(43)ワンデイ・ウォー
デモリア軍ヒー艦隊の左翼部隊は、第九十九艦隊の半包囲攻撃により、驚くほどのスピードで解体されていった。防御力の高い戦艦部隊がいなかったことが致命的であった。
数の上ではいまだ逆転はしていない。
それでも味方の勢いはつき、敵の戦意を挫くことができたようだ。
「敵艦隊、後退していきます」
「ありゃ、逃げるのかな?」
そうではない!
と、ダェンは叫びそうになった。誇り高きデモリア軍人は、上官からの命令がない限り撤退などしない。
だが、ヒー艦隊には――
「よーし、追撃追撃」
第九十九艦隊は戦闘と補給を同時に行う。ゆえに、連続した艦隊行動が可能となる。包囲していた左翼部隊を全滅させると、すぐさま追撃体制に移った。
敵が左翼部隊を犠牲にしてまで稼いだ距離は、すぐに縮まった。
「とても足の遅い艦隊です。通常では考えられません。おそらくは――」
憎らしいほど優秀なアニマ族の副官の推測に、ダェンは唇を噛み締め、首を垂れた。
「工作部隊が配置されているものと思われます。開戦時、デモリア軍の艦隊規定数である七千二百隻よりも数が多かったのも、そのためでしょう」
「工作部隊?」
「攻城兵器を作成するための部隊です」
軍事要塞などの拠点を破壊するためには、通常のレーザー砲や魚雷ミサイルでは役者不足だ。波動粒子砲を巨大化した惑星殲滅砲や、巨大質量兵器がおもな攻撃手段となる。
どちらを使うにしても、完成品を運ぶことはできない。ワープの距離と対象の質量とは比例関係にあり、公宙領域を超えるには膨大な時間がかかってしまうからだ。
ゆえに、現地に部品を運んでから組み立てる。そして材料も出来る限り現地にて調達する。そのための特殊な機材を積み込んでいるのが、工作部隊だ。
今回の場合、巨大質量兵器の可能性が高いとシロは推測した。
デモリア族の領域から運んできた部品を組み立てて、兵器のがわを作り、現地にて調達した材料を中に詰め込む。
つまりは、ワビスケ星系内に漂う岩石群だ。
「であるならば、ヒー艦隊の戦い方も頷けます」
防御力の高い戦艦部隊を、工作部隊の護衛に張り付かせていたのだろう。そのために、左翼、右翼部隊には攻撃的な艦が配置されることになり、短期決戦を狙って、エネルギー残量を無視するかのように撃ちまくってきたのだ。
つまり残る本隊は、工作部隊と戦艦部隊である。
通常航行でこちらを振り切るほどの速度は出せないはずであり、また迂闊には攻撃を仕掛けてこないだろう。
シロの予想は的中した。
ヒー艦隊は“蜂の巣”型の陣形を組んでいた。
完全に守りの体勢だ。
ならばと、第九十九艦隊はそれぞれの部隊が分裂して、様々な方向からヒー艦隊に襲いかかった。これまでの三度の戦闘で、彼らは球状に固まる敵を殲滅していた。破壊された艦艇の残骸で通信が取れなくなれば、敵は何もできなくなる。
そのはずであったが、
「敵艦隊、“スクラム”を発動」
球状の外側に配置された戦艦部隊が、集団防御壁を展開したのである。それは、デモリア軍では“魔盾”と呼ばれる集団バリアーだった。
第九十九艦隊の戦艦部隊ほどの大きさはないが、十隻ほど小部隊ごとに小型の“魔盾”を展開し、それらが艦隊の周囲をガードしている。
かといって、近距離から魚雷ミサイルを撃つこともできなかった。再編成された両翼部隊の生き残りが、“魔盾”の陰からレーザー砲を撃ってくるからだ。
「あれって、オレたちのパクリ?」
「違うわっ!」
思わずダェンは否定していた。
「“蜂の巣”の陣形と“魔盾”を組み合わせた“棘甲羅”は、古来よりデモリア軍に伝わる伝統の戦術だぞ。お前たちのにわか仕込みと一緒にするな! しかもウール・ヒーは、姉上が厚き信頼をおく宿将。そう簡単にやられはせん!」
「ふ〜ん」
にやにや笑うサダムを見て、ダェンははっとしたように口を噤んだ。
しまった。敵にいらぬ情報を与えてしまったか。
だが事実、こと負けない戦い方に関しては、ヒー上級魔士の右に出るものはいないだろう。もはや現役のデモリア軍では誰も使わなくなった古くさい防御戦術をマスターしていたことも、僥倖であった。
耐え忍び、相手の焦りから生じるミスにつけ込む。この若い艦隊や部隊であれば、十分に可能性がある。
二時間後。
敵の陣形は崩せず、第九十九艦隊にも少なからず被害が出ていた。
「敵は、こちらの疲労度を計算に入れている可能性もあります」
戦場を俯瞰しつつ、シロがサダムに忠告した。
さすがに艦隊戦の四戦目ともなると、集中力にも限界がくる。しかも、今日が初陣という新任艦長たちも多い。
「一度後退し、体勢を整える選択肢もあるかと」
そうなれば、ヒー艦隊は一気に距離をとるだろうと、ダェンは考えた。
再び追いつかれたとしても、こちらからは仕掛けず、ひたすらに防御に徹して時間を稼ぐ。すでに援軍要請を出しているはずだし、ワープ機構の調整が終われば、別の宙域に退避することも可能だ。
「“古代の大亀”か……」
サダムが意味不明な言葉を呟いた。
「仕方がない。一回集合」
「はっ」
第九十九艦隊を構成するすべての部隊が、本隊の周囲に集まった。味方も敵も、一度艦隊を引き作戦を立て直すのだろうと考えた。
人間の愚かな行為の中でも、命のやり取りは、もっとも集中力を要する行為である。戦いの合間の休憩などで癒せるものではない。
シロが言うように、ヒー艦隊よりも第九十九艦隊に所属している軍人たちの方が、圧倒的に疲労していた。
ある意味安堵していたのは、彼らの方だったかもしれない。
だが、
「全艦、突撃せよ」
サダムが新たに下した命令は、へたり込む労働者に鞭打つようなものだった。
“蜂矢”の陣形。
一方のヒー艦隊は“蜂の巣”を変えなかった。第九十九艦隊が部隊ごとに分かれて、全方位から攻撃してくることを、知っていたからだ。
だが、今度は違った。
第九十九艦隊は、そのままの陣形で、馬鹿正直に突っ込んだのである。
「伝統には、伝統だよね?」
サダムの笑みを見て、ダェンはぞっとした。
デモリア軍がもっとも得意とする伝統の戦術――“魔の矢”。
「レーザー砲、発射」
「撃て!」
“魔盾”がそのエネルギーを吸収する。
この瞬間、勝敗は決した。
“魔の矢”を、まともに受け止めることはできない。そのことを誰よりも知っているのは、デモリア軍だった。
戦艦部隊のすべてが敵正面に配置されていれば、後退しつつ“差し合い”の距離で戦うという選択肢もあっただろう。だが、“棘甲羅”は、戦艦部隊を陣形の外側に配置する。艦砲の数が圧倒的に足りない。しかも“魔盾”を発動させたことで、回避するタイミングを逸してしまった。
巨大な蜂の巣に突っ込んだ瞬間、第九十九艦隊は自分たちの外側に向かって、レーザー砲や魚雷ミサイルを撃ち放った。
ヒー艦隊は反撃することができなかった。艦隊の内側に向かって撃つことは、同士討ちの危険が高いからだ。
硬い外側の殻を破られてしまえば、中身は傷つき消耗した両翼部隊の生き残りと、戦う力のない工作部隊のみ。
一気に切り裂かれてしまう。
「あ、あ……」
今日一日で、ダェンは何度となく絶望的な光景を目に焼きつけていた。
だが、今回は極めつけだった。
デモリア軍がもっとも得意とし、誇りとさえ考えている戦術で、完膚なきまでに打ち破られてしまったのだ。
しかも、今回の戦略の要である工作部隊を失ってしまった。
それは、二十万隻を超えるデモリア軍の遠征軍が、彼が敬愛してやまない姉、ムンフ・アルトゥが敗れ去ったことを意味する。
自分のせいで――
「やっぱりさ、“古代の大亀”は、外からちまちま攻撃してもだめだね。みんなで頭を狙わないと」
わけの分からぬ解説を呟いている、この男に。
「ふぐぅ。艦長、反転攻撃、なさいますかぁ?」
感極まったように涙を溜めながら、シロが問いかける。
「それじゃ、面白くない」
軽い感じで、サダムは指示を出した。
「ザイゼン隊とカネやんを残して、あとは外側からちくちく攻撃せよ」
中側から“毒”を蔓延させ、外側から食い破る。
壮絶かつ凄惨なその命令に、ダェンは吐き気を覚えた。
◇
絶体絶命の状況下において出撃した第九十九艦隊は、デモリア軍の別動隊――ダェン艦隊、ゾリグ艦隊、ハドゥ艦隊、ヒー艦隊の四個艦隊を、立て続けに撃破した。
後の世にいう、“ツクモの二十四時間戦争”である。




