9 手紙
キャロリンに仮の交際を提案したバートは、彼女の提案と――おそらくはビリーの苦言を受けて――次の約束をすぐに取り付けるような真似はしてこなかった。
ただ、カフェで会話をした翌日にキャロリンが礼状をしたためてから、毎日のようにやり取りが続いている。
「お嬢様、こちらが本日のお手紙です」
「ありがとう」
封書を差し出す執事のダドリーは基本的には表情を見せない男だ。亡くなった父よりは若いのだがキャロリンにとっては第二の父のような人なので、わずかな表情の変化で内心が読める気がしている。
お嬢様には良い出会いがあり、今後が見込めるという期待が彼の顔にはほのかに見えるようだった。罪悪感からくる妄想かもしれないが。
バートはすでに執事の信用を得ていた。はじめはビリーに紹介された、騎士団に所属している男というだけで信に値すると判断され、それが連日の手紙攻勢で強固になっているようだ。
「今日の花はダイニングに飾りますね」
キャロリンがうなずくのを確認して、ダドリーは「お返事が準備できましたらお呼びください」と言い残して去っていく。
どこか浮足立っているように見えるなあと執事の姿を見送って、キャロリンはため息を漏らした。
「まめな方なのね、バート様って」
手紙をひらりとさせながら、彼女は行儀悪く片肘をつく。
はじめは彼女が送ったお礼状の返事が翌日に届けられた。花に詳しくないと言っていた割に、手紙には花束が添えられていたので、またそのお礼をしたためた。
それに対する返事は、また花と共にその翌日に届けられる――それをもう五日も繰り返している。
お気遣いなくと伝えても、「多忙でなかなか会えないのだからせめて花でも」などと書いてよこして譲らない。手紙が人の手を介する以上紛失の危険がぬぐい切れず、誰かに見られてしまう可能性も否定できない。
だから、偽物の恋人に気を使うことなどないのだとずばりと伝えることができないのだった。
忙しいという設定のわりに、毎日のように手紙が届くのはどうなのだろうか。
気になるのならば自分が返事を遅らせればいいのかもしれないが……一方的に贈り物を受け取るだけでお礼も遅らせるような無礼はキャロリンにはできなかった。
お礼がてら手紙をしたためなければならないような絶妙な内容の手紙もその理由だった。
バートは毎日なにがしか自分のことについて書き記し、キャロリンについても尋ねてくる。
おかげでキャロリンは彼のことを随分知ったようなつもりになってしまった。
バートはキャロリンより五つ年上だった。三男だとは聞いていたが、兄二人に加えて姉も一人いるという。
彼が一人だけぽつんと年が離れた末っ子のようで、兄姉にはすでに子がいるのだそうだ。
いつも手紙はそう長いものではないのだが、短い文面でもバートは甥姪をまるで兄のように可愛がっているような印象を受ける。
年下相手にお兄さんぶりたいのだろうか?
だからかキャロリンの弟クリフにも興味津々で、あれこれ尋ねてきてはこの数度のやりとりの間に「君のようなお姉さんがいて弟君も幸せだろうなあ」とか「離れて暮らしている今は寂しく思ってそうだね」などと書いていた。
似た頃合いの甥がいるので次は一緒にお土産のおもちゃでも買いに行こうかということに話は決まりかけている。
そのようにやりとりの中身に色事めいた気配は全くないのだが、なにせ毎日のことだ。
それもあってダドリーをはじめとしたパウゲン家の使用人たちは、お嬢様が騎士団の前途ある騎士に熱烈に口説かれているという期待で浮足立っている。
キャロリンに直接話を振るような者がいないのが幸いだった。少数精鋭だけあって皆彼女の性格をよく知っている。
下手に口を挟めばキャロリンがどう反応するのか予想しているのだろう。
何も言われなくても見守る視線がむず痒くて否定して回りたいような気持ちになるのだから。
「やりすぎ、のような感じはするのよねえ」
ようやく封を開けた中にはいよいよ次の日程の打診が書かれている。
キャロリンが得たのは領地に戻った後に母に対する言い訳するための仮の交際相手だったはずなのだが、これは後々大変になりそうだ。
ここまで頻繁にやりとりしていたのになかなか会えないからなんて理由で別れたとなると、母がきっとうるさい。
「少しずつ手紙の間隔をあけるようにと、次お会いした時には忘れず伝えなくちゃね」
もちろんそんなことは手紙に書き記せるわけがないので、キャロリンはペンを取るととりあえずいつものようにお礼の文面から書くことにするのだった。




