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見習いの夜は長い

作者: RAN

 ここはある国の王城の厨房。

 一人の料理人見習いが、鍋に向かっていた。

 野菜くずを入れ、じっくり弱めの日でコトコトコトコト、鍋から煮込まれる音がしていた。

 厨房の入り口が開く音がして、見習いは扉の方を見る。

「ヨシュア?」

 見ると、幼なじみで一緒の城に働いているメイド見習いのマリーだった。

「マリーか。どうしたんだ?」

 マリーは、えへへと笑いながらヨシュアの近くに来る。

「お腹空いちゃって……。何かもらえないかなって……」

 ヨシュアは、呆れるように息をついた。

「今仕込みの最中なんだけど……」

「まぁまぁ……」

「ったく、しょうがねぇなぁ……」

 ぶつぶつ言いながら、マリーに押されてヨシュアは鍋の前で座っていた椅子から立ち上がった。

 別の場所にあった鍋の前に行き、その近くにあった小さい鍋に何やらよそう。

 それを持ってきて、火にかけている大きな鍋の横に置いた。

「何するの?」

 マリーは興味深そうに覗き込んだ。

「なんか適当にスープ作ってやるよ」

「いいねー!」

 ヨシュアの言葉に、マリーは目を輝かせた。

 ヨシュアは、そのマリーの顔を見て、ふっと表情を緩める。

 少し鍋から離れて、洗い場の近くに行く。

 そこからまな板と包丁を取り出して置いた。

 厨房の隣にある倉庫の扉を開け、一瞬悩むように倉庫の中を見つめると、すぐにいくつか手に持って戻ってきた。

 持ってきた食材を、手早く切っていく。

 終ると、まな板を持って小さな鍋にざっと入れた。

 ボトボト、と音を立てて食材たちが鍋の中に入っていく。

 火は常にたかれているので、すでに鍋はぐつぐつと茹っていた。

「何を入れたの?」

「たまねぎ、ベーコン、キャベツ」

「いいねー」

 ヨシュアの言った具材に、マリーはにこにこと笑顔を深くする。

「少し時間がかかるから、そこのテーブルで座って待ってろ。できたら持ってく」

「ありがとー」

 そう言って、マリーはテーブルのそばにある椅子に腰をおろした。

 ヨシュアは、竈門の横にある椅子に再び座る。

 具材が煮える音だけが、また場に響く時間が少しだけ流れた。

「最近忙しそうだね」

 マリーが、ぽつりとこぼす。

「当たり前だろ。入って一年しかたってない俺らが暇なわけないだろ」

「もう一年たったんだよねー」

「何を今更」

 のんびりとした口調のマリーに、ヨシュアはフンと鼻を鳴らす。

 その顔は笑っていた。

「終わってみると、あっというまだったな、って思ってるんだよ」

 マリーは、少しトゲのある言い方をした。

 その口調は、からかうようでもあったが。

「……まぁな」

「あと、一年通して、だいたいどういう流れっていうのはわかったしねー」

「言うなぁ。このあいだ皿を割って怒られてた奴の言うこととは思えないね」

「もう! どこで見てたの?!」

 ヨシュアがにやにやと笑いながら言うのに、マリーはむくれて言い返した。

 ヨシュアは笑い声をあげると、静かに立ち上がって鍋に向かう。

 マリーは口をとがらせながら、そのヨシュアを見ていた。

「ほら、できたぞ」

 ヨシュアは、マリーの前に湯気が立ち上るスープの器を置いた。

 質素な作りの、木でできたボールのような器だ。

 同じものを、反対側に座るヨシュアも自分の前に置いて、椅子に座った。

「ありがと」

 マリーは、まだふくれっ面ではあったが、スープの温かな香りに顔が緩んだ。

 二人はそれぞれ祈りの言葉を唱えると、口をつけだした。

「懐かしいなぁ。村のスープみたい」

 マリーは、こぼすように小さくつぶやく。

「んー、何も考えずに作ったしな。自然となじみの味になるだろ」

「……でも、なんかちょっと味が違うんだよね」

 マリーは、うーんと顎に手を当てて首をひねった。

「胡椒かな」

「おぉ! 胡椒!」

「村じゃ香辛料なんか使えなかったからな。胡椒があるだけで、全然食べやすさが変わるよな」

「うん、いいねぇ。何だか食が進む感じがする」

「こんな夜中に、食が進んでも困るけどな」

「確かに」

 食べながら言うヨシュアに、マリアはあはは、と笑って返した。

「このベーコンも、何か村のと違うね」

「あんなただ塩漬けして肉干したのと同じにするなよ」

「そんな言い方ないじゃん」

 マリーは、またむくれた顔をした。

「あぁー、わりぃ。でも、このベーコンは城下町の職人がこだわって作ったやつなんだよ。素人が作ったのとはわけが違うって言いたかったんだ」

「そうか……なるほどなぁー」

 言いながら、マリーは口に一つ入れた。

「キャベツとたまねぎも、甘さがあっていいねぇ」

「加熱すると、やわらかくなって甘味が出るからな」

「何でこれにしたの?」

「甘い味があると、夜寝る時に落ち着くかなって思ったんだよ」

「わかるー」

 食材の話をしながら、二人はどんどん食べ進める。

「あー、おいしかったー」

 食べ終わって、マリーは満足そうに言った。

「ありがと、ヨシュア。お皿洗っておくよ」

 マリーがそう言って、皿を持って立ち上がろうとする。

「いや、俺はまだ仕込みがあるから大丈夫だ」

 そう言って、マリーの皿をひょいと取り上げた。

 二人分の皿を持って、流しに行くヨシュアをマリーはありがとと小さく礼を言って見送る。

「私、あんたのこと応援してるから」

「なんだよ、急に」

 流しに皿を置くと、マリーの言葉に驚いたように、ヨシュアは振り返った。

 目を見開いて、マリーを見つめる。

 マリーは、その顔に微笑んだ。

「スープありがとう。じゃあね」

 そう言うと、マリーは厨房の扉を開けて出ていった。

 パタンと静かに閉まった扉を、ヨシュアはしばらく黙って見つめていた。

「ったく」

 そうつぶやくと、ヨシュアは流しに向き直って、皿を洗い出した。

 見習いの夜は、まだ終わらない。

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