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第1話 私、餌付け系女子なので

2万字ほどの連載です。


【お知らせ】

・主人公は現実世界に居ますが、物語が動く舞台はヒーローが居る異世界がメインとなります。

(サイト規定:恋愛を主題とし、異世界を主な舞台とした小説。)


・異世界転生・転移はしません。

(サイト規定:主人公が「現実世界」から「異世界」へ転生もしくは転移する要素(移動、召喚、憑依等)が存在し、主な舞台が「異世界」である。)


「森名さん、貴女のタイムカード押しておいたわよ」

「え? あ、はい。ありがとうございます……」


 声の主は江波戸部長だ。パソコンの画面から視線を外し、横目で見る。部長の右手にはビジネスバッグがある。


 はぁ……この人、今日も定時で帰るつもりか。別にそれは良いんだけどさ。私がいま何をしているのか見えていないのかなぁ。



「それじゃ、お先。あっ、そうそう。明日の昼に会議が入ったのを忘れていたわ。悪いんだけど、朝イチで私に資料を渡してくれる?」


「えっ、私がですか!? でもまだこの仕事が……」


「今やってる作業が終わってからで良いから。あぁ、でも。女の子があんまり遅くまで残るんじゃないわよ? 貴女に何かあったら私の責任になっちゃうから。ってことで、あと宜しくね」


「……はい。お疲れさまでした」



 終わってからで良い、ですって? 冗談じゃないわよ。要するに残業してまでやれってことじゃないの。


 残業だって殆どアンタのせいだわ!!


 帰れるもんならさっさと帰ってるっつーの!



 恨みがましい感情を視線に全部乗せて、部長の背後から突き刺してやった。当然、江波戸部長はそんなものには気付きもせずにフロアから颯爽と去っていってしまったけれど。



「はぁ~もうやだっ! 疲れたよぉ。仕事も、人生も」


 魂まで抜けてしまいそうな大きな溜め息を吐きながら、ギィと椅子の背もたれに寄りかかる。



 私が他の同僚と比べて仕事ができない……ってわけじゃ無いと思うんだけどなぁ。


 江波戸部長はまるで、私が仕事ができないから残業する羽目になっているみたいに言うけどさ。結局は相手の仕事量も考えずに、適当にタスクを割り振っている方が悪いんじゃないの?



 あ~、言いたい。声を大にして、めっちゃ言い返してやりたい。



 ――でも分かってる。

 私も私で、無理な仕事はちゃんと断らなきゃいけないのは良く分かってるんだけど……。



「あの部長は相当厄介だからなぁ~」


 例えるのなら、無能な女王蜂といったところだ。自分の思い通りにならない働き蜂は平気な顔で巣から追い出すタイプ。木っ端の社員である私なんかが口答えしたら、次の日には私の席がなくなっちゃう。



 自分が我慢して頑張れば、円満に仕事が終わる。


 少なくとも、今日のところは。



「やるしかない。若いうちの苦労は買ってでもやれってか……はぁ~」


 結局私は遅くまで会社に残り、明日の資料をまとめることにした。





「疲れた……」


 口癖のような台詞を繰り返しながら、ようやくマンションに帰って来ることができた。今日はもう何もする気が起きない。今日はカップ麺でも食べて、さっさと寝てしまおう。



「うわ、最悪……」


 部屋の前の廊下に、潰れた段ボールが置いてあるのが目に入った。しかも黒く変色している。


 配達の予定、何かあったっけ。

 あぁ、そういえばネットで頼んでおいた食料品が届くんだった。


 いつもの癖で置き配にしていたけれど、昼間に雨が降ったっぽいよね。うへぇ、おかげで梱包がグチャグチャだ。



 ずぶずぶに崩れかけた段ボールを引き摺るようにして、一緒に玄関へ入る。引っ張るのに持っていた部分が破れ、ズボッと穴が空いた。嫌な予感を覚えつつも、その隙間から中を覗く。



「カップ麺は無事……あぁ、カップスープが全滅だ……」


 よっぽど強い雨だったみたいで、カップスープの箱はしっかりと雨に濡れていた。


「普通、雨が降ると思ったらビニール掛けるか再配達にしないのかな」


 ……しないんだろうな。

 ていうかそんな場所に置き配を設定した私が悪いのか。


 ははは、どうせこの世で起きる災難は全部私が悪いのだ。配送業者さんゴメンナサイ。



 最近、自分の感情が平坦になっていくのが分かる。


 良い子ちゃんを演じるために自分の怒りを押し殺し、楽しくもないのにヘラヘラと笑顔で謝ってばかり。自分の言葉が無い。言葉に自分の感情が無い。これじゃあ、まるでロボットだ。



 死人みたいな顔をしながら、スーツを脱いでいく。セールで買った安物のスーツを(しわ)にならないように、ハンガーに掛ける。忘れずに消臭スプレーも。


 まだ実家に住んでいた時は、床に脱ぎっぱなしにするパパに、ママがいつもキーキー怒っていたっけ。私は良い子だから、叱られる前にちゃんとやるんだ。



 中身の確認を兼ねて、今夜はカップスープを飲むことにする。他に何かを作る気にはなれないや。



「良かった。中までは無事だったみたい」


 ヤカンで沸かしたお湯をコップに入れて、コーンスープを(すす)る。


 空っぽの胃に熱いドロッとした液体が落ちる。冷え切った身体にじわじわと“生”が戻ってきた。今夜のご飯は……うん、これだけでいいや。



「はぁ~。もういっそのこと、思い切って転職しちゃおうっかなぁ」


 上司は最悪。

 仕事にやりがいなんて感じたこともない。


 ……だけど辞める勇気が湧いてこない。



 そもそも、こんな不景気じゃマトモな転職もできないんだよねぇ。



「かといって、親を頼るわけにもいかないし……」


 兄弟もいないから、将来は自分が両親の面倒を見なきゃいけないだろうし。両親も事ある毎に私を頼りにしている雰囲気を出してくるんだよねぇ。


 私だって両親のことは好きだし、できることはしたい。だから仕事を辞めて実家に帰るだなんて、とてもじゃないけど言えないのよ。



 せめて私が結婚していれば別だったかもしれない。だけど恋人も見つける余裕もなく、仕事一筋でアラサーまできてしまった。学生時代の友人はみんな結婚している。対する私は独りぼっち。気軽に相談できる人も、頼れる人も居ない。



「恋かぁ……もう何年もしてないや」


 恋愛どころか、最近では趣味のオタク活動もできていない。



「私って尽くすタイプなのになー。付き合ってくれたら、餌付けしまくりますよー」


 だからなのかなー。いつもしょうもない男と捕まるんだよね。


 結局浮気されて、捨てられる。その度に友達からは“餌付け女子”って馬鹿にされたっけ。



「ちくしょー、こうなったら二次元だ! ネット上でイケメンでも漁ってやる。私には早急に癒しが必要なのだ!!」



 付き合えないのなら、目の保養だ!

 せめてもの気晴らしにと、スマホを開いてSNSを覗いてみる。



 世の中は相変わらずくだらないことで盛り上がっていた。芸能人の浮気がバレて炎上したらしい。浮気なんてすぐにバレるのに、ばっかだなぁ。


 ……あぁ、いやだ。私、わらってる。他人の失敗で、喜んでいる。



「やめよう。さっさとお風呂に入って寝よう……ん?」


 浅ましい自分が余計に嫌になる。


 スマホを閉じようと思った瞬間。たまたま流れていた広告に目が留まった。



「聖女×英雄コネクト? 新しいゲームが出たのかしら?」


 様々な種族のイケメンを聖女となったプレイヤーが支援するゲームらしい。推しキャラの好感度を稼いで、疑似恋愛を楽しむという趣旨のようだ。それ自体はよく見かける女性向けのゲームと一緒よね。



「なになに、全シナリオが無料でできる? それも推奨プレイ時間は一日一時間で、あとは放置でもオッケー?」

 

 こういった定期的に現れるゲームの広告には慣れっこだし、うんざりもしていた。昔は大層ハマったものだけど、課金が必須なのが嫌で止めてしまったのだ。ソフトを買えば全部プレイできるコンシューマーゲームと違って、ソシャゲは課金しないとクリアできないものが多い。



 それにいくら二次元に貢いだところで、画面からはイケメンの彼氏は出てこないのよね。ただただ、空しいだけだ。だからここ数年は一度も手を出さなかった、ある意味では魔境なんだけれど……。



「……気分転換になら、やってみても良いかも?」


 それも社畜に優しいプレイ時間ときたもんだ。

 仕事(タスク)は急げ。脳で考えるな。入社初日で社長が言った言葉を信じるしかない。


 えいっとダウンロードのアイコンをタップした。



「うわ、容量重っ!? 随分と時間が掛かるなぁ」


 アプリのデータ量が多いのか、すぐにはゲームが始まらない。


 チビチビとスープを飲みながら、ダウンロード中に流れるゲーム映像を眺めることにした。



「お、結構なキャラが揃ってるじゃない。ケモミミのイケメンまでいる!」


 人間から獣人族、エルフといった多種多様なキャラクターの戦闘シーンだ。魔法を使っているキャラもいる。


 見た目による偏見だけど、性格もキツそうなのから甘そうなのまでより取り見取りだ。どれもが乙女のツボを押さえているのはさすがだわ。



 ただなぁ、ヤンキーとか俺様系の気が強いのは苦手なんだよね。逆に優しくて、どこまでも甘やかしてくれそうな人が良いな。振り回されるのは仕事場だけで十分なのよ、こっちは。


 ダウンロード中に流れるプロモーション映像を見ながら、自分の好みに合いそうなキャラクターに目星をつけていく。



「あ、終わった。えっと、最初は名前の入力……えっ?」


 これでようやくオープニングが始まる。

 そう思ったのに、何の前触れもなく突然映像が切り替わってしまった。



『このままでは第三師団が壊滅してしまう!! 頼む、救援を――!!」


 スマホのスピーカーから流れたのは、大音量の救援要請。そして画面には血(まみ)れの姿で助けを呼ぶ金髪碧眼のエルフが映っていた。


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