(49)突破
ヒューマル軍が採用している戦闘用艦艇の標準兵器は、レーザー砲、魚雷ミサイルとマリモ機雷の三種類。
波動粒子砲はオプション装備となっている。
通常のレーザー砲と比べて、波動粒子砲は数倍の威力があるが、反動で艦艇の姿勢が不安定になるため、命中しにくい。連射も効かず、砲撃前と砲撃後はパワーダウンして、バリアーすら張れなくなる。
かなり使い勝手の悪い兵器といえたが、敵に気づかれず有効射程まで接近し、砲撃することができれば、生半可なバリアーなど粉砕し、致命的な打撃を与えることができるだろう。
オガミとニシキオリの意味不明な掛け合いに続く、不可思議な艦隊運動は、デモリア軍エレグデー艦隊の意表をついた。
愚かな仲間割れかと思いきや、第九十八艦隊が中央で分断され、中から顔を出してきた第四十九艦隊から、いきなり波動粒子砲が発射されたのである。
すぐさま反撃に移ろうとしたところで、再び、第四十九艦隊より波動粒子砲が放たれた。
残存数四千二百隻ほどの第四十九艦隊の中で、波動粒子砲を装備した艦は、約二千隻。他の艦隊の十倍以上もの数を誇る。第四十九艦隊は、半数ずつ、時間差をつけて波動粒子砲を撃ち放ったのだ。
予想外の損害を受けたエレクデー艦隊は、守りを固めつつ後退した。
この時、ヒューマル軍の正面に展開していたデモリア軍は、六個艦隊、約四万隻。その艦隊を三個艦隊ずつに分け、前後に並べていた。
前列の艦隊が交戦し、補給が必要になった場合には後列と後退する。長期戦を見据えた陣形と艦隊運用であり、エレクデー艦隊としては、ちょうど補給のタイミングだったという理由もあったのだ。
『敵艦隊、後退していきます』
『チャージが完了次第、追撃する』
『オガミ提督、私、感動しました!』
『……あん?』
『ニシキオリ提督との関係性です。表面上は罵り合いながらも、心の中ではしっかりと繋がっている。見事な共同作業――いえ、連携プレイでした。あ、でも確かコウロギ提督とも仲がよいとお聞きしています。いったいお三方の関係性は……』
『おい副官。お前、何言って――あっ』
ここでようやく“緊急音声発生ボタン”が作動中であることに気づいたようだ。この宙域全体に無差別に放たれていた音声電波が唐突に途切れた。
「みんな、何やってるんだよ」
呆れたように呟いたのは、第八十八艦隊のナオキ・サイジョウ少将である。ニシキオリに次ぐ若き将校で、年齢は三十一歳。ふたつ名は“節約術”のナオキ。童顔のため威厳が滲み出てこないのが悩みのタネである。
「絶体絶命の状況は、何も変わらないっていうのに」
ここで相手を切り崩せなければ、再び包囲される可能性が高い。現に左右に展開しているデモリア軍の艦隊が、こちらの後方へ回り込むような動きを見せている。
「敵の出鼻を挫くしかないな」
エレクデー艦隊と交代するように現れたのは、チョロー艦隊だった。
第四十九艦隊の波動粒子砲を警戒したのか、艦艇同士の距離を開け、面を広くしている。
距離も詰めてこない。
差し合いの勝負に持ち込み、時間を稼ぐ作戦のようだ。
「よし」
サイジョウは決断を下した。
「敵艦隊の左翼側、四十五度の角度から突撃しよう。ナデシコ、艦隊のエネルギー残量は?」
『約六十九パーセントです』
「魚雷ミサイルは?」
『約七十二パーセントです』
自立可動型アンドロイドの副官が、清楚な女性の顔と声で淀みなく答えた。どケチで有名なサイジョウが、唯一、湯水のごとくクレジットを使ってカスタマイズした逸品で、個体名を“ナデシコ”という。
「けっこう使っちゃったなぁ。もっと切り詰めないと」
『……』
「突撃までのエネルギー消費は、一パーセント以下に抑えよう。急加速は避け、バリアーは薄めに。それと、魚雷ミサイルは――」
短距離の兵器である魚雷ミサイルの有効射程は、一スペースマイル。近づけば命中率は上がるが、目眩しとしても使えるため、突撃時には有効射程外から使う者も多い。
「〇.三五スペースマイルまで近づいてから発射すること。大盤振る舞いで、毎時二.五パーセント分まで、使ってよいこととする」
『……了解、しました』
まるでデータ処理に苦慮したかのように、ナデシコの返答はやや遅れた。
細かな指示が光信号で発せられ、第八十八艦隊が行動を開始する前に、他の艦隊が動いた。
第七十三艦隊が、逆方向――デモリア軍チョロー艦隊の右翼側から攻撃を開始したのだ。
「このチャンスを逃したら、あとはないよ!」
旗艦“赤穂”の艦橋内で鼓舞したのは、“遅咲き”のハナこと、ハナ・モチヅキ少将である。
四十代前半の女性将校で、艦長時代は特に目立った功績を挙げることはできなかったが、部隊を率いるようになってから活躍するようになった。
ちなみに、第七十三艦隊は体育会系で、上下関係に厳しいことで知られている。
「敵艦隊は密度が薄い。中距離から圧をかけな!」
「イエス、マムッ!」
まるで防御を無視するかのように、大出力のレーザー砲を撃ちまくる。
その第七十三艦隊のすぐそばに割り込んできたのは、エツコ・ワカサ少将率いる第六十艦隊だった。
「相変わらず、猪武者は吠えるのが得意なようね。わたくしは、優雅に行かせてもらいますわよ」
「ワカサ提督。第七十三艦隊、モチヅキ少将から抗議の光信号が届いています」
「無視なさい」
こちらも同年代の女性将校で、予想外の艦隊運動を見せることから“エキセントリック”エツコなどと呼ばれている。
一歩間違えば背中から味方に撃たれるところだが、第六十艦隊は第七十三艦隊の射線を掠めるようにして、デモリア軍チョロー艦隊に突撃した。
「魚雷ミサイル」
「発射!」
さらには、ようやく態勢を立て直した第四十九艦隊と第九十八艦隊も、正面から攻撃を開始した。
敵陣一点突破という確固たる目的があり、士気も高い。こういう時には、諸提督たちの意識がシンクロすることがある。
思わぬ連続攻撃を受け、チョロー艦隊は防戦一方に追いやられた。
そんな中、第八十八艦隊だけが乗り遅れていた。
『サイジョウ提督。敵艦隊の意識が、第六十艦隊および第七十二艦隊に向いているようです』
今からでも間に合う。別の方角から突撃すれば――
“奥ゆかしさ全開モード”に性格が設定されているアンドロイド副官のナデシコは、微笑を浮かべながら司令官の行動を暗に促した。
ナオキ・サイジョウは得意げに笑ってみせた。
「分かってるよ、ナデシコ。でも、モチヅキ提督とワカサ提督が頑張ってくれているから、もう少し節約ができるかな」
『……』
「突撃時の加速は半分に抑える。攻撃は、他の艦隊に任せられるから、ミサイル攻撃は中止だな。敵の艦列を乱すだけで十分――」
『提督』
「なんだい?」
ふと見ると、アンドロイドの表情が消えていた。
『行動選択による理不尽ポイントが積み重なり、ストレスメーターがオーバーフローしました。性格反転――“罵倒モード”へと移行します』
「へ?」
人間に近い思考能力や感情表現を持つAIアンドロイドは、専用の人権によって守られている。セクハラやモラハラなどは決して許さないし、長年に渡ってストレスが積み重なった場合は、それを解消するための機能が備えつけられている。
本来であれば、定期的に精神メンテナンスを受けてストレスを取り除く必要があるのだが、独占欲の強いサイジョウは、手塩にかけて育成したナデシコを、他者の手に委ねることをよしとしなかった。
その結果、
『おい、サイジョウ』
アンドロイドは、自己の精神を守るために変質した。
『分かってるのか? デモリア軍は他にもいるんだ。もたもたしていると、援軍がきちまうだろうが』
「――え? あれ?」
『エネルギー残量も、魚雷ミサイルの残弾数も、お前の艦隊が一番余裕があるんだ。ここでお前がやらねぇで、いったい誰がやるんだよ』
清楚な顔と声はそのままに、言葉遣いだけが不良になっている。さらには、言葉遣いから遠慮というものが抜け落ちていた。
『ったく、“節約術”のナオキとか呼ばれて喜んでるんじゃねぇよ。馬鹿にされてるのが分かんねぇのか? これまでお前が活躍してこれたのは、戦いの前半に他の仲間たちが頑張ってくれたからだ。敵と味方が共倒れになったあとに、お前が漁夫の利を得てきたからだ。この艦隊の連中はなぁ、みんな肩身の狭い思いをしてるんだよ』
「そ、そんな……」
AIは冗談は口にするが、嘘は言わない。
あまりの豹変ぶりと衝撃的な事実に、ナオキ・サイジョウは真っ青になり、ぷるぷると震え出した。
『ゲームにしたってそうだ。とっておきのラスト・エリクサーを、お前は使わねぇ。それこそ、ボスを倒した後でも使わねぇ。ゲームが終わった後にデータだけ残しても、意味ねぇだろうが。いいか、よく聞け。道具ってのはなぁ、必要な場面で使うために存在するんだ』
「……う、うう」
『分かったら使え、今すぐ使え! 使い切った後に死んでしまえ。はっはっはぁ!』
「うわぁあああんっ!」
第八十八艦隊は弧を描くようにデモリア軍チョロー艦隊の左翼側に突撃し、まるで自暴自棄になったかのように、レーザー砲や魚雷ミサイルを撃ちまくった。
その物量は、敵と――味方の予想すら超えるものだった。
ここで、光通信により、第七艦隊のミヤビ・シラトリ大将より命令が下された。
『全艦隊、前進せよ』
左右からデモリア軍の艦隊が押し寄せてくる。側面からレーザー砲を浴びながらも、ヒューマル軍は果敢に前進し、チョロー艦隊を粉砕した。
その先に現れたのは、後列に配置されていたデモリア軍三個艦隊、約一万五千隻。
ヒューマル軍は互いに罵倒し合いながら、見事な連携プレイを見せた。
アキラ・ニシキオリ率いる第九十八艦隊が、強力なバリアーを張って全軍の盾となり、オガミ率いる第四十九艦隊が隙を見て波動粒子砲を撃ち放つ。ハナ・モチヅキ率いる第七十三艦隊が正面から攻撃を仕掛け、エツコ・ワカサ率いる第六十艦隊が磁気嵐で荒れ狂う天頂方向から突撃する。ミヤビ・シラトリ率いる第七艦隊は、機雷を使って後方から襲いかかる敵艦隊を牽制。そして、まるで生まれ変わったようにナオキ・サイジョウ率いる第八十八艦隊が躍動し、これまで出し惜しみしていたレーザー砲や魚雷ミサイルを撃ちまくった。
「敵、正面の艦隊が、後退していきます」
ナナ・サエキ曹長の報告に、シラトリは顎に指を当てて考察した。
「最初にオガミ少将がダメージを与えた艦隊ね」
「はい。エレクデー艦隊です」
補給が間に合っていなかったのか、何か予期せぬトラブルが発生したのか。どちらにしろ、このチャンスを逃すわけには行かない。
「全艦隊、全速前進」
悪夢のような包囲網を突破する。
ギリギリだった。もう敵陣を突破するだけの余力はない。
この戦いでは、シラトリが考える想定以上の力が発揮された。
あまり好戦的ではなく、組織的な統一力に劣るヒューマル軍は、同数の艦隊戦において、アニマ軍やデモリア軍に劣る――といった評価をシラトリは耳にしたことがある。
それは、間違いではないか。
相手の意図を察し、行動する――むしろ大艦隊戦におけるチームプレイにおいては、ヒューマル軍に一日の長があるのではないか。
――だが。
ああ、だがしかし。
「前方に、多数の艦影あり。艦隊識別確認。デモリア軍、オウチ艦隊、ムーグ艦隊、バーウガェ艦隊、ボガ艦隊、メルヒー艦隊、アナーシ艦隊、ノミン艦隊、ウプチン艦隊。計八個艦隊――艦艇数約五万六千隻」
個々の提督たちが能力を十全に発揮し、最善の行動を尽くしてもなお。
たったひとりの天才軍略家には、敵わない。




