(46)しんがり
まるでこちらの窮状と方針変更を見抜いたかのように、デモリア軍の動きが変わった。
戦力の逐次投入をやめ、ヒューマル軍の退路を断つかのような半包囲網を仕掛けてきたのである。
「前方に多数の艦影確認」
サエキ軍曹からの報告に、人知れずシラトリは唇を噛んだ。
敵軍はこちらの動きを察知している。ひょっとすると、通信も覚束ないこの星域内で戦いながら、新たに観測装置を設置していたのかもしれない。そうするだけの時間が、双方にはあった。
「艦隊識別信号確認。デモリア軍七個艦隊、艦艇約四万隻。“鶴翼の陣”にて迫ってきます」
デモリア軍では“双頭の蛇”と呼ばれる陣形だった。防御力の強い中央部の艦隊の左右やや前方に、攻撃力の高い艦隊を配置する。二つの頭を持つ蛇――というよりは、巨大な凹型の配置だ。
「均等な配置ではないわね」
不完全ながらも帯状ドーム型ディスプレイに表示された陣形図を見て、シラトリが分析する。敵の中央部隊が分厚いのは当然としても、右翼部隊と比べて、左翼部隊の数が少ない。
分析の結果、敵中央部隊は三個艦隊、右翼部隊は二個艦隊、左翼部隊は一個艦隊という構成らしい。
負けない戦いをするのであれば、こちらも“鶴翼の陣”で対応すべきだろうし、短期決戦を望むのであれば、二つの頭の間、胴体部分への決死の突撃をかけるべきだろう。
シラトリは、そのどちらも選ばなかった。
「全艦隊に光通信にて伝達。計画に従い、三時方向に向けて転進せよ。ただし、我々第七艦隊は、敵左翼の正面へ移動する」
天頂方向は電磁波の嵐、天底方向はガス雲の海。敵味方ともに移動できる方向や範囲は限られている。
誰かが交戦して、足止めをしなくてはならない。
「第十八艦隊、モリヤ中将より通信です」
「繋げなさい」
モニターに映し出された初老の提督は、何やら覚悟を決めたような顔をしていた。
「司令に万が一のことがあれば、全軍が崩壊します。殿は、私の艦隊が努めますよ」
「気遣いは無用です。撤退計画の責任者は、ちゃんと任命しましたから。一番余力のある艦隊が、殿の役割を引き受けるべきだわ」
シラトリ率いる第七艦隊は、艦艇数約九千五百。幸いなことに無傷のままだった。ちなみに撤退計画の責任者とは、投票を放棄したオガミ少将である。罰として、シラトリが任命したのだ。
「それに、相手はたかだか四倍程度」
せいぜい不敵に見えるよう、シラトリは微笑んでみせた。
「これくらいで怖気づいていたら、うちの英雄君に笑われてしまうわ」
◇
シラトリ大将率いる第七艦隊約九千五百隻は、一糸乱れぬ動きで行動する。それはあたかも大海を機敏に泳ぐ魚群のようであった。
「撃て!」
まさか敵の司令官が先頭に立ち、攻撃してくるとは思わなかったのだろう。デモリア軍の左翼部隊約七千隻は、機先を制されて隊列を崩した。
「各部隊に光信号にて伝達。九時方向に九十度回頭しつつ、後退せよ。戦艦部隊は前面へ!」
味方の最後方にて、後退しつつ交戦する。
初撃の混乱が収まると、デモリア軍の猛攻が始まった。
敵左翼の艦隊がが陣形を整えているうちに、中央部の三個艦隊、約二万二千隻が曲線を描きながら突撃してくる。
「戦艦部隊は、バリアー優先」
防御力の高い戦艦がバリアーを張り、その陰から駆逐艦や巡航艦がレーザー砲を撃つ。オーソドックスな守りの戦いだ。
さすがに要塞駐留艦隊司令官直属の艦隊だけあって、士気や練度は高い。二倍以上の敵であっても、正面からの“差し合い”であれば、簡単に崩れたりはしなかった。
サエキ軍曹が報告する。
「敵中央部の群艦隊が、紡錘形の陣形をとりつつあります」
「“魔の矢”ね」
我慢に我慢重ねてきたのは、ヒューマル軍だけではないようだ。勇猛果敢とされるデモリア軍は、まるで鎖から解き放たれた猛牛のように、第七艦隊に襲いかかってくる。
「全艦、全速で後退」
シラトリは命令を重ねる。
「戦艦部隊、魚雷ミサイルを一斉発射!」
「有効射程外です」
「構わないわ」
敵味方双方のレーザー砲により、ほとんどの魚雷ミサイルは撃ち落とされた。しかし、その時に発生した爆発は凄まじく、デモリア軍の突撃を一時的に阻む役割を果たした。
「敵群艦隊の動きが鈍りました」
「最前列の艦艇は機雷を放出せよ。時間を稼ぐ」
敵の中央部隊の進行スピードを緩めることには成功したが、体制を立て直した左翼部隊七千隻と右翼部隊一万四千隻が、第七艦隊を挟撃するように襲いかかってきた。
同時に相手取ることはできない。シラトリは射程外からの波動粒子砲で牽制し、目くらましがわりに魚雷ミサイルを自爆させながら後退していく。
自軍に四倍する敵軍を相手に、第七艦隊は十二時間に渡って、ほぼ互角の戦いを演じてみせた。
だが、デモリア軍が連携しながら交互に攻撃してくると、その圧力に耐えきれなくなった。“魔の矢”による突撃こそ許さなかったものの、戦艦部隊の損害が増え、傷口が一気に広がり、艦列に埋めようのない穴が開く。
さらに六時間の戦闘後、第七艦隊を構成する残存艦隊数は、三千隻を割り込んでいた。
「艦隊の推定エネルギー残量は?」
「およそ、四十パーセントというところです。それよりも、魚雷と機雷の残数がありません。接近戦になれば、もはや持ちこたえることはできないでしょう」
「味方は脱出できたかしら」
「おそらくは」
「上出来ね」
結果を知ることはできないかもしれないが、とりあえず、最低限の役割は果たせたと思う。
シラトリはひとつ息をつくと、万感の気持ちを込めて、頼りになるパートナーに声をかけた。
「ありがとう、ナナ」
戦闘中だというのに、主任バイオ・オペレーターであるナナ・サエキ軍曹は、バイザーを上げて素顔を見せた。シラトリと同年代のチャーミングな女性だ。
ミヤビ・シラトリは、副官を置かない艦隊長として知られていた。だが実質的に、この主任バイオ・オペレーターがその役割を担っていることは周知の事実である。
サエキ軍曹は上品な微笑みを浮かべていた。
「ふふ、久しぶりに“じゃじゃ馬”ミヤビの暴れっぷりを拝見することができました」
思わず、シラトリは吹き出した。
「そのふたつ名、嫌いだったのよ。一所懸命猫を被って、みんなが呼ばなくなるまで十年かかったわ」
「私は、嫌いではありませんでしたが」
「あら、そう?」
今でこそ堅実な艦隊運用に定評のあるシラトリだが、若かりし頃はずいぶんと無茶をしたものだ。それができたのも、戦況をいち早く把握し、正確に伝えてくれる優秀なバイオ・オペレーターの力があってこそ。自分のキャリアは二人のものだとシラトリは考えていた。
まるで夢物語のように問いかける。
「ナナ。生き残ったら、何がしたい?」
「そうですねぇ」
サエキの答えは、現実的だった。
「私たちバイオ・オペレーターの地位向上と、職場環境の改善に力を入れたいと思います。人使いの荒い上司の下につくと、大変ですから」
「ちょっと! 最後に言うことが、それ?」
シラトリの抗議を、サエキは聞いていなかった。
表情を引き締めると、素早くバイザーを被って精神を集中させる。
「右舷、三時方向に新たな艦影あり。艦隊識別信号確認。デモリア軍、ボロー艦隊」
「側面から? まさか――」
「かなりの速度です。おそらく、速度重視のポリシーを持つ艦隊でしょう。艦艇数は、約七千」
後退中の回避行動は難しい。
シラトリは防御を固める指示を出した。
「戦艦部隊は、右翼側に移動!」
最前線の部隊は四万隻もの群艦隊と交戦中である。戦いながらの陣形編成は困難を極めた。
「やられたわね」
思わず、シラトリは舌打ちをした。
「ムンフ・アルトゥに誘導されたのだわ」
最初に“双頭の蛇”にて襲いかかってきた敵の配置は、正面部隊が二万二千隻、左翼部隊が七千隻、右翼部隊が一万四千隻。明らかに数の不均衡があった。
おそらく、自分たちを数の少ない敵左翼方へ誘導するための陣形だったのだろう。
そしてその先に、伏兵を配置していたのだ。
「ボロー艦隊が、突っ込んできます」
第七艦隊に所属している誰もが、自分たちの終焉を予測した。
レーザー砲による攻撃がバリアーに突き刺さる。旗艦マイヅル内の艦橋が揺れて、ドーム型ディスプレイに無数の光源が煌めいた。
「こ、これは――」
サエキ中尉の報告は、さらなる驚きをもたらした。
ボロー艦隊がさらに接近し、ミサイル攻撃に切り替えようとするその瞬間、ガスの雲が高速で流れている天底方向から、別の艦隊が飛び出してきたのである。
「味方です! 第十八艦隊。艦艇数は、約四千」
「モリヤ中将?」
守備的な思考を持つ中将にしては、あまりにも大胆な艦隊行動だった。
荒れ狂うガス雲の中から突如として現れた第十八艦隊は、ボロー艦隊の無防備な腹部に波動粒子砲を打ち込むと、生じた亀裂に艦隊の頭を突っ込み、魚雷ミサイルを撃ち放った。
艦隊は、攻撃する直前がもっとも防御力が弱くなる。意識の外にある方角からの奇襲であればなおさらだ。
第十八艦隊の攻撃は、まさに神がかりなタイミングだった。
「第十八艦隊より光通信です。第七艦隊は反転し後退されたし。艦隊長代理、マサムネ・キサラギ大佐」
腹わたを食い破られたボロー艦隊は、泳ぐ力を失った大魚のように宇宙空間に漂った。
認識球の情報を得られない宙域ゆえに、ヒューマル軍、デモリア軍ともに知り得ない情報であったが、第十八艦隊の攻撃により、この時、ボロー艦隊を指揮するウンセン・ボロー上級魔士が戦死していた。
指揮官を失った艦隊は、それぞれの部隊が防衛本能によって無秩序な攻撃と移動を行い、結果的に四万隻の群艦隊の追撃を鈍らせることになった。
その隙をついて、第七艦隊と第十八艦隊は戦場を離脱した。




