(5)バイオロイド
調査艇が回収したカプセルは、駆逐艦ユウナギ号の倉庫に格納された。
サダムの印象では、アニマ族は犬と人間の中間くらいの顔立ちを持つ、美しい人型の動物、だった。
髪の色は純白で、肩までの長さがある。頭部から突き出た耳は折れ曲り、左右に垂れ下がっている。睫は黒色で、長い。鼻と口が少し突き出ている。肌はごく短い白い体毛で覆われていて、触り心地がよさそうだ。
野生の美しさとあどけなさ、そしてバランスのよさが同居した、整った顔立ちといえた。
身体つきからして女性のようだ。上半身とくらべて下半身はしっかりしていて、俊敏そう。尻尾は太く、長く、ふさふさしている。
そして彼女は、カーキ色の軍服に身を包んでいた。
「死体には、見えないけどなぁ」
透明な蓋越しに見えるアニマ族は、眠っているように見えた。
カプセルの周囲を探り、開閉用と思われるスイッチを押してみる。
蓋が開くと、カプセル内から機械音声が流れた。
『このたびはご注文を賜り、誠にありがとうございました。当ワギャン闇商会の技術とノウハウを結集した、銀河にふたつとない最高品質のバイオロイドをお届けします。もちろんワンオフ製作のため、型式はありません。それでは、起動の儀式を行いましょう。胸のブローチに触れてください』
「これかな?」
カーキ色の軍服の襟と胸の間の位置に、丸い石がはめ込まれたブローチらしきものがついている。
サダムがペンダントに触れると、ブローチが脈を打つように淡い青色に輝いた。
「……すー」
「お?」
アニマ族の胸の辺りがゆっくりと上下する。
呼吸をしたようだ。
二、三度全身が小刻みに震わせてから、目が開く。
琥珀色の、美しい瞳だった。
その瞳が動き、サダムの姿を捉える。首をわずかに傾けて、にこりと微笑んだ。
種族差を抜きにしても、これは可愛らしい。
「おはようございます、マスター」
「おう」
澄んだ鈴の音のような、心安らぐ声である。
アニマ族の年齢は分かりにくいが、見た目や声などからまだ少女なのではないかとサダムは考えた。
白いアニマ族の少女は、カプセル内から出て背筋を正すと、右手を肩の位置まで上げて敬礼した。
「起動の儀式、マスター登録が完了しました。私はあなた様専用のバイオロイド。これより死がふたりを別つまで、永遠の忠誠を誓います」
「……」
いきなり重い発言である。
「バイオロイドってことは、ロボットじゃないんだな?」
「え? あ、はい。生体部位と機械とを組み合わせた身体を持ち、自立活動する存在です」
「そうか。まあ、気楽にやってくれ」
「……」
バイオロイドの少女は少し戸惑ったようだ。
「それでは、あなた様のお名前を教えてください」
「サダム・コウロギ」
「サダム・コウロギ様。何とお呼びすればよろしいでしょうか」
「普通にサダムでいいよ」
バイオロイドの少女が困惑する。
「バイオロイドは、主に仕える忠実な僕。呼び捨てなどという不忠義は許されません。サダム様でよろしいでしょうか?」
「う~ん、かたっくるしいなぁ」
主様、ご主人様、マスター、准尉殿――いくつかの候補を出されたが、どれもしっくりこない。
「では、艦長はいかがでしょう」
「艦長か」
そういえば、ロボフクにも艦長と呼ばれたことはない。
実のところ、ヒューマル軍の新任艦長は、チュートリアルをすべて完了したところで准尉から少尉に昇進し、ロボット副官から艦長と呼ばれることになっていたのだが、そういった内部事情をサダムは知らなかった。
「よし、それでいこうか」
「はい、サダム艦長!」
呼び方が決まっただけなのに、アニマ族のバイオロイドは嬉しそうである。
「では艦長、私の名前をお決めください」
「じゃあ、シロで」
「……」
白い毛並みだからシロ。
バイオロイドの少女は胸のところで両手を組み、しばし目を閉じた。
「とてもすてきな名前を、ありがとうございます」
「おう」
ふたりは歪んだ階段をのぼり、ぼろぼろになった廊下を通って、“バルーン”の残骸だらけになった艦橋に入った。
ロボフクが出迎える。
『准尉、このバイオロイドをどうするつもりですか?』
「どうするって、放り出すわけにもいかないだろう?」
『型式がないとのことですが、違法製造されたバイオロイドかもしれません。副官権限にて調査します』
ロボフクの両眼レンズから帯状の光が照射され、シロの全身をスキャンした。
その結果は、
『問題は、発見されませんでした』
シロの目がすっと細まる。
「艦長、この無粋なロボットはなんでしょうか?」
「一応、オレの副官のロボフクだ」
『一応ではありません』
ロボフクがサダムの発言を訂正する。
「もっとも、オレは不良品らしいから、もうすぐこいつに抹殺されるんだけどな」
『抹殺ではありません。私の任務は当局への報告です。その後、准尉は粛清されます』
「同じだろうが!」
ロボフクは難色を示したが、サダムが艦長権限を行使して、シロをユウナギ号の乗務員として登録することになった。
「艦長。もしよろしければ、私にこの艦の電脳制御へのアクセス権を与えていただけますか?」
シロの要望に、サダムは希望の光を見出した。
「お、シロ。ひょっとして、船を動かせるのか?」
「はい、艦長のご命令があれば。それに、いざという時のために艦のスペックと状態を把握しておきたいのです」
「よし。シロに全権を与える」
『准尉』
ロボフクが抗議してきた。
『規定により、乗務員に副官を超える権限を付与することはできません』
シロがぼそりと呟いた。
「この、ぽんこつが」