秘書編
秘書の仕事と言えば社長の補佐。スケジュール管理などが主だ。
しかし、ここの会社の社長は少し・・・いや、かなり特殊だった。
自慢の長い髪を結ばせたり、投稿作品や最終原稿確認など全て秘書にやらせていた。
それを文句言わずにそつなくこなす敏腕秘書が叶優瑠であった。
「・・・・・どうかな?」
「そうですね、内容はともかくストーリーはとてもイイと思いますよ?」
毎日熱心に原稿を持ち込む彼は蕨白月。
彼が書く作品はボーイズラブ。いわゆる同性愛の話だった。
だが、ユウキ社ではそういった類の小説は出版していなかった。
それはこの会社の社長である結城が嫌いと言う個人的な理由だった。
「おい、貴様そんなもん読むな。脳が腐るぞ?」
「社長が読まないから俺が読んでるんでしょ?なんなら朗読してあげましょうか?」
にこやかに言う優瑠の言葉に結城は苛立った。
「貴様俺が嫌いって知ってて言ってるだろ?」
「えぇ。ですが、そうでもしなきゃ読みもしないでしょう?」
「そんなん読む奴がどこの世界にいるんだよ!!」
「いや、沢山いると思いますけど???」
「そうだよ、闇は偏見持ちすぎ!!」
「ウルセェ。とにかく俺は絶対読まんし、出版する気もねぇ!!帰れ」
いつものように白月を追い払う結城の態度に優瑠は嫌気がさした。
「社長。前々から言おうと思っていたことが一つあるんですが・・・・」
「あっ?何だ!!」
「仮にも白月さんは投稿者様ですよ?そう言った応対はどうかと思うんですが?」
「いいんだよ、こいつは知り合いなんだ。どう扱おうと俺の勝手だろう」
「・・・社長。それでもあなたは社長なんですか?例え知り合いだろうとそこはわきまえて下さい」
「・・・・・・・・うっせぇよ」
「はい?」
「ウルセェって言ったんだ!俺に指図すんな、貴様は俺より格下だろうが!!」
「・・・そうですか、わかりました」
にこやかに笑顔を浮かべているが怒っているのは目に見えていた。
それ以来優瑠は結城に対して扱いが酷くなった。
仕事は真面目にするのだが、必要以上のことはしなくなった。
「・・・・なんだこの原稿の量。全然処理出来てねぇじゃねぇか!!」
「す、すいません。いつも叶さんがしてくれてるので状況がわからなくて・・・」
「貴様、それでもここの社員なのか!?もぅいい」
「すいません社長。この投稿はがきと小説どうすればいいですか?」
「あっ?そんなことも把握できてねぇのか!!」
「は、はい。申し訳ありません。いつも叶さんがやってくれてるので・・・・・」
「社長、出版の依頼ですけど受けて大丈夫ですか?」
「あっ?勝手に受けるなバカ野郎!さっさと電話を回せ」
常日頃優瑠に仕事を押しつけていたのが全て自分に回ってきて苛立つ結城。
「社長」
「今度はなんだ!!」
「そろそろ行きませんと先方の時間に間に合いませんが?」
まるで人事のようにスケジュールを伝える優瑠を睨みつける結城。
「そんな暇はねぇ!!」
「ではキャンセルしますか?それとも延期してもらいますか?」
「あ〜〜〜。うぜぇ!!もぅ知るか、好きにしろっ!」
ついにブチ切れた結城はまるで子供のように怒鳴りつけるとそのまま社長室に閉じこもった。
しかし、ここは自分の会社だ。
自棄を起こしたところで結局自分に返ってくるのだ。
「くそぉ、あの野郎・・・・」
優瑠の思い通りになっている状況がイヤでたまらなかった。
何よりもそれで自分が苦しめられていることが気にくわなかった。
「こうなったらとことんやってやる」
負けず嫌いな結城はこのまま優瑠の思い通りになってたまるかと仕事に専念した。
数週間もすると、この状況と仕事の量に馴れ始めていた。
元々結城はやれば出来るタイプだった。
「おい、これ先方に持って行ってくれ」
「・・・はい」
優瑠自身が望んだことなのだか何故か嬉しくはなかった。
それは最近結城が仕事漬けの毎日で全く休養をとっていないことが原因だった。
「あの社長。少しぐらいお手伝いしましょうか?」
「いらん。貴様の手は絶対借りん!いいから早く行け」
「・・・わかりました」
優瑠は少し、自分のしてしまった事に後悔していた。
このままでは確実に結城は倒れてしまうのは目に見えていた。
それでも自分は何も協力出来ないでいた。
そうしたのは誰でもなく自分自身が原因だった。
「はぁ、こんなつもりじゃなかったのに・・・・・・」
そんな日々の中いつものように持ち込みをする白月の姿を見つけた。
その白月の姿に優瑠は少しばかり期待していた。
それは彼の作品を結城が読めないとわかっていたからだ。
「闇ぃ。これ、持ってきた」
「あぁ、そこに置いとけ」
「え〜〜〜、やだ。見てくれるまでここに居る」
「あぁ!?面倒臭い奴だな。わかった、読んでやる」
白月から原稿を奪い取ると結城は目を通し始めた。
「アレ!?本気なの!!いつもみたいに帰れって言わないの?」
「読みもせずにダメだって言っても納得しないんだろう?だったら読んでダメだしすりゃぁ諦めもつくだろ」
「・・・・まぁ」
筋は通っているのだがやはり自分の作品を読む結城の姿は信じられなかった。
しかし途中までは普通の表情だった結城も中盤になるとだんだん顔色が悪くなっていった。
「ちょ、ちょっと。大丈夫なの?」
「うるさい。今は話かけんじゃねぇ」
気分悪そうにつぶやく結城は限界に近い様子だった。
「そんな無理して読まなくても・・・・。誰か別の・・・そう優瑠君とか!!」
「あいつには頼らねぇって決めたんだ。俺が責任もって読む」
「・・・闇」
白月の心配をよそに読み続ける結城。
だが、その強がりも長くは続かなかった。
「うぇっ。き、気持ちわりぃ」
まだ半分もいかないまま結城はトイレへと走って行った。
「あぁ、やっぱり」
予想通りの結果に小さく嘆く白月。
げっそりした表情で戻ってきた結城の手から原稿を奪い取る優瑠。
「な、何すんだ!!」
「そんな状態で続けるつもりですか?」
「ウルセェ、貴様には関係ないだろ!!」
「あります。社長に何かあったらそれは俺の管理責任ですから」
「とにかく、返せ」
「イヤです」
「だったら解雇だ。秘書辞めれば管理も何もねぇだろ!!」
「いえ、辞めません!!」
「黙れ。元々秘書やる気なかったんだろ!!大人しく言うことを聞け!」
「それは、それはこっちの台詞だ!」
ガンっと壁に手をつき結城を睨みつける優瑠。
それはいつも穏和な優瑠からは想像も出来ない姿だった。
「なんでもかんでも自分一人で出来ると思ってんじゃねぇよ!あんたの体は一つしかねぇんだぞ!!」
その言葉遣いに結城はただあっけにとられ、頷くしか出来なかった。
「では、これは俺がちゃんと目を通して内容をまとめて渡しますね」
いつも通りの笑顔を浮かべそのまま仕事へと戻っていった。
「・・・・・な、なんだアレ」
「さぁ?けど、すごい迫力だったね」
「あっ、あぁ。だな」
この時結城は優瑠を怒らせてはいけないと悟るのだった。
その後は何事もなく仕事を終えた結城は社長室で優瑠を待っていた。
「お待たせしました、社長。これが白月さんの作品の内容です」
「あぁ、ご苦労」
きれいにまとめられた文章を読み納得したように頷いた。
「・・・わかった。これなら出しても売れるな。白月に伝えておけ」
「はい、わかりました。それではお疲れ様です」
「あぁ、ちょっと待て」
さっさと帰ろうとする優瑠を引き留める結城。
「その、なんだ・・・。色々意地張って悪かった」
バツが悪そうに謝る結城に笑顔を浮かべる優瑠。
「いえ、俺の方こそすみませんでした。それに俺、この秘書の仕事好きになりました」
「はっ?貴様扱き使われるのイヤだったんじゃなかったか?」
「確かに必要以上の事をさせられたり仕事以外のことをするのはイヤでした。
けど、それ以上に結城社長の為に働きたいとも思ったんです」
「・・・あっ?な、なんでだ!?」
「結城社長、本当は仕事に熱心で真面目だってことがわかったからです」
「はぁ?」
「俺、そんな姿今まで一度も見たことなかったんです。
だから社長としてどうなのか疑問に思ってたんですけど・・・。やっぱり社長なんですね」
その優瑠の言葉と笑顔に結城は不覚にも心ときめいてしまった。
「ば、バカ野郎。褒めても給料はあげんぞ!!」
「そんなの必要ないです。だからもう少し社長の側で働かせて下さい、お願いします」
「そ、そんなの当然だろ!貴様が居なきゃ俺も困るんだよ!!」
「はい、ありがとうございます。これからもよろしくお願いしますね?」
「あっ、あぁ」
こうしてまた以前のように仕事をこなすようになった優瑠。
しかし、以前よりも格段に雑用の数は減ったのだった。