(48)演説ボタン
第七艦隊と第十八艦隊が離脱した後もデモリア軍の奇襲は続き、その過程の中で、ヒューマル軍はアキコ・シバザキ中将率いる第二十九艦隊、マサミ・イガラシ中将率いる第七十五艦隊、そしてシンジ・ナラハシ少将率いる第八十九艦隊を失った。
中性子星から放出される磁気嵐で認識球情報は確認できなかったが、行方不明という名の、事実上の戦死である。
残されたのは、第四十九艦隊、第六十艦隊、第七十一艦隊、第七十三艦隊、第八十八艦隊、そして第九十八艦隊の、計六個艦隊。艦艇数は、約三万五千隻――その大半が傷つき、消耗し、兵士たちの士気はどん底まで落ち込んでいた。
「前方に多数の艦影。デモリア軍です」
「――はぁ」
オペレーターからの報告に、第七十一艦隊長、“剃刀”ジョージこと、ジョージ・アイバ中将はため息をついた。
やや目尻の下がった冴えない中年の男である。このところは睡眠不足で目が窪み、クマができ、無精髭を生やしていた。
「艦艇数、十万隻以上! 敵、主力部隊と思われます」
嫌な予感はしていたのだ。
まるで、誰かの手の平の上で踊らされているかのような……。
なるほど、ここが死に場所なのだろうと、ジョージ・アイバは理解した。
「有効射程まで、どのくらいだ?」
「このままの相対速度を維持すれば、一時間ほどです」
「少し、席を外すぞ」
あ然とする乗務員たちをよそに、ジョージ・アイバは鼻歌混じりに自室へと向かった。
“剃刀” ジョージと呼ばれていたかつての切れ物提督は、妙に達観していた。
何百年、何千年と、異種族間戦争は続いている。戦いが続く限り、必然的に道化師札は自分の手元に回ってくる。それが早いか遅いかの違いだけ。
問題は、いかによい散り際を見せるか。
どのように記憶、あるいは記録され、後世に残されるかだ。
「ふふ〜ん♪」
そのためには、まず――
「身だしなみを、整えなくっちゃね」
たっぷり三十分かけて、シャワーを浴び、髭を剃り、身だしなみを整えてから戻ってくると、艦橋は大騒ぎになっていた。
「あ、アイバ提督! どこに行ってたんですか!」
副官を務めるマリエ・ホリエ少佐の報告によれば、撤退計画の責任者であるオガミ・ヒョウエ少将より、敵陣一点突破の作戦案が出されたのだという。
「六名の艦隊長による多数決により、この案は可決されました。その、アイバ提督だけが棄権で」
「え?」
「ほら、他の艦隊は速度を上げています。続かないと!」
「お、おう」
まずいと、アイバは思った。
援軍も見込めず、しかも数の多い敵と相対する場合、守りに入ることはできない。
単純に、数の差で押し潰されてしまうからだ。
この状況で生き残るためには、敵陣を突破し、誰かが殿を務める間に、ワープ可能な宙域まで離脱するしかないだろう。
その役割は、この場の先任将校であるアイバに託されるはずであった。
心の中で、アイバは叫んだ。
違うから!
殿が嫌で棄権したわけじゃないから、と。
「ぜ、全艦、全速前進。遅れをとるな!」
ヒューマル軍は猛然と突き進んだ。
デモリア軍は後退した、ように見えた。
ヒューマル軍の決死の攻撃に押された、わけではなかった。正面の艦隊が強力なバリアーを張りながら後退し、左右の艦隊が、ヒューマル軍を包み込むように、弧を描きながら前進してきたのである。
さらには時間差を置いて、後方より新たなデモリア軍が現れた。
度重なる奇襲攻撃によりヒューマル軍を削ってきた敵艦隊が再編成され、追撃してきたのだ。
上方は電磁波の嵐、下方はガス雲の激流。
どこにも逃げ道はない。
これは詰んだなと、アイバは思った。
出遅れた第七十一艦隊は百八十度回頭し、後方から現れた敵艦隊の猛攻をなんとか防いでいた。
が、それも限界に近づきつつあった。
「アイバ提督、前線の戦艦部隊が……」
容赦ない砲撃を受け、削られていく。もし第七十一艦隊が突破されてしまえば、残りの味方は総崩れとなるだろう。
この時、ジョージ・アイバの脳裏をよぎったのは、自分が守べきヒューマル族の悲観的な未来――などではなかった。
この期に及んで、自分の名が残らないのではないかという懸念である。
認識球情報は伝わらないだろうし、味方が全滅しては、自分の最後を伝える者もいなくなる。
それは、あまりにも寂しい。
ここにきて、“剃刀”ジョージの頭脳は往年の切れ味を見せた。
味方がだめなら、敵方に覚えてもらうというのはどうか。
自分の見事な死に様が、たとえばムンフ・アルトゥなどに伝われば、敵方の名将として後世に名を残せるのではないか。
「戦艦部隊、突破されました! 敵、正面――」
ここだと、アイバは思った。
指揮官卓に備えつけられている艦隊長専用の緊急音声発信装置――通称“演説ボタン”を押す。
艦橋内のディスプレイに映し出された敵艦の主砲が、青白い輝きを放つ。
「ヒューマル軍第七十一艦隊長、ジョージ・アイバ中将である。我、勇戦虚しく戦場に散るとも、熱き魂は死なず。ヒューマル軍、ばんにゃい!」
早口で捲し立てたので、噛んだ。
敵艦は、主砲を発射する直前に撃沈された。まるで速射連発宇宙花火のように、他の敵艦も次々と爆発していく。
「……え、なに?」
「敵後方より、別の艦隊が現れました 。艦隊識別信号確認。第七艦隊および第十八艦隊。援軍です!」
オペレーターの報告を受け、マリエ・ホリエ少佐が叫んだ。
「全員、最後まで決して諦めるな! 諦めない心こそが、死神を遠ざけ、勝利を呼び込むのだ。主砲発射! 敵艦隊を撃滅せよ!」
その声は、敵味方すべての艦隊に伝わった。
これが、“ばんにゃい”ジョージと、“不屈”のマリホリの誕生の瞬間であったが、互いにそのことを知るのは、かなり先のことである。
◇
「マジか、あのおっさん……」
と、アキラ・ニシキオリは思わず呟いていた。
両軍合わせて十万隻を超える艦隊戦の中で、艦橋内の音声を垂れ流すとは、正気の沙汰ではない。
「自己主張、激しすぎ」
だが、死が目前に迫ったとき、人がどのような行動を取るかは分からない。
自分もまた然り、である。
これまで育ててきたキャラを崩さないよう気をつけようと、ニシキオリは心に刻み込んだ。
発信者の意図はともかく、援軍の情報は最速で伝わった。しかも、自らを犠牲にして殿を務めた仲間の帰還である。いやが上にも士気は高まることだろう。
第七艦隊より、ミヤビ・シラトリ大将の名で、光信号が発せられた。
『全艦隊、第七艦隊を中心に集結せよ。陣形は“魚鱗”とする。それから――戦闘中の発言は慎重に。以上』
知的でユーモアがあり、時おり毒舌なシラトリらしい言葉だった。ニシキオリはにやりと笑って、艦橋内の乗務員たちに訓告した。
「慌てて喋ると、噛んじゃうからな。みんな、気をつけようぜ」
先ほどまで陰鬱だった艦橋が、笑いに包まれた。
第九十八艦隊の旗艦である戦艦“朝霞”の乗務員は、ニシキオリが厳選し、直接面談して採用した優秀な人材ばかりだ。男女比率に偏りはなく、若手とベテランがバランスよく配置されている。これはニシキオリの持論であるが、社会の縮図を模倣した方が、組織は安定するのだ。
「第七艦隊、第十八艦隊と呼応して、突破口を開くぞ!」
「了解っ!」
しかし――と、ニシキオリは考察した。
総司令官が健在であったことは喜ばしい限りだが、彼らは四万隻のデモリア軍から逃げてきたはず。
もたついていると、敵の援軍まで到着しかねない。
精神論には頼りたくはないが、士気が上がっている今、一瞬の爆発に賭けるしかないだろう。
となれば、皆の行動を呼び込む姿勢を見せる必要がある。
それができるのは、空気を読み、なおかつ操る術を持つ自分しかいない。
「評価、されにくいんだよなぁ」
苦笑気味にぼやくと、ニシキオリは第九十八艦隊に前進の命令を出した。
◇
“死神”ことヒョウエ・オガミは、くさっていた。
今回の戦いは、ストレスが溜まりまくりだった。
敵を見通しのきかない宙域に誘き寄せたところまではよかった。宙域特性を利用して忍び寄り、波動粒子砲で敵艦隊に穴を開けてやる――などと舌なめずりしていたのに、下された命令は、なんとも面白くない“差し合い”による時間稼ぎだった。
その時間稼ぎこそが相手の目的だったことが判明すると、すぐさま撤退。だが、まるでヒューマル軍の逃走経路を見透かしたように、デモリア軍が次々と強襲してきた。
自分が一番やりたかった戦法で、コテンパンにやられてしまったのである。
「オガミ少将、第七艦隊と第十八艦隊が――」
援軍到着の情報を伝えたオペレーターに、オガミがじろりと視線を向けた。別に睨んだわけではないのだが、新人のオペレータは真っ青になって縮こまってしまう。
「……こっわ」
「“死神さま”、怒ってるみたい」
「ほら、シラトリ大将の作戦に、ずっとイライラしてたから」
第四十九艦隊の旗艦である戦艦“狸穴”には、若い女性下士官が多いことで有名だった。
上司が醸し出す緊迫した空気に耐えきれず、毎年のように乗組員から転艦希望が出されるからである。
嘘か誠か、美人が多いとの噂もあるが、オガミの報復を恐れた人事部の忖度とも、邪神への生贄とも言われていた。
仲間に励まされながら、オペレーターが頑張って報告した。
「だ、第九十八艦隊が、速度を上げていきます」
群艦隊としての陣形を整えたところで、アキラ・ニシキオリが動いた。
まるで、自分についてこいとでも主張するかのように。
「……あんの野郎」
一時的に体勢を持ち直したものの、この状況は長くは続かない。
だが、先に動いた者が貧乏クジを引くことになる。
そんな躊躇いを、吹き飛ばそうというのか。
「生意気なんだよ」
掠れた声で悪態をついてから、オガミは副官のイズミ・ミタライ大尉に命令した。
「……追いかけろ」
「はい?」
「全速力だ!」
「は、はい!」
ニシキオリ率いる第九十八艦隊は、前面に戦艦部隊を集結させ、強力なバリアーを張りながらデモリア軍に接近した。
当然のことながら、集中攻撃を受ける。
本来ならば手も足も出ないところであるが、今は周囲に味方がいる。自分が持ち堪えているうちに、別の方向から攻撃せよというのだ。
その後方から、オガミ率いる第四十九艦隊が迫った。
「て、提督。このままでは」
この艦ではベテランに入るミタライ大尉だが、いまだ五年目の若手。生真面目な性格で、軍人としてはかなり気が弱い。
「第九十八艦隊に、接触――ひっ」
ぎょろりとした目を見開きながら、オガミは笑っていた。
「クック。それでいいんだよ。あいつのケツに突っ込んでやる。進路このまま、さらに加速しろ!」
「し、しかし」
「おい、副官。光通信を送ってやれ。背中から撃たれたくなかったら、上手く避けろってなぁ」
「そ、そんなぁ」
あまりにも無茶な命令に、ミタライ大尉は涙目になってしまう。
環境内は騒然となった。
「――ちっ」
オガミは不機嫌そうに舌打ちすると、軍服のポケットから虹色に輝く星形のキャンディを取り出して、そっと差し出した。
「泣くな。これでも舐めてろ」
「……え?」
その時、環境内に怒声が響き渡った。
『オ、オガミ少将、何やってるんですかっ!』
アキラ・ニシキオリの声だった。 “演説ボタン”を押したのだろう。こちらも負けじと、オガミもまた指揮官卓にある“演説ボタン”を殴りつけた。
「うるせぇ! お前は引っ込んでろ」
『そんなこと言ってる場合じゃないでしょう!』
「もう、うんざりなんだよ。どいつもこいつも、死に急ぎやがって」
艦隊長による方針投票で棄権したオガミは、シラトリにより撤退計画の責任者に任命されてしまった。それは最後まで生き残る役割だった。自ら犠牲となって離脱していく味方を、彼はただ見殺しにするしかなかった。
強面かつ無口なせいで誤解されやすいが、実はひと並み以上に仲間意識が強いのだ。
「お前はまだ、若造だ。黙ってオレの後からついてこい!」
『若造って、歳はそんなに変わらな――うわっ、ちょ、待って』
矢継ぎ早に、ニシキオリが指示を出した。
第九十八艦隊が、中央から左右に分かれていく。分艦隊を作る要領で、艦隊をふたつに分けたのだ。戦いながらの陣形編成は高難易度の艦隊運動であるが、苦心の末にニシキオリはやってのけた。
「今だ。波動粒子砲――撃て!」
「ファ、発射!」
味方が作った通路を突き抜けた第四十九艦隊から、目も眩むような極太のレーザー砲が発射された。




