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(6)クビ


「かなり厳しい状況ですね」


 駆逐艦ユウナギ号の状態を把握すると、シロは難しい顔になった。


「メインエンジンの再稼動リスタートは間もなく完了しますが、外装や機器の修理には時間がかかります。破損したサブエンジン、主砲と副砲については交換部品すらありません。艦の預金残高は、ゼロクレジットです」


 軍艦であるからには修理や補給を無償で受けられるが、それは自分たちの領域エリア内にある軍宙港ネービル・ポートに限られる。

 公海領域フリーシーズ・エリアや他種族が支配する領域エリアでは、クレジットを払って民間企業等から部品や資材を手に入れなくてはならない。また船を強化、改造したり、居住環境を向上させるためにもクレジットは必要である。

 艦には口座があり、定期的に自分の給料が振り込まれることを、サダムは初めて知った。


満身創痍まんしんそういの上、金もないのかよ」


 艦長席に座りながら、サダムは細長いブロック状の固形物、スペースカロリーをもぞもぞ食べていた。

 イチゴ味で、まあ、まずくはない。

 のどは渇くが。 


「どうぞ、艦長」


 と、シロがボトルに入った飲み物を差し出した。ロボフクとは違って、気がきくバイオロイドである。

 ストローですすると、身体によさそうな柑橘系かんきつけいの味がした。

 ビタミンドリンクだ。

 これもまあ、まずくはない。

 まずくはないが、


「味気ないなぁ」


 琥珀色の瞳をきらきらさせながら、シロが聞いてくる。


「艦長は、初陣で戦艦ゲルニカを撃沈されたのですね?」

「ああ、そうらしい」

「すばらしい戦果です! 通信機器の修理が完了すれば、ヒューマル軍よりクレジットが振り込まれると思います」


 どうやら軍からは、階級に応じた給料の他に、戦果に応じた特別報酬が出るらしい。 


「でもなぁ、通信機器が使えるようになると、ロボフクがオレのことを報告しちまうぞ」

「この、不忠義者っ!」

「うおっ」


 突然シロが叫んだので、サダムは驚いた。

 彼女はロボフクを叱責したようだ。


「副官とは、そのすべての能力を艦長のために捧げる存在のはず。それがなんですか! 不良分子イレギュラー候補? 自分の任務を放棄するどころか、至高の存在であらせられる艦長に危害を加えようとするとは。恥を知りなさい!」


 ロボフク微動だにせず、両眼レンズをウィンと動かした。


『当鑑乗務員による第三級暴言を確認しました。通信機能が回復次第、当局に報告します』

「ふん、勝手になさい」


 どちらかといえば大人しそうな顔つきをしているのに、このアニマ族のバイオロイドはかなり気が強いようである。

 サダムはまあまあとシロをなだめた。


「こいつに何を言っても無駄だよ。それより今は、できることをしようぜ」


 シロはころりと表情を変えた。


「はい、艦長!」


 魚雷ミサイルで破壊された“物体X”の断面には、通路や部屋の形が見てとれた。内部構造がむき出しになっているようだ。


軍宙港ネービル・ポートとしては、構造がおかしいです。おそらくは、バロッサ万獣将の個人宙港パーソナル・ドックだったのでしょう」


 その様子を観察しつつ、シロが提案した。


「あそこから資材を調達し、ユウナギ号を修理するか、あるいは売り払うのがベストだと思われます」

「いいのか? シロ」


 バイオロイドとはいえ、同族に対するこだわりがあるのではないかと、サダムは考えたのだ。

 しかしそれはいらぬ心配だった。


「私は艦長のものですので。それ以外は敵です」


 きっぱり言ってのける。

 あまりの忠義っぷりに、後々面倒に巻き込まれそうな予感もしたが、今は頼れる存在であることに違いはない。


「あんなでっかい氷のそばでふわふわしてるのも嫌だから、どこか隙間に着艦できないか?」

『了解しました』


 今度はロボフクが答えた。


『“物体X”の断面をスキャンし、本艦を固定できる場所を探します』


 艦長の命令を実行する権限は、副官に優先順位がある。

 シロは悔しそうに歯噛みした。



     ◇



 個人宙港パーソナル・ドック

 莫大な建設費と維持費がかかるため、この設備を個人で所有できる軍人は限られている。

 資材や補給物資も保管されていたはずだが、駆逐艦ユウナギ号の魚雷ミサイル攻撃によって、万獣将バロッサの個人宙港パーソナル・ドックは崩壊しており、めぼしいものは発見されなかった。

 唯一残されたものといえば、通路の一番奥の倉庫らしき場所に厳重に保管されていた、体長二メートルはあろうかという猫の人形である。


「なんだこれ?」

「アニマ族に伝わる、幸運の招き猫ですね。少し配色が変わっていますが」


 シロ曰く、縁起物の人形だという。

 毛色は白、黒、茶の三色で、どっしりとしたフォルムだ。右手を上げて、挨拶をしているようにも見える。

 換金できそうになかったが、サダムは気に入った。


「縁起物なら、艦橋ブリッジにでも飾るか」


 こうして招き猫は、守り神よろしくユウナギ号の艦橋ブリッジに鎮座することになった。

 個人宙港パーソナル・ドックの探索が終了したところで、再びシロが提案した。


「戦艦ゲルニカの残骸を解体し、機材を流用してはいかがでしょうか」


 こちらも調査したところ、そもそもヒューマル族とアニマ族の宇宙船では規格が違っていて流用はできず、また鉄くずとして売り払うにしても、解体にかかる時間と労力に見合わないことが判明した。


「もうしわけありません、艦長」


 シロはうなだれた。

 ロボフクよりも役に立てることを証明したかったのだろう。


「気にすんなって」


 そう言って、サダムはシロの頭を撫でた。

 予想通りかなり手触りがよい。 

 現状でヒューマル族の領域エリアまで帰還する方法があるのかと、サダムはシロに聞いた。


「ほら、ワープは使えるんだろ?」

「……」

「シロ?」

「あ、はい。ですが、ワープ機構ドライブは一度使用すると整備と調整に三日ほどかかります。連続跳躍はできません。本艦のスペックですと、跳躍できる距離は七千スペースマイルが限界で、公宙領域フリーシーズ・エリアまでには十回近くのワープが必要になります」


 巨大質量がワープした際には特殊な重力波が発生するという。これがアニマ軍の監視ネットワークに捕捉された場合、攻撃力と防御力、そして移動力が著しく低下している今のユウナギ号では、まず逃げ切れない。


「修理してからじゃないと無理か」

「そう、思います」


 その後、他にできることもなく手持ち無沙汰になったところで、


『准尉』


 ロボフクから報告が入った。


『通信機器の修理が完了しました。これで、本艦からの情報発信が可能となります』

「……」


 ついにきた。 

 サダムの見たところ、ロボフクはおおむね優秀な副官だが、自分の任務に忠実すぎる堅物である。

 最初に教育支援型AIロボットだと自己紹介したことからも、新任艦長を導く役割を担っていたのだろう。

 だが、それだけではなかった。


「ほら、オレって一応、敵の戦艦を撃破したんだからさ。不良分子イレギュラー候補から外れたんじゃないのか?」

『関係ありません』


 このロボット副官は、自分が補佐する艦長が不良分子イレギュラー候補と呼ばれる存在だった場合、すぐさま当局に報告するという任務を帯びている。


『緊急事態につき、GRDCに依頼して本艦の座標情報をヒューマル軍に送信しました。なおこの情報は暗号化しますので、流出の心配はいりません』

「別の心配があるだろうが!」


 サダムを庇うように、シロがロボフクとの間に割って入った。


「艦長は、私がお守りします!」


 ありがたい行為ではあったが、駆逐艦ユウナギ号の電脳制御ブレイン・システムへのアクセスにおいて上位の権限を持つロボフクを止めることは難しいだろう。

 最悪、生身のまま艦から放り出される可能性すらある。

 そんなことを考えていたサダムだったが、


『ヒューマル軍人事局より緊急入電。専用WD(ワープ・ドライブ)通信です』


 予想外のことが起きた。


『アニマ軍所属、戦艦ゲルニカ撃沈という輝かしい貴官の武勲をたたえ、巨人討伐ジャイアント・キリング勲章を授与するものとする。ヒューマル軍人事局長、コジロー・キサラギ大将。お受けになりますか、准尉』

「まあ、いちおう」

戦果値せんかち、四百三十ポイント獲得。報酬、七千五百万クレジット獲得。四階級特進、少佐に昇格することができます。お受けになりますか、准尉』

「まあ、いちおう」


 突然、艦橋ブリッジ内に甲高いファンファーレの音が鳴り響いた。


「な、なんだ?」


 隣のシロも目を丸くしている。

 ロボフクの両眼レンズが虹色に輝き、胴体部分の蓋がぱかりと開いた。

 中から出てきたのは、高級感漂う青色の布製のトレイだった。そこにはきらびやかな階級章と、ミサイルの形を模した派手な勲章がはめ込まれていた。


『おめでとうございます、サダム・コウロギ少佐』

「お、おう」


 としか答えようがない。


「これ、もらってもいいのか?」

『もちろんです』


 差し出されたトレイから、階級章と勲章を受け取る。

 きらきら光っていて、ずしりと重い。


『それでは』


 ロボフクは、おもむろに切り出した。


『当局へ不良分子イレギュラー候補の報告を行います。あわせて、副官に対する暴言、暴力行為およびパワーハラスメント行為の報告についても……』

「あ、ロボフク?」

『何でしょうか、少佐』


 サダムはにこりと微笑んだ。


「お前、クビな」


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