雅嶺賢太君の奮闘日記。どうしても、あいつに勝ちたい少年はお茶のメッカでお茶を飲む?
「よ~~し~~~く~~~んっ・・・あそびましょぉ~~~~っ・・・・・・善朗ッ!でてこんかいっ!」
賢太は早朝に菊の助の武家屋敷の前に押しかけて、大声で善朗を呼びつけている。
「オるん分かとっるんやぞっ!でてこんかいっ、善朗っ!」
「あれっ、賢太君・・・どうしたの?」
賢太がいよいよ地団駄を踏んで、乗り込もうとしたときだった。賢太の背後から完全に酔っ払っている秦右衛門が顔を覗かせた。
「のわっ?!秦右衛門さんやないかっ!」
いきなり背後を取られて、賢太は思わず仰け反る。
「あはははっ・・・君がこっちに来るのは珍しいね・・・善朗君に何か用かい?」
通い徳利でさらに酒を流し込みながら秦右衛門が賢太にそう尋ねる。
「用も何も・・・あいつ、最近道場の方に顔出さへんから、俺に恐れをなして、逃げたんか確認しにきたんやっ!」
賢太は目線を外しつつ、腕組みをして、そう秦右衛門に話す。
「あぁ~~っ・・・君知らないんだ・・・善朗君は桃源郷で殿に稽古つけて、もらってるんだよぉ~・・・。」
秦右衛門はヘラヘラしながら、善朗が今はここにいない事を賢太に教える。
「なんやてっ!・・・また、あいつだけズッコイなっ・・・どうやって、行くんやっ!」
賢太は、善朗がまた抜け駆けしたと憤慨し、思わず秦右衛門に飛び掛り、胸倉を掴み、尋ねると言うよりも尋問する。
「おぉっ・・・何々・・・桃源郷?・・・桃源郷なんて、僕達で行ける訳ないじゃない・・・殿は知り合いにすごい人がいてね・・・その人に連れて行ってもらったんだよぉ・・・。」
賢太に胸倉を掴まれて揺すられながらも、秦右衛門が親切に賢太に教える。
(あのやろう~~~・・・散々抜け駆けするなぁ・・・ゆうたのに・・・。)
賢太は秦右衛門の胸倉を掴んだまま塞ぎこみ、身体をワナワナと震わせる。
「あぁっ・・・僕はそっちにはあんまり興味はないんだけどな・・・。」
秦右衛門が酔っている上に揺らされて、完全に思考が狂っていた。
「秦右衛門さん、ありがとなっ!」
「えっ?」
秦右衛門が賢太を包み込もうとした瞬間、賢太がサッと身体を離して、お礼を言いながら、どこかへと走り去っていった。
「・・・うん、またね・・・。」
秦右衛門はポツンと残されて、思考が追いつかないまま、賢太に手を振る。
走り去った賢太が向かった先はもちろん佐乃道場。
「師匠っ!なんで、教えてくれんかったんやっ・・・桃源郷やなんて、ズッコイやないかっ!」
武家屋敷から飛んで返ってくるなり賢太は、今度は佐乃を掴まえて、善朗の行為を非難した。
「何言ってんだいっ!善朗が桃源郷に行ったのは、向こうの都合だろうよ・・・あんたがついて行けるわけもないだろ?駄々こねるんじゃないよっ、まったくこの子はっ。」
佐乃はいつもの賢太の駄々っ子にやれやれと呆れながら諭す。
「ズッコイわ、ズッコイわっ!いつも善朗だけ特別扱いしおってっ!」
賢太はさらに地団駄を踏んで、いよいよ大声で駄々をこね出す。
周りの関係者はいつもの事だと、自分達の朝の仕事をテキパキとしながら、呆れて遠めで見ている。
「賢太君・・・我々では、善朗君には敵わないよ・・・大体、善朗君には大前盛永様という付喪神様がついてるんだから・・・。」
「バカッ!」
話を収めようと仲裁に入った伝重郎だったが、思わぬ言葉に話がややこしくなると察した佐乃が伝重郎を叱る。
「アッ?!」
思わず、自分の口を手で塞ぐ伝重郎。
「・・・・・・。」
伝重郎の言葉を聞いて何故か、またも塞ぎこんだまま黙り込む賢太。
「・・・賢太・・・どうしたんだい?」
心配になって佐乃が賢太に恐る恐る声を掛ける。
「・・・賢太・・・君?」
伝重郎も大きな身体をチヂコメながら賢太に声を掛けて、ソッと手を伸ばす。が、その時、
「そうやーーーーーーーーーーっ!!!!」
「ッ?!」
賢太が大声を上げて、天を見上げる。その場にいた全員が目を丸くして、賢太に釘付けになった。
「そうやないかっ、あいつは大体からして、大きなエコヒイキされとるやないかっ・・・付喪神なんて持ちよってからにっ!」
両拳を握り込み、奥歯を食いしばって、賢太は悔しそうに言葉を叫ぶ。
「えっ・・・でも、善朗君が君とたたかったとっ・・・むぐっ?!」
「お前はだまってろっ・・・。」
伝重郎が何かを突っ込もうとしたときに、背後から十郎汰が透かさず、手で伝重郎の口を塞いだ。
「・・・賢太・・・付喪神様はそう簡単にそこらへんに転がってるわけじゃないんだよ・・・今はちゃんと魂を磨く事をっ。」
「こうしちゃおれんっ!師匠っ、すまんけど、家空けるでっ!」
「あっ、おいっ!」
佐乃が優しく賢太を導こうとしたのも束の間、賢太は佐乃の言葉など、端から聞いていないとばかりに頭より身体が先に動いて、颯爽と道場から出て行った。佐乃は賢太を止めようとするも、脱兎の如く姿を消した賢太にその言葉すら届く事はなく、ただただ立ち尽くすだけだった。
「まぁ、師匠・・・あいつが付喪神様を探す事で、道場が少しでも静かになればと思った方がよろしいのでは?」
十郎汰が苦笑いで佐乃にそう進言する。
「・・・まったく・・・人に迷惑かけなきゃいいけどね・・・。」
佐乃はヤレヤレと呆れ顔で十郎汰に答えた。
「付喪神っ、付喪神っ・・・付喪神?・・・付喪神って、なんや?」
ひらめきと共に道場を駆けだして来たはいいものの、賢太は重要な事に気付いた。
〔プルルルルッ、プルルルルルッ・・・。〕
賢太が重大な事に気付いた時、ズボンのポケットに入れていたスマホがバイブレーションと共に着信音で、電話がかかってきた事を賢太に知らせる。
「・・・んっ?・・・なんや、美々子やないか・・・もしもしぃ~・・・。」
賢太はおもむろにポケットからスマホを取り出すと、着信元を確認して、通話をオンにした。
通話先の相手は式霊のマスターである美々子だった。
「もしもしぃ~~、ケンちゃん?・・・美々子ねぇ、これから学校休んで、田舎に行くの・・・ケンちゃんも良かったら行かない?」
スマホの向こうから元気な美々子の声が聞こえてくる。
「なんや美々子・・・学校休んで旅行って・・・不良か?」
バリバリの不良の賢太がそう美々子の将来を心配する。
「ちがうよぉ~~・・・お姉ちゃんとお兄ちゃんが危ないから、田舎のおばあちゃんの家にいきないさいって・・・お父さんとお母さんはって聞いたら、お兄ちゃんは大丈夫だっていうから・・・だから、美々子一人だけは寂しいし、ケンちゃんも暇なら来てくれないかなって思ってっ・・・お兄ちゃんもそうしなさいってっ。」
美々子がスマホの向こうからでも元気に明るいと分かるにこやかな口調で答える。
「ほぉ~~・・・なんや、兄ちゃん達の方はおもろそうやけど・・・なんで、俺が美々子と一緒にばあちゃんちに遊びに行かないかんねんっ・・・。」
どうにも要領の得ない美々子の話に賢太の疑問が後を絶たない。
「ええ~~~っ・・・なんかぁ~~、おにいちゃんが式霊がいるなら一緒に居なさいって言うから~~・・・私は善文君と離れたくなかったんだけど・・・。」
美々子が明らかにテンションを落として話す。
(・・・ホンマ、美々子の話は要領えんのぉ~~・・・大体、最後は男と離れたくない、ゆうとるやないか・・・トンだマセガキやな。)
賢太は美々子の上下するテンションに根を上げるように頭の中で愚痴を零す。
「だからぁ~~、ケンちゃんが暇なら、一緒に遊んでほしいなぁ~~って思ってっ。」
美々子のテンションがまた上がってくる。
「おぅ・・・おぅ・・・。」
賢太は完全にいつものように美々子の話を聞き流すスタンスに切り替えた。
美々子と賢太がふとしたことで式霊の契約を結んだ後、美々子から電話がしょっちゅうかかってきていた。賢太は最初の方は怒鳴ったりしていたものの、一向に収まらない美々子の電話攻撃に、今では諦めて、美々子が飽きるまで話させるスタンスを取っていた。
「それでねぇ~~、静岡県の田舎なんだけどね・・・。」
「おぅ・・・おぅ・・・。」
美々子はいつものように話好きの女の子のマシンガントークを繰り広げていく。そして、賢太もいつものように聞き流す。
(・・・あぁっ・・・このタイミングで美々子に掴まるとは・・・・・・そやっ、試しに聞いてみたろかなぁ・・・。)
賢太は美々子の話に適当に相槌を打つ中で、付喪神について、一応霊能力者である美々子に聞いてみることにした。
「それでねぇ~~~・・・。」
「なぁ、美々子ぉ~~・・・美々子は付喪神って知っとるか?」
美々子が話をブリッジでつなげようとした瞬間を見計らい、賢太が付喪神について質問した。
「えっ付喪神?・・・うん、知ってるよぉ~・・・付喪神って言うのはね、大事に大事に使った道具に魂が宿って、恩返ししてくれる神様の事だよぉ~~・・・。」
付喪神の質問に子供らしい回答をする美々子。
(・・・ほぉ~~・・・知っとるやないけっ。)
賢太は付喪神のもっともらしい話に素直に美々子に感心する。
「そういえば、田舎のおばあちゃん家の近くに付喪神様がいるお寺があるってっ・・・。」
「なんやてっ!!!」
美々子の話を聞いていた賢太が重大な言葉にハッとなり、思わず大声を上げる。
そして、今度は賢太が自分の番だとばかりに間髪いれずにまくし立てる。
「美々子っ!俺には、付喪神が必要なんやっ!今すぐ行ったるさかいっ、呼び出せっ!」
「えっ・・・うっ、うん・・・いいよぉ~~・・・。」
賢太が美々子に怒鳴るように催促すると、美々子は突然の賢太の風向きに戸惑いながらも了承した。
(待っとれよっ、善朗ぉ~~~・・・今度こそ、お前をギャンいわしたるからなっ!)
スマホを耳に当てて、拳を握りこみながら賢太は闘志を燃やしていた。




