日常世界をかけ離れた空間 【短編完結】
息を潜めておれは物陰に隠れた。物陰と言っても、森林にあるやや大き目な木の根元に腹ばいになり、地面とお友達になりながら、あたりの様子をうかがっていた。風の音にたなびく草木の音、ゆっくりと吐き出す自分の息でさえうるさく感じる。決して見つかるわけにはいかないのだ。おれはゆっくりと上半身を動かし、相棒のコルトM933カスタムを構えた。M933カスタムは、コルト社のアサルトライフル「M-16」に改良を加えたものだ。パーツのいくつかがサンドカラーになっているため、今日のような森林での戦闘には必ず愛用した。取り付けたドットサイトを覗き込む。周辺をうかがうが、どうやらまだ敵は来ていないようだ。
しばらくして、遠くで銃声が聞こえた。やみくもにフルオートで弾をばら撒いているやつがいるようだ。これだから新人や素人は困る。弾切れして敵地に残されることがどれだけ危険かわかっちゃいない。弾も人も物資も、すべてが有限だ。そのことを理解できないやつに生き残る資格はない。
しばらく様子を見たが、どうやら敵の気配はないようだ。おれは念のため腹ばいになったまま、20メートル先の大木まで匍匐前進した。なるべく音を立てないように、そして、気配を殺しながら。殺気を放ちっぱなしでは、勘のいい奴に感づかれる危険もある。そうなったらこの身が危険だ。おれはやられるわけにはいかない。必ず任務を遂行して、生きて家族の元に戻らなければ。
次の目標まで移動を終えると、おれは前方30メートルに気配を感じた。目を凝らすと、その辺りの草が不自然に揺れている。オーケイ、相手はまだこちらには気が付いていないようだ。森林に限らずだが、こちらが先に気が付くというのはそれだけで大きなアドバンテージになる。小さく深呼吸すると、おれは引き金に指をかけ、サイトの中のポインターを前方に向けた。
いたいた。
奴はまだこちらには気が付いていない。何が余裕なのか笑みさえ浮かべてやがる。その間抜け面が驚愕に歪むのも時間の問題だ。おれは今一度ポインターでそいつを捕らえると、躊躇うこともなく引き金を引いた。
ワンダウン。
だが、これで終わりではない。周囲に味方が潜んでいるはずだが、敵も味方もどのくらいの人数か把握はできていない。しかし、おれの役割は一つだ。味方を勝利に導くため、一人でも多くの敵を倒す。そして生き残って帰る。考えてみたらこんなに単純なミッションは無い。
その時、前方10メートルからいきなり敵が飛び出してきた。しかも二人だ。いささか驚いたが、おれは落ち着いて引き金を引いた。
くそっ!
外してしまってしかも向こうにこちらの居場所がばれてしまった。奴は引き金を引いた。おれの周囲を銃弾がかすめる。しかし、それでも分はこちらにある。動きながら引き金を引いて、目標を撃ち抜くにはそれなりに技術が必要だ。おれは腹ばいになって腕を固定しているから、引き金を引けば、正確に敵を撃ち抜くことができる。相手の弾は当たらない。おれからの突然の攻撃に完全に焦っているようだ。おれは慌てることなく、引き金を二回ずつ引いた。
ワンダウン、ツーダウン。
これで多少は敵の戦力を削ぐことができただろう。相変わらず遠くでフルオートを乱射しあう音が聞こえる。相手を倒すためにお互いに必死なのはここまで伝わってきた。
おれはあたりに他の敵がいないことを確認すると、すっかり仲良くなった地面に導かれながら、前へ前へと進んだ。敵の陣地まではそうは遠くないはずだ。陣地が確認できれば、勝機も見えてくるかもしれない。周りに察知されないようにゆっくりと進む。すると、右前方5メートルに味方を見付けた。
おれはこれ見よがしに大きく鼻をすすった。相手は驚いて振り返ったが、おれが味方だとわかって安堵したようだ。左手を上げて挨拶してきた。そのまま、前方を指差してから、指を三本立てて、そのまま再び前方を指差し、二回山なりに動かした。そうか、「敵が三人、20メートル先にいる。」ってことだな。おれはうなずくと、右手を突き出し、親指を立てた。相手が頷くのを確認すると、お互い無言のまま全身を前へと進めていった。
時間をかけ、物音を立てないように進んだが、おれ達のささやかな行動が相手にバレてしまったようだ。前方から複数の銃撃音が聞こえた。ヤバい、急がなくてはさっきのあいつがやられてしまう。仕方なくおれは身を起こすと、シフトレバーを「セミオート」から「フルオート」に切り替え、中腰のままM933を構えて飛び出した。
いた!
奴らは三人集まって攻撃をしていた。バカどもめ、間隔を開けていなければ後ろを取られた時に全滅するだろう。おれはためらうことなく引き金を引いた。十数発の弾が奴らを襲い、振り返る暇もなく殲滅した。
スリーダウン!
一度の戦果に興奮したが、まだここは作戦区域だ。すぐさま身を隠したが、残念ながら先程のあいつがやられているのを発見した。すまない、もう少し早く移動できていれば、共にこの戦果を喜び合えたものを。。。
悲しみに暮れる暇もなく、おれは敵の陣地へ向けて速度を上げた。三度の会敵で予定よりだいぶ遅れてしまっている。しかし、焦っては失敗する。クールになれ。クールだ!
ようやく茂みの先にある敵の陣地を発見したときには、周囲の銃撃も聞こえなくなっていた。味方はやられてしまったのだろうか。木々が切れたため、太陽の光が大地に降り注ぐ。幸い、茂みが壁になって相手には見つかっていないが、お天道様は見逃してはくれない。天空から降り注ぐ、日光と言う銃弾が降り注ぎ、おれの全身を燃やしていく。
暑い、これは暑いぞ・・・。
しかし、熱いのは相手も同じだ。陣地防衛に当たっている敵は三人か、一か八かで勝負を仕掛けてもいいかもしれないが、向こうはまだおれには気が付いていない。だったら少しでも有利にして見せようか。
おれは腹ばいのまま、まるで蛇のようにゆっくりと確実に茂みを進み、残り25メートルの位置まで進んだ。よし、ここからなら十分にあいつらを殲滅できる。そうすれば勝利は間違いなしだ。はやる気持ちを押さえながら、ドットサイトを覗き込み、中央の光点に相手を重ね、引き金を引いた。
ワンダウン、ツーダウン!
二人倒したところで、最後の一人がこっちに気が付いたらしい。いきなりフルオートで弾幕を張ってきた。ヤバい、さすがにこの距離では危ない。おれは身をひるがえし、近くの木の根元を盾にするように転がった。
相手も守り抜くために必死だ。弾幕を張って必死にこっちの動きを封じようとしている。が、しかし、それも長くは続かない。そうだ、弾は切れるのさ。
相手の弾が切れ、弾倉を交換しようとしたその時、おれは一気に飛び出して、駆け寄りながら引き金を引いた。悔しそうな、無念そうな表情で敵は倒れた。悪く思うな、少しばかりおれの方が場馴れしていたようだな。
おれは一度大きく息を吐き、呼吸を整えると、相手の陣地へ歩み寄った。しかし、久々の戦果に酔いしれていたおれは、勝利の瞬間こそ油断が生じるという基本原則をすっかり失念していた。敵陣まであと数メートルに迫った時、三発の銃弾がおれの腰から左わき腹までに命中した。くそ、ここまで来て勝利の女神に見放されてしまったか。。。
「ヒットぉ!!」
おれはそう叫ぶと、ライフルを掲げてフィールドから出た。ほどなく時間切れとなり、ゲームは引き分けになったようだ。
「お疲れ! 最後、惜しかったですね。」
「ああ、さっきの。援護が遅くなってすみませんでした。」
「いやいや。仇を取ってくれたから全然オッケーっすよ。」
先ほどの仲間が、喫煙所でタバコを吸いながら声をかけてきたので、おれもポケットから煙草を取り出して咥えると、慣れた手つきでジッポーのふたを開け、火を付けた。特有の油の匂いと共に、紫煙が舞い上がっていった。
「まだ学生さん?」
「大学生っす、戦争ゲームで遊んでいるうちに、実際にやってみたくなっちゃって。」
戦闘中は、目の保護のためにフェイスシールドを付けるため、ゲームが終わらないと素顔は見えない。そう、ここは関東県内の某サバイバルゲームフィールド。休日を利用して遊びに来たのだ。もう20年以上やっているが、最近はゲームの影響で入ってくる若い子が増え、おじさんはなかなか気を使ってしまう。
「しっかし。ヤッパ、夏にやるもんじゃないっすね。家でエアコン効かせながらコーラ片手にゲームやってた方がいいっすね。」
「はは。そうかもしれないね。」
エアガンはこの30年で驚くほど性能が上がっている。プラスチック性の小さな玉とはいっても、撃たれればそれなりに痛い。
「おつかれー。」
「おう、早い離脱だったな。」
「もう足が動かねーよ。あちーし、虫はすげーし。」
こいつは同僚だ。今日は二人で参加したのだ。二人とも同期で40も越えた。
「なぁ、一つ言ってもいいか。」
「なんだ?」
そいつはそう言いながら人の煙草を勝手に抜き取って咥えた。おれはジッポーで火を付けてやりながら、いつもサバイバルゲームに来ると思うことを口にした。
「せっかくの休みにさ。いつもより早い時間に起きて遠出して、しかもこの炎天下の中汗だくになって、ヘロヘロになって、金まで払って、それで痛い思いしてるおれ達って何なのかな。」
同僚はゆっくりと紫煙を燻らせると、缶コーヒーを一口飲んでにっこり笑った。
「それな!」
この日の活躍はそれまでだった。明日からは、また「仕事」と言う戦場に戻らなければいけない。おれ達はそんな平凡で厳しい毎日から解放されたくて、こうやって非現実的な空間で戦っているのだろう。
「よ~し、来月は廃工場のフィールドに行くかぁ。」
自宅に帰り、湯船で汚れと疲れを落としながら、おれは撃たれて痣だらけになった身体をさすった。
完
すみません。
いや、すみませんと言うか。。。
最後までお読みいただきありがとうございます。
やけっぱちのブックマークと高評価も、
どうぞよろしくお願いいたします。
数年前までやっていた、
サバイバルゲームのことを思い出し、
思い付きで書きました。
何も中身のない作品でしたが、
最後までお付き合いいただき本当にありがとうございます。
興味のある方は、
エアガンも迷彩服もレンタルがありますので、
是非一度遊んでみてください。
日常では体験できない緊張感を味わえます。
それはお約束いたします。
※サバゲはルールを守って遊ぼうね☆