お兄ちゃん、おにいちゃん、オニイチャン。
「ふんふんふ~ん♪」
私は鼻歌を歌いながら夜の街をぶらぶら歩く。夜の独り歩きなんて危ないって思うかもしれないけど、私は大丈夫。だって私にはお兄ちゃんの加護があるし、前世から決まっている崇高な使命だってあるんだもん。
「この街のどっかにお兄ちゃんがいるんだよね……はあ、早く会いたいなあ……やっぱりカッコイイんだろうなあ……」
私はお兄ちゃんが大好きだけど、まだ会ったことはない。でも、絶対カッコイイに決まってる。だって私が大好きな人なんだから。
「お兄ちゃんが私を拒絶するなんてありえないから成功するって分かっているけど……やっぱり緊張しちゃうな……ちゃんと書いてくれるだろうけど……」
私は鞄をぎゅっと抱きしめる。この中には私とお兄ちゃんのつながりを決定的なものとする大切な物が入っているのだ。これさえあれば、死が2人を分かつまで、私とお兄ちゃんはずっとずっと一緒にいられる。まあ、こんなものがなくたって私とお兄ちゃんが一緒にいることは前世から決まっているんだけど、一応世間に認めさせたっていう証拠はあった方が良いから。
「大好きなお兄ちゃん、待っててね。もうすぐだよ、愛しの妹が会いに行くから。」
私は月を見上げてそう呟くと、もう一度鞄を抱きしめた。
※ ※ ※
「ふふ、お兄ちゃんの気配が強まってきた。この辺にいるんだろうなあ……早く会いたいなあ……」
我が愛しのお兄ちゃんはすぐ近くにいるっぽい。一刻も早く会いたくて仕方が無いけど、焦りは禁物だよね。お兄ちゃんの前で緊張して早口になって言葉を噛んじゃったりしたら、絶対に恥ずか死んじゃうし。
「あ、でも今日は遅いからって書くのを断られたらどうしよう……頑張っておねだりすれば書いてくれないことはないかもだけど、それで粘着質って思われるのは嫌だな……」
どうやら粘着質な女の子は嫌われる傾向にあるっぽい。病んでたりとかサイコパスとかもあまり好かれない、って本に書いてあった。私は粘着質でもなければ病んでもいないしサイコパスでもない。だから大丈夫だけど、勘違いされてお兄ちゃんにもし嫌われたりしたら生きる意味を失っちゃう。まあ、そんなことは万に一つもないって分かってるけど、勘違いされないように気をつけないと。
「あ、そうだ。万が一に備えて今日はお兄ちゃんのお家に泊めてもらおう。こんな時間じゃホテルも空いてないだろうし、愛しの妹のお願いなんだから聞いてくれるよね。」
私はスキップをしながら大好きなお兄ちゃんのお家へと歩を進めた。
※ ※ ※
「ふう、やっと到着。ここがお兄ちゃんのお家だね。」
お兄ちゃんのお家の前に着いた。地図と場所を照らし合わせて確認して、お兄ちゃんのお家であるってことを何回か確認する。うん、ここで間違いないね。
「あー、急にドキドキしてきた。でも、愛しの妹が訪ねてきたって分かればすぐに開けてくれるはず。」
震える手に力を込めて、私はドアフォンをプッシュした。そのまま少し待つ。でも、反応はない。聞こえなかったのかな、ともう1回押して待つけど、やはり反応はない。
「どうしたんだろう……こんな夜中に出歩くなんて……コンビニにでも行ってるのかな?」
いないんじゃしょうがないのでドアの前で私は待機することにした。お兄ちゃんが帰ってきたらハグして、荷物を持ってあげて、一緒にお家に入って、署名捺印してもらって、一緒にシャワーを浴びて、一緒のお布団で眠るんだ。
「遅いなあ……何かあったのかな?」
お兄ちゃんはなかなか帰ってこない。コンビニならここから見える範囲内にあるから、そんなに時間はかからないはず。それに、お兄ちゃんはこんな夜遅くまでお酒飲んだり外食するような人じゃないだろうし。
「もしかしたらお家の中で倒れてるのかも! きっとそうだ!」
よく考えたらそれ以外考えられない。だって愛しの妹が訪ねてきたのにドアを開けてくれないなんてありえないもの。
「よし、じゃあ助けてあげないと!」
私は特殊警棒を取り出すと、ドアをガンガン殴打して破壊しにかかった。ドアは硬いけど、こんなもの私とお兄ちゃんの愛の間には紙切れ同然。すぐに破壊できた。
「おい、俺の家の前で何してる!」
突然声がかけられたので振り返ると、そこには険しい顔をした男性がいた。咄嗟に身の危険を感じて警棒を振り上げたけど、『俺の家』って言ったってことはこの人がお兄ちゃんだ。そうに違いない。
「お兄ちゃん! 会いたかった! 愛しの妹が会いに来たよ!」
私は駆け寄って抱き付こうとした。でもお兄ちゃんは鬱陶しそうに拒絶。そして私は警察に連行された。器物損壊だって。倒れてたりしたら大変だから助け出そうと思っただけなのに、警察の人は全然話を聞いてくれない。でもその後聴取に立ち会ったお兄ちゃんは違った。だって話を聞いてくれた上に私の住所まで聞いてくれたんだよ。これって脈アリってことだよね? 私のところに遊びに来てくれる気なのかな?
※ ※ ※
結局私は家に帰された。私が壊したドアはパパとママが弁償した。本当ならお兄ちゃんとずっと一緒に暮らすはずだったのに……そのために年齢詐称して婚姻届けまでゲットしたのに……そうだ、きっとお兄ちゃんは魔女に洗脳されちゃってるんだ。よく考えたら、私のハグも拒絶してたし、間違いない。やっぱり私が助けてあげないと!
※ ※ ※
ということで家から脱走して再びお兄ちゃんの家の前。でもお兄ちゃんは留守っぽい。またドアを破壊しちゃったら今度は厳重注意じゃすまないかもしれないし……どうしようかと思っていると、お兄ちゃんのような姿がちらっと見えた。女の人と一緒にいる。
「見ぃつっけたぁ……」
私という存在がありながら他の女の人と一緒にいるなんて。やっぱり洗脳されてるんだ。あの女は魔女に違いない。私がやっつけて守ってあげないと。そう思って私はお兄ちゃんを尾行した。するとお兄ちゃんと魔女は居酒屋に入った。悔しいけど私は未成年だから居酒屋に入れない。仕方ないから外で待つことにした。
※ ※ ※
二時間ほど経つと、やっとお兄ちゃんと魔女が居酒屋から出てきた。尾行を再開すると、2人は人気のない方へと歩いていく。今がチャンスだ。私は忍び寄ると、魔女に向けて思いっ切り特殊警棒を叩きつけた。びっくりした顔でこちらを振り向いたお兄ちゃんに、私は満面の笑みで告げる。
「お兄ちゃん、もう大丈夫! 今からそいつ殺して排除するから!」
私は魔女の頭を叩き割ってやろうとトドメの攻撃をしたけど、お兄ちゃんに鞄でガードされてしまった。やっぱり洗脳されて、魔女を守るように仕向けられているんだ! この魔女、生かしておけない!
「お兄ちゃんどいて! そいつ殺せない!」
私が叫ぶとお兄ちゃんが固まった。私の強い思いが伝わったんだろう、洗脳も解けるかな、とそこまで思った時、魔女がムクリと起き上がって私にラリアットを食らわせてきた。その威力はすさまじく、私は昏倒させられて、気付いた時には警察に連行されていた。今度は住所もバレているので、家に強制送還され、それ以降お兄ちゃんとは会えていない。でも、絶対にお兄ちゃんとは一緒にならなきゃ。そう、一緒に、いっしょに、イッショニ……
ダイスキナオニイチャン、マッテテネ。ドンナニジカンガカカッテモ、ゼッタイニアノマジョノジュバクカラオニイチャンヲカイホウシテミセルカラ。ダカラ、ワタシトシアワセニナロウネ。コンドハモウ、ワタシニアンナコト、イワセナイデネ……
【お兄ちゃんどいて! そいつ殺せない!】