勝負にはどうしても、決断しなければならない時がある。それは電車賃を使ってでも、賭けに出るときだ!
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
虎丞と善朗の間には最早誰もいない。静かに臨戦態勢で睨み合う二人。
組員達は佐乃達の方に固まってはいるが、佐乃達を少しちらちらと見るだけで、それ以上に虎丞と善朗の事が気になって動けないでいた。佐乃達も、今、自分達が置かれている状況を整理するので頭がいっぱいで、その場から善朗の様子を伺う以上の事は出来ずにいる。
「善朗ッ!!」
静まり返っていた本堂に菊の助の声が響き渡った。
(・・・菊の助・・・・・・ここまでか・・・。)
本堂の出入り口にちらりと菊の助の姿を捉える虎丞。
菊の助の後方には秦右衛門の姿も見える。出入り口から見える範囲にはどう見ても、組員の姿は見えなかった。それを見て、虎丞が静かに臨戦態勢を解く。
「・・・あきらめるのかい?」
臨戦態勢を解いた虎丞を見て、佐乃が毒づく。
「佐乃・・・タイマンだっ!」
「ッ?!」
虎丞が善朗から身体の向きを佐乃の方に向けて、大きな声で言葉を放つ。
その言葉にその場にいた誰もが度肝を抜かれた。
「・・・・・・。」
佐乃は虎丞の言葉に黙って腕組みをしている。
「・・・師匠?」
十郎汰が黙っている佐乃に声をかける。
「・・・・・・。」
佐乃は出入り口にいる菊の助の方に視線を送る。
「・・・・・・。」
菊の助は静かに首を縦にゆっくり上下させた。
「・・・相分かったっ・・・その申し出、しかと受けるっ!」
「ッ?!」
佐乃が腕組みをしたまま、大きな声で虎丞に返答する。その返答にその場にいた状況の飲み込めない十郎汰達が驚きを隠せない。
「師匠なぜですか?我々の方には、菊の助殿達もこられた・・・虎丞にこれ以上付き合うことはないでしょうっ?」
納得できない十郎汰が佐乃に尋ねる。
「・・・けじめだよ・・・。」
佐乃が悲しい目で虎丞を見ながら十郎汰に一言で答える。
「・・・そんな・・・。」
佐乃の一言でも納得がいかない十郎汰だったが、総大将である佐乃の決定にそれ以上は何も言えなかった。
「オジキッ!」
「オジキッ、どういうことですかっ?!」
虎丞のタイマン発言に納得行かないのは組員達も同じだった。しかし、組員達は残された味方が自分達だけだということは気付いていない。ただ、たぎった闘争心だけで彼らは虎丞に抗議しているだけだった。
「・・・言ったとおりだ・・・これ以上の犠牲は出せん・・・菊の助が来た以上、こうするしかない・・・お前達は黙って従えっ。」
「・・・・・・。」
集まる組員達に虎丞が淡々と説明して、最後に一睨みして強引に黙らせる。虎丞に睨まれては強面の組員達も引かざるを得ず、下唇を食いしばって、従った。
「佐乃・・・準備は出来ている・・・。」
「・・・勘違いするんじゃないよ・・・相手はアタシじゃない・・・。」
「ナッ?!」
組員を黙らせた虎丞が組員達を押しのけて佐乃の方に近付く。
虎丞は当然、相手は佐乃だろうと高をくくっていたが、予想外の佐乃の返答に驚く。
「善朗ッ!」
「えっ・・・あっ、はいっ!」
佐乃の一声が善朗目掛けて飛ぶ。
完全に張りつめていた緊張の糸が解けた善朗の頬を佐乃の一言がひっぱたいた。
「・・・善朗、あんたがアタシ達の代表だよっ。」
佐乃がニヤリと口角を上げながら善朗を指名した。
「えっ・・・おっ、俺ですかッ?!」
「どういうことだっ!」
佐乃の言葉に驚きを隠せない善朗と虎丞。
「・・・何、意外な顔をしてんだい?さっきまで、あんた達やる気満々だっただろ?」
「・・・・・・。」
佐乃が驚く二人の顔を見て笑い、軽い口調で話す。
善朗と虎丞はお互いの顔と佐乃の顔を往復させて困惑を隠せない。
「・・・相分かったッ!この菊の助が果し合いの立会人となるッ!」
「ッ?!」
佐乃の思惑に乗るように菊の助が大きな声を響かせる。
その突然の言葉にその場の全員が目を丸くする。
「佐乃ッ、この勝負の勝者が勝ちで良いなっ?」
「応ッ!」
菊の助と佐乃はお互いに言葉をやりとりして、話をとんとん拍子で進めていく。
「ちょっと待てっ・・・お前達、本当にそれでいいのか?」
余りにも自分の都合のいいように進んでいく話に虎丞が口を挟む。
「・・・何を言ってんだい?タイマンをしようって言ったのはあんただろ?」
両手を天に向けて呆れる佐乃。
「総大将同士、了承が取れてこれ以上なんの不満があるってんだぃっ?」
菊の助が腕組みをして、虎丞をニヤリと見る。
「・・・・・。」
虎丞は何か罠にはめられたのではないかと警戒せざるを得ない。
しかし、虎丞の都合のいいように話が進んでいるように見えて、虎丞の思惑とは大きく掛け離れている状況だった事に虎丞は大いに表情を曇らせた。
「・・・こりゃ、どういうことや・・・。」
賢太が佐乃道場の門まで来て、倒れている仲間達の姿を見て、自ずと言葉をもらす。
(・・・うちの組と佐乃道場でこうも圧倒的に勝負が決まるもんなんか?)
賢太は門を潜って中に入り、さらに散々な組員達の様子を眺めながら本堂に歩いていく。
途中、佐乃道場の門下生と会うが、門下生は教育が行き届いているのか、決して向かってこない賢太を警戒するつつも、遠目で様子を見るだけで賢太の邪魔をするものは一人もいなかった。
そして、賢太は本堂へと自然と足が向き、出入り口で固まっている人達に声をかける。
「どいてくれんかっ!ちょっと中に用があるんやっ!」
「・・・・・・。」
賢太はトゲがある強い口調で壁になっている人混みを怒鳴る。
壁になっている佐乃道場の門下生は、敵である賢太を睨んで動こうとしない。それどころか、ここにのこのこ一人で現れた賢太を数人の男達が囲み出す。
「おうおうっ、やんき~とかいう賢太君じゃないのっ・・・君は今来たのかい?」
囲まれそうになる賢太に気付いた秦右衛門が人を掻き分けて、賢太の元に訪れた。
「・・・秦右衛門さん、お知り合いですか?」
門下生の一人が秦右衛門に賢太の事を尋ねる。
「まぁまぁ、知り合いっちゃ知り合いかなぁ~・・・君も見に来たんだろ?」
「何がや?」
秦右衛門はこの場の空気を穏便に済まそうと言葉を選び、答えて、賢太を中に誘う。要領を得ない賢太は思わず、秦右衛門に聞き返してしまう。
「まぁまぁまぁまぁ、ついてくれば分かるよ・・・ごめんよごめんよ・・・。」
「・・・・・・。」
秦右衛門は困惑する賢太の肩を抱いて、本堂の中へと連れて行く。
願ってもない状況なので、気安く肩を触られたくなかった賢太だったが、秦右衛門に連れられて中へと入っていく。
「なっ?!!」
本堂に入って、賢太の目に飛び込んできたのは、驚くべき光景だった。
そこに広がっているのは、本堂の真ん中でにらみ合う我らが総大将の虎丞とにっくき宿敵善朗だったのだ。二人は睨み合いながらお互いに距離を測り、今にも襲い掛かろうとしている状況だった。賢太の顔は自然と歪み、両拳には力をめい一杯込められずにはいられなかった。
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