町内会の付き合いって、良く分からないけど、挨拶は肝心で誰が会長かというのも知っておいて損は無い
「どうも、初めまして・・・わたくし、こういう者です。」
「これはこれはどうも・・・。」
物凄く腰の低い細身の男性が、善朗に一枚の名刺を渡して、さらにコウベを低くして、挨拶をしている。善朗はその男性の仕草につられる様に低姿勢で応え、名刺も両手で受け取った。
善朗はとある建物の一室に秦右衛門と共に訪れていた。
細身の男性の後ろにある立派な机の上には区長という名札が置かれている。
善朗が秦右衛門につれて来られたのは、ネオ大江戸12区の中の善朗達が住む辰区の区長がいる区役所の一番豪華な区長室だった。そして、善朗と挨拶を交わした細身の男性こそ、辰区の区長であるサトウタロウ、通称タロさんだった。
タロさんは区長という肩書きとは裏腹に、そこらにいる事務仕事が似合いそうな白髪の中年男性で、白いワイシャツに紺のズボン、両腕に黒い腕抜きをしっかりはめたまさに事務仕事のためにある完璧な出で立ちの服装をしていた。頭も白髪ながら、しっかりと整えられて、ボリュームのある73で分けられていた。
「お話はカネガネ聞いております・・・なんでも、いろは番付のろ組の悪霊を除霊されたとか・・・とても、お強いんでしょうねぇ・・・。」
タロさんは少しおびえた様子で善朗に接して、失礼の無いように丁寧に丁寧に言葉を選びながら話していた。
「・・・あぁ・・・いえいえ、僕なんてそんな・・・。」
善朗は善朗でタロさんの雰囲気に飲まれて、必要以上にカチカチになり、慣れない言葉を使っていた。
「・・・二人とも、もうちょっと気軽に話せないの?」
部屋にあるふっくらとしたソファに一人どっしりと座っている秦右衛門が通い徳利でいつものように酒を飲みながら二人に注文した。
「ちょっとちょっと、秦右衛門さん・・・本当に大丈夫なんですか?・・・私、喧嘩なんて生きてる時でもした事ないんですよ・・・。」
素早い動きで善朗を交わして、秦右衛門の耳元に詰め寄るとタロさんが本当に小さな声で秦右衛門に不安を吐露した。
「・・・あんた、善朗見ても、そんな事言ってんの?・・・本当に臆病だね・・・いつも言ってるでしょ。区長なんだから、もっとどっしりとしてなさいよって・・・。」
秦右衛門が怯えるタロさんに呆れながら普通の声で会話をする。
「・・・あの・・・その・・・秦右衛門さん、俺は・・・。」
タロさんの怯えようと、慣れないところにつれてこられた緊張感から頭がテンパる善朗。
「善朗もしっかりしなさいよ・・・あんた、うちの注目株なんだから・・・今回は、うちの区長に挨拶するために来ただけでしょ?・・・なんで、二人して緊張してるんだか・・・。」
二人のお互いに警戒した雰囲気に頭を抱える秦右衛門。
「区長、失礼します!」
善朗達の不思議な雰囲気を打破するような元気な女性の声が部屋の外から聞こえてきた。
「乃華さん!」
「乃華君!」
「ちょっ、ちょっとなんですか?!」
乃華が部屋に入るなり、怯えきった子供が母にすがるように善朗とタロさんが乃華に擦り寄った。その動きにドン引きする乃華。
「・・・私は本当にだめなんですよ・・・。」
乃華が入ってきて、一旦落ち着くようにソファに座らせたタロさんが大きなため息と共に不満を漏らした。
「・・・私は事務仕事一筋で家族を養ってきました。ごくごく平凡な家庭で、浮き沈みも無く、やってきたんです・・・それが、死んでからこんな大役任せられるなんて・・・私はもう死ぬ思いです・・・。」
「・・・死ぬ思いも何も死んでるからね・・・。」
「やめなさいよ、秦右衛門さんっ。」
タロさんがセキを切ったように不満を洪水のように垂れ流して、善朗達に話す。
秦右衛門が見事なボケをかます中、乃華が即効で一刀両断する。
どうも、タロさんは菊の助達に良い様に言いくるめられて、今の地位にいるようで、いさかいも絶えない辰区の現状にストレスMAXで窒息しそうになっていた。喧嘩もした事ないということで、区長室には、不安がるタロさんの護衛として、毎日秦右衛門と金太が代わる代わる護衛として詰めていて、善朗はその付き添いとして挨拶がてら来ていた。
「・・・どうにかなりませんか、秦右衛門さん・・・私、事務仕事には自信があるので、それだけでしたら、ご期待に答えられると思うんですよっ。」
タロさんが、目に一杯の涙を溜めながら秦右衛門に懇願する。
「タロさん・・・そう言わずに、頼みますよ。現にタロさんが区長になってから、そんな大きな小競り合いも起こってないでしょ?皆なんだかんだ、タロさんの仕事に頼って、感謝してるんですよ。」
秦右衛門はタロさんの不安を拭うように優しい口調で、包み隠さず素直な気持ちを話す。
現に秦右衛門の言うとおり、タロさんが区長になる前は、喧嘩っぱやい辰区では、揉め事が絶えなかった。しかし、菊の助と佐乃の推薦からタロさんが区長になると、その手際の良い事務仕事でテキパキと面倒な頭の仕事をこなし、揉め事が簡単に片付くようになっていった。感情で解決しようとする者が多い辰区民を、納得させる資料作りやプレゼンでタロさんが未然に不満を解消していた証拠だった。さすがに中には、それだけで収まりのつかない者も少なくなかったが、そこは秦右衛門と金太が裏で対応して、今の安定した形が出来ていた。
「・・・私は、こんな大役なんて任された事ないんですよ・・・学生時代の演劇の役でも一行の台詞しかなかった町民Cが最高なんですっ・・・家に帰って、皆に笑顔で迎えられるのも私は辛く辛くて仕方がないんです。」
顔を両手で覆い塞ぎ込むタロさん。
「・・・・・・。」
塞ぎ込むタロさんを見て、どちらかというと帰宅部でタロさん側に近い善朗はなんとなく親近感が湧いた。
「・・・どうにかならないんです?」
余りにも落ち込んでいる区長を見て、乃華が秦右衛門に尋ねる。
「・・・大丈夫大丈夫・・・こういうタロさん、いつも通りだから・・・励まして、元気付けるのも我々の仕事なのよ・・・なんだかんだ言って、タロさんこれでも何年もこの仕事してんのよ。」
いつもお気楽軽快な秦右衛門がソファにさらに身体を預けながら答える。
「・・・区長、なんならもっとこの人達からお金ふんだくればいいじゃないですかっ?」
乃華が不憫に思い、秦右衛門を指差しながら、タロさんに提案した。
「随分な言い様だね、乃華ちゃ~ん・・・おじさん、すっからかんよぉ~。」
乃華の言葉に両腕を袖の中に隠して、両袖を振って、お金のないアピールをする秦右衛門。
「お酒少し控えれば、よろしいんじゃないですか?嫌な仕事押し付けてるんでしょっ?」
口調強めに秦右衛門に嫌味を言う乃華。
「・・・そう言われると、困っちゃうなぁ~・・・タロさん、殿に相談してみようか?」
「菊の助さんにっ?!とんでもないっ・・・すっ、少し不満を吐き出して楽になりましたからっ。」
菊の助の名前を出した途端、タロさんはシャキッと姿勢を正して立ち上がり、区長の机に向かう。
(・・・一体タロさんに何したんだろう、殿・・・。)
タロさんの様子を見て、素直にそう思う善朗だった。
〔コンコンコンッ〕
タロさんとの会話が落ち着くと、部屋をノックする音が響く。
「・・・どっ、どどどっ、どうぞっ。」
まだ少し気が動転しているタロさんがノックに答える。
「区長、失礼しますよ・・・。」
区長室のドアを開けて、入ってきた男が丁寧に挨拶をする。
「・・・ッ・・・。」
秦右衛門の雰囲気が少しピリつく。
「・・・これはこれは、秦右衛門殿・・・今日もお勤めご苦労様です・・・今日は金太殿かと思ったんですが・・・。」
部屋に入ってきた男が秦右衛門を視界に入れると取り繕ったような言葉で秦右衛門に挨拶をする。
「・・・これはこれは××組長のササツキさんじゃないですか・・・金太はちょっと用事がありましてね・・・何か、御用があったんですか?」
白々しい受け答えで秦右衛門がササツキに言葉を返す。その目の奥は少し光っているように善朗には見えた。
「いえいえっ、これといった用事は無いんですよ・・・あらっ?・・・そちらにいる少年はもしかして・・・。」
適当に秦右衛門との会話を切り上げたササツキが今度は善朗に目をやる。
善朗と目が合ったササツキと言う男。
背丈は秦右衛門と変わらないぐらいで、服装は傾奇者に近い派手な格好をしていた。
髪は紫色で、細いドレッドヘアのような髪質をしており、背中まで伸びていた。
目は狐目で細く、その瞳は不気味に黒が深かった。
ニコニコとした顔が軽い印象を与えるようだったが、秦右衛門の対応で善朗は自然と警戒心を持った。
「・・・・・・どっ、どうも・・・善湖善朗と言いますっ。」
秦右衛門の雰囲気から少し緊張しながら、背筋を正して、挨拶をする善朗。
「あぁぁっ、やっぱりっ・・・あの有名な善朗君ですか・・・私は××組を統括してますササツキと言います・・・以後、お見知りおきを・・・。」
そう丁寧に自己紹介をするとササツキが右手を善朗に差し出した。
「・・・あっ・・・どうもっ・・・。」
善朗は失礼の無いように両手で握手をして、引きつった笑顔をササツキに送る。
「おっ・・・そちらには、管理官さんまでいるじゃないですか・・・これはお忙しかったようですね・・・。」
善朗と握手をすると、今度は乃華を視界に入れて、区長に伺いを立てる。
「えっ・・・あっ・・・そっ、そんな事はないですよ。」
タロさんはササツキの言葉に少し緊張しながら丁寧に返答した。
「・・・いえいえ、こんなに来客があるのなら、私事は次回にします。」
「遠慮する事はないですよ・・・ワタシドモはカカシと思って結構ですが?」
ササツキの低姿勢に秦右衛門がニヤリと鋭い言葉で責める。
「・・・・・・いえ、まさかそんなことは思えません・・・それでは・・・。」
ササツキの視線が一瞬、斬るような光を放ったが、笑顔で隠して、秦右衛門の言葉をサラリとかわし、そそくさとササツキは出て行った。
「・・・なんだか、すごい雰囲気ですね・・・。」
ササツキが姿を消すと、やっと息が吸えると乃華が言葉を吐く。
「・・・・・・気に食わない野郎って言うのは誰しもあるもんです・・・善朗、あの男には十分気をつけるように・・・。」
秦右衛門がソファに深く身体を預けつつ、虚空を見つめながら善朗に忠告した。
「・・・はいっ・・・。」
秦右衛門の言葉の妙な説得力に返事をする善朗だったが、確かにササツキという男は何か底の知れない瞳をしていたのが、不気味だった。
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