(9)敵討ち
アニマ軍獣王帥ライオカンプは、部下たちの制止を振り切って、単独でとある宙域へと向かっていた。
部下であり友でもあるバロッサがいるはずの、個人宙港にである。
猛将バロッサ万獣将の乗艦である戦艦ゲルニカ撃墜の報告は、アニマ軍を震撼させた。
認識球がもたらす情報の中に、座標情報はない。休暇を取得して行方をくらませたバロッサの居場所を知るものは誰もいなかった。
ただひとり、ライオカンプを除いては。
「目標地点まで、約六十スペースマイルです」
アニマ族の姿を模したアンドロイドの副官より報告が入る。
「うむ」
ライオカンプは艦長席にも座らず、たくましい両腕を組んだまま艦橋内に表示されている星々の海を睨みつけていた。
黄金色の鬣と鋭い牙。過去の戦闘で片目を負傷し眼帯をつけている。
まさに威風堂々たる姿だ。
「あやつが、そう簡単にくたばるはずがないわ」
その独白には自分に言い聞かせるような響きがあった。
バロッサは勇猛果敢だが、戦いの最中に頭に血が上って周囲が見えなくなるタイプではなかった。
必ず現実的な選択肢を選び、生き残ってきた。
自分の次の獣王帥はバロッサしかいないと、ライオカンプは密かに考えていたくらいだ。
自分の爪、あるいは牙となり、数多の敵を打ち破ってきた。
古くからの戦友であり、そして――同じ趣味を持つ貴重な仲間だった。
ライオカンプとバロッサは、隠れアンドロイド・マニアである。
二人で競い合うように高性能のアンドロイドを購入し、カスタマイズしては互いに自慢し合ったものだ。
これまでにかけた費用を考えれば薄ら寒くなることもあるが、優秀かつ忠実な部下たちのおかげで、命を拾ったこともある。
確かにバロッサは、戦場においては無敵の男だった。
しかし、休暇中は別である。
こと趣味の分野においては、現実を忘れてしまうくらい没頭してしまう性格であることを、ライオカンプは知っていた。
そこを突かれたとすれば、あるいは――
ライオカンプの予感は、残念ながら当たった。
「ライオカンプ様。目標地点に多数の調査艇を補足しました。おそらくは、GRDCのものかと思われます」
「なんだと?」
通信士からの報告に、ライオカンプは目を見張った。
バロッサの個人宙港が設置されているはずの氷の巨塊に、小蝿のように群がっている調査艇の群れ。
「どういうことだ?」
星間空間において宇宙船同士が偶発的に遭遇する確率など、ゼロに等しい。
つまりは、互いに重なり合う目的を持って行動しているということだ。
「調査艇にコンタクトしろ。責任者を呼び出せ!」
ほどなくして艦橋内の巨大ディスプレイに現れたのは、水晶のような素材の身体を持つマシナリー族、マイケルだった。
『これはこれは。名だたるアニマ軍の獣王帥、ライオカンプ様とお見受けいたします。私は、GRDC買い取り担当のマイケルと申します。以後、お見知りおきを』
「何故、お前たちがここにいる」
単刀直入に、ライオカンプは聞いた。
商売上の理由ということで、マイケルは何も話さなかった。
ただ、この氷の巨塊に関してはGRDCに所有権があり、現在測量中だという。
「ここは、我らの縄張りだ。薄汚い商売人どもは去れ!」
生身の部下たちが聞いていたら震え上がっていたであろう怒声を、マイケルは軽く受け流した。
『申し訳ありませんが、お断りいたします』
どれだけ強大な軍事力を持っていたとしても、GRDCと敵対することはできない。
そんなことになれば、アニマ軍はGRネットワークからはじき出されてしまい、この銀河を航行するために必要な基準宙点情報を得ることができなくなる。
そのことを熟知しているライオカンプは、とりあえず牙を収めた。
「戦艦ゲルニカがあの氷の中にいたはずだ。我輩はバロッサの救助のために、ここまできたのだからな」
『なるほど。道理ですな』
艦橋内のディスプレイがふたつに分割され、その片側にゆっくりとしたリズムで点滅している金属製の球体が表示された。
『お察しの通り、戦艦ゲルニカの認識球です。我々が回収いたしました』
マイケルは淡々と報告した。
半径一スペースマイル内に生体反応はない。戦艦バロッサと思われる残骸については回収した。必要があればアニマ軍に引き渡すが、その場合、回収及び輸送の費用は別途請求させていただく。
宙港らしき機材も残っていたが、ほぼ破壊された状態であり、引き渡せるようなものは何もない。
「何も残っておらんだと?」
『回収リストをお渡ししましょう』
送られてきたリストには、バロッサの遺品も、そして例のものもなかった。
「あれは、どこぞに漂流したか?」
もし稼動したとすれば、氷の塊など欠片ほども残ってはいないはず。
ならば、最悪ではない。
ライオカンプはマイケルとの通信を打ち切ると、アンドロイドの副官に命じた。
「“猟犬”に――ガラム隊に連絡をとれ」
怒りを噛みしめるように、ぎりぎりと牙を鳴らす。
ついには我慢しきれず、艦橋内に響き渡るほどの唸り声を上げた。
「仇討ちだ!」
◇
半日後、ワープを使ってやってきたのは、十二隻からなる高速巡航艦の一団だった。
機動力と探査能力に特化した追跡および奇襲専用の部隊で、“猟犬”と呼ばれている。
部隊長はガラムという細身の男で、毛並みがわるく、陰気な顔つきをしていた。
「総大将。ここが、お頭の……」
「そうだ。戦艦ゲルニカの認識球が回収された場所だ」
沈痛な面持ちで、ガラムが唸り声を上げた。
“猟犬”は、バロッサが率いる艦隊の一員だった。
「しかし、相手は腰抜けヒューマル軍の駆逐艦と聞いてますぜ。やつらにお頭が、ましてや一対一でやられるはずがない。何かの間違いでは?」
「ここにはバロッサの個人宙港があったのだ。おそらくは、隙を突かれたのだろう」
「なんと姑息な!」
アニマ軍とヒューマル軍は公宙領域を隔てて隣接しており、小競り合いや大戦を繰り返してきた間柄である。
ヒューマル軍にとってバロッサは、恐怖の対象であると同時に最大の障害でもあったはず。
戦場では勝ち目がない。
だからやつらは、謀略で挑んできたのではないか。
これはまったくの誤解であったが、ランダム・ワープを使って偶然現れ、バロッサが休んでいる場所に魚雷ミサイルの雨を降らせるなどという非現実的な事実に、ライオカンプとガラムはたどり着くことができなかった。
「駆逐艦ユウナギ号とかいったか。それらしき残骸は発見されなかった。そしてこの宙域には、ワープの痕跡がない」
「つまり、通常航行で逃げていると?」
「まず、間違いあるまい」
ライオカンプの推測に、ガラムは頷いた。
「ならば“残り香”をたどれば」
「そのために貴様を呼んだのだ」
推進力を使って進む宇宙船であれば、熱エネルギーや推進剤の粒子が残る。
これをアニマ軍では、“残り香”と表現する。
時間が経てば拡散してしまうが、それでもある程度の方角を知ることはできるだろう。
そのための特殊な観測装置を、“猟犬”は有しているのだ。
「ゆけ、ガラム! だがとどめはさすなよ。獲物を見つけたら、すぐに知らせるのだ。艦隊で包囲し、死ぬよりも恐ろしい恐怖を味合わせてくれるわ」
「へい。銀河の果てまで、追いかけてやりますぜ」
まさに獲物を追う猟犬のように、ガラムは牙を覗かせた。




