悪がはびこる世界はないと、理想を叫ぶけど、リアルで悪がはびこる理不尽な世界に立ち向かう少年の姿は輝かしく映るのか?
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「善朗君~~・・・その手に持ってるのって、まさかバン桃?」
空を飛びつつ、善朗の手を引っ張る乃華の後を追っていた伊予が、善朗の手に握られている桃に釘付けになっている。
「・・・え~~とっ・・・なんかそんな感じのこといってましたけど・・・たべまっ。」
「バカじゃないですかッ!その桃の事、聞いてないんですか?!」
善朗が桃を羨ましそうに見る伊予に桃を上げようかと尋ねるや否や、乃華が烈火の如く、善朗を怒鳴りつけた。
「・・・すっ・・・すみませんっ!?」
善朗は乃華の怒りに怯えきって、つい謝る。
「バン桃ってぇ~・・・霊界でも、ものすごい高価な桃なんですよぉ~~・・・生きてる人間が食べると不老不死になるって言われてるぐらいぃ~。」
伊予が指をくわえながら、バン桃について知っていることを話す。
「・・・霊にとっては、これ以上ない回復薬なんですっ・・・きっと縄破螺と戦う時に善朗君の身体が万全であるようにって、渡してくれたんですよッ!」
どこか抜けている善朗にイライラしながら怒鳴りつつ、乃華が先を急ぐ。
「・・・トコさんが危険って・・・大丈夫なんですか?」
善朗は周囲の慌てている雰囲気に流されて、頭の片隅に流れてしまったトコさんの事を改めて乃華に尋ねた。
トコさんの事を聞かれた乃華は前も見つつ急ぎながらも、表情を少し曇らせた。
「・・・・・・トコさん、結構無理したみたいで・・・危ない状況です・・・このままだと、魂が消滅してしまうかも知れません・・・最悪は、縄破螺の邪念に汚されて、怨霊になってしまうかも・・・。」
乃華はずっと前を見つつも、下唇を噛んでトコさんの状況を素直に善朗に話す。
「・・・そんなっ。」
とんでもない状況だとやっと分かってきた善朗が青ざめた。
そんな深刻にしている善朗達を他所にどこまでも人事な伊予があっけらかんとした表情で隣を飛んでいる。
「・・・まぁ、でもぉ~・・・バン桃があるんなら大丈夫だと思いますよぉ。」
そう気の抜けた声で善朗に根拠なく伊予が場違いに話す。
が、伊予の雰囲気を変えようとする?言葉も最早、善朗には届かず、
(・・・とこさん・・・善文を守ってくれようとしたんですよね・・・ありがとうございますっ・・・。)
善朗はバン桃を見ながら、とこさんの事だけを考える。
「・・・見えてきましたよッ!あそこが三途の川の出入り口ですっ!」
乃華が前方に見えてきた河岸について、大きな声で善朗に教えた。
善朗は乃華の声に導かれるようにバン桃から目線を先に流すと、そこには大きな川が流れているのが視界に入るが、川の先は濃い霧が立ち込めていて、全く見えない。
しかし、乃華は一切止まる事などせずにズンズンと川に近付き、
「伊予ッ、後はお願いッ!」
「えっ?!・・・ちょっとぉ~~、乃華チャーーーンッ!」
「ちょっと困りますよっ!身分証明書のご提示をッ!フリーパスはお持ちなんですかッ!」
乃華は大急ぎで三途の川の向こう岸の立ち込める深い霧に向かって、勢い良く突っ込んでいく。
その姿に三途の川を管理している職員が慌てて止めようとするが、遅れてきていた伊予をガードに使って見事に交わし、乃華と善朗は霧の中へとお構いなしに突っ込んでいった。
「・・・・・・っ。」
善朗の目の前が霧によって、完全に視界を奪われる。
「・・・もうすぐですよっ、冥さんの気配を見失わないで下さいッ!」
恐怖で目を閉じようとした善朗に乃華の指示が飛ぶ。
「・・・はいっ!」
善朗は乃華の言葉に返事をして、恐怖を打ち消して、冥の気配に集中する。
善朗は目を閉じて、冥の事だけを考えて、先ほど頭の中に浮かんできたトコさんを心配そうに介抱する冥の姿を再び強く捉える。そして、善朗が冥の姿を強くイメージできたその瞬間、
「・・・・・・いたっ!」
善朗の耳に乃華の強い大きな声が届く。
「ッ?!」
乃華の声に反応して、善朗が目を開けると、ちょうど冥達の頭上に善朗達が現れる形となり、目下に気を失って冥の腕の中にぐったりしているトコさんの姿が、善朗の視界に飛び込んで離れない。
「トコさああああああんッ!」
「善朗君っ!」
頭上から善朗がトコさんに向かって、力強く叫ぶ。
その善朗の声に導かれるように冥が頭上を見上げて、善朗の名を叫んだ。
「トコさんっ・・・しっかりっ!」
善朗は乃華から少し乱暴に離れて、トコさんの傍に降り立った。
「・・・善朗君・・・ごめん・・・トコさんが・・・。」
危ない状況のトコさんの姿に冥が涙を堪えきれない。
「・・・・・・よし・・・ろう・・・くん・・・。」
トコさんが善朗の声に引っ張られるように意識を微かに取り戻す。
「とこさんっ・・・殿がバン桃っていうすごいのくれたんだ・・・ゆっくりでいいから食べて・・・。」
善朗は持っていたバン桃の皮をむいて、小さく指で実をもぎとり、トコさんの口に無理やり押し込む。
「・・・・・・。」
とこさんは善朗から無理やり入れられたバン桃を口の中に含む。
その桃は溶けるような柔らかさで、噛む必要がないように口の中にさわやかな甘い味を広がらせる。溶けた桃の存在がノドを通ると、暑い夏にカラカラに乾いた身体に水が流し込む時に感じる胃から身体全体に水が行き渡るようなさわやかな開放感がトコさんの中に広がっていく。すると、
「・・・善朗君・・・。」
とこさんは少し元気を取り戻して、善朗に手を伸ばす。
「・・・とこさん、まずはバン桃を食べて・・・じゃないと、俺が殿に叱られちゃうからっ。」
善朗は自分の手を握ろうとするトコさんの手にバン桃を優しく渡して、殿からの指示を忠実に守ろうとする。
「・・・・・・。」
トコさんは善朗に渡されたバン桃を受け取るとそれを口に持っていく。
トコさんは一口、力なくバン桃をかじるが、もう一口かじると手に力が戻り、もう一口かじると上体を起こせるほど回復し、気付けばあっという間にバン桃がなくなってしまった。
「とこさんッ!」
元気を取り戻したトコさんの姿に冥が思わず抱きつく。
「・・・あぁ・・・冥さん・・・助けてくれてありがとう・・・。」
トコさんは寸前のところで助けてくれた冥に涙を流してお礼を言って、冥を抱き返した。
「・・・すごい・・・。」
トコさんの凄まじい回復力に口を開けて驚く乃華。
トコさんが消滅せずに助かった事に安堵する一同だったが、
「・・・・・・。」
善朗はトコさんの無事を確認すると、袋からもう一つのバン桃を静かに取り出して、それを握り締めて、何かを決意したようにジッと睨み付けた。
〔キン~~ッ、コーーーーーンッ、カンッ、コーーーーーンッ!〕
学校の教室で未だに姿の見えない善文の空の机を美々子が眺めている。
美々子の耳には始業の鐘の音が響く。
始業の鐘の音が校舎に鳴り響いて、余韻を残す中、
「はーーーいっ、皆さん・・・それではまずは出席を取りますね・・・あらっ、義文君は来てないの?」
担任の先生が教室に入ってきて、教室を見渡すと、珍しく姿の見えない善文の机を見て誰とも無く尋ねる。
〔ガタッ〕
担任の声に促されるように美々子が突然前触れもなく席を立った。
「・・・美々子ちゃん、どうしたの?」
突然立ち上がった美々子に不思議がる担任。
困惑する担任を他所に、美々子は何かに導かれるようにふらふらと動き出す。
「・・・・・・。」
「ちょっ・・・ちょっと美々子ちゃんっ!」
美々子は誰かに導かれるように突然走り出し、教室を出て行った。
その姿に担任は時々不思議な行動を取る美々子の姿が重なり、慌てて声をかけるのだが、
「美々子ちゃーーーーんっ!!」
下駄箱に走り出す美々子の背後から担任の悲痛な叫び声が廊下に反響する。
(・・・善文君。)
美々子は急いで靴を履き替えると学校から抜け出して、善文の気配がする方へと当然かのように走り出していった。




