしろ体面を重んじる貴族にとって本来はあまり褒められたことではない。


 しかし元々目立つような娘ではないキャロリンだから、飾り気のないワンピースに身を包めば貴族の娘にはとても見えない。

 これなら変な噂をするような輩の目に付いてしまう心配はなさそうだとキャロリンは思う。

 

 

 

 やがて訪れたバートも、自らの指定を一応は忠実に守っていた。

 一応はとしたのは、いささかやりすぎに見えたからだ。前回は一応それなりにまとまっていた髪が、全く整えられていない。

 キャロリンと共に彼を出迎えていたダドリーが目を見張ったほどだ――と言えばわかりやすいだろうか。

「寝坊でもなさったのですか、バート様」

「寝癖の一つでもあった方が下町には似合いだとビリーにアドバイスをもらったんだけど」

 バートは跳ね上がった髪の毛を摘まみながら首を傾げる。


「さすがにそのままはどうかと思います」

 それにしたって、とキャロリンは呆れて彼の頭を見てしまう。

 バートの髪はきまぐれに左右に癖がついている。癖毛なのか、あるいは寝る前に櫛の一つも通さなかったからだろうか。

 もしかしたら、ビリーのアドバイスを受けてわざとそうなるように髪を濡らしたまま床についたのかもしれない。


 グレーを基調とした落ち着いた色合いで身を固めているバートは、自分では地味な装いをしているつもりではあるのだろう。ベストのボタンも装飾一つないいたってシンプルなものだった。

 ただ、何というのだろう。飛び抜けて高級な生地でもなさそうだが、仕立てが上質なのはキャロリンの目から見ても明らかだ。こういう身なりの男性を彼女はよく知っている。

 母方の従兄弟のような――ほどよく裕福な商家の男性によくある装いである。

 

 そしてそういう男性は、身なりを整えることをけして怠らない。

 市井に目立たず馴染むつもりならば、身なりにあった身だしなみは必要に思えた。


 キャロリンがその旨を伝えるとバートは納得したようで、ダドリーが遠慮がちに自らの整髪剤の提供を申し出たのを幸いに、パウゲン家の一室でひとりしばらく寝癖と格闘してきた。

 ただ、それは癖づく髪を何とか押さえたという程度の出来ではあった。


 戻ってくる彼を見たダドリーが小さく「ああ」と漏らしたのは、整髪剤を貸すだけではなく手伝いを申しでればよかったと考えたからかもしれない。

「こんな感じでどうかな?」

 結局髪は一部跳ねたままなのは果たして不器用だからなのか。あるいはビリーの忠告を忘れきれなかったからなのだろうか。

 どちらにしろ、多少気になるが重ねて忠告するほどではない程度に髪は落ち着いている。

 キャロリンは微笑んで明言は避け、そっと出立を促すことで消極的に肯定を返すことにした。

 二人はようやく連れ立って出立することになった。




 前回と同様、乗り込んだのはバートが乗り付けた馬車だ。

 パウゲン家のタウンハウスは貴族街の端にあり、その気にさえなれば徒歩での買い出しも難しくない。

 ただ彼が目星をつけたという店からは遠いそうで、近くまでは馬車を利用するとのことだった。


 道中は当たり障りのない会話しかできなかった。やりとりした手紙の中身を補強するような内容――短いやりとりでは伝えにくかったようなことだった。

 たとえば、キャロリンは手紙では弟のクリフは騎士ごっこが好きだと手紙には書いたけれど、弟は騎士ごっこの前に庭を散策して剣に見立てる枝を探すことからなのだというようなことだ。

「クリフにとっては、こだわるべきことのようなのですよね」

 枝……と呟くバートにキャロリンはため息交じりに告げる。

「私にはさっぱり理解できないんですけど、これでもないあれでもないと毎日のように探していました。特に気に入ったものを選りすぐっているようで」

「庭にそんなに枝って落ちているの?」

 驚いたような彼の様子を見て、キャロリンははっとした。

 

「田舎の領地ですので……」

 この人は良家のご子息なのだと改めて悟り、キャロリンは恥ずかしくなった。

 田舎であろうと裕福であればきちんと手入れした庭を維持しているのだろうけれど、残念ながらパウゲン子爵領は専用の庭師を常勤させるほど豊かではない。

 また、内実のよく似た近辺の知り合いが時折尋ねてくることがあるくらいの屋敷なので、領民の手が空く時期や来客のある前に臨時雇用して年に幾度か体裁を整えるので十分なのだった。

 よって、幼い男子が剣に見立てられる枝はしょっちゅうあちらこちらに落ちている。


「そうかあ。そんなにこだわりがあるんだ」

「長くて真っすぐなら何でもいいようにも見えるんですけど、今日のお気に入りが明日には気に入らなくなっていることもありますし」

「ああ、まあそういうこともあるらしいねえ、こどもって」

 ふむふむとうなずいて、バートは顎に手を当てた。

 

「うーん、騎士ごっこが好きだという弟君には、おもちゃの剣でもどうかと考えていたんだ。男子なら絶対喜ぶようなかっこいいやつだと俺は思うんだけど……こだわりが強いならもっと別のものがいいかなあ」

「私には男子の好みはわかりかねるので何とも。バート様のおすすめなら、一度拝見してみたいですね」


 良家の子息であるバートのおすすめとなるとおもちゃとはいえ剣の値段も気になるが、そこは馬車を降りていずれ徒歩で向かうつもりの店の商品なのでそこまで高くはないだろう。

 きっと……たぶん……おそらく――、キャロリンは自分に言い聞かせながらにこりとする。

 せっかく考えてくれた内容を変更させるのも忍びない。

 

「君の目で見て弟君の好みでなさそうだったら、別のものにしようね」

 そう言って、キャロリンに呼応するようにバートもにっこりと微笑んで、他の案もあるのだと説明を開始した。

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